二〇〇三年六月

六月一日

Eさんは演出になって変わってしまった。制作時代のあの優しいEさんはどこかに消えてしまい、今ではすっかり演出家の顔をしている。同僚のI氏やO氏は泣きそうな顔でそんなことを云う。

人格に自意識があると仮定したら、制作としてのEさんの人格は、演出としての人格によって圧迫され消え去るとき、一体何を想ったのだろうか。

そして、今は泣いている同僚O氏がプロデューサーとなり、I氏が大演出家先生となって制作としての人格を抹消したとき、わたしどもは其処に何を見るのだろうか。

六月二日

松屋のカレーは、その希薄性故に、余り美味くないのではと考えてみる。コストの優先が、味覚を崩落させてしまった感がある。そんなカレーを喰わねばならないのは、ひとえに貧困であるが為であり、つまり、其処には広範な選択肢の可能性としての自由と貨幣の問題がある。

自由は貨幣で購えると云うとすこし厭らしい感じがするが、貨幣の過小性(=貧乏)が選択の可能性を制約するケースを想像するのは容易い。あと百円あれば、わたしどもは松屋のカレーではない違う未来を生きられたはずである。ただ、この問題に関しては、異論を設定することもできる。異なる未来を迎えたところで、松屋のカレーという選択肢は棄却され、結果的に松屋のカレーという一つの未来を失ってしまう。それは果たして自由に関する優越と云えるのだろうか。

わたしどもは何も失っていないと空想してみるのはどうであろうか。選ばれ得なかった選択肢は、どこかへ消えてしまうのではない。それは潜在的な形で選ばれ得た選択肢とともにわたしどもの未来を形成している。それは少し素敵な景観ではないか。


…詰まり、金はあった方がよいと云うこと。

六月三日

腐食した飯の味と腐った納豆の味の類似性を指摘する同僚O氏の言及からは、わたしどもは氏が土木労働者時代のある暑い夏の日に飯を腐らせたり、賞味期限より一ヶ月を経過した納豆を喜々として食べる性癖を宿している事を知るのであり、詰まり、ざまをみろとか変態などと云う所感であったりする

六月四日

老痴且つ俗世間的な異見を申せば、職場で鼻糞をほじりながら読んでいる仲村佳樹の『MVPは譲れない』は人物の判別に多大な思念を消費せねばならず、自然と頁の進捗が緩慢になり、想いは晩飯の献立に流され気味だ。

腹が減ったので何か喰える物が落下してはいないかと会社を彷徨う。同僚のKが、味覚の上での快楽を其処から獲得するに多大な困難が視覚上想像される気味の悪い麩菓子を、それが大変なる好ましい味覚であることを予感させる様な凄まじく勢いの良い身体動作で、咀嚼消化している様を見る。

六月五日

家に帰れない。何とかして呉れ。

六月六日

カレーを喰った。四時間後に又カレーが喰いたくなってコンビニに行ったら売り切れだった。

六月七日

同僚のKは自称熱血派で、昼下がりのキャンパスでは東南アジアからの留学生に交じりながらバレーボールに情熱を傾けていたらしい。

六月八日

明日から、また家に帰れなくなる。

六月九日

眠たい。

六月十日

かみさま。

六月十一日

編集室で演出が高いびきを放つ。

六月十二日

演出しね。

六月十三日

朝にチャーハンを食った。昼にチャーハンを食った。夜にチャーハンを食った。あまり仕合わせにならなかった。

六月十四日

同僚O氏の激しい足臭がカレーの臭いと混合してこの世の終わりな気分であった。

六月十五日

演出家が焼きそばを食って寝てしまった。

六月十六日

起きて呉れ。仕事して呉れ。

六月十七日

シマックの『中継ステーション』を読み終える。全盲聴覚障害なかわゆい小娘など出てきて喜ぶが、おやぢの話に終始してどうにもうまくいかず。先月読んだ『華氏451度』にも白痴の少女が到来して心ときめいたのだが、交通事故で途中退場となり無念であった。

六月十八日

篠田先生はやっぱりずっこけたらしい。予想に違わない人だ。


『あずまんが大王』は学校という日常が終了しても人間関係が持続されうることに鑑賞者の感情誘起を求めようとするが、同じ様なことはみさき先輩によっても言及されていたことを思い出す。ただ、みさき先輩に於いては、視点は逆転されており、卒業は人間関係が解体されるからではなく、高校という日常が喪われてしまうから悲しいのである。

自己の思い出に振り返ってみたらどうだろうかと暫し考えてみる。特に親しい友人もなく、学校に愛着を持っている訳でもなかったので、中学の時も高校の時も卒業式はさばさばした物だった。無論さばといっても鯖ではない。

六月十九日

己より三ヶ月若いのに監督になり果せた社内の演出家へ同僚I氏の怨念が放出されて所感に困る日々である。親の七光りなのかどうか不明だが、三十二歳で監督になった深作健太みたいなものか。映画人の家庭育った人間は、若くして良い映画を撮ったりするから嫌々だ。といっても、例を挙げろと云われれば、イー・トンシンくらいしか思い浮かばなかったりもする梅雨晴れな一日であった。

六月二十日

成功には過剰な労力が必要だが、だからと云って、過剰な労力が須く成功に至るとは限らないと云うのは、救済の確実性を巡る中で強迫的な勤労観念を生み出してしまうカルヴィニズムみたいなものか。

六月二十一日

納品が終わって、うはうは気分であった。

六月二十二日

精神の病が格好いいと云うのは厭らしい考え方ではあるが、此の思考の様式が妥当するのは、当人が何らかの能力的優越を確保している時である(七年前くらいのQuick Japanに於ける庵野秀明ボーダーラインで格好良いみたいな恥ずかしさ)。

しかし、鬱を構成する人々の大半が能力的優越を満喫出来る訳ではない。平準な能力者の精神的な危うさは同情の対象になり得ても、格好良いものではない所が、現実の世の世俗的な冷酷さとも云えるが、取りあえず、「アレだけ鬱なのだからきっと素晴らしい力量の持ち主に違いない」と云う責任のない期待を徹底蛇尾微塵にした取引相手とぶち当たった同僚のKは同情して然るべきだと思うし、詰まり、皆不幸だと云う事なのか知らん。

六月二十三日

夜型の生活から朝に起きて夜に寝る会社員の様な生活へ移行すると、世界が過剰に輝いて見えてきて、山岡士郎の困惑した笑いで表現する所の「たはははは…」な気分である。

今週号の山岡は神山専務の接吻に晒されたりしていてとても愉快ですね。

六月二十四日

伝票のチェックと云うものは大いに詰まらないものなので、『軍歌』(二枚組)を聴きながら作業をして、「月月火水木金金〜♪」と大変な気分の浮き様になったのだが、惜しむらくは戦後録音である事で、些か情緒に欠ける所が無念な感である。戦前録音物を有線で社内に流したりしたら、アカでヒッピー野郎の同僚Kは悶死するだろうなと云う想像が浮かんできて、顔を悦びで弛緩させている内に全楽曲が消化されるも、仕事はまだ終わらなず、しょうがないので、ヒッピー発言をしたばかりに南部の保守おやぢたちにいぢめられている可哀想な娘さんたち事ディクシー・チックスを聴きながら、梅雨を乗り切れのりのりだぜいなどと無闇に空元気を発動させようとするが矢張り雨は厭ですな…という一日であった様な気がした。


六月二十五日

才能は不幸な青春によって産まれるとわたしどもが考えるのなら、物語にある人格の動機を決定づけるのはライターや演出家の実人生のあり方になる。しかし、この考え方には一種の絶望もあって、作られうる物語はライターの実人生を越えることはないとか、或いは、不幸な青春を過ごさなければ、ユーザーの感情誘起に成功することはないと云った様な奇妙に悲しい結論に落ち着いてしまう。

感情誘起はもっと計算高く演繹的に再現しうるものと云うこともできる。その際、わたしどもは感情誘起に関する手法を数多くのサンプルの中に見出さなければならないのだが、その作業の中で、わたしどもは別の人生を経験していると云えるかも知れない。実人生も物語の中から獲得される他者の人生も、情報という点に於いては同じ土俵で評価しうることができるのではないだろうか。


…詰まり、雪さんは此処にいると云うことで宜しく。余り宜しくないのだが。


六月二十六日

風景写真とは違って、何らかのイヴェント(例えば卒業式等)に於いて思い出の明確化のために成される写真撮影は、独力で行うことに技術的支障はないのだが、心情の問題としては困難な行いである。言い換えれば、空しく寂しい。よって、思い出を共有出来うる様な人間関係の恒常的な構築に失敗すればするほど、自己の表層イメージを写真という形で客観化する機会が失われる事になる。わたしどもの住まう社会は、残念なことに、此処十年で撮った自己を被写体にした写真が、免許証とかパスポートとか、身分証明用ばかりである事を罪悪と見なし気である。

もっとも、価値観は転倒しても良いものであって、自己の記録を残さないことに美意識を見出す伝統的な価値観も存在しないことはない。ゴルゴ13の写真があんまり残っていないようなものだ。なんか、格好いいぞ。別にそう云って自分を慰めているわけではないのですよ。


六月二十七日

異動になったので、荷物の整理などをして一日を潰す。これで、同僚O氏の顔も見納めになると思うと寂しいですわ。おほほほほほほ。と云っても、三階から二階へ移るだけなので余り変わらなかったりも。


六月二十八日

木訥な東北人であった所のE氏が、演出家の顔になられてしまわれた事を、氏と長い交遊のある同僚のI氏が嘆いておられた事は、前にも述べた。

I氏は「E君が遠くへ行ってしまった」と目に涙をためながら仰るが、この人間観には、E氏が地位に応じて一方的に人格を変容させたのであり、それに対するI氏の人格は過去からの一貫性を維持しているという前提があると思われる。しかし、本当は逆で、変容したのはI氏の方で、E氏は前からの人格を継続しているとしたらどうであろうか。

他者の役割に応じて、わたしどもは態度を変えなければならない。E氏が役割を変えるのなら、わたしどもも氏に対する関係のあり方を変容させなければならない。そして、既存の親しんだ環境が失われるのは、とても寂しい事ではないのだろうか。

遠くへ行ってしまった人間の顔は、何となく寂しく見える。それはわたしどもの片務的な主観とばかりは云えず、本当に寂しいのかも知れない。だが、そんな寂しさも何もかもやがては忘れ去られてしまう事もわたしどもは知っている。だから余計に寂しい。


六月二十九日

今はもう思い出の中でしか出会うことのできなくなった同僚のO氏は、インドへの憧れをよく語る人であった。

わたしどもは氏の斯様な情熱に水をかけてみようと思い立ち、彼の地の物乞いに不具者が多いのは、物乞い組合の親方があらかじめアレでナニしているからですよと学生時代に上島竜兵似の教師から教わったことを申し上げた。

また一つ夢と希望が氏の手のひらからこぼれ落ちたのであった。


六月三十日

一生における覚醒時間は遍く人々に対して一定であり、とりあえず16h(起きている時間)×80年(寿命)で467200時間と仮定しよう。これが平均5時間睡眠になると約67歳、4時間睡眠になると約64歳、3時間で61歳、2時間で58歳である。


眠い。家に帰りたい。



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