精神療法・医療過誤の掲示板

私どもの考え(その2) 投稿者:sachiko  投稿日:11月21日(日)14時56分35秒
(続き)
しかし、モラリストさんの主張にも疑問があります。まず、ピアスとリストカットを一緒くたにしてしまっていることです。入れ墨やピアシングは、人類の歴史を見れば、いつでもどこでも行われてきたことで、しかもそれは「自分を傷つける」「自ら命を絶つ」という「意味」が付与されてきたわけではありません。他方、リストカットは、それらとはずいぶん「意味」が異なります。加えて、リストカットをする人たちを、ご自身が「理解できない」という理由で、異質な他者としてとらえてしまって、そこで思考停止をしてしまうのは、いかがなものでしょうか。現在、年間3万人以上の自殺者がでている日本に住むものとして、それらの人たちのことを「理解できない」と切って捨てることは、私どもには、できませんし、その陰に隠れている膨大なリストカッターの方々を「理解できない」と切って捨てることも、決してできません。「理解できない」ことを、「理解しよう」とすること、多くの人々が「理解できる」ようにしていくのが、科学であり医学の営為のはずです。また、愛する人を大切に思う人間の行うことだと思います。では「理解」するためには一体何が必要でしょうか。これまでどれほどの症例報告があり、そこでは専門家たちが、どのような分析結果を示しているのでしょうか。どういう治療の成功例があり、また、失敗例があるのでしょうか。またこれまでどれほどたくさんの患者さん・リストカッター・自殺未遂をした人たちが、ご自分の苦しみや経験について語ってきているでしょうか。さらに、現在、ネット上や様々なメディア上で、そういう方々が、どういう悩みや経験を教えてくれているのでしょうか。少し調べれば、すぐにわかることです。モラリストさまは、こういったことについて、どれほどお調べになり、お考えになったのでしょうか。モラリストさまのおっしゃるように、「命を大切に」と訴えて(これはこれで大切なことですが)「街の灯」(これはこれでよい映画ですが)を見てもらえれば問題が解決できるのであれば、苦しんでいる本人たち、そのご家族、友人、学校の先生や地域の方々、精神科医やカウンセラーといった専門家が、現時点であれほど悩み苦しんではいないでしょう。「命の大切さ」をさまざまな形で訴えていくことはとても大切なことでしょう。しかしながら、他者の苦しみや、そこから生まれる様々な言動・行動・思考のことを「理解できない」というままで、その人々に対して自分の考え方をぶつけてしまってよいものでしょうか。たとえ「正論」であったとしても、相手によってはそれを意見の「押しつけ」ととらえる場合もあるのではないでしょうか。また、そうとった人が「押しつけ」を「抑圧」と感じた場合、その人の精神的疾患の悪化を助長する方向に作用したりしないのでしょうか。
モラリストさまのご意見そのものが私どもから見れば疑問のあるもので、なおかつ「みかん」さまというたったお一人の方に対するレスであった、ということもあり(この掲示板のわずかの書き込みで、人それぞれの個人的な事情はわからないし、しかし、その事情を知ることなくしては、何もはっきりとしたアドバイスをすることはできない、と私どもは考えます)、加えて、「空」さまから下のようなレスがあったので、あえて長々と書きました(「空」さまの疑念はごもっともだと考えました)。最後に、リストカッターとして著名になった「南条あや」さんのサイトをリンクしておきます。出版された本のあとがきで、精神科医の香山リカさんが、南条さんの通っていたクリニックの対応などを批判されていた、という点もつけ加えておきましょう。入院が長引くのはリストカットをするあなたのせいですよ、といっているだけでは、問題は解決しない。医者の対応に問題がある、と患者が考えたら・訴えたら、医者はそれをしっかりと受けとめて、治療の改善を目指して、できるだけ患者やその家族と話し合って行かねばならない。これが私どもの考えです。
編集済

http://nanjouaya.com/hogoshitsu/memory/


私どもの考え(その1) 投稿者:sachiko  投稿日:11月21日(日)14時54分45秒
空さま かきこみありがとうございました。ご質問・ご指摘の点はごもっともで、実は私も、モラリストさまの書き込みには、ちょっと意見を持っています。ですが、価値観の相違だったり、いろいろあるので、何も書かなかったのです。しかし、私どもが管理人であるということもあり、ここは書いておくべきであろうと思い、以下に書きます。

まず、空さまのご指摘することが本当なのかどうか、つまり、親から様々な「虐待」を受けたことが、リストカットをしたり境界性人格障害になったりする原因なのか、ということは、私どもは保留にしておきたいと考えています。なぜなら、境界性人格障害の「原因」が「家庭環境」なり「親子関係」なりにある、ということを、ことさらに強調したり追求したりしても、それは現在苦しまれている患者さん本人の治癒には、ほとんど結びつかないからです。もちろん、子どもを虐待する親が許されるわけではありません。しかし、それは、その子どもが病気になるかならないかにかかわらず、許されてはならないのです。また、多くの人が親になったときに、どういうかたちであれ、自分の子どもを「虐待」する可能性を持っている、ということもあると考えています。この場合「虐待」とは、親が意識するかしないかにかかわらず、子どもが「虐待」を受けた、と感じれば、すべて「虐待」になる、ということです。
もちろん、境界性人格障害の「原因」を追求していくことが、病気を作り出さない社会や家庭を作り上げていく、という目的には結びつくかもしれませんが、それはまた別の問題だと思います。さらに、人はどういう環境で育ちどういう両親の育てられ方をしても、病気になるときは病気になるのではないかと私どもは考えています。それは誰もが遭遇する可能性がある事態であり、例外はないだろう、と。そのように考えているために、誰がいつどこで、人生のどの時点で病気になるか、ということは、多くの不確定要因が左右する、ということになる、と私どもは考えています。そうだとすれば、むしろ、病気になったり生きていくのがつらくなっている人たちと共に生きていける社会、自分が病気になってもそのなかでなんとかやっていける社会や医療の仕組みを作っていくべきだろうと考えます。BLOGのほうで、そういった医療機関の活動についてご紹介しているのはそういう意図からです。(続く)


(無題) 投稿者:  投稿日:11月21日(日)12時58分48秒
モラリスト様
質問なのですが、
「今ある命は、祖父母の世代から父母へ、親から子へと託された命です。
子は孫へと命のリレーをして糸を紡ぐように守らなければならない大切なものです。」(モラさんの書き込みを抜粋したものです)
こちらの文面は、虐待(暴力だけでなく言葉によるものや育児放棄を含)を受けて育った方々(ほとんどの方が将来人格障害をかかえることになるそうです)にもおっしゃるおつもりですか?ちなみに虐待された方々が告白している虐待の実態は、「弟の排泄物を食べるように強制された」「食事を与えられない時期が長く続いた」「性的関係を強要させられた」「全く口をきいてもらえなかった」という内容です。

かきこみありがとうございました 投稿者:sachiko  投稿日:11月19日(金)23時17分41秒
みかんさま ありがとうございます。ちゃんとしたアドバイスは、素人なのでできませんけど、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

モラリストさま ごぶさたです。掲示板の書き込みは以前からこんなものだとおもいますけど。また、私どもが、「素人が適当なアドバイスをしてはならない」という原則に基づいて、書き込みをされた方の「相談」には決してお答えしない、というのも、これまた以前と同様です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
編集済

命のリレー 投稿者:モラリスト  投稿日:11月18日(木)01時18分53秒
みかんさんへ
私は、頭が古い人間なのかも知れませんが、自分で自分の体を傷つける行為というのが、理解できません。
もっとはっきり言えば、ピアスさえ感心しません。30年ほど前、歌手南沙織さんがピアスをしていた時、ファンの反応は「ステキ」でなく「痛そう」でした。
15年ほど前、米国に出張した際のイヤリングは殆どピアスしかありませんでしたが、それでも鼻・唇・舌・臍などにピアスをするなどという流行はありませんでした。
また、リストカットについてもそこに至るまでに精神的に大変な思いをされたのかもしれませんが、リスカなどと流行りの言葉を使わないで下さい。命に対して軽い気持ちと甘えがあるような気がしてなりません。ファッションのような軽い感じを受けます。
私は、学生時代生物学の学徒として、いろいろな命の宿る瞬間を見てきました。受精の瞬間というのは神秘的で実に感動的なものです。
鮭が産卵のため飲まず食わずで河を遡上して産卵して一生を終える例を出すまでもなく、今ある命は、祖父母の世代から父母へ、親から子へと託された命です。
子は孫へと命のリレーをして糸を紡ぐように守らなければならない大切なものです。
私は、みかんさんが人格障害だとは思いませんが、本気で自殺するつもりでリスクカットをするようならば、退院が1ヶ月単位で延びるのは当然のことです。
そして病院や医師のせいにする前に自分の命について大切さを知るべきではないでしょうか?
そして人の一生と言うものを真剣に考えてみたらいかがでしょうか?
この世に生を受けて、七五三をご両親に祝ってもらって限りない慈しみを受けて成人しました。
これから、人を愛し結ばれて次の命を育み、年老いて命のバトンを渡す・・・・。結婚して子供を育てて年老いるまでは死を恐れてください。自殺は美しいものではありません!
生きることに必要なのは・・・・、勇気と想像力と少しのお金と人生をともに歩む伴侶です。
生きていれば、いろいろな出会いがあります。
少し、説教じみていますが仏教流に考えれば、食事のときさえ「あなたの命をいただきます」と手を合わせるのが、命を頂くものの礼儀です。
みかんさんがもうリストカットをしないと医師が判断すれば、すぐに退院できますよ。

みかんさんに勧めたい映画があります。退院したらチャップリンの「ライムライト」をレンタルビデオで借りてご覧下さい。
足が麻痺して自殺を図った踊り子に生きる喜びと夢を与えて励ましつづけるチャップリンの言葉がきっとみかんさんの琴線に触れると思います。
<華やかなライムライトの陰に老いは消え若さに代わる>
編集済

http://www.ctt.ne.jp/~n-masato/gurasan/chaplin/raimuraito.htm


私も・・・ 投稿者:みかん  投稿日:11月17日(水)22時54分25秒
初めて投稿させていただきます。
今、このページをみて、やっと同じ人達にあったとホッとしています(違ってたらすみません)。
私は今精神科に通院し、4ヶ月の療休を経て、10月から休職しています。
私としてはちょっと休もうと1ヶ月の療休に入ったのですが、復職予定の1週間前にリスカをして、それからは復職の許可がでません。そのためにいつまでたっても職場に戻れません。病名もうつ病から人格障害に変わりました。
でも、この療休が私を人格障害にしたとしか思えないのです。もともと素因はあったのかもしれませんが。療休で人と会わなくなってから良くなるところか追いつめられていく状態になり、とうとうリスカをしました。でも、そのときだけです。それからはカウンセリングを受けるようになり、落ち着きました。でも、今、復職できないことで再び不安定になりそうです。
今の医者に言いたいです。
「私の人生を台無しにしないで。今年はあきらめるから、来年の私の人生は返して。」
でも、何か言ったらまた不安定っていわれて職場復帰がのびそうでいえません。
私は職場復帰を盾に取られているので立場弱いです。
何かいいアドバイスがあったら教えて下さい。

Akikoさんとトモさんへ 投稿者:モラリスト  投稿日:11月17日(水)11時44分8秒
Akikoさんとトモさん初めまして。
私は、神経内科と神経外科及び精神科の区別が最初わからず、鬱で不眠状態のときに神経内科に1年半ほど通って症状を悪化させて、最終的に職を失いました。
躁鬱病という診断で3ヶ月精神科に入院しましたが、自分の経験からいうと医師の処置に不満があっても通院の選択肢の最初は精神科・神経科とするのがベストと思います。

Akkikoさんが通われたのは、医師の資格のないカウンセラーだと推察されますが、教育学部系(教育心理、原理等)または文学部系で心理学を学んだ程度で経験により心の悩み・鬱をある程度
解決できることもあるかと思いますが、保険は利かないカウンセリングは高く当たり外れが多いのではないのではないでしょういか?また、薬の処方もできません。
良心的なカウンセラーならば、精神科医を紹介すると思いますが体面上それができなかったのだと思われます。
トモさんの場合もカウンセラーと書かれていますが、文面からはカウンセラーが医師か否か読み取れませんが、心療内科医に行かれたのではないでしょうか?心療内科の対象は主に心身症で心身症の定義は次のようになっています。(日本心身医学会, 1991)
「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与し、器質的、ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし、神経症やうつ病など他の精神障害に伴う身体症状は除外する。」
カウンセラーも心療内科も患者にとって通い易い所ですが、必ずしも適切な場所とはいえないかとおもいます。
なら精神科医に全て任せきれるかというと、脳・精神の問題というのは個人差が大きく診断がついたから治療法が確定するという簡単なものでなく誤診もつきものですが、それでも病的な治療では
第一選択としてお勧めします。

また、経済的な面では、精神科医の証明書を出してもらえば、治療費が保険治療よりはるかに安くなります。
私の場合、年収が少ないので治療費の負担はありません。加えて、傷害年金の申請をして審査に通れば、その程度に応じて傷害年金が支給されます。私の場合、車の運転もできるし、教育関係のバイトもできるので、審査がスレスレで通ったようですが・・・・・。

そして、経済面よりも精神科のメリットは、入院ができる規模ならば臨床心理士(医者ではないが、心理学を学び大学院をでていること。5年毎の資格更新時までに何回かの臨床心理学関係の単位を取得が必要なカウンセリングのプロフェッショナル)がいます。知識経験のレベルは町のカウンセラーと比較になりません。
精神科医自身も、精神保健指定医の資格を有する医師がいる病院の方が無難です。
精神保健指定医とは、厚生大臣が申請に基づき指定を受ける要件に該当する医師のうち精神保健福祉法に規定された「指定医の職務」を行う上で必要な知識及び技能を有すると認められる医師を、精神保健指定医に指定しています。)
一般の開業医では、資格をもってない方が多いです。これが必ずしも腕のよしあしに直結するとはおもいませんが、医師と患者さんがお互いの信頼関係の構築にプラスになるならば、選択条件にいれてもよいかと思います。

トムさんの書き込みは、Akikoさんとトモさんに対して少し冷たい書き込みかなと思いますが、過去のことはともかく、今後のカウンセリング先は精神科をお考え下さい。

また、町のカウンセラーの場合には、カウンセリングの効果がなくても悪化しても相談者の手元には客観的な記録がありません。かえって悪化してしまっても法的な制裁がしにくいかと思われます。
一方、精神科・神経科医の場合には、処方・処置記録が残りますのである程度客観的記録が残り、
別の医者に変えた際も処置過程を伝えられ、転院先の医師も引き継ぎ易いかと思います。

参考になれば幸いです。

問いかけ 投稿者:モラリスト  投稿日:11月17日(水)10時18分31秒
Sachiko様 お久しぶりです。
この掲示板を気にしていたのですが、自分自身が経済的な自立に模索していてすっかりご無沙汰してしまいました。
で、全ての投稿を目を通さない状態での書き込みなので、場違いなコメントと思われたら削除してください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
精神療法・医療過誤について糾弾するというのが、このホームページの最初の目的だったかとおもいますが、大分投稿内容に幅がでてきて、心を病む皆さんの救済的な貢献度の高いホームページになったと思います。
これによりどんなにか多くの患者さんと元患者さんの心の傷が癒されていることでしょう。

入院患者にとって、つらいのは医療の過誤だけではなく社会と家族の世間体です。
両親が健在の場合には患者さんは気にかけてもらえ、ある意味で救われていますが、50代位になると帰るところがありません。
私の目だけでなく医師からも、退院できると言われても血を分けた身内から拒否されてしまうのです。
私が入院していた3ヶ月間で知り合った中高年の患者さんは皆そういった理由で、社会から隔絶されたまま何人かは病院内で亡くなりました。
Schzophreniaが精神分裂病から統合失調症と病名を変更したのもそれだけ世間的な偏見があるからだと思うのは私だけでしょうか?
もう運転免許の更新があるのですが、法律が変更(改正?)になり病気の申告義務があるのですが、精神科に通院し障害者手帳を持っている者にとっては不利な改正です。
事故証明をとるため、警察に事故届けをする際にも免許証はコピーされますので、過失割合が不当に評価される可能性もあります。
社会の偏見を無くしたいですね。そして、医者と患者との関係も上下がなくお互いの人格を尊重した関係でありたいと願います。
久しぶりで書きたいことが多くてまとまらない文章になりました。申し訳ありません。

編集済

2チャンネルのペーストは困ります 投稿者:sachiko  投稿日:11月 7日(日)02時14分41秒
「金由利」さま 書き込んでいただいた「医療ミス激増の真因」が何にあるか、というテーマは、この掲示板でもHP、BLOGでもあつかっていません。また、2チャンネルで流れている情報を鵜呑みにすることも、このHPの趣旨ではありません。したがって、書き込みは削除させていただきました。「医療ミス」が「激増」している、と言われれば、私どもは、そうではない、という考えを持っています。むしろ「医療過誤が報道されることが激増している」のではないでしょうか。あるいは、「医療過誤である」ということを訴える人々が増えているのではないでしょうか。さらには、かつては医療過誤ではない、といわれてきた事件が、現在では医療過誤であると認められるようになってきたのではないでしょうか。わたくしどもは、「泣き寝入り」をしない、という考え方から医療過誤を考えていますから、これらのことの方が重要であると考えます。「マスコミが伝えない」ことにも重要性があると思いますが、そもそも、医療過誤、という事柄自体、かつては「マスコミが伝えない」ことでした。現在でも、新聞の片隅に時々、その一部が報じられている程度です。また、訴訟を起こしている人々が、マスコミに報じてもらいたくない、と考えている場合も多い、ということもあります。その点をよくお考えください。なぜそういった方々は、あえてマスコミに事実を伝えないのでしょうか。本当に「マスコミが伝えない」とお考えでしたら、どうぞお近くの地方裁判所か、東京や横浜、そして大阪の、民事裁判の中で、医療裁判を扱う裁判所で傍聴してみてはいかがでしょう。あるいは、一日に何件の医療裁判が行われているのかを、実際に、「マスコミが伝えない」ものを含めて、裁判所の記録でご確認してみてはいかがでしょうか? 2チャンネルのような場で伝えられていることよりも、ずっとずっとリアルで、しかも「マスコミが伝えない」多くの事実を、裁判所で知ることができるでしょう。ネット上で流されている文章だけで「医療ミス激増の真因」をあれこれお考えになっても、「真因」を理解したことにはならない、というのが私どもの考えです。どうぞ、「現実」をご覧ください。

すべてが患者のせいではない 投稿者:sachiko  投稿日:10月24日(日)17時42分48秒
BLOGでは、秋田県の4つの町で、自治体の取り組みによって自殺率が低下した、という報道を紹介しています。つまり、自殺をしようとする人ではなく、その周囲の社会がそういった人々のために努力すれば、その人たちの行動や思考が変化する、ということではないかと思います。もちろん、本人たちに対する専門家の働きかけと、患者さんたちの努力なしにはありえない話ですが。とはいえ、精神の問題は、患者さんだけの「自己責任」なんかではなくて、周囲の人々との協力があってこそ克服できる、ということが言えるわけで、つまりは、病気の人以外の社会のメンバーも、病気の人たちに一定の「責任」がある、ということになります。ましてやカウンセリングでは、患者を手助けするのが医師の「責任」なのですから、患者一人で自分の感情に「責任」を持つ、なんてことはありえません。ですから、その治療に問題を感じておかしいと患者が思ったら、患者が医者の治療方針などに対して意見を述べて、治療の改善を要求するのも当然の権利であり、それを聞いて話し合っていくのも医師・カウンセラーの職業的責任だと思います。患者の意見も聞けないような医師はやめるべきですし、そういう医師を雇っている医療機関は、そういう医師をやめさせるか、再教育する義務があると思います。
編集済

http://green.ap.teacup.com/applet/psychoproces/20041024/archive


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