水滸好漢のあだ名（下）

王　勇

一、人物の活写

　白話小説の『水滸伝』には、やや文語調の詩歌がちりばめられている。リズミカルな韻文は、読者にインパクトを与えやすいため、とりわけ新しく登場する人物の描写に多用される。

武官出身の魯達は、ただの三発で「鎮関西」とあだ名される肉屋さんを叩き殺し、剃髪して「智深」と名乗ったが、世間では「花和尚」と呼ばれる。その本性はいかなるものか、次の詩を読めばわかる。

　仏祖を欺ってまた観音を叱り、戒刀と禅杖は冷たく森森たり。

　経巻を読もうともせぬ花和尚、酒肉の沙門はこれ魯智深なり。

「花和尚」とは、その背中に彫りつけられた刺青に由来するものだが、きちんと戒律を守らず、釈迦と観音さえ眼中になく、酒を飲むわ肉を食うわ、果ては人まで殺してしまう破戒僧の姿をありありと浮き彫りにしている。「花」のもつ混雑・不純・虚仮といった意味合いがにじみ出ている。

これら人物を活写する詩歌をよく読んでみると、登場人物につけられたあだ名の由来を解き明かすものがほとんどだったことに気づく。そして、あだ名は登場人物の容貌やら性格やら武芸やらを凝縮させて、読者の脳裏に鮮やかなイメージを植えつける。

二、容貌と体形

　水滸好漢はわれらの意表をつく行動に出ることが多いだけでなく、生まれつき怪異な容貌と体形をそなえたものも少なくはない。

　楊志は顔に大きな青あざがあるため「青面獣」とあだ名され、劉唐は鬢のあたりに赤あざがあり、そこら一面に赤茶けた毛が生えているから、人様から「赤髪鬼」と呼ばれる。今は昔、茶髪はどうやら異様さを感じさせるもので、燕順も「赤き髪に黄なる鬚して双眼は円く、臂長く腰太くかつ気炎は天に沖く」という格好で、「錦毛虎」のあだ名を甘受する。

　ことわざに「物は稀なるをもって貴しとす」という通り、黒い瞳を尋常とする中国人は赤い目を恐れ、青い眼を珍しがる。「火眼�朋猊」の�眷飛は炎のごとき両眼によるあだ名だが、背中から「多くの人肉を食らって二つの瞳が真っ赤になった」と陰口をたたかれる。�朋猊とは獅子のことである。かたや青い目をした李雲も「外人さんに似ている」ことで、世間から白眼視される。

　広き面に濃き眉に鬚と鬢は赤く、双眼は碧緑にして蕃人に似たり。

　沂水県中の青い眼の虎といえば、これこそ豪傑の都頭の李雲なれ。

そのほか、背丈の低い王英は「矮脚虎」、全身に虎のような斑をしている�轆旺は「花項虎」、後頭部に瘤ひとつが目立つ鄒潤は「独角龍」、体中が痘痕だらけの湯隆は「金銭豹子」など、猛獣になぞらえたあだ名が多い。

三、武器と特技

　無法地帯の梁山泊に集まってくる奇才と異人は、だれもが秘伝の特技をいくつか身につけている。まず「鼓上蚤」の時遷の演じる神業をみよう。

　骨軟らかく身は健やかに、眉濃くて眼は鮮やかなり。

　容貌は物の怪の族の如く、歩けば恰も飛仙に似たり 。

　夜静かに壁を穿って過り、更深く屋根を繞って懸る 。

　盗みの営みなら高手の客、鼓上の蚤はこれ時遷なり。

蚤のごとく太鼓に飛びあがっても音ひとつ立てない身軽さ、武芸はさして高くない時遷は、この盗みの特技で四方八方の豪傑に伍して、堂々と梁山泊に座位をしめたのである。

一日にして八百里を往復する健脚の戴宗は「神行太保」、火攻めなら天下無双の魏定国は「神火将」、謀略に長ける軍師の呉用は「智多星」、七昼夜も水底に潜れる張順は「浪裏白条」とあだ名される。「白条」とは急な水流中を敏捷に動きまわるハヤのことである。

得意な武器によって名を馳せる英雄はさらに多く、花栄は漢の名将李広に勝るとも劣らぬ弓の名手で「小李広」、項充は背中に二十四本の飛刀をしのばせて不意打ちをかけるため「八臂那★」と呼ばれ、また「大刀」といえば関勝、「双鞭」といえば呼延灼、武器と人間はあだ名によって結ばれている。

四、性格と素行

　梁山泊の首領こと宋江には、複数のあだ名がつけられている。背が低く肌が黒いから「黒宋江」、三男坊だから「黒三郎」とも呼ばれる。役人時代には苦境に陥った人を速やかに救うから「及時雨」、梁山泊に入ってからは天下の英雄をひろく集めて「呼保義」と崇められる。「及時雨」とは「旱魃に恵みの雨」の意、宋江の人格をあらわすあだ名である。

　水滸好漢のうち、その個性をもっとも鮮明に描きだされたのは、「黒旋風」の李逵にほかならない。「黒き熊に似たる渾身の粗き肉、鉄牛にも比する体中の硬き皮」たる体格にめぐまれ、ささいなことで怒ったら宋江にも逆らい、親孝行のためには命がけで四頭の虎を仕留める。せっかちで喧嘩好きの性格は、「黒旋風」の名にピッタリする。

　あだ名がつけられているのはなにも男ばかりではない。梁山泊にヒロインとして活躍する孫二娘は、客にしびれ薬を盛ってその肉を饅頭の餡にするという闇店を開き、江湖から「母夜叉」のあだ名を送られる。顧大嫂はばくちアジトを営み、気性烈しく腕力も男まさり、世間から「母大虫」と呼ばれる。「雌の虎」の意で、夫の「小尉遅」こと孫新も「わが家には虎狼の妻あり」とお手上げするほど、鬚眉にひけを取らぬ女流の豪傑である。

　あだ名は一種の芸術である。わずか数文字で登場人物を面目躍如とさせ、「画龍点睛」の効をもたらす。この意味で、あだ名を抜きにしては、『水滸伝』を語れない。