1. 自然を知るための草木染め |
自然界で得られる色を使って染めることを「草木染め」と 呼んでいます。一見、茶色や緑でしかないような木の皮とか草から、 さまざまな色に染まるので、意外性があって、おもしろいものです。 不思議なことに、きれいな花の赤や青、若葉の緑色などは、 抽出した時点でもはや色を失ってしまったり、染めてもすぐに 褪せてしまったりして、布の染料にはなりません。草木染めには、 自然が持っている隠れた色を見つけるという楽しみがあります。
染めの専門家は、大きな鍋を使ったり、大掛かりな ことをしているので、難しそうという印象があるかも しれません。たしかに、染めはたいへんに奥が深い分野なのですが、 ここでは、染めの技術そのものを極めるのを目的とせず、 ハンカチなどの小物を手軽に染める方法を紹介します。
鍋のかわりにステンレスのボールを使うのがミソで、 料理用のなべをひとつつぶす必要もなく、気軽に始められます。 ステンレスのボールは直接火にかけてもだいじょうぶです。 (ステンレスのボールを使うというアイデアは、末尾の文献[1]によります。)
2. 草木染めの基本手順 |
ステンレスのボールに草木を入れ、 布の約20倍の重さの水で煮出します。 | |
ざるでこして、草木を取り除きます。 煮出した液が染液です。 | |
染液に、あらかじめ水でぬらしておい た布を入れ、沸騰させて煮ます。時間 が経ったら、火を止めてそのまま冷ま し、手が入れられるようになったら布 を取り出して水洗いします。二度染め をする場合は、染め液をとっておきま す。 | |
規定量の媒染剤を計って、熱湯で溶か し、布の約20倍の重さの水でうすめま す。布を媒染液にいれ、沸騰させて煮 ます。時間がきたら、火をとめて冷ま します。 | |
よく水洗いして乾燥させれば完成です が、より濃く染めるため、もう一度染 液に戻して二度染めをすることが多い です。場合によっては、染めと媒染を 複数回繰り返すこともあります。 |
3. 染める布・糸について |
繊維にはおおまかに分けて、
どの繊維でも、油分や糊がついていると水をはじいて 染まりませんので、新品であっても、染めの前に よく洗うことをお勧めします。
4. 染めの材料について |
特別に難しく考える必要はなくて、ありとあらゆるもので 染まると言ってもいいくらいです。
たとえば・・・
野の植物で | ヨモギ・タンポポ・セイタカアワダチソウ |
樹木で | クスノキ・ケヤキ・クリ・サクラ |
野菜・食品で | パセリ・タマネギの皮・ぶどうの皮 |
あたりまえのことですが、自分のものでない 立ち木の皮をはいだり、枝を折ったりはしないこと。 樹木を材料にする場合は、落ち枝を利用したり、 剪定などで切った枝を使います。
5. 媒染剤について |
草木で染めただけだと、多くの場合、 色があせたり落ちたりするので、定着の作用をするのが 媒染剤です。 媒染剤を使うとまた、染め上がりの色が鮮やかになったり、 発色に変化が出たりする効果もあります。
専門家は、望む色を出したりするために さまざまな薬品を使うそうですが、 一般家庭で使用する場合は下水に流さざるを得ませんので、 自分の体に対する安全性と、環境に対する安全性とを 考慮して、以下のような媒染剤を使っています。 みょうばんは食品添加物、 木酢酸鉄は木を燃やしたときに出る煙を集めて濃縮した 木酢液に鉄を溶かしたものですので、まず安全と考えます。 酢酸銅は緑青の一種で、多少の毒性があるとされています。 本来はあまり使いたくないのですが、 緑色系の色を出すのにやむを得ず使うことがあります。
使用量は厳密に守らなくても染まらなくなるということは ありません。しかし、無意味に環境に流さないためにも、 きちんと計って必要十分な量を用います。
媒染剤 | 使用量 | 助剤 | 色調 |
みょうばん | 繊維の5% | 酒石英2% | 軽い感じの色合い |
木酢酸鉄 | 繊維の1〜2% | 酒石英0.5% | シブい色合い |
酢酸銅 | 繊維の1〜2% | 酒石英0.5% | 一般には濃い色。材料によって緑色や青色が映える。 |
6. 染めの実例 |
ヤマモモ(みょうばん媒染) 自宅の前の通りにはヤマモモが街路樹として植えてあって、 毎年、梅雨どきには赤い実をつけてくれます。 剪定で出た枝を造園業者のおじさんにたのんでわけてもらって、 染めてみました。 | ||
みかんの皮(銅媒染) みかんを食べたあと、ふと思い立って染めてみました。 媒染をしている間、見る間に次々と色が変わっていくのが とても不思議でした。 淡い緑色になったり、パステル調の緑色になったり、 どこで止めるかでいろいろな色が楽しめるかもしれません。 | ||
アカネの根(みょうばん媒染) 最近の宅地開発などですっかり少なくなってしまった アカネですが、本来は雑草ですので、東京近郊でも昔から 草むらだったようなところにはあんがい生えていたりします。 多年草なので、何年もかけて少しずつ太っていった 根を掘るのは木を切り倒すのと同じこと、 これで染めをするのはなんとも罪作りな心持ちです。 | ||
コフキサルノコシカケ(銅媒染) きのこの会としてはやはり、きのこでも 染めをしてみたくなるというものです。 一般にきのこは染めに必要なだけの量を 確保するのがたいへんです。 しかし、サルノコシカケの仲間のこの種類は大きく成長しますので、 1個でもマフラーぶんの毛糸を染めるくらいにはじゅうぶんでした。 |
7. 草木染めの効用(あやしい話) |
草木染めの色のもとは、多くの場合、タンニンと呼ばれる成分です。 タンニンはお茶などをはじめ、植物全般に広く 含まれる成分ですが、とくに虫に食われた部分とか、 外界にふれやすい皮の部分などに多く含まれます。 そして実際、虫の発育を妨げる作用をもつことから、 虫による食害に抵抗するために植物がもっている成分だ という説があります。
実際に確かめたことはないのですが、上記のことから考えて、 草木で染めた衣料は、イガなどの衣料害虫に対して、 ある程度の抵抗性を持っている可能性があります。衣料用 防虫剤のパラジクロロベンゼンやエムペントリン(におわないタイプ の成分)が健康に及ぼす悪影響が指摘されていますが、 草木染めを生活にとり入れることで、これらの薬剤を 使用せずにすむようになるかもしれません。