多ルートで職業を選択


 五〇年代は労働者になり、六〇年代は軍隊に入り、七〇年代は大学の卒業証書を取得し、八〇年代は留学し、商売の道に入るというのは、それぞれの年代の中国の人たちの職業選択の傾向に現れた変化を総括したものであるが、九〇年代に入ると、「どこにでもチャンスがある」と言い換えられるようになった。

 五〇年代の人々にとっては、国有工場に入ってこそ就職と言えるのであった。というのは労働者は企業がすべてまかなってくれる住居、医療、労働保護、退職後の保障などを含む賃金以外のさまざまな福祉待遇を享受できたからだ。

 一九五二年に、国有綿紡績工場に入った年輩の技能労働者劉順さんは「わたしは工場に入った時まだ十九歳でしたが、学校に通ったことがなく、工場で設置された夜間大学で知識を学びました。あの時、わたしは台持ち工で、一人で三十二台の機械を扱っていたため、非常に疲れはしたが、一月に五十元も稼ぐことができ、当時としてはかなりよい収入でした」と、過去のことを思い出した。

 当時、国が労働力分配面の権利を集中し、都市部の新規増加の労働力と就職を待つ人々は政府によって統一的に配置され、配置は原則として、就職先の多少に合わせてその人数を配置し、いったん就職したら、一生その就職先を離れることができなかった。当時、社会の安定を保障するため、国はすべての人が生活し、すべての人に仕事があることを目指す「安い賃金で、いろいろな就職を」という就職方針を実施していた。

 六〇年代の中、後期になると、多くの中卒生が農村に長期間に定住し、貧農・下層中農の再教育を受けることにより、軍隊に志願するのがブームとなった。農村の若者にとっては、軍隊に入るのは自分たちの農民としての身分を変えることができるばかりでなく、除隊しても都市部に移り住み、食いはぐれることのない仕事につくことができるからであった。

 七〇年代には、「文化大革命」が終結するにつれ、国は大学入試を回復した。共和国成立の年に生まれた多くの人々は一九七七年のあの暖かい冬を忘れられない。大学入試の回復によって、「文化大革命」の十年間に大学入学のチャンスに恵まれなかった数千万人もの若者が公平に競争するチャンスを獲得したのである。一九七七年から一九七九年までの三年間に、大学受験に出願した人数は約千八百万人に達したが、全国の大学の募集人数は八十八万人で、合格率はわずか五%であった。この空前の激しい競争を経て、八十八万人の人たちの人生がそれ以後変わり始めた。

 現在、中国社会科学院に勤めている郭方さんは「当時、農村から北京に戻ってからわずか一カ月後に、大急ぎで北京市厰橋住民区弁事処に大学入試の願書を届けました。数年経ってから、わたしは初めて自分が北京地区でその年の大学入試総得点でトップであったことを知ったのです。わたしは北京大学に入り、それからトップの成績で修士号、博士号を取得し、ロンドンやパリに留学したこともあります。しかし、わたしは一九七七年の冬の大学入試を一番懐かしく思い出します。これによって、わたしばかりでなく、中国も『新しい一コース』を歩み始めたのですから」と語った。

 一九八六年九月に、国務院は国有企業の労働者募集、無職者(就職の分配を待つ者)保険、労働契約制、解雇などの労働制度改革に関する四つの規則を公布した。これで、三十数年にわたって実行されてきた「食いはぐれることのない就職」という労使関係に変化が見られるようになった。それと同時に、経済特別区も全国の注目を集める焦点となった。この時期に入ってから、若者の経済面への需要を職業選択の基準と見なす傾向が顕在化し、商品経済の意識が若者の頭の中に根をおろし始めた。

 ビジネスブームの影響を受けて、現状に満足していなかった人々は商売をやってみたくなった。経済の発展、社会の移り変わりによって、政府機関の幹部たちは衝撃やプレッシャーを覚え、外の世界でも大いに才能を発揮させる舞台があることを知り、率先して競争の激しい官界を離れ、商売をし、企業を設立するようになった。大学生たちはさらに勉強し、外国に留学し、三資企業(合資、合作、全額外資企業)に入るなど多くの就職ルートを選び、政府機関に入るのは唯一の選択ではなくなった。

 九〇年代には、改革の深化につれ、社会はさらに大きく動き、都市と農村、業種、地域、異なった所有制間の越え難い垣根が打破された。社会は水のように流動し、人々は知らず知らずのうちに職場を変えるようになった。

 現在、農村の人々が都市に入り、都市部の人々が農村へ行き、学生が企業を創設し、幹部が商売をし、公務員が大学へ戻るという現象も起こっている。昨年三月、全国人民代表大会が国務院機構改革案を採択し、二十以上の部・委員会の看板がはずされ、多くの公務員は再配置に直面せざるを得なくなった。九〇年代には、再就職は一人一人が直面しなければならないこととなり、これは挑戦でもあれば、チャンスでもある。

 現在、一つの新たな観念が形成されている。これは人々がもはや一生に一つの職業を選択し、政府や部門に頼り、個人経営者を軽視し、「食いはぐれることのない職業」の維持を望まなくなったことである。改革は人々に空前のチャンスを提供し、より多くの一般の人々に自ら進んで自らの人生を選び取り、つかみ取る意識を持たせるようになっている。

 

 

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