冬の戦場
「志貴さんいらっしゃいますかー!」
冬もこれからという時に、晶ちゃんが鼻息も荒く遠野家を訪ねてきた。
とりあえず話を聞いてみると。
何やら年2回ある大イベントに俺と一緒に出かけたいそうだ。
ちょうど俺も暇だったため気兼ねなく承諾してしまった。
後ろで琥珀さんが何か言ってたような気がするのは激しく気のせいだと思いたい。
秋葉がその場にいなかったのも助かった。
晶ちゃんも恐らくそれを狙っていたのだろう。
晶ちゃん曰く血戦(血で血を洗うのか?)まで数日にさしかかったころ。
なぜか秋葉が俺と晶ちゃんが連れ立って出かけることを知っていた。
いつもの秋葉なら猛烈に反対するはずだ。
しかし今回に限って何も言わなかった。
「せっかく瀬尾が楽しみにしているのに、邪魔するなんてできません」とまで。
…………怪しい。
普段は俺と晶ちゃんが会うことにさえぶーぶー文句をたれるくせに。
秋葉の動向を訝しげに思いながらもとうとうその日がやってきた。
晶ちゃんから前もって説明は聞いていたが……まさかこれほどとは。
見渡す限りの人だかり。ここで眼鏡を外すと脳が壊れそうだなーとか思ったりして。
今まで生きてきたが、これだけの人が集まるのを見るのは初めてだった。
直接に肌で感じる熱気。特徴ある人々の集まり。全てが常識を超えていた。
それにココに着くまでも大変だった。
ありとあらゆる交通機関が混雑していて、遠野家お抱えの運転手のお世話になったくらいだ。
もちろんそれも秋葉の指示によるものだ。………ますます怪しい。
「志貴さん!早く行きましょう!」
そう思案していると隣で晶ちゃんがごうを煮やしたようだ。
会場に着く前はそわそわして不安そうにしていたのだが。
着いてみるとむしろ元気になっているような気もする。
俺の手をぐいぐい引っ張って進む晶ちゃん。
せめて秋葉の前でもこんな風に強気だったらなぁ。
「あ、あれはっ!志貴さんこっちです!」
いやしかし晶ちゃんは可愛い。
こう、今まで感じたことのない保護欲というかそういうものをくすぐられる。
身近な優しさというか、健気なところにもお兄ちゃん胸キュンだよ。
秋葉にももう少し優しさがあればいいのに……
「それで今日は先輩とサークル参加してるんですけど……」
既に晶ちゃんと俺の手の中には大量の本が詰め込まれた紙袋が納まっている。
装丁とかを見る限りでは(こういったら晶ちゃんに失礼だが)まともだ。
晶ちゃんから受けた説明が思い出される。
『世界には色々な愛があるんですよ、志貴さん』
変に疑っても嫌な気持ちになるだけだ。やめておこう。
「志貴さんも売り子を手伝っていただけませんか?」
頭の奥でさっき見た表紙がちらつく。
「いいよ。迷惑でなかったらだけど」
「ぜひお願いしますっ!」
そのまま晶ちゃんに従って渾沌の渦と化した会場を器用にすいすいと進んでいった。
「あーっ、秋葉ちゃんのお兄さんだー」
晶ちゃんの示すサークルの場所へ行ってみると開口一番に指をさされてしまった。
見るとおっとりとした顔立ちでロングの髪。
記憶を頼りにして何とか思い出す。
「三澤羽居さん、だったっけ?」
当の本人は羽ピンでいいですよーと微笑む。
「あんたも大変だな…」
羽居さんの後ろからやや小柄な髪を束ねた子が出てきた。
ボーイッシュな服装と髪型をしているためかよく見ないと少女とはわからない。
「えっと…月姫……」
苗字しか思い出せない。
「蒼香だよ」
そういって嘆息する。
「なんで2人がここに?」
疑問に思って訊ねてみる。
「あんたと一緒だよ。」
月姫さんが再びため息をつく。その言葉の意味がわからない俺に――
「誰かのせいで災難に遭ってる、ってことさ」
ああなるほど、と手を合わせる。いやはや納得。
「あれ、志貴さんと先輩達って知り合いだったんですか?」
売り子に戻った三澤さんに代わって晶ちゃんが加わる。
「うん、前に会ったことがあってね」
かくかくしかじか。
「そーだったんですか。実は先輩達も今日はバイトとして参加してもらってたんですよ」
一通り回ってしまったものの晶ちゃんの眼にはいまだに炎が宿っていた。
少し疲れた俺と違ってピンピンしている。
こ、これが同人魂というやつか。
「なあ、秋葉の兄さん。あんた晶が売ってるのがどういう本か知ってるのかい?」
その言葉に晶ちゃんが顔を赤らめたり青ざめたりして面白い。
その間にも月姫さんがダンボール箱に入っていた本を手にとってこちらに投げる。
受け取って見るとそれは先ほどの表紙を見たやつだった。
両手でしっかりと持ってもう一度まじまじと表紙を見る。
「えーっと、それが今回の新刊なんですけど…あはは」
苦笑いしながら晶ちゃんが付け加える。
そうか、新刊なのか。
表紙には傍目にも格好良い男性が2人、兄弟のように寄り添っていた。
いまさらだが、嫌な予感がする。
なにか人として間違えそうで。
「晶が言うには総受け本だってさ。俺も読んだけどひでぇもんだな」
表紙を開いて読もうとした俺の耳に月姫さんの読後の感想が聞こえてきた。
……総受け本って何だろう。
……ひでぇもんって何だろう。
分からない。わからない。ワカラナイ。
本をめくる指が動きを停止スル。
「渾身の出来です!ぜひ読んでくださいっ!」
やけに興奮している晶ちゃんの期待する目に負けて少しずつページをめくりだす。
………………。
男の人が出てきて相手に色々なことをしていた。
アレな行為をしたり、俗に言う「愛の営み」をしていた。
普通に考えると、まあ普通だ。成年指定になるがな。
しかし普通じゃなかった。健全本(?)じゃなかった。
男の人がたくさん出てくる。
出てくるのはいいけどどうして相手も同じ男なんだろう。
アタマが壊レル。本ヲ閉ジロ。眼ヲフサゲ。
遅ればせながら七夜が警告をしてくる。
すぐさま従おうとするが手遅れだった。
索引の次のページに登場人物の名前を見つけてしまったのだ。
主人公:遠野志貴。しきって誰だっけ。
俺の兄弟?それは四季。
ロアの転生体?それもシキ。
俺だ。ってなんで俺?
一人目:シキ
一人目って何だよ。
そーなると二人目以降もいるのか。
あ、ちゃんと書いてある。
なになに……乾……ネロ……メレム……槙久…時南……。
なんでこんなんばっか(iдi)ウマー
「あの、晶ちゃん?」
震えながらも絞りだした声。
その先には。
双眸に尋常ではない光を宿した少女。
「うふふふ。どうですか志貴さん?」
やばい、やばいぞ遠野志貴。
助けを呼びたいが平気で怒号が飛び交うここでは誰も気付いてくれない。
月姫さん――は晶ちゃんの後ろで呆れていた。
三澤さんはその新刊とやらの販売で忙しいみたいだ。
「それで志貴さん。次回の新刊なんですが」
晶ちゃんが体に並々ならぬオーラを纏いつつ近づいてくる。
つーかそれは瘴気ですか?
「もっと描写に現実味を出すために、協力して欲しいんです」
思考を七夜に任せて逃走経路を割り出す。その時間およそ一秒もかからない。
「泊り込むためにホテル取ってあるんですけど」
脳内シュミレーションを繰り返し、自宅までの安全な帰路を確保する。
「……晶ちゃん、それって……健全本?」
その言葉を聞いた晶ちゃんが浮かべた笑みは、ドこカ壊レテいた。
「大丈夫です。ローションも持ってきてますから!」
ポケットに入れていた短刀「七夜」を確かめるように握り締める。
「おっ」
それまで眺めていた月姫さんが驚いた声を上げる。
そりゃそうだ。俺が七夜として凄まじいスピードで逃げ始めたからだ。
「志貴さんっ!」
頭から余計な考えを除け。真っ白にして逃げることだけを念頭に入れろ。
捕まったら、オワリだ。コンテニューはナイ。
視界が流れるように、目まぐるしく動いていく。
この体を動かしているのは七夜。純粋な恐怖から逃げている。
当然、速度は常人が出せる速さではないはずだ。
……なんでついてこれるかな。
全身の筋力をフルに使用しているのだ。
しかし七夜の鋭敏な感覚は背後に迫る気配を認識していた。
血走った眼で"道具"を持った少女が追いかけてくる。
「志貴さーんっ!まってくださーいっ!」
結局、その日は一日中。
かって蒼眼の死神と呼ばれた殺人貴が一人のやおい少女に追いかけられていた。
あんえぴろーぐ。
一方、会場の隅の方では割烹着とメイド服を着たお供を連れたお嬢様がいた。
「全く兄さんと瀬尾はどこに行ったのかしら!」
「まあまあ秋葉さま。あ、これなんてどうですか?」
そう言って割烹着の少女――琥珀が差し出した本の表紙には。
眼鏡をかけた志貴と蒼眼の志貴が抱き合っていた。
「七夜×志貴って志貴さん同士のカップリングですよ?」
傍らのメイド服を着た少女――翡翠も恍惚とした表情で立っていた。
「志貴ちゃんが二人……志貴ちゃんが二人……」
「あっ、あったわ!これよこれ!」
ようやく目当ての本を見つけた秋葉は嬉しそうだ。
「あのー秋葉さま、これって……」
明らかに引いている琥珀。置いてある見本誌に載っていたものとは。
磔にされている志貴を鞭とか蝋燭とかでお仕置きする妹だった。
えすえむである。結構ハードな。
よく見ると連邦でもない、トロイでもない木馬があったりして。
あの背中がとんがってるやつ。
それだけでは飽き足らず、茶色い描写がないのでやや残念そうな秋葉。
そのとき、彼女の頭の中では妄想が具現化されていた。
『どうですか、兄さん。ここが良いんですか?』
仰向けに縛られ、寝かされている志貴に蝋燭を垂らす秋葉。
『や、やめてくれ、秋葉』
『ここは正直ですわよ、兄さん?』
ぐりぐりと志貴の股下の物を踏みつける秋葉。
『あぁ、っく』
「……さま」
虚ろな眼でトリップしている遠野家当主。
「秋葉さま」
しばらく妄想の海に沈んでいた秋葉が立ち直るのに数分間を要した。
「どうかされましたか?」
挙動がおかしい主人に琥珀が心配する。
「ちょっと暑いかしらね。そろそろ帰りましょうか」
そう言いつつも秋葉の両手には同人誌の山。
もちろん傍らに立つ使用人姉妹の手も塞がっていた。
とりあえず持てる分だけ持って、後は宅配で遠野家に送る手配済みだ。
秋葉は傍目にも気持ち悪いくらいニヤニヤしていた。
彼女は帰ってきた志貴に妄想の続きをするつもりである。
いや、続きではなく最初から。
晶から逃げ惑っている志貴は知るよしもない。
彼の悲惨な最後に合掌を。
バッドエンド(?
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