| 1. | オーストリアの女帝で、夫フランツとの間には16人の子どもをもうけたことで知られる、マリー・アントワネットの母親といえば誰? | マリア・テレジア |
| 2. | 18世紀当時ハプスブルク家の夏の離宮として使われており、マリー・アントワネットが幼少をすごしたことで知られる、オーストリアのウィーンの少し外れにある宮殿といえば何? | シェーンブルン宮殿 |
| 3. | 3択です。マリー・アントワネットが、後のルイ16世である16歳のフランス皇太子と結婚した時の年齢は何歳?14歳、15歳、16歳 | 14歳 |
| 4. | 1775年、マリー・アントワネットと同じ年にスウェーデン王室顧問官の息子として生まれた、仮面舞踏会でマリー・アントワネットと知り合って以来プラトニックな関係を続け、王妃の愛人と噂されたスウェーデンの貴族といえば誰? | ハンス・アクセル・フォン・フェルセン |
| 5. | 元々はルイ15世が愛妾たちと時間を過ごすために作らせた離宮で、結婚のお祝いとして夫ルイ16世からマリー・アントワネットに贈られた、アントワネットが大変気にっていたという館は何? | プチトリアノン |
| 6. | 6歳の時に同い年であるマリー・アントワネットにプロポーズしたというエピソードがある、『フィガロの結婚』『魔笛』などで知られる作曲家といえば誰? | モーツァルト |
| 7. | マリー・アントワネットは、国庫を湯水のごとく使い贅沢な暮らしを続けたため、義弟のアルトワ伯から不名誉なあだ名をもらいましたが、それは何? | 赤字夫人 |
| 8. | 娼婦上がりの身でありながら、マリー・アントワネットと宮廷で権力を争い、ハプスブルク家のお姫様で未来のフランス王妃である彼女をたった一度とはいえ屈服させたことで知られる、ルイ15世の寵妃といえば誰? | デュ・バリー夫人 |
| 9. | マリー・アントワネットが裁判を受けるためにダンプル塔から移送された、別名を「ギロチン控えの間」と呼ばれる牢獄といえば何? | コンシェルジュリ牢獄 |
| 10. | ルイ16世、マリー・アントワネットらが処刑された、もとは「ルイ15世広場」といい、革命時には「革命広場」と呼ばれていた広場は、現在何と呼ばれている? | コンコルド広場 |