DEEP MOON










「貴様、私に立ち向かう気か?」
そう人の姿をした人以上の存在は言った。
ネロ・カオス――人でありながら死徒となった男。



太古からあらゆる知識を所有し、また更なる知識を求めている。
既に死んでいるロアの数少ない盟友で理解者でもあった。


視界に入るのは、白い服を着た女性。
白かった服が赤に染まりながら倒れている。
時折微かに動くことからまだ息はあるようだ。


ネロと対峙するのは若い青年である。
その悲しみをたたえた瞳は蒼く深く輝いている。
そしてその目は、倒れている女性に向けられていた。


2人の視線が交差するたび稲妻が走ったように空気が振動する。
一触即発。
永劫ともいえる時間の中で、ついに幕は開けた。


「ネロ…俺は……お前を………殺す…」


青年――遠野志貴は呟く。
持っていたナイフを逆手に持ち替えて構えをとる。


「私を殺すだと?笑わせてくれる」
失笑し一瞥をくれる。


徐々に張り詰めていく空間。
「殺してやる。その全てを」


とたんに志貴の瞳がさらに蒼くなる。
そのまま姿を消す。


暗い公園の地面を音もなく走る姿は――まさに死神。
零距離に持ち込み、終わらせる。
走りから疾走。
疾走から疾駆へ。
30mはあったはずの距離が0になる。


しかし襲い掛かる寸前、目の前に黒い影が広がった。
ネロの666匹の獣だ。
が、志貴の力を測るためか小出しであった。
志貴の前に立ちはだかるのはライオンと黒豹である。
2匹がその俊敏な体を生かして攻め立てる。


対する志貴も素早さでは負けていない。
突進してくるライオンを一突きで殺すと返す刃で黒豹も滅する。


「な!?…貴様、直死の魔眼か!」
驚きを隠せないネロに向かって跳躍する。
ネロも呆けていたわけではなく次の獣を繰り出す。
鮫、鷹、灰色熊がコートの下から湧き出てくる。


頭上の鷹、地上の熊と鮫が連携して迫ってきた。
高速移動している志貴に向かって鷹が急降下して爪で引き裂こうとしてくる。
かろうじて避けると右手に熊、左手に鮫が待っていた。
落ち着きながらタイミングを計る。


我先にと鮫が突っ込んでくる。
遅れて熊が爪を振りかざす。


さすがに両方は避けられないとわかって左手を犠牲にする。
渾身の力で鮫のあごを殴り袈裟切りに振ってくる熊の手の線をなぞり分断する。


振り返りながら仰け反ったままの鮫の点を突く。
左手は鮫を殴った反動で折れていた。
いくら七夜の血の力を出しても体は人間なのだ。
過出力に耐え切れるわけがない。


残りの手で熊が襲ってくる。
かわすのは容易。
しかし鷹が志貴の隙を狙って足を薙いで転倒させた。
体勢を崩しながらも鷹の点を突く。
慌てて受身を取りながら転がる志貴に熊の一撃が迫る。


起き上がりざまに背中にくらって吹っ飛んだ。
突っ込んだ先のトイレに背中からぶつかり意識が朦朧とする。


酸素を必要とする口からは血の塊がこぼれ落ちる。
ネロはいったん熊を戻して近づいてくる。


今にも闇に落ちそうな意識を繋ぎとめていたのは。
彼女――アルクェイドへの思いだった。


こんなときにまで自分よりも他人を心配する。
彼らしいといえば彼らしかった。


時間と共に少しずつ体から血液が失われていく。
全ての生き物は体液を無くして活動できない。
あの吸血鬼ですらも。


無事な右手にも力が入らない。
背中の傷からは絶えず血が流れている。
視界はぼやけて距離感が掴めない。


動くようすのない志貴をネロが見つめる。

「もう終りか。人間」


その言葉には嘲りも侮蔑もない。


「ならば姫君から死んでもらおう」


踵を返すと倒れているはずのアルクェイドへと向かう。


アルクェイドは立っていた。
血まみれの白装束。
だがその眼はいまだ紅く燃えていた。


「ほう、まだ立てるとはな。さすがは真祖の姫といったところか」


歩みを止めてネロが賛辞する。


アルクェイドの荒い呼吸が志貴にも聞こえてきていた。
しだいに足元がおぼつかなくなる。
ガクリ、と膝をついても目だけは生きていた。


「だがそれも終りだ。私の中で眠るがいい」


ネロがコートをはためかせる。


なんて無様――。
志貴は己の無力感を感じていた。
好きな女一人も守れはしない。
心が壊れかける。


その瞬間。


志貴の中で変化が起きた。


ドクン


アルクェイドを殺させはしない。


ドクン、ドクン


あいつは俺といて楽しいと言ったんだ。


心臓が早鐘を打つ。


体の底から力が湧いてくる。
そして動かないはずの体が動く。
相変わらず左腕は動かなかったがそれでも充分だ。


まだ闘える。
まだ戦える。


体を起こし地面に立つ。
既に背中から流れていた血は止まっている。
呼吸までも停止して恐ろしく神経が鋭くなる。
志貴は全てが止まった世界を見た。
そして、時間が流れ出すまではそう時間はかからなかった。


ネロ・カオスが驚嘆する。
だが喋らせはしない。
報いを受けてもらおう。


一度は輝きを失った志貴の双眼に再び、いやさらなる蒼みを増した光が宿った。


蒼眼の死神は詰める。
手に持った七夜の刃で空間を"殺して"迫る。


目の前に立つ志貴を見てネロが感嘆した。


「すばらしい……」


それが最期の科白になった。


崩れていくネロを横目に志貴がアルクェイドを抱き寄せる。


「大丈夫か?」
力なく息を吐くアルクェイドはか弱く見えた。


「志貴。やればでき…たじゃ…ない」
いっそう強く抱き寄せながら叫ぶ。
「もういいっ!もう喋るな!」
志貴の顔は先ほどまでの瞳は消えうせ、破顔していた。
「いいの。わかって…るか…ら」
「……くっそおおおおおおお!!!」
どうしようもない怒りが込み上げる。


「少しの間だったけど…」


「志貴と過ごした、時間は…」


「決して…無駄…じゃなかったよ」


志貴は声を出すことが出来なかった。
のどの奥からは嗚咽しか出てこない。


「死ぬな!まだ教えていないことがあるじゃないか!」


段々とアルクェイドの体が冷たくなってきた。
美しい顔は何ら変わらないのに。


「ただ、眠るだけ。死ぬわけじゃ…ないよ」
喋るのも苦痛のはずなのに志貴をなだめるように。
「……ごめんね。眠く、なってきちゃった。しばらく…会えなくなっちゃうね」


志貴は泣いていた。
志貴自身も不思議に思っていた。
今まで泣いたことなどなかったのに。
そして嫌なくらいに実感していた。
これが、別れなのだと。



泣きながら志貴は口づけを交わす。
たくさんの思いを込めたキスを。
別れを告げるときが来たからだ。


最期の力を振り絞るようにアルクェイドが微笑む。
「ありがとう、志貴」



そのまま

瞳を閉じて

眠りについた。


口の中がやけに渇く。
喉がヒリヒリする。
胸の奥がイタイ。
ココロが壊れそうだ。


彼女にはまださせたいことがたくさんあった。
一緒に行きたかった。
一緒に生きたかった。


約束も交わしたのに。


俺を恨んでも良かったんだ。


なのに


――どうして

――こんなに

――優しく

――微笑んで逝ったんだ



今生の別れを惜しむように唇を奪う。


アルクェイドはまだ暖かい。


本当に眠っているみたいだ。


さっきまで生きていたんだから。


後を追いたいが、それも出来ない。


アルクェイドが望んでいることは別のことだからだ。


アルクェイドは俺に生きてほしいと言った。


だから俺は生きる。




いまは亡き、月の姫の願いを胸に秘めて。










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