成果挙がる中国科学院の「百人プラン」

王 静

 六年間にわたって実施されてきた中国科学院の「百人プラン」は大成功だと評価されている。

 このプランの実施によって中国科学院で数十年も続いていた人材採用メカニズムが突き破られた。「百人プラン」は、今世紀末までに、国内外から数百人の科学技術のエリートを招へいし、一人に二百万元の資金援助を出し、実験室や科学研究グループの設立に充て、最先端科学の研究と発展に従事させるというものである。その目的は、二十一世紀の科学分野でリードする役割を果たすことのできる人材を多く養成し、その革新的研究によって先進国との格差を縮め、中国経済の発展を促進させることにある。

 中国科学院人事局のあるデータが示しているように、「文化大革命」(一九六六〜七六)の影響を受けて、六〇年代中後期〜七〇年代中後期に、科学技術者の人数が減っただけでなく、その質も明らかに落ち、年齢構成に「断層」が現れた。一九七八年、中国科学院に籍を置く七万九千人のうち、補助的な仕事に携わる人と一般職員者が二万六千人を数え、千二百六十一人の研究員もほとんど五十歳を過ぎ、加えて十年にわたる「文化大革命」の影響で新しい人材を補充することができなかったため、知識の老朽化が現れ、科学技術の全般的水準が世界の科学技術の発展の潮流に適応できなくなった。

 人材育成の足どりを速めるため、中国科学院は外国への研修、留学や破格の抜てきなどの措置を取り、一九七八年から九七年までに、四十余りの国と地域に一万四千人を研修などに派遣した。この期間に全国で三十万人が外国へ留学し、約三分の一の人が学業を終えて帰国した。

 以上のデータからも分かるように、改革・開放後、中国は多くの人材を養成したとは言え、さまざまな原因で、大勢の優れた人材が外国にとどまっている。こうした状況に直面して、中国科学院は「百人プラン」をうち出し、外国にいる優秀な中国人留学者を呼び戻すことをこのプランの重要な構成部分とした。

 中国科学院人事局のある責任者は、この「百人プラン」では公平、公正、公開招へいという方法をとって、真に優れた人材を多く選び出すようにしていると説明する。

 山西省石炭化学研究所の孫予罕研究員は当時のことを振り返って次のように語った。イギリスで「百人プラン」の求人広告を見て、試してみるつもりで、十分な準備はしなかった。しかし、北京に戻り、受験答弁の前日になって、質問を提出するのはアカデミー会員を主として構成される学術指導グループであることを知り、これは大変と、その晩イギリスにEメールで関連資料をただちに送ってくれるよう友人に頼んだ。

 その後、孫さんは合格の通知を受け取った。

 「百人プラン」で招へいされた人たちの中には、孫さんと似通った経験を持つ人も少なくない。

 これまでに、このプランで、国内外から優秀な若い科学技術人材が二百余人招へいされた。その内訳は国外からの帰国者が六一%、中国科学院以外の国内人材が一三%、中国科学院内部の人材が二六%である。このほか、百余人の国家傑出青年基金獲得者も「百人プラン」で抜てきされた。これらの人材が招へいされたときの平均年齢は三十五・五歳であった。

 孫予罕さんは山西省石炭化学研究所に入ってから、もとあった研究室を土台に、「百人プラン」の助成金を利用して、短い期間に実験室を設立し、国の重点科学研究課題を手に入れた。実験室は二年余りに、数々の重要研究成果を挙げ、発表した八十編の論文のうち、四十編が外国の刊行物に掲載された。その開発した新型低炭素アルコール触媒はコストが低いだけでなく、工業的開発の見通しも明るく、好評を博している。

 「百人プラン」で招へいされた若者の中には、孫予罕さんのように中国科学院の学科をさらに大きく発展させた人が多くいる。例えば、耐高温セラミック研究に携わる施剣林さんはセラミックの性能を研究し、世界で最初の連続して高温で測定する機器を設計、開発した。

 先進国で身に付けた先進的科学技術と知識を使って新たな研究分野を切り開いて、中国と先進国との開きを縮めた人も多い。

 例えば、核酸とアミノ酸を対象に分子古生物学を研究するのは近年世界の学術界で非常に注目を浴びている新しい学術である。以前、化石の中のDNAの自然沈積環境でのデクラデーションと保存時間に対し、学者たちの見解はまちまちで、これは必然的に生物の生存年代を決めるのに響くものであった。北京大学地質学部を卒業し、米テキサス大学で理学博士号を取得した楊群さんは「百人プラン」の招へいを受けて、中国科学院南京地質古生物研究所に入ってから、古生物学、現代分子生物学、有機地球化学を含む中国最初の多学科実験室を設け、研究陣を組織した。そして実験室のスタッフとともに、ミクロ形態、DNA、蛋白質レベルから、免疫学の方法を運用して、初めてメタセコイアの中から動物、下等藻類細胞のソルトコンダクティング機能と密接に関わるANPを発見した。

 国の最高科学研究機構として中国科学院は、世界の科学研究領域においてしかるべき地位を占めているだけでなく、解決が迫られている重要な科学技術問題を解決し、経済の発展を促進している。「百人プラン」で招へいされた人たちは科学技術分野でその才能をフルに発揮している。

 若い学者楊長春さんの研究成果によって、中・古代の石油埋蔵に対する認識が飛躍を遂げた。一九九六年八月、楊長春さんの研究成果が勝利油田で検証の機会に恵まれ、その結果、地下二千五百メートルのところで実証された。その後、楊さんの予測に基づいて、厚さ百二十四メートルの油層が発見され、二本の油井の試掘を行い、ここ二十年にまれに見る大量の自噴石油、天然ガスが見つかった。

 また、劉吉開さんの研究成果は製薬業界から喜ばれている。劉さんは近代技術手段と薬物ふるい分け模型を利用して、植物から抽出された、血せんと冠状動脈硬化を治療できる薬物を発見した。現在、この薬物はある大手製薬会社と共同で開発が進められている。

 招へいされた人たちは二百万元を始動資金として、実験室を設立し、研究テーマを設け、研究スタッフを組織しているが、実際には、中国科学院以外の資金面のサポートが中国科学院からの資金援助をはるかに上回り、科学研究の良性循環が形づくられている。

 現在、「百人プラン」」で招へいされた二百余人によって、二百以上の研究グループがつくられている。東北出身の曹健林さんは、日本で十余年留学した経験をもち、学術界で公認されている光学専門家で、今、中国科学院長春光学機械研究所所長をつとめている。曹さんは数年にわたる努力を傾けて、同研究所をハイテク研究・開発・生産を一体とする研究機構に成長させた。曹さんの話では、同所は以前借金して給料を支給していたが、今では、一億一千万元の生産額を創出し、ここ数年に八〇%の所員が新居に引っ越したとのことである。

 ある科学研究成果でイギリスのマスコミに大きく取り上げられた譚鉄牛さんは帰国して一年ばかりで中国科学院自動化モデル識別実験室の主任をつとめている。譚さんは実験室で技術者管理制度の改革を進め、管理の科学化、民主化、透明化、規範化を目指し、この改革で成功を収めた。

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