/アティ・邪拳使い(T)
「何を騒いでいる、キャスター」
痩せた、幽霊みたいな男が、そう言ってお寺の離れのほうから姿を表した。
なんて、透明な眼。
ガラス玉のような、透明で、怖い眼。
「宗一郎・・・!何故出てきたのですか!?」
キャスターは心底慌てた声で、そう言った。
言うというよりも、最早叫びに近い。
私はじっとソウイチロウ、という人を見た。
そういえば、少し見覚えがある。
ライダーの一件の前、学校でチラリと見た―――
いえ、他にもどこかで見たような気がする。
思い出せない、けれども。
「こうも騒がれれば、出て来たくもなる。これは一体どういうことだ?」
「敵の・・・サーヴァントの襲撃です。気をつけてください」
キャスターは、じろりとこちらをにらみながら、そう事も無げに、でも少しだけの焦りをともに言った。
アーチャーは少し眠たげに言う。
「なるほど、君がマスターということか」
「そういうことだ。魔術師とはいえ因果なものだな、教え子がマスターとは」
地面で苦しむ士郎君をちらと見て、ソウイチロウと言う人はそう言った。
その淡々とした物言いに、私は少しだけカチンと来る。
だって、この魔術師は。
このキャスターのクラスのサーヴァントは。
町の昏睡事件の張本人なのだから。
「―――三つ、訊きます。あなたという人間に対して」
そういえば、こんな気配の人を。
こんな、空っぽな気配の人を。
どこかで見た覚えがある。
其れはどこだったか、其れは誰だったか。
今は思い出せないけれど。
でも、心がカァッと熱くなって、わたしはいった。
「一つは、教え子といえども、戦い、場合によっては殺す気ですか?」
これは、聞かなくてもいいこと。
だって、この場に出てきたって言うことは。
「私も、我が身が惜しい。そういうことになる」
そういうって、決まってるから。
その予想していた答えを越えて。
私は、続ける。
「二つ目は、あなたは―――」
キャスターの目つきが剣呑になる。
言えば、私はおろか、全てを焼き尽くさんばかりの目をしている。
でも、そんなのは私だって同じ。
好んで殺すつもりは絶対にないけれど、絶対に許すつもりもない。
「―――知っているのですか?彼女が、新都の昏睡事件を起こし、魔力を吸い上げていることを。そして」
そして、そして。
これが、一番大事で、一番聞かなきゃいけないこと。
「其れを知ったあなたは、その行為を」
どう思うのか。
「なるほど、其れは初耳だが」
私の言葉を中途でさえぎって。
「悪事、と言われれば、そう悪いこととは思えない。」
平然と、そんなことを言った。
「他人が何人死のうが私には何の関わりもないことだ。加えてキャスターは命まではとっていない・・・まったく、随分と半端なことをしているのだな、キャスター。そこまでするのなら一息で根こそぎ奪ったほうが良いだろうに」
そう言って、するりと構えを取る。
其れはどこか、蛇を、スカーレルさんの動きを思い出させた。
「―――は」
自然、笑いが起こる。
嗚呼、この人は、暗殺者だ。操られてなど微塵もない。
何故、そんな人がマスターなんかしてるかはわからない。
けれど、けれども。
誰かに似ていると思ったのも、わかる。
それは、あの哀しい女の人に似ていて。
どこか、とても違う。
セイバーちゃんでは、勝てない。
アーチャーには・・・任せたくない。
―――だから、私はこう答えるしかない。
例え、鬼の形相で苦しみ、斧剣を携えて呻く少年をほうってでもこう答えるしかないのだ。
「あなたの相手は、私がします」
ギラリと、自分の目が光っているのがわかる。
抜剣。
「果てしなき―――」
覚醒。
「―――蒼!」
剣は蒼く、敵の拳は鋭く。
自然、弓兵は少年に、剣騎士は魔術師に向かい合わなければならなかった。
なんとしてでも、ここを抜けねば。
士郎君に興味をもたれた以上、此処は死地。
どうしてか、私にはそう思えたのだ。
Fate/Summon night
第五話「柳洞寺にて 〜Reality Marble〜」X
/アーチャー・鬼道憑依(後)
―――葛木宗一郎。
磨耗した記憶の中に、その名前が確かにあった。
詳しくは思い出せない。
しかし、敵、だったはず。
故に私は最初から敵と思い、言った。
マスターなのだな、と。
クク
笑みがこぼれる。
自虐の笑みが。
しかし顔には表さず。
そうして、イレギュラーが何事か言っている。
しかし、其れは私には関係ない。
関係あるのは―――
「どうした、小僧。その程度か」
嘲りを込めて、言葉を紡ぐ。
目の前には、狂戦士の斧剣を携え苦しみ続ける、鬼。
鬼、鬼か。
相応しいな、私にも、お前にも。
「やれやれ、イレギュラーに手助けしてもらってその程度か。甘い」
我が手に持つは、陽剣干将、陰剣莫耶。
「ぐるぉいぁぁぁぁっぁぁ!!!」
憤怒の形相で、鬼は打ちかかる。
だが、その斧剣は干将に弾かれ、莫耶に遮られ、私には届かない。
「愚かだな、衛宮士郎。そんな不完全なもので満足しているから、鬼などに」
そう、鬼などに。
「食われるのだ、馬鹿め!」
ガキィン!
如何に、バーサーカーの経験に共感し、其れを振るおうとも。
如何せん、素の能力に差がありすぎる。
私には決して届かない。
―――もういい。
そう思った。
胡乱な記憶を辿って、私は私に帰ろう。
そして、私の本来の目的を果たすのだ。
だが、だが。
気になるのは唯一つ。
気にかかるのは、唯一つ。
目の前の男が、私が倒すべき男が。
ささやかれ、操られているのは何故か。
このような、異常な暴走をさせているのか。
このまま、斧剣を投影し続ければ、神経は壊滅し、遠からず死ぬだろう。
しかし、やっているのはキャスターではない。
キャスターは、このようなことは考えていなかった。
―――私の記憶する限り。
記憶?記憶だと?
それも、何もわからないまま。
私の苦悩を思い知らせぬままに。
この男を殺すのは。
嫌だ。
/セイバー・力には技、技には魔法、魔法には力(T)
「―――キャスター、覚悟しているだろうな?」
私は凍った声で、そう述べた。
「マスターを連れ去り、あのような姿に変えた。決して許すことは出来ない。あなたは、ここで倒す」
そう言って、不可視の剣を抜刀。
自分でもわかるほどに、自分の声も、気配も凍っている。
その気を受けたのか、
「―――くっ」
一瞬、心外、といった表情を浮かべたキャスターだったが、気を取り直すようにこちらに手を向ける。
ふん、当然か。
彼女は魔術師、こうするしかない。
光弾が飛ぶ。
だが。
「なっ!?」
一睨みで、その光弾は拡散霧散。
今の魔術、Aランク並みか。
だが、それは私には無意味。
「大魔術を無効化する騎士・・・!?そんなもの、私は知らない!」
知らない、知らないか。
知る必要などありはしない。
この身は一刀で姑息な魔術師を叩き切るのみなのだ。
ザン、と陰気なローブを切り裂く。
だが。
「なっ!?」
ローブは羽と化し、そして刹那の速さで私の前から消えた。
「空間転移!」
魔法の域の術を使うとは!
確かに、私も知らない。
魔法寸前の魔術を扱う魔女などは。
「ますます欲しいわね。セイバー」
自分の神殿だからだろうか、絶対の自信があるのだろうか。
焦りと余裕とが混じった笑みをキャスターは浮かべた。
そして、その言葉を継ぐかのように。
「――――」
不可聴の呪が発せられ。
ゴォッォオン!
幾条もの光条が大地を焼いた。
「グッ!?」
バカな、こんなところで、これほどの威力の術を!?
確かに、その術はこの身を焼くには遠い。
まして、今の私には魔力が有り余っている。
「マスターを、宗一郎様を引っ張り出してしまったこと、後悔させてあげる!」
それでも、彼女は怒りを露に叫ぶ。
「――――」
もう一度、来る!
いけない、離れなくては。
如何にこの身に害なくとも。
シロウを巻き込み、アティを巻き込むわけには。
シロウと・・・そして、アティがいなくなれば私はここにはいられない。
聖杯は、手に入らない。
境内の中心から離れ、そして背にするのは壁。
後ろは死地、サーヴァントを拒否する結界。
空を飛ぶ彼女に肉薄し、倒すには。
簡単なこと、しかし、今の私でなければ。
数日前の私では出来なかったこと。
即ち、力を、魔力を込めてただ、一路飛ぶのみ。
足に魔力を、意識を集中する。
アーチャーはシロウの斧剣と打ち合い,そしてアティはあの人間に―――人間ごときに?―――苦戦している。
急がねばならない。
焦りは殺せ、焦りは殺せ。
ただ一条の剣閃となれ。
「行くぞ、キャスター、後悔するのは貴様のほうだ」
/アティ・邪拳使い(U)
狙い通りだ。
セイバーちゃんはキャスターを、そして呻く士郎君はアーチャーが相手をしてくれる。
各個撃破、いや、一対一の決闘に近い。
だが、気にかかる。
士郎君は、何故あんな暴走をしているのか。
それは、本当にあの魔女の、キャスターの仕業なのか。
私はどこかで、あんなものを見た覚えがあった。
それは、傀儡戦争の末期、帝国にも押し寄せた悪魔たちの軍勢の―――
そこまで考えて、気持ちを切り替える。
目の前の、暗殺者に。
「来ないのか?」
「―――いえ、そういうわけではありません」
懐から召喚石を取り出す。
「クロックラビィ!」
足は軽く、動きは早く。
私の一撃は、彼を切る。
「ハァッ!」
だが、剋目すべし。
その刃は。
「―――驚いた。白羽取りの真似事を」
彼を横に両断するはずだった刃は、膝と肘の間で制止していた。
すぐさま私は剣を捨て、そして腰の短剣を抜いた。
この男を、ソウイチロウと言う男が思い起こさせる、其れでいてあり方の全く違う二人の暗殺者。
その片方から受け継いだ短剣を。
瞬時、共界線に果てしなき蒼は消え果て、私の姿は元に戻り。
私は短剣を構えて後ろに引いた。
その瞬間。
「くっ!?」
私の眉間を掠めて、蛇が通り過ぎた。
「―――蛇!」
『毒蛇』、そう。
私は珊瑚の毒蛇と呼ばれた元暗殺者を知っている。
それはこの短剣をくれた人。
千斬疾風吼者の剣をくれたスカーレルさん。
だから、対応できたといえるだろう。
拳や短剣を使う暗殺者は、怖い。
真っ当な拳士でさえ、熟達すればその拳は足は凶器。
正直、この世界にこんな使い手がいるとは思わなかった。
この世界にそんな疾風のような拳速を持つ人がいるはずがないと。
油断は、出来ない。
私の焦りを見透かしたかのように。
ヒュゴッ
次々と攻撃は飛んできた。
鳩尾、眉間、鼻下、確実に急所を狙ってくる。
三撃防ぎ、三撃かわす。
息を呑む暇もなく、ただただ回避する。
おそらく、私が召喚術で強化するように、この人も。
あっちでセイバーちゃんと戦っているキャスターの魔術を。
「―――油断したな、女」
事も無げに、ソウイチロウは言って。
私は、没頭する。
この巌じみた鉄塊を回避する作業を。
夜明けはまだ遠く。
時間は、あまりにも少ない。
私にも、他の二人にも、士郎君にも。
焦るな、と心に刻んで、私はまた剣を振るった。
続く。
あとがき
葛木先生、登場です。
うう、風邪ひきました・・・げふげふ。
おやすみなさい・・・
ああ、あと4時間ちょいでカブトだ・・・