人民陪審員
鄧梅芳
将来、一般の人はみななんらかのやり方で、人民法院（裁判所）の裁判の過程を（調査、証拠集め、開廷審議、合議）完全に自分の視野の中に置く可能性がある。それが人民陪審員制度である。この制度の中で、いかなる中国公民も人民陪審員になる可能性がある。
中国の人民陪審員制度は国外の「裁判参与制」や「大規模な陪審団制度」と異なっている。中国の現行の「人民法院組織法」第十条第一項の規定により、人民法院は第一審の訴訟事件を裁判する場合、裁判官が合議制法廷を構成するかまたは裁判官と人民陪審員が合議制法廷を構成して行うことになっている。
証人と陪審員制度
北京市第三自動車輸送公司安全科の課長である高柱宝さんは、一九七九年から現在まで、すでに海淀区人民法院で二十年間も人民陪審員をつとめてきた。高さんが陪審員に選ばれた年はちょうど中国で人民陪審員制度が回復した年であったため、高さんはこの制度の歴史の証人でもあるわけだ。
高さんの話によると、この制度の確立は一九四二年にまでさかのぼることができ、抗日根拠地が公布した「陪審に関する暫定規則」では、すべての刑事、民事訴訟事件は労働組合、農民協会、婦人会など各界の人たちに選ばれた陪審員が審理すると規定していた。
現在の陪審員選出の方法と同じように、一九七九年に、法院の招請、所属部門の指導者の推薦、法院の審査、本人の自由意志、地区人民代表大会の認可という五つの段取りを経て、高さんは人民陪審員になった。
「二十年前、わたしが裁判に参加した最初の訴訟事件は交通事故の事件で、その時の裁判官は誰も運転することができなかったため、これらの訴訟事件にぶつかった時、どうしたらよいか分からず、どこから着手して事件を取り調べてよいか、そしてまたどの問題が肝心であるかをも知らない裁判官もいた。この訴訟事件の審理でわたしは主な質問をする役を買って出た」と高さんは思い出して語った。
昨年、高さんは七回目の陪審員就任となった。一カ月半ごとに、高さんは法院で三日間で、関連訴訟事件の審理に参加した。この三日間に、高さんは毎日、朝八時半以前に、法院に駆けつけて、審理に参加する事件の調書を調べ、確め、九時以後に、裁判官ともう一人の陪審員とともに、開廷審議や合議を行い、最後に訴訟事件に対する処理の意見を検討、決定する。
一日の陪審員をしても一元六角の食事手当しかなく、その他の報酬がないにもかかわらず、高さんはこの本職以外の仕事に満足しており、「三十年を目標に、更に十年間この仕事を続けていきたい。今後これもわたしの人生の元手の一つになるであろう」と語った。
海淀区人民法院によると、同裁判所では陪審員の仕事は極めて大きな役割を果たしている。現在、同裁判所には百余人の裁判官しかおらず、ここ数年、さまざまな訴訟事件が年を追って増えており、昨年は一万八千件に達し、普通の一審訴訟事件も四千件前後にのぼったため、陪審員がいなければ、裁判官はどうしてもこれらの事件を取り調べ切れないのである。
専門家を陪審員に招聘
一九九六年、北京市第一中級人民法院は著作権に関する紛糾事件を受理した。中国社会科学院言語研究所と商務印書館がともに全国政治協商会議委員の王同億氏が編集した『現代中国語大辞典』と『新現代中国語辞典』が原告の著作権を侵害したという理由で、氏を訴えた。この事件は大量の辞書の専門知識に関連し、情状も非常に複雑なので、この事件を受理した一年間に、裁判官はどこからこれを取り調べてよいのかも分からなくなった。
その後、検討を経て、法廷は特許と著作権の知識に精通した北京大学の張平助教授を陪審員として招聘し、この事件の審理に参与させた。張助教授は広い専門知識と科学研究機関、辞書界との幅広い人脈に頼って、この事件の審理に対し積極的な役割を果たした。
現在の中国の「人民法院組織法」では陪審員の年齢（満二十三歳）、国籍、選挙権があるかどうかについて簡単な規定が設けられているがその知識のレベル、法律の専門知識のレベルと学歴に対しては要求されていない。しかし、多くの法律専門家は今後は専門家を招聘するようになるであろうと見ている。
すでに十数年間も陪審員を勤めている兪紹坤さんは、裁判官との「専門の相互補完」をめざすことは陪審員の重要な存在価値の一つで、現在のような発達した情報や科学技術に直面して、明日には、どの謔､な新たな犯罪形態が現れるかは誰も予想することができない。今日の金融、証券、先物、ハイテク面の犯罪に直面して、法律に精通した裁判官はどうしても多芸多才な人になれないであろうと見ている。
一九九八年末、北京市高級人民法院が出した「人民陪審員の交代選挙に関する通達」では、陪審員は一定の教養と法律知識を持つかまたはある学科の専門知識を持つべきで、基礎学歴は高等専門学校以上であると明確に規定している。
この要求に基づいて、一九九八年末、北京市で選ばれた陪審員は計千二百三人に達し、そのうち高等専門学校以上の学歴の者が七四％を占め、前期に比べて三四％増えた。
伝えられるところによると、北京市第一、第二中級人民法院は知的所有権法廷で北京大学、中国人民大学、国家特許管理局、中国社会科学院などの六人の専門家を第一陣の人民陪審員として招聘し、知的所有権に関する訴訟事件の裁判に参与させ、多くの特許、コンピューター・ソフトウェア著作権、商標などに関する紛糾事件を結審した。
監督することと監督を受けること
記者が陪審員を三期続けて勤める黄恵興さんに贈賄しようとする訴訟事件の当事者がいるかどうかと尋ねると、黄さんは「その可能性はまったくない。というのは朝、法廷に来る前に、わたし自身どんな訴訟事件を審理するかも知らず、法院に着いてから、その日の審理事件の調書を見ることになっているからだ」と語った。
このようなやり方は、かなり大きな度合いにおいて陪審員の訴訟事件を審理する公正さを保証している。
陪審員に新たに選ばれた孟燕さんはある刑事事件の審理に参加したことがあり、開廷する時になってやっと被告が十二人もいることを知ったため、孟さんは事件の調書を見ながら事件の内容を調べて開廷審判に参与せざるを得なかった。
しかし、中国政法大学の修士コース終了の王超男さんは、陪審員は訴訟事件に介入する時間はあまりに浅く、ただ調書を見て、開廷審判、合議に参加するだけでは、しかるべき監督の役割を果たすことができないと見ている。
現在、人民代表、政府の高官などの任期については制限があるが、人民陪審員の任期制限に対してはいまなおいかなる規定もない。法院が陪審員を頻繁に替えようとしないのは、法院が毎年陪審員の育成トレーニングの面で多大な精力を費やしているからである。一人の適格の陪審員を育成するのは容易なことではなく、もしかなり短い期間にもうこの仕事に従事しないようになれば、損害をこうむるのは間違いない。
しかし、いくつかの法院の陪審員は出廷に参与することをおろそかにし、責任を履行する気がない。これは海淀区人民法院の人民陪審員の高い出勤率と異なっている。こうした状況に対して、北京市が新しく制定した「人民陪審員の管理規則」では、職責を履行しない正当な理由がないかまたは法律と規律に違反する情状がゆゆしくない人民陪審員に対し批判、教育を行い、任命する機関に報告する、職責の履行を拒絶するかまたは法律と規律に違反することなどによって事件を誤審し、またはその他のゆゆしい結果をもたらした人民陪審員に対しては、職務を任命する機関にその職務の免除を要請すべきであると規定している。