HOME>>>日本語エリア>>>『中国史のなかの日本像』目録
| 第三節 未来志向の日本像 |
本書の執筆を通して、歴史の鏡に映しだされた日本像には、プラス面とマイナス面とが交錯してはいるが、秦漢から唐宋にかけてはプラス像がずっと持続し、元明より以後はマイナス像が主流となった事実をいくらか明らかにすることができたと思う。
そして、前節にも述べたように、こうした日本像のパターンがもはや中国人の歴史的な記憶となって、いつでも日本像の構築に呼びだされることが可能である。これらのパターンにふくまれる正負の遺産が、どれほど現在の日本像に受けつがれているかは、両国の政治的・経済的・文化的な関係によって流動的である。
ところが、近ごろ対日意識のアンケート調査によれば、中国人の日本観がもっとも悪い時期に接近していることがわかり、そのことはマスコミなどで大きく報じられ、中日関係の未来に対して悲観論者が両国ともに続出しているという。その背景をすこしさぐってみたい。
(1)政治的背景。一九七二年九月二九日、中日国交が正常化されて以来、抗日戦争から引きずってきた敵国としての日本像にひとつの区切りをつけて、現代の物質文明に光りかがやく新しい日本像がにわかに浮かびあがってきた。
しかし、それもつかの間で、日本国内の極右勢力がいちじるしく台頭しはじめ、靖国神社の参拝、教科書の改竄、釣魚島の強行上陸、慰安婦問題の回避、南京大虐殺事件の否認など、毎年のようにかの「不幸な時代」を思いださせる事件を引きおこすたびに、中国人の記憶にぐっすり眠っていた「倭寇」や「日本軍」のイメージが呼びだされてしまう。
一方の中国では、日本からうけたODA(政府途上国援助)をひろく国民に知らせていないかわりに、日本右翼の動きをわりと控えめに報道している。日本に戦争の損害賠償を求めるグループの活動がきびしく制限されることにも示されているように、日本のやった悪いことも良いことも隠してしまって、政府間の「密室交易」だけでは、国民の支持を得られる真の関係改善はまず望めないだろう。
(2)経済的背景。「山があれば、必ず道がある。道があれば、必ず豊田がある」というトヨタ自動車のコマーシャルを知らない中国人はほとんどいない。ここ十年来、日本の製品が怒濤のように中国に流れこみ、人々の生活の隅々にまで浸透している。
これらの製品からうけたイメージは、戦争時代の記憶とは無縁であり、現代生活を満喫させる高級感と新鮮さに溢れている。現代化にむけてめざましく動きつつある中国のあちこちに日本像をちらつかせているのは否定できない事実である。
かつての百日維新や辛亥革命が明治維新をモデルにしていたのと同じように、八〇年代に始まった中国の改革開放も、日本から現代化の経験を多く学んでいる。本書の第八章に述べられた「西学の師」のイメージがよみがえった感があり、現在の暗そうな日本像に明るい色彩を塗りかさねている。
ところが、右の「物質」による明るい日本像には、それを作りだす人間像をほとんど伴っていないのが、どうも気がかりになってならない。近ごろ、日本企業の中国進出が多くなり、人間交流による摩擦が頻発している。日本製品を愛用しても、日本企業に就職したがらない大学生は少なくはない。このような物的イメージは脆弱なもので崩れやすいという疑念は、いよいよ現実となってきている。
日本的な経営システムを文化風土の異なった国々へ強引に押しつけようとした日本企業は、アメリカでは度重なる訴訟に負けて巨額な賠償金(和解金)を払わされたという苦い果実を飲まされているが、中国では少なくともMAID
IN JAPANという光りかがやくブランドを確実に曇らせていることはいえよう。
(3)文化的背景。中国人のもつ主要国の外人像のなかで、日本人ほど文化的な色彩の薄いものは少ないだろう。日本人といえば、千篇一律のサラリーマンというイメージがまず思い浮かんでくる。日章旗をかついで日本刀を振りまわす日本軍人の姿を第一印象にもつ年輩者の多い中国では、「サラリーマン」という労働者像は、欧米人の嘲笑する「働き蜂」とちがって、決して悪いイメージを伴ってはいない。
日本人は、世界最高の物づくりの職人であるかもしれないが、尊敬を払われる知的な文化人ではない。筆者の勤務する中国浙江大学日本文化研究所は、数年前、上海駐在日本総領事館と共同で、文化大省といわれる浙江省初の「日本文化週間」を開催したことがある。日本カレンダー展、中日文化講演会、日本研究書籍展、日本映画祭などに数千人の大学生と市民を動員し、マスコミにも大きく取りあげられた。
主催者側としては、日本進出企業と地元住民との相互理解を促進させるねらいがあり、ひろく日本企業の参加を呼びかけたが、イベント中に顔を出したのは二社のみで、一社は工場長をつとめた筆者の教え子で、「社長から三〇分の休暇しかもらえなかった」といって、開幕式の直前に帰ってしまった。もう一社は総領事に会うのが目的のようで、主催者側にあいさつもせずに姿を消してしまった。
このように、自国の文化にも興味をもたない経済人は、ましてや地元の文化に理解なんか示そうとはしないだろう。したがって、現地の人材を大胆に起用し、地域の文化事業に積極的なかかわりを持とうとする欧米や韓国などの企業に比べると、中日交流はあくまでも「物」の交流であって、「心」の交流に欠けているといわざるをえない。
ただし、無文化の日本像をつくらせてしまった責任をすべて日本側にするのは公平さを欠き、中国側にもそれなりの責任を負わせるものがある。つまり、現代化を急ぐ中国は日本の政治と経済に目を光らせ、実利を伴わない文化には無関心だった。中国に百以上もある日本研究所は、ほとんどが政治経済まはた言語文学を専門としており、「日本文化」と銘打って専任教授をかかえる研究所は、浙江大学にしかないといわれている。日本文化は中国文化の亜流であって独自な文化ではなかったという「中華思想」が、まだ消えさっていないように思われる。
以上のように、今日の思わしくない日本像の生成背景を、政治・経済・文化の側面から分析してみた。しかし、筆者はそれでも未来には楽観的な予測をしたい。というのは、二千年あまりの歴史をふりかえってみれば、日本への好印象は千年以上も持続し、もし政治的な要素がなければ、今も持続していたはずで、またイメージをダウンさせるのは、あくまでも国家を頂点とするさまざまな「組織」であって、個々の日本人に対しては好感が持たれることが多いからである。
日本人は個人としては、礼儀正しく、勤勉で正直であり、思いやりがあって教養も豊かであるとされるが、組織や集団にその個性を埋没させられると、外の人間に対しては傲慢で冷酷であり、閉鎖的で利己主義者に変身してしまう、とよく聞かれる。
「歴史を鑑として未来を切り開く」という古訓がある。本書は中国における日本像の形成史を追跡したものではあるが、ひそかにめざすのは未来志向の日本像である。この未来志向の日本像を構築するには、特定の利益集団に個人の良識を拘束されない、民間レベルの「心」の交流がまず不可欠な前提となるのだろう。