中国と日本は友好協力パートナーシップを紙上から実務へ

   ――伊藤忠商事顧問・中国研究所長藤野文晤氏に聞く

   『北京週報』東京特派員  賀雪鴻


 一九八〇年代に大きな経済成長を遂げた日本は、九〇年代に入ってから、バブル崩壊により、経済不況に落ち込んで、活気の出ない状態が続いている。それに対し、中国は八〇年代中期以降、経済の高成長を続けており、十数年間に平均八%以上の伸びを示してきた。ところが、近年、就職、環境破壊・汚染、貧富の差、沿海部と内陸部の発展不均衡、金融財政制度不備による不良資産などの問題が現れている。同じアジアに位置し、友好協力パートナーシップを構築した中国と日本はどのように協力して、ともに難局を乗り越え、二十一世紀に向かうのか。これについて、記者は伊藤忠商事株式会社顧問・中国研究所所長の藤野文晤氏にインタビューした。次はその内容である。

 記者 伊藤忠北京駐在員として十七年間中国で暮らされ、そして四十年も中国経済を研究してこられた経験がありますが、中国社会の状況をどう見られますか。

 藤野 中国は一九七八年からケ小平氏の改革・開放政策を実施して以来、近代中国をつくろうと目指して、大きな変革が起こり、ぐっと変わったという認識が国際的に評価されています。私は中国に長年駐在したので、中国に生じたこの大変革とその素晴らしさがよく分かります。日本にも明治維新という大きな変革がありましたが、後、戦争により経済が崩壊しました。戦後もう一度大きな変革があり、日本はいま三度目の変革期の中にあります。もし、中国の現代史を、一応一九四九年の新中国誕生から現在までとしますと、中国も毛沢東時代、ケ小平時代を経て、現在は江沢民氏を中核とする集団指導の時代となっております。日本と同じ、三つ目の節目とも言えますね。

 記者 日本は九〇年代からバブル経済で不景気に落ち込み、なかなか脱出の兆しが見られそうもありません。それにはいろいろな原因がありますが、経済構造に問題があるという人もいます。先生はどうお考えですか。

 藤野 確かに構造の問題がありますが、自分の国の経済はこういうふうに運営するのが一番正しいというきちんとした発想を日本はまだ持っていません。日本は戦後アメリカに七年間占領され、その後、アメリカの影響を受けながら経済を立て直して来たのです。ところが、日本は日本ですから、欧米との価値観が違います。日本の経済運営は国家が中心となって市場をコントロールしてきたのです。しかし、一定の生活レベルに到達しますと、購買も消費もスローダウンせざるを得なくなりました。消費を増やすため、日本は市場を全部自由化しようと、欧米型のシステムを急激に導入すると、日本の本来持っていた運営システムが全部おかしくなり、景気はとんと落ち込んでしまいました。それに対応して公共事業投資を増やし、どんどんそこにお金を注ぎ込めば景気がよくなると考えましたけれども、簡単には行きませんでした。ですから、日本はどのような価値観と経営パタンを選び、どのように国家と企業の関係、国家と市場経済との関係を取り扱うのかを、もう一度原点に立ち返って考え直す必要があります。私個人の考えでは、国家の規制を全部外して、手放しの市場経済だけを推し進めましたら、日本はがたがたになると思います。

 日本だけではなく、アジアの国々も市場経済自由化の影響を受けています。ところが、アジアはまだ発展途上にあり、計画経済、国家経済、市場経済が混合して存在しております。こうした多様な経済が併存するアジア諸国に急に市場経済自由化が入って、バランスが取れなくなってしまいました。それによって、アジアの通貨不安や経済危機を招くに至ったのです。欧米の自由化市場経済は長い過渡期を歩んできたから、その基盤はアジアと違います。だって、アメリカにしても、ヨーロッパにしても、世界のどの国でも、いかなる規制も放棄して、自由・放任一本の国はあり得ません。あるはずはありません。それこそアナーキズムというものでしょう。国家の体制は集権と分権の使い分けが肝心なものです。

 記者 中国は二十年改革・開放路線を推し進めた結果、いまおっしゃられた通り、大きな変化が起こりました。けれども、経済発展に伴って、いろんな問題も出てきています。中国経済における問題と潜在力をどう見られますか。

 藤野 中国経済はいままで国家を中心とする計画経済でした。いまは市場への転換を進め、行政機構、国有企業、金融制度という三つの改革をうまくやっていかなければなりません。市場経済への転換を実現しようとすると、社会全体の運営システムを変えなければなりません。けれども、中国は五十六の民族からなり、東西南北それぞれ違う複雑で多様な大国です。資源の分布もばらばらで、発展した地区と立ち遅れている地区は鮮明な差があるままに混在しています。このような中国を統一的に運営するためには、強いリーダーシップがなければ無理だと思います。ところが、中国ほど大きな国をどのようにしたらうまく運営していけますか。これはどこにもモデルがないのです。やはり中国は中国経済成長にふさわしいモデルを自分で作らなければなりません。これは江沢民氏を中心とする上層指導部の仕事ですが、かなり難しい仕事と考えます。もちろん、アメリカや日本などの経験は中国に参考になります。けれども、市場経済万能主義は中国に適合しません。中国の場合は、国家のマクロ・コントロールの下でのある程度の自由化市場経済、つまり国家関与下の市場経済です。これは絶対必要なのです。日本も戦後五十年こうやって成功したのです。日本はアメリカのように大きな貧富の差がありません。この意味で、日本という国はかなりの社会主義成分があると言えます。

 中国経済の問題というと、内陸経済の停滞、国有企業改革の困難、金融制度不完備などが挙げられます。実は金融制度の改革は企業の改革につながります。いままで、銀行は国有企業が儲かるか儲からないかにかかわらず、どうせ国の企業だから、お金を貸してあげ、不良債権になってしまいました。金融問題の解決はまず、不良債権管理機構をつくって、不良債権がいったいいくらあるのか、それをきちんと整理して処理しなければなりません。そして失業・余剰労働力への対策、第三次産業の開発も急務だと思います。

 もう一つ強調すべき問題は内陸部開発のことです。中国で三億人口の沿海部と九億人口を擁する内陸部との間に、格差があります。内陸部の開発をどんどん進めないと、中国は一つの国としてまとまることが難しいです。しかも、貧富の差が大きくなると、社会の不安定を招くから、注意しなければなりません。

 これらの問題は、中国経済が近代化への転換期に避けては通れないプロセスでしょう。朱鎔基総理は三年間のうちにこれらの問題を解決しようと、宣言しました。大変困難な改革にしても、中国はそのいずれの課題を一歩一歩克服していくでしょう。中国人は智恵がありますから、ところが、焦ってはいけませんよ。あんまり焦ったら、旧ソ連のように崩壊する恐れがありますから、段階的に改革を進めなければなりません。中国の五千年の歴史の中のいまはほんの一瞬間にすぎませんね。焦る必要はないのです。

 一方、中国は広い土地、豊かな資源、大きな市場、強い技術開発能力を持っています。それに勤勉性と節約精神も兼ね備えています。節約精神があって貯蓄する能力が高い国は必ず安定します。日本もそうです。日本人は浪費を美徳だと思わず、勤勉と節約をモットーとする民族である故にこそ、一生懸命に働き、いっぱいお金を貯めて国力を増強してきました。こういう視点から見れば、中国はこれからも発展の潜在力が非常に大きいのだと思います。去年、アジア金融危機と大洪水をうまく乗り切り、当初の公約を達成したのは、中国経済の奥行きの深さをみごとに証明しています。

 歴史的に見れば、国家が一つにまとまっているときの中国は強いですが、分裂状態(群雄割拠)の中国は脆くて弱いです。日本の明治維新が成功したのも諸藩が一つの国家に統一されたからです。ですから、中国は統一中国形成維持のためにはあらゆる努力をしています。台湾問題はまさにその典型でしょう。

 いま、アメリカは世界で最大の先進国ですが、いつまで続きますか、永遠に続くことはあり得ないでしょう。人類の歴史で特定の一国が長期にわたり覇権を称えた例はまだかつてありません。十九世紀はヨーロッパ、二十世紀はアメリカの世紀と言われていますが、二十一世紀は中国の世紀ではないかと、私は考えます。

 記者 昨年、江沢民主席が日本を訪問した時、中日双方は「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する共同宣言」を発表しましたが、いったい中国と日本はどのように協力すべきか、具体的、実務的なことは何でしょうか。

 藤野 やるべき事はいろいろ沢山あります。中国は世界で最大の発展途上国であり、日本はアメリカに次ぐ世界第二位の経済力を持つ国です。両国関係は単純な輸出入貿易の拡大の時代から、投資、資本と技術の移転を通じた中国の内陸市場への展開の時代に入っています。新しい日中関係の構築にあたり、両国の経済協力関係をさらに強固なものとするため、二十一世紀にまたがるモニュメンタルなプロジェクトを組成する努力をなすべきだと考えます。例えば、中国内陸部の開発、あるいは長江中上流流域の総合開発などのプロジェクトを日中両国の共同協力プロジェクトとして、日本の技術、資金をフルに活用して進めるべきではありませんか。

 もっと視野を広くしてみますと、私はアジア全体を総括する経済共同体をつくったらどうですかと考えています。日本と中国は手を携えてそこへ導くことができれば理想的でしょう。

ところが、考えてみますと、アジアをまとめていく力を持つ国は中国と日本しかないのです。しかし、日本と中国は半世紀以上にわたる不信感を克服できていません。正直に言うと、日本はあの戦争についての戦後処理がまだ終わっていません。もちろん、国家と国家の関係としては、「共同声明」、「平和友好条約」が締結され、政治的には一応まとめましたけれども、民族間の心の解決はまだ十分に実現できているとは思われません。日本と中国だけではなく、日本とアジア諸国ともそうです。日本はアジア諸国から信頼されるには、過ぎ去った歴史を正しく総括し、きちんと反省するのが不可欠だと思います。

 中国はアジアにおける政治大国です。日本は経済大国です。相互信頼を踏まえる日中両国の友好的協力は互いに有利であるばかりでなく、アジアひいては世界の平和、経済繁栄にも貢献することができると思います。いまは早急に信頼関係をつくるのが日中両国の共通の課題です。

 記者 もし、おっしゃるように、アジア地域安全保障システムが出来上がるなら、ガイドラインを含む日米安全保障条約はどうなりますか。

 藤野 私個人の考えでは、アジア地域安全保障システムが出来上がったら、日米安保条約は解消して、日米平和友好条約に変わるべきだと思います。戦後、日本は軍備を放棄して、日米安保条約は実は日本の安全をアメリカが守ってくれるというものです。それは双向性がなく、偏務的なものです。日本側からアメリカを守ることができるはずはないから、本当の意味の条約とは言えませんね。

 もう一つ話したいのは、世界の大国としての地位を明らかにしつつある中国がサミット(世界主要先進国首脳会議)に入るべきだと考えます。サミットはいまや西側先進工業国の経済会議に限定されたものではありません。経済のみならず、国家の安全保障、社会問題等が話し合われる場であるべきだから、国連の安保理常任理事国の中国が参加していない首脳会議は片手落ちではありませんか。いま、ロシアも加入しましたから、中国も加入すべきでしょう。要するに、近代化へ大きく邁進しつつある中国の影響力と役割を見落してはいけません。

 日本と中国はお互いに共有する文化の起源をもった一衣帯水の隣国であり、切っても切れない運命的な関係にあります。中国の帰趨は、二十一世紀において日本の命運も左右すると思います。この意味で、文字通りの友好的協力パートナーシップの実現が期待されております。

 

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