立つ神と坐る仏

IBU礼拝講話
王勇040513

一

私はかねてより大きな疑問を抱き、悩みを抱えておりました。

茶室に案内されたことがあります。同伴の日本人は茶碗や床の間の掛け軸に賛辞を惜しまなかったのですが、わたしはちっとも心を打たれませんでした。

京都の龍安寺を見学したことがあります。世界文化遺産にも登録されている枯山水は、砂の上に石が無造作に置かれているように見え、何が面白いかと不思議に思っていました。

日本研究をライフワークと志すものとして、もしも日本的な美を体感できなければ、日本文化への親しみが薄れていき、研究の意欲を失ってしまうのではないかと悩みつづけました。

日本文化はもとより美的要素に欠けているのか、それともわたしは日本的な美意識を発見する感性を持ち合わせていないのか。こうした疑問を抱きながら、読書の範囲を専門の古代史以外にも広げ、思いがけぬ角度から従来の疑問にアプローチすることができました。

二

日本文化の真髄中の真髄、つまり宝の中の宝は国によって「国宝」と指定されます。そして国宝の中の国宝は、日本国宝第一号に指定された広隆寺の「半迦思惟像（はんかしゅいぞう）」でしょう。「半迦思惟」と呼ばれる「思索に耽る」スタイルの仏像は中宮寺や野中寺などにもあり、わたしは最初美しいとは思わなかったのですが、山折哲雄氏はフランス美術の傑作、ロダンの「考える人」と比較して、その日本的な美を見出してくれたのです。

つまり、フランスの「考える人」は立って運動している人間がしばらく腰を下ろした姿勢ですが、考えに決着がついたら、すぐに直立の姿に戻ります。一方、日本の「思惟像」は坐っていた人間が体をすこし上げた姿勢ですが、思索の行為からわれに帰るとき、ふたたび腰をおとすでしょう。言い換えれば、西洋人の基本ポーズは立ち姿、東洋人の基本ポーズは坐り姿ということだそうです。

三

そう言われますと、たしかに西洋の神々は多く立っていますが、東洋の仏像はたいてい坐っているではないでしょうか。その端的な例はイエスの十字架像と釈迦様の涅槃像です。イエスは死に臨んで立ち上がり、いや両足を大地から離れて、天に近づこうとしています。それとは反対に、釈迦様は普段の坐る姿勢からさらに低くして、地面にかぎりなく接近しているのです。

山折哲雄先生もお書きになっているように、立ち姿の西洋人はつねに外側に向かって行動を起こそうとしているが、坐り姿の東洋人はしずかに内側に向かって精神世界を開こうとするのです。つまり、坐ることは、ただ休憩のポーズではなく、無限の内面を開拓しようとして、激しい思索行為を伴う姿勢なのです。

四

坐る姿勢が東洋の基本的なポーズともなれば、東洋文化の創造に「坐る」という原点が存在することになります。したがって、こうして作られた文化を継承するためには、「坐る」という視座、さらには「坐る」というポーズが必要となってきます。

「半迦思惟像」がうずくまっている姿にしか見えないのは、おそらく私が立って鑑賞しているからでしょう。西洋的な立ち姿で、高飛車な態度をもって、坐を軸心にして創造された東洋文化を見下ろせば、国宝すら醜くみえるのも仕方ありません。

腰を下ろして坐り、うつむく姿勢の「半迦思惟像」にわが視線をあわせて向かい合うと、弥勒は目を瞑っているのではなく、激しく微動している気配さえ感じ取られます。顔の筋肉も緩んでいない。緊張感を保っているように見えます。その多様多彩な内面世界の想像に思いをはせながら、仏像が生き生きとして美しさを表出するのを体感するのです。

お庭もそうです。枯れた砂の上に散乱している石組を、しずかに腰を下ろして眺めますと、砂の表面の文様が波のように変化しはじめ、転がっている石も島や岸壁の様子を呈してきます。坐を原点にして作られた文化は、「坐る」という座標に立ち戻ってこそ、はじめて本来の姿を見出されるものとつくづく感じます。

五

先週、本学の矢羽野先生に導かれて、道明寺天満宮の釈奠に参列し、久しぶりに茶席にあがりました。おぼつかない足取りで廊下を歩くお婆さんたちの姿を見ますと、こちらはしっかりしたテンポで入り口へと進み、なんとなく若さの優越感が脳裏を掠めました。ところが、席に落ち着いて正座する皆を見回しますと、たちまち優劣が逆転しました。背筋をピシッと伸ばして端正に坐っておられるお年寄りがなんと美しく、しっかりしていることでしょう。こちらはまず足首が麻痺しはじめ、痛みが太ももから上昇し、お尻に動揺が生じ、背筋がゆがんできます。無残に崩れる自分を恥ずかしく醜く思いました。

坐って営まれる茶の文化、それは立ったままでは正しく享受も継承もできません。坐る姿勢を保ちつづける人々、右の場合は「立つ」よりも「坐る」ことに慣れているお年寄りによって受け継がれるわけです。

広隆寺の「半迦思惟像」は太秦という秦氏ゆかりの地名からも想像されるように、朝鮮半島からもたらされた可能性が指摘されています。韓国の国立中央博物館には飛鳥時代の半迦思惟像にそっくりのものが複数あり、韓国国宝の第78号と第83号の金銅彌勒菩薩半跏思惟像がそれに当たります。「坐る」文化は日本だけでなく、東アジア世界に共有されていたものと理解します。

六

数千年前から東アジア世界に蓄積してきた尊い伝統文化を継承し発揚するために、われわれはときどき坐の世界に立ち戻って、真正面から虚心に文化遺産と対話を行ない、その真髄を新たな文化創造の糧にしなければなりません。しずかに腰を下ろし、瞑想の世界に入り、ひたすら力を蓄え、知恵を絞り、内面世界を切り開いて、文化を創出しなければなりません。

こうして語っているうちに、わたしはすでに不自然なポーズで20分近くも立たされ、少し疲れが出てまいりました。早く皆さんと同じような東洋人ならではの基本体勢に戻らせていただきます。

ご静聴、ありがとうございました。