中国で「マルチ王」と賛えられる石本正一氏

賀雪鴻


 一九九七年十一月二十七日、北京友誼賓館で、中華人民共和国農業部の劉江部長は日本みかど化工会長・石本農技研社長石本正一氏に銅製の胸像を贈呈した。氏の百回の中国訪問を記念するとともに、マルチ栽培と施設園芸の紹介・普及、マルチ・フィルムの製造技術の指導と開発および節水潅漑技術の指導など、中国の農業発展に対する長年の功績を表彰するためである。胸像は三つ作られ、中国人民革命軍事博物館と中国農業科学院にも一つずつ納められている。

中国との縁

 石本氏は一九二五年、中国の大連市に生まれ、十七歳まで同地で生活していたので、大連を第二の故郷と思い、中国に特に親しい感情を抱いている。

 中日国交正常化が実現して間もない一九七四年に、氏は日中農業交流協会理事の身分で、三十二年ぶりに中国を訪れ、北京、広州、南京、蘇州、上海などを見学訪問した。その後、七六年七月と七八年四月、農業交流のために、出身地の大連および東北地方のハルビン、長春、瀋陽などの農業を視察した。当時、中国では、マルチ栽培技術が普及しておらず、農作物の収穫量は低く、寒い地区と干ばつ地の食糧不足が深刻であった。化学工業と農業を専門とする石本氏は中国農業視察後、中国各地にマルチ栽培を普及させようと考えた。

 中国全土におけるマルチ栽培の普及を天命とする

 七八年春、石本氏は中国から帰国すると、すぐ中国にマルチ栽培を広げる作業に着手した。六月、朱栄中国農業部副部長が訪日した際、マルチ栽培について紹介し、「ぜひとも中国で普及したいただきたい」と熱心に説得した。十月、北京で世界農業機械展覧会が開催され、氏はたくさんの資料、サンプル、スライドを運び込み、マルチ展示コーナーを設け、片言の中国語でマルチ栽培技術およびその保湿作用、地温向上、作物育成促進、雑草抑制などのメリットを懸命に宣伝した。そして、北京、天津、河北、河南、山東、山西省の展示会にも足を運び、セミナーの席上でマルチ技術とその応用を紹介した。当時、中国にはまだ農業用マルチフィルム製造メーカーがなかった。氏は二梱包のサンプルを提供し、七九年初め、また二十トンのマルチを贈呈した。それを異なる作物、地域を対象に実験を行い、意外に喜ばれる成果を挙げた。同年十月、農業部は大連で全国マルチ被覆栽培技術実験交流会を開き、稲、野菜、落花生、サトウキビなどの作物実験報告や実物、写真により、マルチ栽培は節水、肥料節減、温度上昇、土壌改善、病虫害抑制、根の活着促進など作用があり、増産率は三〇〜五〇%、あるものは倍以上に達することを紹介した。

 一九八〇年、実験とモデル規模の拡大、普及活動が中国で本格的にスタートした。しかし、農民の文化水準が低く、交通の便も悪いので、最初、普及作業は非常に困難であった。初志を実現するため、石本氏は毎年三分の一、あるいはそれ以上中国を訪れ、資料や本を背負って、暑さにも寒さにも負げず、あちこちの農村に出向いて、辛抱強くマルチの科学的理論と応用方法を伝授した。農村では黒板のないところもあり、地面にしゃがんで図を描き、手取り足取りで農民たちに教えた。その後、石本夫人はわざわざ布袋を作り、中に折りたたみ式の黒板とチョークなどを入れ、夫に携帯させた。時には食事の時間になってもなかなかマルチ現場から帰って来ない。ようやく帰ってきても、いつもほこりだらけ、汗ビッショリであった。北の黒竜江省大興安嶺から南の海南省きゅう県まで、東の山東省から西の新疆ウイグル自治区石河子まで、中国の二十四の省・市・自治区に氏の足跡と汗が残されている。「どうして先生は苦労してこんなことをなさるのですか」と聞く人もいる。石本氏はいつも、「中国全体をマルチで包むためです。これは私の天命ですから」と、答える。氏と接した人は上層幹部も一般的技術者や普通の農民も皆その精神と行動、温かい人情に感動し、心から氏を信頼し、尊敬している。

 八二年ごろには、ビニール、フィルムがなかなか手に入らず外貨を申請して海外あるいは石本先生の会社から輸入しようと考えた人もいた。氏はそれを知り、「輸入すれば値段が高くなり、農民は買えない。マルチ栽培事業の普及は難しくなる」と反対した。同時に、化学工業部、軽工業部ひいては国家計画委員会の各部門を歩き回り、「中国農業を発展させるには、農業用マルチ・フィルムの生産に力を入れなければならない」と説得した。その後、無錫と大連に投資してマルチ・フィルム合弁会社を設立した。

 八五年に、氏は三菱化学MKV株式会社と共同で、瀋陽、大連、北京、上海にマルチ・モデルとして中日合作施設園芸試験場を設置した。ハウスの骨材、マルチ・フィルム、潅水装置、種苗などを無償で提供し、常駐技術員も派遣した。試験場の設立は全国へのマルチ栽培の普及に大きな役割を果たしてきた。

 一九八四年には、石本氏の協力により、「中国マルチ被覆栽培研究会(いま、中国農業用プラスチック応用技術学会と改称)」が発足した。これは十一の専門チームと一つの分会からなる学術団体である。氏は名誉会長に就任し、多忙な時間を割いて、自ら中国における農業用フィルムの生産と応用技術に関する提案書を五編執筆し、学会にいろいろの指導や支持、ときには物質的な援助を惜しまなかった。ここ二十余年間、氏は百回以上も中国を訪れ、マルチ・フィルム、施設、機材、農薬、肥料、種苗、常駐技術者人件費など合計一千万元(約一億三千万円)に相当する無償援助を提供した。中国から農業代表団を三十余回、計二百余人を招請し、接待した。また、二十四人の研修生、数人の工場実習生を受け入れ、養成した。さらに、樹脂原料生産、農業用マルチ製造プロセスの改善、マルチ栽培技術のレベルアップ、施設園芸事業の開発のために、日本の関係専門家、教育者百余名を伴って技術指導を行った。

豊かな結実

 現在、マルチ栽培は中国各地に広がり、栽培面積は総計四千二百二十万ヘクタールにのぼっている。海抜が高いチベット、雲南、貴州でも、干ばつの寧夏、陝西、内蒙古でも、あるいは寒い東北でも、マルチ栽培によって、農作物の収穫量は大幅に増加し、かつての不毛の地からも緑の作物や植物に覆われるようになった。それによる経済的豚や水産養殖および点滴栽培、潅水チューブ、スプリンクラーなどの分野においてもマルチ技術が幅広く活用され、中国農業の発展に大きな役割を果たしている。

 石本氏は二十数年にわたり、一貫して大きな情熱を持って誠心誠意中国のマルチ農業の開発、普及に計り知れない貢献をし、一九八〇年、大連市から名誉市民の称号、九三年、中国国家科学技術委員会から中国国際科学技術協力賞を授与された。氏の訪中百回記念式には、中国農業部、林業部および中国農業科学院、マルチ関係研究所から多くの祝賀、評価、賛美のメッセージが寄せられ、大勢の人々が氏を囲んで祝福した。今では石本氏の指導を受けた幾千幾万の「マルチ族」が、中国の大地で活躍している。

 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル