鉄道部門が繰り上げて赤字から脱却

 大中型国有企業が三年間で苦境から脱出することを目指す難関突破では、鉄道全業種は先頭に立っている。一九九九年には、鉄道全体は延べ九億七千六百万人の旅客を輸送し、一九九八年より四・九%増え、十五億六千九百万トンの貨物を輸送し、一九九八年同期より二・四%増え、輸送による収入九百九十八億元を達成し、一九九八年より七十六億元増えた。鉄道輸送企業が欠損から抜け出ると同時に、鉄道の工業、物資、施工などの企業は一九九八年すでに赤字から脱出したことを踏まえて、昨年いっそうそれを打ち固め、より大きな収益を上げた。これにより、中国の鉄道全業種は一年間繰り上げて赤字を黒字に転換させる目標を達成し、五年間連続の欠損から抜け出るようになった。

 大中型国有企業が三年間で苦境から抜け出ることを目指す難関突破において、鉄道業種は紡績業に続いて全国で欠損状況から抜け出た今一つの業種となった。その重要な意義は体制面で立ち遅れ、構造が不合理で、従業員が多すぎるこの在来の業種が一年間繰り上げて欠損状況から抜け出たことにあり、その他の業種も同じようにできると、人々は国有企業が苦境を抜け出す希望の光を見て取ったのである。

 運輸業で競争が日増しに激化し、有効需要が不足するという不利な条件の下で、鉄道はどのようにして連続欠損の局面に終止符を打ち、二年間で赤字を黒字に転じさせたのか。

 「誓約書」をつくる

 中国の広大な国土で、全長六万六千八百キロの鉄道は貨客輸送の大きなルートを構成している。数十年来、鉄道は長期間輸送市場で首位を占め、国は鉄道に対し高度の集中的な管理を実行し、鉄道はかつて計画経済の「掌中の真珠」であった。輸送手段が緊迫なため、鉄道の乗車券、貨車の車両は非常に売れ行きがよく、「最も重要な交通部門」と称され、そのため、鉄道部門の一部の指導者と従業員は「お上の商売」と思い込んでいた。

 九〇年代に入ってから、自動車道路、航空事業、水運が急速に発展をとげ、交通運輸は買手市場となり始め、鉄道はかつてない乗客数の低下と輸送貨物の不足、市場シェアの減少という厳しい状況に直面した。全国輸送市場に占める鉄道の旅客・貨物回転量のウェートはそれぞれ一九九〇年の五三・四%と七一・三%から一九九五年の四一%と五三%に下がった。一九九六年の鉄道の年間旅客輸送量は延べ九億四千二百万人となり、一九九五年より八・三%下がった。ずっと安定して増加していた石炭、セメント、食糧などの大口貨物の輸送量も大幅に減った。一九九七年末現在、鉄道の赤字は累計百五十六億元に達し、そのうち、一九九七年だけでも四十億元に達した。

 鉄道の赤字は社会に注目されるようになった。一九九八年初めに、国務院の指導者は鉄道部に一九九七年の赤字をベースとして、三年以内に赤字を黒字に転じるよう要求した。

 鉄道が赤字を出したのはなぜか。厳しい現実に直面して、鉄道部門の従業員たちはまじめにこのことを考えざるを得なかった。傅志寰鉄道部部長は欠損状況から抜け出ることを鉄道全体の最も重要な仕事とし、欠損解消対策を検討し、欠損解消の戦略を制定した。

 鉄道部の指導グループと各部門は欠損の原因を分析してから、次のような結論を引き出した。管理の面では、行政機関と企業がダブって、企業が経営の主体になりにくいこと、計画による資源配置を主とする管理システムと生産組織であること、投入だけを重視し、結果を重視しないこと、鉄道の企業は鉄道以外の事業に従事し、従業員が多すぎ、先進国では一キロ当りの鉄道には四人ないし五人のスタッフなのに、中国では一キロ当りの鉄道には三十二人であること、さまざまな輸送手段が弾力性のあるやり方で市場を奪い合っている状況の下で、鉄道輸送は数十年にわたって変わらず、客車の平均スピードはわずか四十八キロで、貨車はわずか三十キロで、旅客は列車のダイヤ表を一冊買えば、数年間使うことができること、サービスの質が悪く、市場の信用が低いこと、鉄道の経営メカニズムがまだ形成されておらず、お客さんが訪ねて来るのを待つことに慣れていたことなどである。

 鉄道部の指導者は、連年の欠損はみずからの積弊が主な原因で、改革をしなければ活路がなくなることをはっきり認識した。鉄道部の指導者は認識を統一し、一九九八年初めに開かれた鉄道全体指導幹部会議で急速に鉄道システムの全スタッフを動員して、行政と企業の分離、リストラと効率アップ、欠損の収益への転換などを目標とし、欠損脱却のための難関攻略戦を繰り広げ、収入を増やし、支出を減らして、欠損をなくし利潤を増加させる指標を各鉄道局に割り当てるとともに、全業界の改革の深化を促し、メカニズムを転換させることに努めた。

 鉄道部の指導部は「鉄道は三年以内に赤字を黒字に転じなければならない。われわれはすでに国務院に『誓約書』を出し、もしも三年間に欠損状況から脱却することができなかったならば、鉄道部の指導部は全員引責辞職する」ことを提出した。

 市場志向で

 一九九九年、鉄道は資産経営責任制を実施した 。鉄道部は十四の鉄道局、集団公司と資産経営責任契約を締結した。鉄道局の市場を主体とする地位と鉄道局の自主経営権の確立を踏まえて、鉄道部は各鉄道局の資産と欠損解消指標を数量化して分解し、各鉄道局の国有資産の価値の維持と増大、経営性資産の収益率、投資収益の上納率と運転安全、人の安全・資産の安全指標を重点的に考課し、経営管理がよくなく、欠損解消指標を達成できない企業の最高責任者に対し、一年目はイエロー・カードで警告を発し、二年目になると交替を実行することになった。すべての鉄道支局、駅、従業員に経営責任制を実行するよう要求し、欠損解消の圧力をすべての従業員にまで加えることになった。

 資産経営責任制の実施を通じて、市場を主体とする鉄道局の経営権と責任が確定され、これによって、企業はもとの政府の計画を軸とすることから市場を軸とすることに転換し、企業の欠損解消の原動力と活力を引き出した。鉄道局、支局から、駅、列車経営窓口、機関区、車両、機械、電気などの部門に至るまですべては急速に欠損解消の合力と潜在的原動力を形成するに至った。

 このときに、些細なことが鉄道全体で大討論を引き起こすことになった。「富小たつ」というのはハルビン鉄道局チャムス支局担当区域内の富錦市トラクター工場で生産されている小型トラクターの略称である。これまでこの種のトラクターはほとんど鉄道で地方に輸送されていたが、一九九七年末には、鉄道の輸送量がこの工場の年間生産量の四%しか占めなくなり、圧倒的な部分は道路輸送で運ばれた。

 鉄道部の指導者は、「富小たつ」現象は鉄道自体の問題であり、鉄道輸送企業は意識、体制、構造、管理の面でそれに適応しない一連の問題が存在していることを暴露したのだと見ている。

 「富小たつ」現象によって、鉄道の経営者が計画経済の意識と粗放経営パターンを徹底的に変えざるを得なくなった。広範な幹部と従業員は、最大の競争相手は他のものではなく、自分自身の古い意識であるということを理解するに至った。近代的な交通手段の激しい競争の中で、いっそう速く、快適、便利で、経済的な輸送のサービスを提供してこそはじめて市場で優位を占めることができるのである。

 従業員たちの胸の中には市場経済の意識が芽生えた。瀋陽鉄道局の張偉局長はこんなエピソードを話してくれた。通化・遼陽鉄道分局のある係員が当直を終えた時に、玩具を遠いところへ運んでいるロバの引く車を目撃した。この係員はとにかく四日間も、この車のあとを追って、やっとのことで玩具を製造している工場を見つけ、玩具の長距離輸送業務を玩具工場から一手に引き受けた。

 鉄道部門の意識の転換によって、輸送業務に活気が見られるようになった。不景気の中で、鉄道部門はそれまでの尊大な態度でお客さんに接することを改めて、輸送量が大きい、輸送距離が長いといった自らの強みを生かすと同時に、中・長距離の輸送を旅客輸送の重点に、大口貨物の運送を貨物輸送の重点に置くという販売作戦を実施したため、市場を開拓し、収入を増やした。

 北京鉄道分局は旅客の観光の需要に配慮して、「プラットホームを景勝地に設ける」という構想を打ち出し、四本の北京市郊外行きの観光路線を開拓した。昨年は五カ月だけで、旅客輸送量は延べ二十二万人、収益は二百五十六万元に達した。同分局は北京の企業百社に「駐在事務所」を設け、情報提供、製品キャンペーンなどのサービスを通じて企業から信頼された。昨年、同分局の年間収益は五十億元の大台に乗り、一九九七年より一六・八%増えた。

 運営メカニズムも意識の転換によって変わるようになった。列車を客足が多く、収益があるところに向かわせることとなった。鉄道部門は市場のニーズを目標にして、ダイヤを調整し、特色のある輸送項目を売り出した。例えば、夕方立って翌朝着く列車、高速列車、都市間の列車、観光列車、出稼ぎ労働者列車、学生列車などの旅客輸送専用列車のほか、手荷物列車、大口貨物直行列車、高付加価値と高運賃率の貨物長距離輸送に使われるコンテナ輸送などがそれである。これらのサービスは旅客とユーザから大歓迎されているだけでなく、市場のシェアを拡大し、収益率を高めた。それまで長江を渡ることはなかった成都発浦口行き列車が市場の需要によって、南京西駅まで延ばされた結果、客足率は三〇%から八〇%以上に伸びた。旧正月の帰省ラッシュや夏休み、祝日になるたびに、鉄道局は旅客を引き寄せるため、さまざまな措置を打ち出した。昨年の旧正月には臨時列車を七千三十八本増発し、旅客輸送量は前年同期より一四・二%増え、収益は前年同期より一八%増えた。夏休みの間には臨時列車二千百五十二本を増発し、旅客輸送量は前年同期より一一・三%増えた。

 各鉄道局は百方手を尽くして輸送力と収益を増やすと同時に、厳格にコスト管理を行い、収益に基づいて支出を決め、効率に基づいて分配を決め、コストの指標を第一線に下すといった措置を講じた。済南鉄道局は機関車のディーゼル油の消耗、貨物車の占用、機関車の使用などの三つの支出を取り上げて重点技術難関突破を行ってから、百六十三項の難関攻略措置を制定し、明らかな効果をあげた。昨年の上半期には、機関車の使用だけでも年間計画より七・七%も減り、三千八十六万元の支出を節約した。多くの作業現場では、勤務交替の時に電気メーターを調べなければならない、所定の電気使用量を上回った部門は給料を差し引かれるという措置が取られている。

 それまではリストラを懸念する必要がなかった鉄道部門の従業員は、今では労働力の配置替えのプレッシャーに直面している。従業員が三百二十万人もおり、余剰労働力が多い鉄道部門にとって、赤字解消、レイオフ従業員の再配置、人員整理による増収を実現させることがポイントとなった。鉄道部はこれについて人員再配置の目標を制定した。行政と企業の職責を分離するという要求に基づいて、鉄道部機関は各部門に先がけてスリム化され、機関のスタッフを八百九名から四百名に、司・局クラスの部門を二十二から十六に、処クラスの部門を百三十三から七十四にそれぞれ削減した。従業員も数十年来の「親方五星紅旗」を打ち破り、競争による就業、仕事ぶりによって優先順位を決めるというメカニズムを導入した。昨年までのところ、鉄道部門全体の人員削減数は二十六万人に達した。

 輸送市場の必要に基づいて、鉄道部門は企業構造、資産構造及び生産配置の調整を加速し、一九九八年以来、イトゥリ(伊図里)川、チャグタチ(加格達奇)、丹東、西昌の四つの鉄道分局を廃止、合併し、業務量が少なすぎる千二百三十の駅を閉鎖し、区間にある二百七個所の小さな駅を廃止したほか、車両業務、機関車、車両、工務、電気などの主な生産ステーション・区を百十八減らした。低効率の生産配置によってもたらされた余剰人員を再編成したため、投資と従業員の導入を重視し、収益をないがしろにするというこれまで鉄道部門に存在していた粗放型経営の現象が改善されはじめた。瀋陽鉄道局は担当区域内の二十四本の支線が鉄道局全体の欠損額の五三・八%を占めている状況に照らして、支線の改革を行い、総合的な支線公司を設立し、五十余りの末端の管理機構と二千人近くの従業員をカットした。昨年上半期、この支線の営業額は一億三千七百二十六万元に達し、一九九七年の同期より千三百七十九万元増えた。これに対し、輸送の支出総額は一九九七年の同期より一億二千五百三十六万元減り、赤字は一億三千八百六十九万元減少した。

 多角経営を大いに発展させることは、リストラされた従業員のために再就職のルートを提供すると同時に、欠損から増益に転じるための新しい経済成長要素となった。各鉄道局と分局は鉄道の強みを存分に生かして、遊休設備、工場建物、施設を利用し、現地の市場、環境と結び付けた多角経営を発展させている。これによって、旅行、広告、ホテル、飲食サービス、運送代理、倉庫、商業・貿易、不動産、工業、建築などの産業と経営ネットワークが形成された。一九九八年、鉄道業種全体は多角経営によって三百十八億八千万元の収益、十八億元の利潤をあげ、独立採算による多角経営企業九千七十八社、総資産六百十八億元、純資産二百二十億元を擁するようになり、四十万人の人員の再配置を行った。多角経営はすでに鉄道部門の経営と発展の重要な経済的支柱になり、鉄道部門の人員の再配置の重要な方途となっている。

 新技術開発

 新技術開発はずっと鉄道発展の最も重要な原動力であった。十九世紀の蒸気機関、冶金、通信、輸送管理などの新しい技術があったからこそ、鉄道は速やかに先進的な輸送手段に発展し、その時代の経済成長を牽引する機関車となったのである。

 二十世紀の中葉になると、鉄道の新技術開発のテンポは相対的に遅くなった。高速道路と航空技術の急速な発展にともなって、一部の先進国の鉄道は一度は「斜陽産業」の境地に陥り、欠損まで出すに至った。ここ数年、高速運行、スピード・アップ、重積載化、安全運行及び運営管理などの技術がたえず進歩したため、持続可能な発展戦略を実施する中で、いくつかの先進国は再度視線を鉄道に向けるようになり、率先して旅客輸送の高速化、貨物輸送の重積載化、運営管理の自動化を実現した。これによって、鉄道の労働生産性は大幅に向上し、輸送コストは絶えず下がり、競争力は著しく強まり、鉄道は復興に向かって進むことになった。

 鉄道部の指導者たちは、世界の鉄道発展史に目を向け、科学技術による鉄道振興の戦略を実施し、欠損を挽回し利潤を増やす中で科学技術の応用を増やし、新技術開発を鉄道の赤字をなくす原動力とする決意を固めた。

 特に取り上げなければならないのは、「旅客輸送のためのスピード・アップ」の技術である。この技術は九〇年代初めに研究がスタートした。線路から機関車に至る各方面に関連のある巨大なシステム工学である。長期にわたる技術の蓄積と計画的な系統的実験を重ねたこともあって、一九九七年四月一日、一九九八年十月一日と数回の全国の鉄道スピード・アップで成功を収めた。

 スピード・アップの結果、全国の鉄道ですでに五百キロの距離の区間においては「朝に立って夕方着く」、千二百キロくらいの場合は「夕方に立って朝着く」ことが実現し、北京、上海、広州などの大都市を中心に、二千キロ以内の場合は「一日で到着する」日も遠くないだろう。時速二百キロの動力集中型列車、時速百八十キロのディーゼル・エンジン列車の系統的な実験と安全評価がすでに完了し、広州=深せん線、三水=茂名線で使用し始めた。現在、高速列車、急速列車がすでに数百台に、快速客車は二千余台、エアコンつき客車は一万余台に達し、全国の客車保有量の三〇%を占めている。スピード・アップの幹線では踏み切りが替えられ、全面的に強化され、通信・信号設備に対する技術改造も終わり、数々の先進的な設備が使用されるようになった。

 「貨物の快速輸送技術」は貨物が定刻に輸送先に運ばれることを保証するものである。鉄道は大量貨物快速輸送車を開発するとともに、技術措置をとって客車と貨車が混じって走る鉄道で貨車のスピード・アップを実現した。

 旅客列車、貨物列車のスピード・アップを実現するため、鉄道科学技術者たちは安全装置のハイテク化、集約化、情報と人と列車の関係について難関突破を行い、いくつかの重要な成果を上げ、鉄道の安全システムを充実させた。安全走行のための地面モニタリング装置、ネットワーク化モニタリング装置の開発と応用も大きな進展を遂げた。

 旅客に便利な切符販売と切符予約システムが整備された。これまでに、全国で五百余りの駅、六千近くの切符売場がインターネットによる切符販売を実現し、切符売総額の八〇%を占めるに至った。また、鉄道部の切符販売センターと二十四の地区切符販売センターが設立され、ネットワークの上での切符販売、地区間の切符販売を実現し、さらには一部の都市の銀行、郵便局でもインターネットによって切符を買うことができるようになった。北京ではさらにネットワークの上での切符予約を実現した。

 一九九八年、全国で鉄道科学技術の研究・開発に投入された資金は一億七千九百万元に達し、昨年はさらにいくらか増えた。

 一九九八年のアジア金融危機と国内の大水害の影響があっても、鉄道の年間輸送は依然として欠損を二十二億元減らした。昨年、石炭、鉄鋼、林業などの生産が制限され、貨物量が不足したため、欠損減らしの客観的条件は前年よりも厳しかった。それにもかかわらず、鉄道輸送額は依然として九百九十八億元に達し、欠損をなくし利潤を増やす目標を達成した。

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