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| 第四節 国家神道 |
本書の執筆がほぼ終わったところ、森喜朗首相の「日本は天皇を中心とする神の国だ」との発言はまたもや一大波乱を引きおこし、内外より厳しい非難を浴びている。自民党側は、マスコミの曲解だと反論し、真意はあれこれだと苦しい弁解に追われている。
日本政府の要人たちが、ほぼ毎年のようにこうした暴言を吐くのは、ただ不用意な「失言」としては片づけられない。その根底にはずさんな国家観があり、国家神道の亡霊が蘇りつつある気配をヒリヒリ感じる。
抗日戦争から引きずってきた日本像のマイナス面は、まさしくここにあり、二十一世紀にむけての和解と共存のためにも、この歴史的「しこり」を取りのぞく必要があろうと考えられる。
一九八八年十一月七日、東京大手町の経団連ホールを会場にして、神道国際学会(理事長梅田善美氏)主催の「国家神道を検証する--日本・アジア・欧米から--」国際シンポジウムが開催された。サブタイトルに示されているように、日本・中国・韓国・ドイツ・ロシアの研究者らが一堂に会して、それぞれの立場や視点から「国家神道」をめぐって検証したのである。
筆者は同僚の王守華教授と連名で、「中国人の目に映った国家神道」を発表した。その主旨は、日本文化の基層をなしている約二千年にわたって蓄積してきた神道文化を日本文化研究の対象と認めながら、軍国主義と結託してアジア侵略の手先となった百年足らずの国家神道を手厳しく批判したものである。
わたしの所属する浙江大学日本文化研究所は、王守華氏を主任教授として中国初の「神道と日本文化」の講座を大学院に設けており、国家神道を批判することによって、「神道イコール国家神道」の誤解を取りのぞき、これまでにタブー視されてきた神道文化を中国の若い世代に理解してもらうよう努力している。
それにもかかわらず、日本の神道関係者らのなかで、たとえ二千年の神道文化を犠牲にしても、百年足らずの国家神道を守りつづける姿勢を崩さなかった。相互理解を期待される若芽がまたひとつ無惨に摘みとられ、当事者として理解に苦しみ、残念の極みである。
わたしの発表に対して、他国に進入して残虐行為を働いた旧日本軍人を被害者側から「人殺し」と呼ぶことに不満だった知人は、次のようなコメントを寄せてくれた。
「私は、国家に忠誠を誓って戦った人々は、個々の戦闘や戦争の功罪や正否に関係なく、一様に敬意を払われるべきだと思います。そうでなければ、国家は国民の忠誠を期待することができず、防衛力そのものが成り立たないと思います。」
このようなコメントを寄せてくれたのは、私的な交際においては信頼のおける知人のみならず、若い世代を教育する立場にある大学の教員でもあるから、わたしの受けた衝撃はことのほか大きかったのである。その法則にしたがえば、ヒトラーに忠誠を尽くしたナチス軍もユダヤ人から敬意を払われなければならないのか。また将来、どこかで国家行為の戦争が起これば、国民がその正否を問わずに従うべきなのか。この法則には大きな疑問を感じ、次のように答えた。(9)
「国際化が日進月歩に進んでいる今日にあって、何事につけても世界に視野を広げて、広く異なった意見に耳を傾ける必要があります。それは中国人にしろ日本人にしろ、一様に要求される国際常識です。
「ところが、なおも中日間に歴史認識のギャップが大きいと、あらためて知らされたのです。中国人がいつまでも侵略戦争にこだわり、韓国人が時たま豊臣秀吉を悪玉にあげることを日本人が理解できないと同じように、靖国神社の参拝やら歴史教科書の改竄やら南京虐殺の否定やらで、侵略戦争を執拗に弁護しようとする日本側の姿勢をアジアの被害国の人々に理解させることは不可能に近いでしょう。
「世界史のなかで、中国の若い世代は日本の侵略史をもっとも熟知していると言われます。中国でのアンケート調査では、日本を代表する人物として、「東条英機」が首位を占めるという結果が出ています。というのは、歴史を忘れがちな若者であってさえも、毎年のように日本側の動きによって、かの侵略戦争を思い出させられるからです。
「イギリス人とアヘン戦争、ドイツ人とナチス犯罪を語りあうことは可能ですが、日本人と侵略戦争を話題にするたびに、平常心と客観性をつい失ってしまいます。南京大虐殺に話がおよぶと、「天安門事件はどうだ」という学者さえ居られるから、「日本人にとって、大東亜戦争は心理上まだ終わっておらず」と日記に嘆いたことがあります。」
平和日本の現状を目の当たりにしながら、日記にぶちまけた嘆きをいよいよ忘れかかったところ、森首相の「神国」発言で、はっと思いだし、不気味な日本像がまたもや幽霊のごとく脳裏をよぎったのである。
中国人の日本像は、長い歴史をへてさまざまなイメージが重なっており、時代がつねに未来にむけて前進しているにもかかわらず、過去に堆積してきた負の遺産をなかなか棄て切れなかった。
しかし、幻想の破滅は、決して悪いことではなく、等身大の日本像がより鮮明にみえてくる利点もある。そして、等身大の日本像をすなおに見つめながら、中国人が従来の中華思想による日本の虚像をうち捨て、日本人が近代にふくれあがった自己像とたもとを絶てば、未来志向の新しい日本像の誕生もそう遠くないことだろう。
そう祈願して、終章の終わりとする。
【注釈】
(1)アレン・S・ホワイティング著『中国人の日本観』、岡部達味訳、岩波書店二〇〇〇年三月版、五二頁。
(2)英国人の手記『庚子使館被囲記』は『義和団(三)』に収録されている。王暁秋著『近代中日啓示録』(北京出版社一九八七年一〇月版)一三三頁を参照。
(3)王暁秋著『近代中日啓示録』、北京出版社一九八七年一〇月版、一三一頁。
(4)講演録は『孫中山全集』第三巻(中華書局一九八四年版)に収録されている。
(5)これらの演説は『孫中山全集』第三巻(中華書局一九八四年版)を参照されたい。(6)『孫中山全集』第一巻(中華書局一九八四年版)所収。意訳は武安隆・熊達雲共著『中国人の日本研究史』(六興出版一九八九年版)一八四~一八五頁を参照にした。
(7)この時期の日本研究の概観は、武安隆・熊達雲共著『中国人の日本研究史』(六興出版一九八九年版)第五章『十五年戦争期の日本研究』に詳しく、ご参照を勧める。
(8)武安隆・熊達雲共著『中国人の日本研究史』(六興出版一九八九年版)二三一~二三四頁を参照。
(9)講演録とコメントの応酬はすべて神道国際学会編『国家神道を検証する--日本・アジア・欧米から--』(国際文化工房一九九九年一一月版)に収録されている。ただし、筆者の回答は長文のため、主旨を損ねない表現を削除して引用した。