嫉妬




「バレンタインねぇ…」
と、色とりどりのチョコレートが並べられているショーウインドウを覗いているのは藤咲であった。
売り場にはチョコを買いに来た女性達がひしめいている。

「まったく、何が楽しくて自分の誕生日にこんなモノを買わなきゃいけないんだか…」

こんなモノと言ってはいるが、藤咲の目はしっかりとチョコを選別していた。

「ま、それはともかくとして、さっさと買いますか」

こうして、売り場にあるチョコを物色しながら歩き回る藤咲だった。



「けっこう迷ったわね」

綺麗にラッピングされたチョコを大事に抱えながら、道を歩く藤咲。
あれこれと迷っていたので店を出るのが遅くなり、外はもう薄暗くなっていた。

「でも、アイツ喜んでくれるよね。きっと」

手渡す相手の顔を思い出すかのように、藤咲は空を見上げた。

「あ…」

その時、雪が降ってきた。

「雪…か。なんかいいわね」

バレンタインに降る雪。
なかなかロマンチックじゃない。
藤咲はそう思った自分に微笑した。

「アタシらしくないか…ふふ」
そうは言ったものの、藤咲のその笑みはとても穏やかなものだった。

「さて、雪が積もらないうちにアイツの部屋に行かないとね」

藤咲は足早に歩みを進めた。
一刻も早く、チョコを渡すために。



目的の部屋まであともう少し。
少しでも早く着こうと、近道である公園の側を通った時、藤咲は信じられないものを見た。
そこには藤咲がチョコを渡そうとしている相手がいた。

「……あ、たつ…ま…」

ただし、一人ではなく――

「なんで……」

龍麻と女性は、公園のベンチに座り仲良く話をしていた。
その女性は仲間の誰でもなく、また藤咲の知らない女性でもあった。

「いや…」

龍麻と女性が楽しそうに会話している。
龍麻と女性の間には、長年付き合ってきた恋人達のような親密な雰囲気があった。

「やめてよ…」

時折、龍麻が女性に笑いかけるたびに藤咲の胸に痛みが走った。

「…アタシ以外の女を…そんなやさしい目で見ないで…!」

そして、話が和んできたところで女性は龍麻に小さな箱を渡すと、頬にキスをしてその場を後にした。
一方、キスをされた龍麻は苦笑いを浮かべながら手を振って、女性との別れを惜しんでいた。
藤咲は、その場から駆け出していた。




「なによ!アイツ!あんなにデレデレして!」

キスされた龍麻を見た時、あまりの動揺にその場を走るように去った藤咲だったが、気が付くと龍麻が借りている部屋の前にいた。
このまま帰るのも癪だったらしく、もらった合鍵でドアを開けると、ドカドカと部屋に入っていく。
そして、入るなり藤咲は買ったチョコを壁に叩きつけた。
息を荒げる藤咲の視界に写真立てが目に入る。
龍麻と二人で撮った写真。
龍麻の隣で笑っている藤咲。
そこには、とても素直な気持ちで笑っている自分が写っていた。
その写真立てを手に取り、床に叩き付けようと頭上に高く掲げる。
しかし…
掲げたままの手は震えるだけだった。

「アハハ…アタシ何やってんだろ…カッコ悪い…」

振り上げた手をゆっくり下ろし、写真立てを元あった場所に戻す。
そして、藤咲はベットに倒れ込んだ。

「別にいいじゃない。アイツが他の女と付き合ってたって…そうね…二股かけれるのも癪だから、アイツと別れて、もっとイイ男を見つければ…」

顔を枕に埋めると龍麻の匂いがした。
龍麻の匂いが胸一杯に広がる。
こうしていると龍麻に抱かれているような気がして、心が安らいだ。
藤咲の視界が不意に揺らぐ。

「あ、あれ…?なに、これ…?アタシ、泣いてるの?」

あわてて、枕から顔をはずし目を擦った。

「なんで…なんで…こんな事で…」

だが、涙は止まらず、そのまま膝を抱えると藤咲は泣き続けた。



「ただいまー。亜里沙ー、来てるのか?」

藤咲が部屋に来てから、少したった後、龍麻が帰ってきた。
龍麻は鍵が開いていることから、藤咲が来ていることに気付く。

「おいおい、部屋真っ暗じゃないか」

部屋の中は闇一色だった。
外もすでに真っ暗になっていた。

「電気つけずに何やってるんだか」

龍麻はコートを脱ぐと、手探りで電気のスイッチを付けようとした。
だが、龍麻の耳に藤咲の啜り泣く声が聞こえてきた。

「な、なんだ!?亜里沙、泣いているのか?」

慌てて電気をつけると、膝を抱えて泣いている藤咲がいた。

「亜里沙?おい、どうしたんだ?」

龍麻は藤咲の肩にやさしく手を置くと、心配そうに藤咲の顔を覗った
藤咲はしばらくぼうっとした目で龍麻を見ていたが、自分の前にいるのが誰なのかわかると、慌てて目を擦り涙を拭く。
そして――

「触らないで!」

藤咲は龍麻の手を振り払った。
龍麻は、藤咲に拒絶されたことに驚く。

「亜里沙?」
「アタシに触らないでよ!他の女を抱いた手でアタシに触らないで!汚らわしい!」
「え?え!?他の女?抱いた!?」

わけがわからないといった表情で藤咲を見る龍麻。

「しらばっくれないでよ。公園で、女の人と話していたでしょう!」
「げっ!?み、見てたのか?」

龍麻がマズイ所を見られた!というような表情をする。
だが、かえってその顔が藤咲の怒りを煽った。

「そうよ。良かったわね!アタシより優しそうな彼女が出来てさ」
「いや、違うって。亜里沙。あれは…」

藤咲は龍麻の弁解を聞こうとせず、素早く立ちあがると龍麻を見下ろした。
藤咲の顔は、怒りとも悲しみともとれない複雑な表情を浮かべている。

「アンタと付き合えて楽しかったわ。さようなら」

部屋を出て行こうとする藤咲。
龍麻は慌てて立ちあがると、藤咲を逃すまいと後ろから抱きしめた。

「ちょ、ちょっと放しなさいよ!」
「いやだ…」

別れると決心をつげたはずなのに、龍麻に抱きしめられただけで藤咲の心は高鳴った。
そして、そんな自分の心が恨めしかった。

「離してよ!アンタなんかあの女とよろしくやってればいいじゃない!それとも、何?アタシとあの女、二股でもかける気?冗談じゃないわ!アタシがそんな安い女だと思ってるの!」

龍麻の腕の中から離れようと藤咲がもがく。
だが、龍麻の腕は苦しいくらいに藤咲の体を抱きしめ決して離そうとはしなかった。
「いい加減離しな…」
「俺の話を聞け!」

藤咲の声を妨げるような龍麻の声に、藤咲がビクリと体を振るわせた。

「お前は誤解してる。あの人は彼女とか、そういう人じゃない」
「誤解?彼女じゃない?はっ!キスされたくせに?」
「うっ!そこまで見られてたのか…」
「そうよ!ここまで証拠があがってるのに、まだ彼女じゃないとでも言う気?」
「…姉貴だ」

龍麻は溜め息を吐きながら言った。
そのせいか、龍麻の腕の力が緩んだ。

「……は?」

龍麻の答えに驚き、藤咲は龍麻と向き合った。
藤咲が見た龍麻の顔は、どことなくバツが悪そうだった。

「姉貴なんだよ。姉ちゃん。あの人は俺の姉ちゃんなの」
「う、嘘つかないでよ!キスされてたじゃない!」
「嘘じゃないって。まあ、正確に言えばあの人は、俺を育ててくれた叔父さん夫婦の娘さん。つまり従姉なんだよ。7歳年が離れた、な…」
「え…?嘘?本当なの?それ?」
「本当だって。証拠だってあるぞ」

龍麻は床に投げてあったコートのポケットから小さな箱を出す。

「あ、それ…」

公園で龍麻が女性からもらったもの。
それは誰が見てもわかる、バレンタインのチョコが入った小さな箱だった。
そして、その箱には手紙が添えてあった。
龍麻はその手紙を手に取ると、藤咲に手渡す。

「読んでみな」
「え?いいの?」
「いいよ。これ読んだら絶対お前の誤解も解けるしな」

藤咲は折りたたまれていた手紙をを開けると、そこに書かれてたメッセージを読んだ。
そこにはこう書かれていた。


愛する我が弟、龍麻ちゃんへ。
綺麗で優しい姉より愛を込めて。
PS
休みになったら彼女を連れてうちに遊びに来なさい。
歓迎しちゃうわよ。


「………」
「な?お前の誤解だったろ?うちの姉貴、毎年ああやってチョコくれるんだよ。参っちまうよな」
「…………」

藤咲の目は手紙と龍麻の間で行ったり来たりている。
そして、酸素を求める金魚のように口をパクパクさせていた。

「亜里沙?」

張っていた糸がぷつんと切れたかのように緊張が解かれ、藤咲は力なくその場にへたり込んだ。

「お、おい?亜里沙?」
「…じゃあ…全部アタシの誤解…」
「んー。まあ、そういうことになる…かな?」
「…ご…めん…さい」
「え?」

藤咲の涙ながらの声に、龍麻は驚く。

「…ごめん…なさい」

藤咲は泣いていた。
美しい双眸からぽろぽろと涙を流す藤咲を、綺麗だと感じながら龍麻は見詰めていた。
しばらく見詰めていた龍麻だったが、はっと我に返ると慌てて藤咲を慰める。

「泣くなって。誤解を与えるようなことをしてた俺も悪いんだって。な?」
「ううん。龍麻は悪くないよ…勝手に誤解して勝手に嫉妬して…勝手に怒ったアタシが全部悪いんだ…」
「亜里沙…」

しゃくりあげる藤咲を胸に抱く。
手触りのよい髪を幾度も撫で、唇を落とす。
仲間には絶対見せない、弱い姿をさらけ出している藤咲が愛しくて、龍麻は言葉も無く存分に抱き締めた。

「アタシみたいな女…龍麻は嫌いになっちゃたよね…」

龍麻の胸の中で涙を流しながら呟く藤咲に、龍麻は眩暈を感じた。
うっ、なんかいつもと違って、可愛いじゃねーか。
思わず口に出してしまいそうになるが、『じゃあ、いつもは可愛くないのか!』と藤咲に言われてせっかくの雰囲気をぶち壊すのも勿体無いので、黙っていることにした。

「やれやれ。突然怒りだしたと思ったら、急に泣き出したりするし」
「………」

龍麻は藤咲の髪を優しく撫でる。

「もう1年近く付き合って色々やってきたっていうのに――」

龍麻が藤咲の顎にそっと手をやり、顔を上げさせる。

「…あっ」
「亜里沙ちゃんは泣き虫ですねー」

藤咲もそれに逆らわずに、目を瞑りながら頤を反らす。

「………」
「…ん…」

二人の唇が重なる。
触れ合っていただけの唇が離れ、藤咲の頬を伝わる涙を龍麻が軽く舐め上げる。

「俺がお前を嫌いになるわけないだろ?」
「ホントに?」
「ホントに。むしろ亜里沙が嫉妬してくれたことが嬉しかったよ」
「そーゆーものなの?」
「そーゆーモンなの」

龍麻はやんわりとした笑みを浮かべて藤咲を見た。
視線に気づいた彼女が顔をあげると、頬を染めて俯いた。

「…おっと、いけねえ。これを渡さないと」
「…えっ?」

龍麻がポケットからごそごそと取り出したのは――

「亜里沙。誕生日おめでとう」
「あ…これ」

龍麻からのプレゼントだった。

「開けても良い?」
「ああ」

中を見ると、小さな紫色の水晶が付いたピアスが入っていた。
2月の誕生石――アメジストのピアスだった。
それを見て、藤咲は顔がほころぶのが自分でも分かった。

「あー。俺さ…女の子にプレゼントするの初めてだから…気に入ってもらえるかわからないけど…」

龍麻が照れくさそうに頭をぽりぽりと掻きながら言った。

「これでいい…ううん…これがいい。ありがとう龍麻…」

藤咲は嬉しくて嬉しくて、思わず涙を流してしまった。

「そ、そうか。良かった」

嬉しそうにしている藤咲の顔を見て、龍麻はほっとした。

「大好きだよ…龍麻」
「俺もだ…亜里沙」

二人の唇が再び重なろうとしたその時――

「ああッ!!」

藤咲が突然、何かを思い出したかのように声を上げる。

「どわわっ!!」

龍麻もびっくりして瞑りかけてた目を開けた。

「お、おい…亜里沙…」

藤咲は慌てて床に落ちていたモノを拾い上げる。

「しまった…」

それは藤咲が壁に投げつけたチョコだった。
急いで開けてみると、思った通りチョコは砕けていた。
龍麻は藤咲の手元を覗きこむと、苦笑いした。

「おやおや」
「ごめん…」
「いや、ありがたく頂くよ。サンキューな亜里沙」

割れてしまったチョコの一欠けらを口へ入れる。
じっくりと味わうと一言。

「うん、美味い」
「アタシ、新しいの買ってくるから…」

龍麻はゆっくりと首を横に振ると、にっこりと笑った。

「いや、これがいい」
「で、でも…」
「これでなきゃダメだしな」

龍麻はそう言うとニヤリと笑い、チョコの欠片を摘むと、藤咲の口元に向けた。

「?」

訳がわからないと言った藤咲の唇にチョコを咥えさせる。
なるほど、ね。
龍麻が自分に何をさせたいのか藤咲はすぐに理解した。

「…ん」

とりあえず、礼儀として龍麻は目を瞑った。
藤咲の柔らかい感触。
そしてその後、口の中に甘いものが入ってきた。
同じタイミングで唇を軽く開く。
するりと、龍麻が滑り込む。触れ合う熱さでチョコが溶ける。
ただ、遊ぶように追いかけっこをし、つつくその行いに、藤咲が笑った。
そして、チョコが溶け切ると二人はようやく唇を離した。

「美味しい?龍麻」
「美味い」

藤咲の唇に付いたチョコをぺろりと軽く舐め上げると、龍麻はニヤっと笑った。

「本当に、美味い」

龍麻の言葉を聞き、亜里沙の顔に妖艶な笑みが浮ぶ。

「ふふふ、ならまだいっぱいあるから」

そういって、そのままチョコがなくなるまで口移しでチョコを龍麻に食べさせる藤咲だった。



【おまけ】
「龍麻、ホワイトデー期待してるわよ♪」
「わかってるよ。3倍返しってヤツだろ?」
「アタシはそんなに安くないわよ。せめてその10倍は返してくれないと♪」
「げッ!さ…30倍返し!?」
「うふふ。ホワイトデー、楽しみねえ♪」
「ううう…愛が痛いぜ…(涙)」







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