奇跡の生還!園原転落事故

〜 長野県阿智村園原付近 〜

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生還者 伊藤 顕
そしてお世話になったみなさん

1.気まぐれの免許取得

 24歳になってようやく車の免許というものを取得した。

 それまで人から幾度となく「なんで取らないの?」という問いを受けていた。
 「不便じゃない?」とか、
 「どうやって生活してるの?」とか、
 「何かポリシーでもあるの?」とか、
 「バカじゃねぇ?」(元バカ上司のオコトバ)とか。

 自分としては自転車があれば問題なかったし、車が必要となったら人のケツをアテにしていればよかったので、別に要らないものは要らなかったのだが、そこらへんがどうも、生まれてから車社会で生きてきた人達には理解されなかったらしい。あえてほかに理由を挙げたとすれば、
 「丸暗記力というものを圧倒的に欠いているで試験は無理」
 「なんでみんな自動車免許を持っているかのほうが不思議」
 「自転車で人を轢いた事のあるような人間にはヤバ過ぎる」
 などと答えてますます理解されない日々であった。

 さてここで問題です。そんな自分が、免許を取ろうと思った理由は次のどれでしょう?
   A.暇だった。
   B.単なる気まぐれ、思い付き。
   C.ちょっと免許でも取って、人を驚かせてやろう。
                              答え:全部

 そこには車を運転するためという理由はカケラもない。あ、そういえばあともう1つあった。
   D.駐車場があるのに車がなかったから。

 そして車を買うまでは、免許を取るなんてことはなんとなく誰にも教えてなかった。車を買う段になって、
 「ちょっと買い物付き合って」
 「何買うの?」
 「車」
 「え?!免許は?」
 「ないよ」

 実際、車を買ったときはまだ無免許で、免許を取ったのは車がきて1週間後くらいだった。どうも当時の心境を考えると、車を先に買う事で自ら免許取得に対してハッパをかけていたのではないかと思われる。しかしまさか無免許で車が買えるものだとは思わなかった。

 車の販売店では
 「ちょっと乗ってみてもいいですか?」
 「他のメーカー?どこにも立ち寄ってないですよ」
 「アルミホイールなんてどうでもいいけど、ルーフレールは欲しい」
 「じゃ、これください」

 ジーパン、Tシャツにサンダル履きで、バイク2人のりという、およそ車を買いにきたといういでたちとは思えない登場から、商談およそ10分足らず。しかも値段の交渉もしていない。逆にディーラーの人のほうが戸惑って値引きの交渉をしてくる始末。「普通は逆なんですけどね。」


在りし日のジムニーの写真を探したが、これしかなかった。
運転中に車内から撮った、下諏訪市街の国道を1匹で散歩する
羊さんと、民家のガラスに映り込んだジムニーさん。

 そんなこんなで、うちに青のジムニーがやってきた。買った当人がほとんど直前まで車のオーナーになるとは思いもしなかった、という行き当たりばったりのいい加減さは相変わらず。

 車種の選考基準も、かなりどうでもよかったのだが、とりあえず何でもちっこいのが好みだし、こだわるつもりもないので維持費から考えても、軽自動車。
 ただの乗用車じゃつまらないから、遊べる車。スポーツカータイプとRVタイプだったら、RVタイプだな。そうなると選択肢は自ずと絞られて
 ・三菱「パジェロミニ」
 ・スズキ「ジムニー」
 ・ダイハツ「テリオスキッド」
 ・マツダ「AZオフロード」
 となった。しかしパジェロミニとテリオスキッドはカッコだけのRV車といってもいいくらいなので、結局ジムニーしか残らなかったのだ。ちなみにAZオフロードは、ジムニーにマツダのエンブレムをつけただけのめったに見かけない車である。
 こんな消去法で車を決める人間もあまりいないかもしれない。車好きに大変怒られそうだ。

 

2.滑落

 いやな予感がしていた。いくらなんでも調子に乗りすぎだ。
 9月のまだ残暑で蒸し暑い日。日付がいつだったか覚えていなかったが、東海地方で水害があったちょうど前日だったのでちょっと調べればすぐ判った。2000年9月11日がその日のようだ。
 免許とって1ヶ月しか経っていないのに、土日しか乗っていないのに、走行距離は3000キロをすでに超している。
 平気で山道に入っていって、狭い道でのすれ違いもこっちがよけたりなんかして、余裕をコキすぎだ。スピードを出しているわけじゃないのが唯一の救いだろうか。

 おかしい。俺はこんなはずじゃない。新年初日の1月4日に出勤場所を間違えるような、歩いていて駐車場のゲートに脳天唐竹わりを食らうような、もっと大マヌケのはずだ。絶対事故る。どっかぶつける。

 国道じゃつまらないからと、岐阜−長野県境の神坂峠を選択して、途中で道を間違えたときも、これは引き返したほうがいいってことじゃないか、と自問していた。
 おかしい。おかしずぎる。あぶない。ヤバ過ぎる。

 そんな不安もなんなくと峠を登り切り、峠で景色でも間眺めながら小休憩し、やれやれと下りに差し掛かった。
 事故の前兆はこの辺でも現れている。右カーブになると、スピードは出ていないのにどうも左後ろのタイヤが滑っているように感じるのが気にかかる。
 そしてこの車は買ったときから後ろドアの閉まり判定の調子がおかしくて、室内灯がちょっとした路面の凹凸でチカチカと点滅する。つい先日の1ヶ月点検で調整してもらったのになー、あとでどっちももう1回見てもらおう。


こんなところで
どうして?の滑落現場。

 峠道もそろそろ終わりのようで、坂もだいぶ緩やかになってきたころ、ガードレールもない狭い山道で、その日十何度目かのすれ違いを行った。
 坂道発進もなんのその。下り坂を数メートル後退して、ちょっとした狭い隙間に車を寄せてすれ違い成功。再び前進した。

 まさにその時である。

 左後ろのタイヤがどうも滑る気がして、左のドアミラーをちらと見た、まさにその時である。

 室内灯がチカチカするのがうっとおしくて、レバーをOFFにした、まさにその時である。

 下りたらそれらを見てもらって、ついでにそろそろエンジンオイルを交換しなきゃいけないなー、と思っていた、まさにその時である。

 カーステレオから、ビートルズの"You Know My Name"が流れていた、まさにその時である。

 

 車は右側から谷底へと転落していった。

 

 

 

3.九死に一無傷

 何度も、何度も、車は横向きに転がりながら落ちていった。
 不思議と生命の危機は感じなかったと思う。
 「やべ、やべ、やべ、やべ」
 ごろんごろんと転がり落ちる車の中で、回転に調子を合わせてつぶやいていた。しかしどこまで転がり落ちるんだ?
 結局河原まで転がり落ちて止まった。運良く着地したときはタイヤが下に、つまり普通の向きでとまった。

 爆発したらまずい!ふいにそう思って急いで車から降りた。ドアは開かなかったので、全開になっていた窓から這い出た。
 何のはずみか、ギアはニュートラルになっていて、エンジンはまだかかっている。
 "You know my name, look up the number…"
 車の中からジョン・レノンのふざけた歌が聞こえてくる。ボンネットがひしゃげて軽く水蒸気を上げているので、爆発しないうちにエンジンを切る。

 開口一発、「あ〜あ」
 まるで食べかけのアイスが地面に落ちてしまった程度の「あ〜あ」である。


滑落した斜面の全景。
うまいこと木の生えていない
ところをねらって落ちたようだ。

 そして転がり落ちてきたところを見上げて愕然とする。そこはまさに崖だった。とても車ごと転げ落ちて助かるとは思えない、見上げる高さの、崖というのも正しくないが、斜面という感じでもない。少なくとも登り降りは無理だといえるだろう。
 「何で俺生きてるんだ?」

 今考えても不思議なのだが、当人は至って冷静で、まず、自分は興奮していて痛みを感じていないだけかもしれない、と全身のチェックを開始した。
 頭、腹、背、手、足…。指先まで丹念に調べる。

 無傷だった。かすり傷ひとつない。なんで?

 車のほうもよく見ると、ボンネットが前上方から軽くつぶされた感じになって、フロントガラスは割れているものの、原形はほとんどとどめている。
 左後ろから見ると、全く壊れているようには見えない。室内空間もそのままだ。そいうえば滑落後もちゃんとエンジンは動いていた。

 ボンネットは、ひしゃげているけど普通に開閉できる。ラジエターの角度が変わって、冷却液入れが割れて水が漏れているものの、見たかんじ他の内臓(?)に外傷は見られない。
 どう圧力がかかったのか、ボンネット部は前方から潰れているのに、そのすぐ下のバンパーは完全。左右のライトも割れておらずに点く。おっと、左のフォグランプは点くけどカバーは割れている。前上方からラジエター部分をねらって潰したようなへこみ方。変。
 左ドアは完全。転がったはずなののに、ドアミラーも雨除けもそのままだ。
 右ドアはちょっとまずい。ボコボコでちゃんと開かないし、ドアミラーと雨除けがもげている。けど、パワーウィンドウは動くんだな。これが。
 フロントガラスはクモの巣状態。ワイパーは右側のがひん曲がってるけど、普通に動く。
 ボディーは、右の運転席横の柱部分にへこみがある。強度的にこれはどうだろう。他は擦り傷程度だ。
 購入時になんとなくこだわったルーフレールは、軽くくの字に曲がっている。転がり落ちたのは錯覚ではなかった証拠だ。だけど最大まで伸ばしていたアンテナは折れも曲がりもしていない。後に、ルーフレールがあったから、ボディーがほとんど変形しなかったという話を聞いた。
 室内はしっちゃかめっちゃか。後ろに積んであったはずの三角表示板が、ちょこんと助手席に座っている。助手席においておいたかばんは全開の窓から飛び出して、崖の途中に引っかかっていた。
 エンジンは…かかる。すこぶる調子いい。タイヤをまわしてみるが、腹の下に大きな岩があってカメ状態で動けない。しかし4つ輪とも元気に空回りしているのを確認。
 ラジエター、ボンネット、フロントガラス、右前のパネルとドア。この5個所以外はたいした事なさそうだが、見えない腹の部分が心配だ。

 再び、「あ〜あ」
 さっきより多少落胆の色が大きい「あ〜あ」になった。動くのはいいけど、どうやって引き上げるんだ?これ?

 車の脇で呆けていてもしょうがないので、とりあえず道に戻って助けを呼ぶことにする。まず、今の自分の装備確認。役に立ちそうなものをいくつかかばんに入れる。
 道路地図、懐中電灯、細引き(ロープ)、軍手、三角巾、500mlペットボトルの烏龍茶、登山ナイフ、ライター、車検証、保険証、何だか色々と積んであるなー(笑)。食料がないのがどうしようもないが、別に山で遭難したわけじゃないからいいだろう。
 カメラを持っていたが、何度か撮ろうとして思いとどまった。これはとてもじゃないけど人に見せられない!
 落ちたそばの雑木林の急斜面を樹木に掴まって道まで登り、通りかかった車をヒッチハイクのように捕まえて、一番近くの公衆電話まで送ってもらった。
 なんとなくこんな状況を楽しんでいる自分がいた。

 

4.顛末

 この後、警察を呼び、レッカーを呼び、迎えに親を呼び(現場に一番近かった)、車の引き上げはレッカー屋に任せて、翌日何事もなかったかのよう出社していた。そういえば病院へは行っていない。

 恐怖は、時間が経つにつれ次第に強まっていったように思う。
 警察の「これに乗っていた人は?」の問い。あまりに自分がぴんぴんしているので、乗っていた人間は他にいると思ったらしい。
 事故証明書の「15m落下」の文字。いくらなんでも高さがオーバーすぎるが、それでも10m近くは落ちたと思う。
 レッカー屋の「修理して乗るのは無理」の言葉。
 事故現場を見た者の表情は、みな信じられないといった感じだった。

 ただ、事故現場をみないで、引き上げ後の車と人間だけを見たスズキのディーラーの人だけは、あっさり「直して乗ったほうがいいですよ」「土手から3、4mくらい落ちたんですか?」


道路は2001年9月現在、未だに不通。
写真は2000年の初冬ごろ。
滑落現場より数百m下流の地点。

 車の引き上げは、名古屋に大水害をもたらしたのと同じ大雨の中で行われたようだ。いまだにどうやって引き上げたかは不明だが、かなり大変な作業だったと思う。なにせ、その雨のせいで着地した河原は全く地形が変わっていて、道路のほうは未だに不通になっている。
 現在車に残る傷のほとんどは、滑落時のものではなく、おそらくは引き上げ時にできた傷痕。ドア上部のワイヤーの跡など、かなり痛々しい物もあるが、これは記念に残してある。

 車に乗っていた期間よりも、はるかに長い期間をかけて戻ってきた車に名前をつけてやった。その名も"KATSUBO号"。滑落安全ボディー号の略である。ちなみに自転車は"まどろっこしい号"という名前がついている。しかしこれらの名前で呼ぶ事はほとんどない。だって言いづらいんだもの(笑)

 人も車も、なんだか無事に現在あるから、冗談半分に語れる事故ではあったが、真面目になって考えると青ざめてしまう。しかしあまりにも極端すぎて現実味に乏しいせいで、今日も普通に生きている。
 事故原因は、「よそ見」としか言いようがない。狭い道ではあるものの、カーブではなくまっすぐな場所で、勾配もあまりない。そんな場所で、あろうことか山側の左側車線から、右側の谷底へ落ちていったんだから弁解のしようもない。

 事故後数ヶ月経って、新たな恐怖が待っていた。頭頂部付近に、やけに白髪が増えていたのだ。
 本人に実感はなくとも、精神は確実に消耗していたようだ。
 さらに時が経つに連れてビビリ癖がついて、スキーの直滑降もちょっと考えてからやるようになったり、思い切った行動が以前ほどできなくなってしまった。
 そしてこの事故記録を書く踏ん切りがつくにも、まる1年かかってしまった。(ウソ。1年経った事に気づいて「早く書かなきゃ!」)

 いまだ心神のリハビリ中。一生引きずっていくかもしれない。

 ところが、1年経ってだんだんまたぞろ調子をこくようになってきたような気がする…

 おかしい。おかしずぎる。あぶない。ヤバ過ぎる。


3筋のワイヤー跡と、直してもまだなんとなく
くの字に曲がったままのルーフレール

2001.09.24 Itoh Akira


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