昔、まだ子供だった頃、僕は夢を見た。
何日も同じ夢を見続けた。
今でもしっかりと覚えている夢。
〜夢の思いで〜
夢の中では、僕は何もない所にいた。
そこにはもう一人、その時の僕よりも大きかろう、黒い髪の女の子もいた。
その子はいつも寂しそうな顔をして、黙ったまま立っていた。
「ねぇ。何をしてるの?一緒に遊ばない?」
「・・・・・」
話しかけてみるが、少女はいつも黙って首を横に振ったいた。
「ねぇ、一緒に遊ぼうよ。」
何度目だっただろうか。
いつものように話しかけてみた。
「・・・今は・・・まだだめ」
僕は、断られた悲しみよりも、初めて彼女がしゃべってくれた喜びの方が強く感じられた。
「今は?じゃあいつなら良いの?」
「・・・・・お祈りが、終わったら」
一度は消えかけたようにも見えた寂しさが再び彼女の顔を覆ったような気がした。
「おいのり?」
少女は黙ってうなずいた。
「今も世界のどこかで命を落としている人がいる・・・。 そんな人達のために・・・。
ね、だから今はだめ」
「・・・じゃあ、そういう人がいなくなれば遊べるんだね」
「そうね・・・」
「僕、大人になったらお医者さんになって、世界中の人を助けてみせる!」
僕がそう言うと、彼女は微笑んでくれた。
僕にはそれがどんなことよりも嬉しく思えた。
「ありがとう。・・・・・じゃあ・・・世界中の人を助ける事は出来なくても、
身の回りにいる、大勢の人を助けることが出来たら遊んであげるね」
「絶対だよ!約束だからね!」
「うん・・・。約束・・・だよ」
意識が薄れていく。
彼女の柔らかい微笑みも消えていく。
それが途方もなく嫌だった。
気が付くと僕は自分のベッドの中にいた。
それから二度と同じ夢を見ることは無くなってしまった。
もちろん、その後彼女とも会っていない。
会えるわけがない。
あの子は夢の中の住人なのだから。
そう思っていた。
そう思ってあきらめていた。
しかし今、彼女は僕の目の前にいる。
僕に向かって笑い掛けてくれている。
「・・・約束、守ってくれたんだね」
「うん!僕、ちゃんとお医者さんになったんだよ!」
「そうだね。じゃあ・・・・・そろそろ行こうか」
「・・・うん。・・・・・・ねぇ、なにして遊ぶ?」
「何がいい?」
「う〜ん」
ある病院の一室で、老人がベッドに横たわっている。
老人の顔はとても落ち着いていて、和やかで、微笑んでいるようにも見えた。
老人の妻と見受けられる老婆が老人の身体にすがりついて泣いている。
老婆の後ろには、若者から年寄りまで、何人ものひとがいる。
全員泣いているようだ。
「先生は立派な人でした・・・。誰もがあきらめるような状況でも、必ずそれに立ち向かって、
その状況を打破し、大勢の人の命を救って下さった・・・」
その中の白衣を着た一人の男が涙をこぼしながら言う。
「こんなに安らかな顔をなされて・・・。先生、極楽とはどんな所ですか?」
また別の男が言った。
この場にいる、全ての人がこの老人に感謝しているようだった。
外では雪が降っている。
まるで老人を祝福するかのようにゆっくりと。
老人が横たわっているその部屋には窓が無く、降り積もっている美しい雪も見えない。
そして・・・
雪の上に浮き出た、2つの小さな足跡も・・・。
〜end〜