/アティ・世界望遠

その世界は、とても綺麗だった。

―――ある意味では。

硬くて、辛くて、止まっている。

綺麗なままを取り出そうとして、磨耗している。

そんな、世界。

起き上がって、すぐに確認したのは瑕。

だけれども、この首の瑕は気にならない。

そんなもの、すぐに消える。

回復術を使い、応急処置。

ソウイチロウという男は動かない。

服は大半が焼け焦げているが、死んでもいないだろう。

それを確認して、彼らを、士郎君を止めようと―――殺そうと―――しているアーチャーを見る。

そして、その世界が現れた。

一人しかいない世界、一人だけの世界。

これは、これは、これは。

「―――ぎぅ」

その途端、傷が、私の背中に。

一瞬気が遠くなる。

だけれども、それもやはり一瞬。

そう、私の中の魔力が抜けて、それが何かを修復しているような。

それが何かわからない。

けど、上空で戦っているセイバーちゃんに何かあったのか、と。

そう思った。

けど、けれども。

私はその世界に見とれていた。

あまりの、哀しさに。

―――わかるだろう、衛宮士郎。

アーチャーの声が聞こえる。

これはアーチャーの世界。

―――わかるだろう、これが何か。

それは世界。

あの島を孤立した世界に変えていたものとは違うけど、それは似ていた。

―――ほめてやろう。イレギュラーの力を借りて、ふん。

私の力?

そうか、私の、果てしなき蒼の魔力が、彼に、士郎君に。

士郎君は、まだ異形の、鬼の姿で彼を見据えていた。

―――魔力すらすべて借り物であるとはいえ、未熟極まりないお前が、オレにこれを出させたのだから。

その言葉から耳を離せない。

その光景から目を離せない。

それは夢で見た、きっと士郎君の始まりに良く似ていて。

とても、違っていたから。

そして暫し。

攻防、攻防が続く。

だけれども、何故この男は。

何故、この人は、何故こんなにも。

士郎君を憎んでいるのだろう。

そんな理由はわからない。

数十の剣が、士郎君めがけて飛んでいく。

―――それは士郎君を殺そうと突き進んでいく。

させない。

駆け出す、体が。

士郎君が剣を作り出す。

意味がわからない。

これは、これはまさか。

そんな事を思う暇もあらばこそ、剣と剣はぶつかり合い,消えて。

破片を残して世界は瓦解する。

これは、これは、まさか。

まさか。

士郎君は、あの弓兵なのか。

だからあんなにも似ていたのか。

だから、私とこんなにも似ていたのか。

瞬時に怒りが湧き上がる。

―――こんなこと。

自分を殺そうなんて、わけの分からないこと。

許しては、置けない。

気がつけば私の拳はアーチャーの顔面を捉えていた。


/セイバー・制約と誓約(T)

わけがわからない。

どう考えてもわからない。

「―――これって、嘘でしょう・・・?」

目の前のキャスターも同じようだ。

地上では―――

まさか、あれは。

アーチャーの・・・!?

宝具、宝具なのか。

アレがアーチャーの。

「―――ええいっ!」

空気を地面に向けて蹴る。

アーチャーめ、人間、シロウ相手に宝具を持ち出すだと!?

「待ちなさい、セイバー!」

五月蝿い、かまっている暇などない。

ただ、この身はマスターを守るために、地上へ降りるだけ。

令呪をキャンセルされ、それがまた復帰したとか、そんなことよりも。

私は、シロウを、守りたいと思っている。

だけれども、それは目前に転移したキャスターに阻まれる。

「どけ、キャスター!」

また暫し攻防。

暫しの時間が過ぎ、そして。

唐突に、アーチャーの宝具展開が集結した。

アティがアーチャーに駆け寄っていくのが見える。

私はアティがアーチャーを殴り飛ばす様子を見ながら、隙を突いて再び降下する。

今度は、何とか地面についた。

魔力が足りないのか、キャスターは追撃をかけない。

私は何とか、シロウ達の元へとたどり着く。

「アーチャー、貴様!!」

「ストップ、セイバーちゃん!お仕置きは済ませました、それより!!」

アティは私を制止して、そしてキャスターを見据える。

「チッ・・・まぁ、いいさ。機会はまだある」

アーチャーはそう漏らして、すっくと立った。

「ふん、私の正体には見当がついたろうが、何、存外に苦戦してな。宝具を出さざるを得なかった」

いけしゃあしゃあと、どう考えても嘘だと見抜ける言葉を吐く。

怒りを抑えて、私はキャスターに向き直る。

「今度こそ、チェックです、キャスター」

「よくも、宗一郎様を・・・!」

アティにキャスターは憤怒と怨嗟の感情をぶつけるが、

「―――殺してはいません。降伏してください」

アティは心底からの言葉を吐いて、彼女を見据えていた。

「――なに、を!」

だけれども、だけれども、だ。

こんな風にシロウを変えて、あんな卑怯な宝具を使う女を。

生かしておいて、たまるものか。

考えが暴走している。

だが、止まらない。

「―――ハァァッ!」

さっきと同じように、足に魔力を集中し、飛ぶ、ただ飛ぶ!

だけど、だけれども。

その一撃は。

呆気にとられた、いや、何故自分がそうしてしまったのかもわからない顔をしている。

アティによって防がれていた―――


/アティ・制約と誓約(U)

―――何故そうしているのか、自分にも理解できなかった。

地面から飛ぼうとするセイバーちゃんに合わせて、勝手に体が飛んで。

キャスターに刃が届くずっと前のところで、セイバーちゃんの不可視の剣を、私の剣は。

果てしなき蒼は。

受け止めていた。

―――え?

声が漏れる。

何故、と。何故と。ナゼト。

「アティ!?」

受け止める気はなかった。

もし、セイバーちゃんが許さないのなら、きっと自分には止められない。

例え止めようとしても、追いつけるはずがない、と。

そう思っていた。

けれど、実際には。

この体は限界を超えて機動していた。

まるで、キャスターを守らねばいけないというかのように。

「何故止めるのです!?」

わからない。

何故、何故、ナゼと訊きたいのはこちらのほう。

「わかりま、せん―――」

地面に足がついたのを確認すると、ただ呆然と言うしかなかった。

「イレギュラー、貴様まさか」

アーチャーは、アーチャーだけは何かに気付いたようだが、それも束の間。

―――すまんな、主殿。抜けられてしまうよ。流石に数が多すぎる。

アサシンらしき、誰かの声が境内に響き。

境内には、かつて、人間だったものの残骸が押し寄せてきた―――


/セイバー・未だ知らぬ者来たりて

「これは」

死者。死者の群れ。

「これは一体―――?」

私は知らずそう漏らしていた。

この戦いに、何故アサシンが介入しないのか。

不思議には思っていた。

だが、先ほどから聞こえていた剣戟の音は―――

百は下らぬ残骸が境内に侵入している。

「チッ・・・」

アーチャーが舌打ちして、そちらに向き直る。

「全く、仕方がない。今日は何もかも予定外だ。こんなことになろうとはな」

その瞬間、既に彼は弓を番えていた。

「正体はばれる、あれは出さざるを得ない、そして」

そこで言葉をつぐんだ。

しかし、きっと、続きは。

―――小僧も殺せなかった。

そう聞こえて仕方がない。

「全く、こんな時、うちのマスター殿は何をしているのだろうな?」

心底皮肉を込めて彼は言う。

「脱出するぞ、後衛は任せろ」

事も無げにそう続けて、彼は弓を放った。

気付けば、アティは向こうで倒れているソウイチロウという男へ駆け寄って。

「―――セイレーヌヒーリングコール

回復術を使っていた。

「何をしているのです!?」

「マスターだからって、放って置けません!!あれは、あの死者たちは狂犬と同じです!放っておけば、一山丸ごと死者の群れにされてしまいます!!」

あの死人どもが何か知っているのか、彼女はそう叫んで治療を続ける。

「さぁ、もう良いはず。起きてください、ソウイチロウさん」

「――む・・・」

そう漏らして、彼は立ち上がった。

「そうか、我々は負けたのか」

「そういうこと、ですね。従ってくれると助かります」

アティの言葉は優しげですらあった。

「キャスター、我々は負けたらしい。マスターである私が負けた時点で、我々の負けだ」

「宗一郎様・・・」

ソウイチロウはそう言うと、アティを向いた。

「どうする、殺すか?」

なんでもないようにそう言って。

「とんでもない!降伏して、今後この戦争に手出しをしないといってくだされば、それで結構です」

なんでもなく返答していた。

「「何を言っているのです!?」」

私とキャスターの声が重なる。

「それでは、あれはどうする」

それを半ば無視して、ソウイチロウは死者の群れを見据えた。

「できれば、全部倒します。倒しきれない時は、この境内の人間全部たたき起こして、森でもどこでも、奴らが侵入してないところから脱出しなければ」

その言葉に、アーチャーが反応した。

「おいおい、ならば脱出するしかないぞ。数百か数千か知れんが、少なくとも一山すべて包囲されている」

その言葉に、ただなんでもないかのように。

「キャスター、行くぞ。零観たちをたたき起こしに」

ソウイチロウはそう言っていた。

「「なっ!?」」

二重の意味で、また私とキャスターの声が重なった。

やがて、暫くアティとソウイチロウが私とキャスターを説得する声が響く。

ああ、何か間違っている気がするが。

その間も、死者は侵入を続け。

アーチャーだけが、ただ黙々と、地味に、死者を撃ち壊していた。

「いい加減にしろ、もう無理だ。この寺の人間は救えん。脱出しなければ、いずれ死ぬ」

アーチャーはあきれた声でそう言って、また一体死者を撃ち壊した。

その時、唐突に香の匂いがした。

―――これで、人のいる場所にあいつらは近づけないですよ。

そんな声が、どこかから。

「―――誰!?」

―――そんなこと、どうでもいいです。信じるか、信じないかだけです。まぁ、そんなこと言ってる暇もないでしょうけど。

死者の数はいや増しにいや増しに。

アサシンの剣戟の音はさらにさらに。

「誰だかわからないけど、ありがとうございます!信じますから、後よろしく!!」

そう言って、キャスターたちにアティは促した。

「あ、あの!?」

「言ってる場合じゃないんです!行きますよ!!」

「は、はい!」

私はアティにせかされて駆け出す。

背中にはシロウを背負い、そして。

キャスターもまた、渋々ながら葛木をかばうような足取りで駆けて来る。

―――朝になればこいつらは消えます。そういう決まりですから。

謎の声はそう言って。

謎のまま、消えていったのだ。


/アティ・制約と誓約(V)

あの声は一体なんだったのでしょうか。

でも、そんなこと気にしている場合じゃない。

あの時の、傀儡戦争の時の死者と同じものだとすると、こいつらはドンドン増えていく。

どうしようもないくらい。

あの時は、平原を埋め尽くすほどの数になったと伝え聞く。

なら、逃げるしかない。

だけれども、放っておくわけにも行かない。

けど、今は。

あの謎の声を、朝になった消えるという言葉を信じるしかできない。

悔しさをバネに駆ける、死者を突っ切り山門へと。

毒蛇の拳を持つ男は、その腕で死者を破壊しながら進む。

弓兵は双剣、剣騎士は剣、魔術師は魔術でそれぞれ死者を破壊しながら山門へと。

私も、当然の如く死者を叩き壊す。

「アサシンはどうするんですか?」

セイバーちゃんはそんな事をキャスターに訊いている。

「あいつは山門に括り付けてるのよ!それを離したら、消えるだけ」

げ、それはちょっと。

なぜか、心の底で容認できなかった。

やっぱり、何でかわからなかったけど。

「じゃぁ、その括り付けの先を別のものに変えることはできますか!?」

「―――山門に拮抗する年月か、魔力かを持ったものなら、多分ね」

キャスターは忌々しげにそう吐いた。

そうこうしているうちに、山門の下。

「おお、魔術師殿。尻に帆かけて逃げ出すところか、クク」

流麗な男が、死者の血を全身に浴びながら笑っていた。

この男も救わねば、と。

そう思った。

そう思ったから、ポーチからあるものを取り出して、キャスターへと放った。

「キャスター、これを使って何とかアサシンを動かしてください!」

「何よ、これ?」

放ったものは、無色のサモナイト石。

この世界の色を持つ、サモナイト石だ。

「令呪は持っているんでしょう!?なら、貴女なら簡単にできるはずです!」

死者をまた一体撃破して、私はそう言った。

「―――なるほど?この魔力なら大丈夫そうね」

それは当然だ。

だって、それを触媒に、この世界では魔法レベルの奇跡である空間転移を、異世界の存在を呼び出すのが召喚術なのだから。

「―――」

不可聴の神言が唱えられ、そして。

「ほう、何をしてくれるのかと思えば。やれやれ、またこき使われるのか」

皮肉気にアサシンは哂う。

誓約は、確かに結ばれた。

「まぁ、いいだろうよ。脱出するのだろう?」

彼は剣を構える。

恐ろしいほど長い刀。

それをまるで飛燕のように。

「―――秘剣、燕返し」

死者が、三撃十五肉塊と化す。

「ふん、甘いことだ」

アーチャーの皮肉も気にせずに。

今は一丸となって、この山を逃げ出すのだ。

今は、今は。


柳洞寺に近づこうと奮戦していた凛やライダーと合流できたのは、それから数分後のことだった。

やっぱりひと悶着あったりしたけれど、それはまた次の話だ。

幾つかの謎と、幾つかの問題を生み出しながら、キャスターとの戦いはこうして終わりを告げた―――


―――全く、世話が焼ける人ですね。イレギュラーさん。


第六話に続く。



おとがせ

んー、第五話終結です。
謎をたくさん生んで、次回へGOです。
やっほい!
WEB拍手返信
2月21日分
>うわー。やっぱりアーチャーはアティに怒られてる。
この話ではそういう宿運です。最早動かすことのできない絶対の事実―――だったらやだなぁw

というわけで、次回は―――
多分ランサー編。
ではまた。