クリスマス・ナイト
そのとき遠野志貴は困っていた。
なぜならば、1年を通しても滅多に起こらない事態に直面していたからだ。
囲まれていた。5人の女性に。
そしてそれぞれが一様に志貴へ満面の笑みで微笑んでいる。
「志貴はわたしと一緒に過ごしてくれるって言ったよねー」
「遠野君は私と教会で聖夜を祝うんです!」
「黙らっしゃい!兄さんは可愛い妹と親睦を深めまくるんです!」
「志貴さま、翡翠はお待ちしております」
「志貴さん、姉妹丼はいかがですかー?」
ずずいと迫る彼女達に志貴は怯えていた。
対する彼女達は志貴の怯える様を見て、じゅるりと舌なめずりをする。
志貴はそれでもなけなしの勇気で自分の意思を主張した。
「じ、実はもう決めて……」
ピシッ!
瞬間、ガラスにヒビが入ったような音がした。
志貴の言葉に穏やか(?)だった場の雰囲気がガラリと変わる。
同時にそれだけで対象を殺せそうな視線で射抜かれる志貴。
彼は彼で先ほどから逃げ出す機会を伺っていたようだが、いまだ実行されずにいた。
『け、結界能力!?』
自分を睨む5対10個の眼。それらが創り出す結界。
性能はネロの獣王の巣も驚くほどすこぶる良い。
しかし志貴には感心している時間はない。
まさに弾劾裁判。
質疑応答の時間は終り、場は終幕を迎えようとしていた。
終幕――それは、終わりを意味する。
悪くて意識不明の重態、良くても全治ウンヶ月の重傷だろうか。
手加減くらいはしてくれそうだが、度合いにもよる。
正直、吹き荒れる嫉妬の嵐の中で、生き残るのは至難。
志貴は己の中に流れる特殊な血を心底恨んだ。
有事の際はともかく、平時はまったく役に立たない七夜の血。
古くから伝えられてきた七夜の血も今、絶えようとしていた。
「ちょっと待ってください」
意外なところから救いの手は差し伸べられる。
「先ほどの志貴さんのお言葉ですが、誰に対して言われたのでしょうか?」
いつもの琥珀さん怒ってます、のポーズで琥珀が皆に訊いていた。
「決まってるじゃない、ここにいる私たちよ」
反対勢その1、アルクェイド。気のせいだといいのだが、瞳が赤っぽい。
「今回はアルクェイドに同意ですね」
その2、シエル先輩。その手には黒い鋭利な物。
「今度は誰ですか!?都古ですか?それとも朱鷺恵さんですか?」
その3、秋葉。朱鷺恵さんはともかく都古はどうかと思う志貴が反論する。
「秋葉、いくら俺もそこまで節操無しじゃないぞ!」
自分にそのケがあるのか以前から疑っていた志貴の声はいつもより大きい。
「あら、ではお聞きしますがアルクェイドさんの使い魔はどう言い訳されるのかしら?」
極めて冷淡な声で秋葉が言い放つ。
『ぐっ、だってあれは萌えなんだよ!ニーソックスだぞ?幼女だぞ?』
志貴の心の声は届かない。
『加えて無口でこれはもうエリアルレイヴ確定で胸キュンで萌えキュンですか!?』
届いたら届いたでどえらい事になっていたであろうが。
『それに秋葉とは所持するスキルが違うからな。妹で貧乳で令嬢で高飛車なんて今は流行らんぞ!』
もういいって。
「はいはい、秋葉さまも志貴さんもそこまでです」
さっきから変わっていないポーズで琥珀が仲裁する。
「アルクェイドさんのおっしゃる通りですが、こうも考えられます」
ぽかん、として見守る志貴を後にして琥珀の推理は続く。
「相手はここにいる誰かで、他の人がいる手前ここでは言えないということです」
「ふむ、一理ありますね」
「そうかなぁ」
「それにこれ以上すると志貴さんが遠くに逝っちゃいそうですから」
このままだと志貴が病院送り確定だと暗にほのめかしていた。
「ついでに志貴さんからの好感度アップ、です」
策士の異名を持つだけあってその行動には裏がある。
「くっ、謀ったわね琥珀!!」
「姉さん、ひどいです」
琥珀によって気勢をそがれた面々を前にして、志貴は心の中で謝っていた。
『ごめん、みんな』
そんな志貴の心を知ってか知らずか。
「じゃあね志貴。クリスマスを楽しみにしてるから」
「遠野君、良いお知らせを待ってますね」
「遠野家から出ることは許しませんよ、兄さん」
「志貴さん、最後でも宜しいので必ず来て下さいね。ほら、翡翠ちゃんも」
「あの、志貴さま、お待ちしております」
そう言って次々と去っていく。
危機が去ってから志貴は初めて自分がどこにいたのか気がついた。
薄暗くてどんよりとした空気。あの路地裏だった。
最初はアルクに追いかけられてたんだっけ、と志貴は独りごちる。
『逃げた先にはなぜか皆がいて混乱したんだったな』
彼の言葉から察するに、そのまま囲まれて詰問されたらしい。
・・・話を戻そう。
先ほどの志貴の言葉を琥珀の解釈によってアルクェイド達は納得した。
が、志貴はそんなつもりで言ったのではなかった。
実は相手は彼女達ではなかった。琥珀だけは気付いていたようだが。
そのことを皆に知られでもしたら半殺しでは済まない。
全殺しは必須。
志貴は万全を期すためにレンをも買収した。
報酬は「レンに一日中つきっきり」だ。
それぞれがよからぬ考えを抱きながらも。
クリスマス当日はやってきた。
その日の朝、遠野家では不穏な動きがあった。
広大な庭を越えた先には――志貴の部屋がある。
そこに異様に直径が大きい荒縄を担いだ白い影が侵入しようとしていた。
影は慎重に窓から中を覗き、ベッドに志貴がいないことを確認する。
『おかしいわ。志貴が朝早くから動けるはずがないのに』
と、そのとき部屋の隅で微かに動くものがあった。
『あれで隠れたつもり!?』
瞬時に空想具現化で窓ごと消し去って荒縄を投擲する。
「はっ!?」
抗おうとする相手を空想具現化も併用して縛りあげ、即座に逃走に移ろうとする。
「むー、むーっ」
捕縛した相手を相手を軽々と背負うアルクェイド。
背中にかかる重みが違和感を彼女に伝えてきた。
『志貴じゃない?!』
ゆっくりと床に下ろしてみると、涙目になってもがくシエルであった。
「はあ。」
嘆息しながらアルクェイドが拘束を解く。
「ぷはっ、何てことするんですかあなたは!」
「何って志貴と間違えただけじゃない」
「間違えないでください!」
肩で息をしながらシエル。
「シエルこそ何やってたのよ」
アルクェイドがジト目でシエルを見つめる。
「いえ、その、遠野君がいなかったので、部屋で待ってたん、ですけど・・・」
言葉尻がだんだん小さくなっていく。
アルクェイドが胸を張って勝ち誇る。
「なーんだ、シエルもじゃない」
「とっところで!遠野君がいないんです」
「トイレじゃないの?」
「少なくともこの屋敷から気配は感じられませんでした。」
二人で顔を見合わせて首をひねる。
そのときベッドの上でもぞり、と黒いものが動いた。
「あ、レンだ」
「レンさん、遠野君を知りませんか?」
黒い猫も首を振る。
「レンも知らないかー」
「後で秋葉さん達にも訊いてみましょう」
そう言って二人は居間へ向かった。
そのころ、志貴は有彦の家にいた。
早起きのできない志貴がこの時間帯に行動できたのには理由があった。
前日、彼は起きれないのなら寝なければいいという事で全く寝ていなかったのだ。
有彦の家で時間を潰し、簡単な昼食を取って電車へ急ぐ。
志貴が睡眠不足なのは明白で、あくびをしながら電車に揺られていた。
向かう先は彼の住む場所から少し離れた場所。
そこで志貴は昼過ぎに待ち合わせをしていた。
ガヤガヤとした喧騒の中で、目的の駅に着いたことを知らせるアナウンスが聞こえてきた。
まかり間違っても遅れるわけにはいかない。
女性を待たせるようなことはしたくないからだ。
「はぁっ、はぁっ」
駅の構内を早足で駆ける。待ち合わせ場所に指定したのは駅前。
クリスマスということで待ち人を待つ人は多い。
人ごみを掻き分けて進み、駅周辺を眺める。
「まだ来ていないのか。ふぅ」
とりあえずベンチに座って待つことにした。
「あっ」
座ったと同時に後ろから目を塞がれてしまった。
「だーれだ?」
その声には普段みられない茶目っ気が感じられた。
「どなたでしょうか」
「…君は誰だと思う?」
そう言って手を退ける。
後ろを振り返って相手と向き合う。
「お久しぶりです、先生」
「元気だった、志貴?」
「はい、先生もお変わりなく」
いつもの態度で接しようとしてもつい声に熱が篭もってしまう。
おそらく自分の顔は紅潮しているんだろう。まったく恥ずかしい。
それに気付いているのか、先生はさっきからニコニコしている。
「それじゃ、行きましょうか」
「決めてあるんですか?」
意外だ。こう言っては失礼だが、先生に計画性があったなんて。
「まあね。普通は、男性がエスコートするんだけど」
「私の方が年上だし、ね」
と苦笑する。
その通りだけど自分が男である以上、情けなく思う。
「志貴?どうかしたの?」
先生の声に顔を向けると。
こちらを心配そうに見ている先生と目があった。
気恥ずかしさも手伝って慌てて視線を逸らす。
結果として、先生の全体像をまじまじと眺めることになった。
セーターにジーンズ、コートと冬らしいシックな服装だ。
しかし自身が持つ雰囲気と相まってよく似合っていた。
「時間はあまりないんだけど、少し歩こうか。」
今にも雪が降りそうな空の下、二人で並んで歩く。
たまに会って話したりすることはあっても、こうやって二人して歩くのは初めてだった。
身長も同じくらいで(とはいえ若干俺の方が高いのだが)ペースを合わせる必要もない。
昔見上げていた視線が、今は見下ろしていることに気付く。
そう、あのころは全てをあきらめかけていた。
自らの忌まわしい眼によって。
見るものの"死"を形容する「直視の魔眼」を持ちながらもこれだけマトモに生きてこれたのも、
横を歩く先生による所が大きい。
あの時、先生から魔眼殺しをもらったことで遠野志貴は返しても返しきれないものが出来た。
すなわち、これまで生きてきた人生全て。
そして、これからの俺の可能性も。
「志貴、あなたにもう一度だけ聞きたかったの」
先生が歩きながら話し出した。
「何をです?」
「本当に、あなたは後悔していないのかを」
あの月夜の晩、俺は先生になんと答えただろうか。
「あの場所で、私と出会わずにいたほうが幸せだったのかもしれない」
そのまま、いっそ狂ってしまったほうが楽だったのかもしれない、と心の中で続ける。
「結果、あなたは兄弟とクラスメイトを亡くし半端な身体を持つに至った」
それはそう、だけど。
「後悔は、していません。」
「この眼も、感謝することはあっても恨んだりはしませんでした。」
「確かに失ったものは大きいですけど、それ以上に得たものの方が大きかったから」
いつの間にか、歩みが止まっていた。
冬だけあって日が暮れるのは早く、そのとき既に紅い色が空を覆い尽くしていた。
夕日を背にした先生の顔は、よく見えない。
「本当は、こんなことを言いに来たんじゃなかったんだけど、ね」
先生が再び歩きはじめた。
遅れまいと後に続く。
その場を後にする俺たちの背を、暮れかけた日の光が淡く照らしていた。
途中、入ったレストランで早めの夕食を取った。
さっきのを引きずっているのか、先生は終始無言だった。
先生と話をしたいのだが、きっかけが掴めない。
さっきまでは存在していた太陽も沈み、すっかり夜になっていた。
この状態では浮かれた気持ちにもなれない。
折角のクリスマスなのに、先生が沈んでいる理由がわからなかった。
…いや、一つだけ……
結局、二言三言交わしただけで食事は終わった。
早々にレストランを出て、綺麗に飾りつけられた街路樹の下をテクテクと歩いていた。
あの後、先生が発した言葉は一つ。
「公園に行きましょうか」
有言実行。
さほど離れてもいない公園へ向かっていた。
入り口に着くと、煌びやかに電球を纏った大木が目に付いた。
辺りはすっかり暗くて、交互に点滅する明かりがよく映えていた。
そんな光景を横目にして先生とベンチに座る。
さて、なんと声をかけたものか。
それは先生も同じらしく、どもっていた。
「あ、えっと……先生からどうぞ」
自分が最も恐れていることが一つだけあった。
「ごめんなさい。今日はわざわざ付き合ってもらったのに……」
先生の声には元気が無かった。
それに呼応したかのように俺の心に不安が生じる。
「先生……まさか」
「…………」
「帰られるんです、か?」
「……そうなるわ」
恐れていた事態に陥って頭の中が真っ白になる。
「けど、また会えるんですよね?」
「……わからない」
自分の声が震えているのがわかる。
「でも安心したわ。向こうへ行く前に、志貴と会えて」
「先生……」
「志貴が過去に引きずられていないことも確認できたしね」
先ほどの先生の質問が頭の中にリフレインした。
『本当に、あなたは後悔していないのか』
「それに、今のあなたなら幸せになれると思うから」
「………っ!」
真っ白になっていた頭がにわかに熱を持ち始める。
煮えたぎった感情が、抑えきれない。
「え?」
「幸せになんかなれません!このまま先生と別れたりしたら!」
長い間、溜まっていたものが溢れ出した。
「先生と二度と会えなくなるのは、嫌です」
言ってどうにかなるのだろうか。
しかし言わずに終わるよりはだいぶマシだ。
「志貴、あなた…」
「せん……いや、青子さん。あなたに、そばにいて欲しいから」
思い切り拒絶されてもいい。消化不良にはしたくなかった。
無限の時間とも感じられるときは終わり、沈黙は破られた。
「志貴。一つ訊いてもいいかしら?」
「……はい。」
「あなたよりも年上で、」
「構いません」
「俺も、訊ねてもいいですか?」
「良いわよ?」
「自分よりも年下で、おまけにいつ死ぬかわからない身体でも?」
「あなたがいいのなら」
そのまま先生の顔が近づいてきて――
「んむっ?!」
唇を塞がれる。
多分、俺の顔は火が出そうなくらい真っ赤だろう。
しかし、自分でやっておいて恥ずかしいのか先生の顔も真っ赤になっていた。
「せ、先生!」
「青子、って呼んで。…………あっ」
互いの気持ちを確かめた二人を祝福するように、雪が降り始めていた。
この日は志貴にとって、生涯の記念日になるだろう。
最良の出来事の後に、最悪の出来事が起こった日なのだから。
やがて雪も小降りになったころ、街頭の下を二つの影が通り過ぎた。
遠野家へと向かう志貴と青子である。
遠野家の長い坂までさしかかった所で志貴があることを思い出し、立ち止まった。
「志貴?」
「ちょっと待ってください。……あったあった」
そう言って志貴が取り出したのはラッピングされた小箱だった。
「クリスマスプレゼントです、先生」
プレゼントを受け取る青子は「青子でいいのに」と呟きながらも嬉しそうだ。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
丁寧に包装を剥がして出てきたものは――銀の意匠細工が施されている指輪だった。
「あまり金なかったんで、高いものじゃないんですけど」
実際そう高くはなかった。
それでも志貴は有彦に頼み込んでバイトをしていたのだ。
全ては今日の、そして青子のため。
「値段なんて……ありがとう、志貴!」
再び抱きつく青子。
志貴は戸惑いながらも彼女を抱きとめる。
「今は学生なんで、とりあえず卒業までの繋ぎということで。」
志貴の科白には、学校を卒業後のことを含んでいたのだが。
感激している青子に伝わったのかどうかは謎である。
二人は抱き合ったまま、今夜二回目となるキスを交わした。
真新しい恋人達を見守りながらも。
今年もクリスマスの夜は更けてゆく。
fin
おまけ。
「志貴はどこへ行ったのにゃー!」
「遠野君の浮気者ー!」
「兄さんのばかー!」
場所は遠野家。
居間で荒れ狂う女性達がいた。
志貴がいない間に飲んだくれて出来上がっていた彼女ら。
いつもなら抑制役の翡翠と琥珀もひとしきり飲んだあとに眠っていた。
「ただいまー」
そんな中、志貴が帰ってきてしまった。
「「「ピクッ」」」
嫉妬に狂う女三匹が玄関へ殺到する。
「しーきー!」
「何か」
「言い残すことは、ありますか?」
志貴にしてみれば予想していた事態であった。
予想は出来ても、対処法までは出来ていなかったが。
「人の恋人を捕まえて、物騒なこと言わないでくれる?」
志貴の後ろからすいっ、と出てきた人物。
「ぶっ、ブルーがなぜここに?!」
「あなた今なんと言われました?!」
「し、新種の泥棒猫です!排除します!」
三人の反応は違っても思うは同じ。
すなわち、なぜ志貴と一緒にいるのか(いたのか?)。
「甘いわねあなた達。こういうのは、早いもの勝ちって決まってるのよ?」
青子も酔っているのか、志貴にしな垂れかかって腕を絡ませるという大胆な行動をとる。
「せ、先生?!」
下戸の志貴はほとんど酔っていないため、正常な反応。
「また先生って言ったわね?」
お仕置きよ、と志貴にキスをした。
舌を入れて。
よりにもよって彼女達の目の前で。
残されたのは。
嫉妬の二文字で燃え上がる三人。
対して挑戦的な青子。
なすがままの志貴。
……結局、何が起こったのかは語られていないが。
もちろんその日は志貴にとって忘れられない日になったそうだ。
後書き
とりあえず終わりましたが、読み直してみると……違和感ばりばりちょっと待て、てな感じです(何
ちょこちょこ直して見ましたが、まだ違和感感じます。
はい、原因は志貴の一人称と三人称が混じっているからです(爆
自分の貧困なボキャブラリーではどうしようもないみたいなので放置です。
本当に申し訳ありません。
個人的にはラストの青子と志貴のやりとり(問い合うところ)が大好きです。
つか、そのためにコレを書いた気もします(何
ちと長ったらしい文でしたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
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