パリへ
- 1777年、21歳のモーツァルトはパリへ向かう。
神童から大人になってしまったモーツァルトはパリでは成功を収められなかった。
そしてこの時、母アンナ・マリアが病気で死去する。
モーツァルト一家(1781年頃)

左/母アンナ・マリア、右/父レオポルド・モーツァルト。
- 結婚
- 1781年25歳になったモーツァルトはウィーンに定住するようになる。
そのウィーンの下宿屋ウェーバー一家の娘コンスタンツェと1782年8月4日
シュテファン教会で結婚式を行う。
この時代はモーツァルトにとって最も
幸せな時期で、オペラ「後宮からの誘拐」、交響曲「ハフナー」「リンツ」
ピアノ協奏曲20番、21番などの名曲も生まれている。
- 成功の時代
- 1786年から88年にはオペラ「フィガロの結婚」
「ドン・ジョバンニ」などの初演が大成功、そして交響曲39番,40番,41番と
名作がすばらしいスピードで生み出された。
- 晩年の貧困の時代
- 晩年のモーツァルトは借金を繰り返し、かなり返済に困っていた。
またコンスタンツェも病気がちで転地療養に出る。
- 死去
- 1791年、「レクイエム」にとりかかり、
そして「魔笛」の初演を行った後、モーツァルトは死の床につく。
1791年12月4日、35歳のモーツァルトは遂に息を引き取った。
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