『水滸伝』の武器

王　勇

一、十八般武芸

　水滸物語は多様多彩な登場人物にいろどられるが、好漢たちの操る武器もじつに個性に富んで十人十色である。

端王(徽宗)は八代皇帝に即位すると、鞠蹴りの仲間高�姥を殿帥府の太尉に抜擢した。高�姥の逆鱗に触れた八十万禁軍の教頭（武芸師範）であった王進は上司となった高�姥からの迫害を恐れ、病弱の母を連れて史家村に逃げこんだ。ここで王進は九紋龍こと史進にめぐり会い、十八般武芸をことごとく伝授したのである。

十八般武芸とは十八種類の兵器を操る武術のことである。最初に宋の戯曲『張協状元』にみられるが、明の『馬氏日鈔』と『五雑俎』、清の『堅瓠集』と『小知録』などにも記されている。その種目は文献によって異なるけれど、『水滸伝』では「矛、鎚、弓、弩、銃、鞭、簡、剣、鏈、杁、斧、鉞（まさかり）、戈、戟、牌、棒、槍、�諾」となっている。

鎚（つい）は柄や鎖のついたハンマ、弩（いしゆみ）は石を弾く大型の弓、簡（かん）は剣形をした鉄製の打撃武器、鏈（くさり）は鉄製の多節棍のこと、杁（えぶり）は水田を耕す農具のようなもの、戟は矛と戈を合体したもの、牌は身を守る防具の盾、�諾（さすまた）はフォーク形の武具、といった具合である。

「十八般」はあくまでも概数を表わし、むしろ種類の多いことを意味する。水滸好漢のお気に入り武具を調べると、それに含まれないものも少なからず登場している。

二、全てが凶器

　武器はさかのぼれば、原始時代の石器に始まり、狩猟に用いる道具が戦闘に転用され、しだいに進化してきたものである。だから、日常道具と戦闘で用いる武器とをはっきり区別できない場合が多々ある。なにしろ、いざとなれば、手あたり次第につかんだものが全て凶器になるからである。

たとえば、禅杖。もともとは坐禅のとき、眠気を催すのを戒めるのに用いる仏具、あるいは旅僧が杖代わりに使う道具であるが、花和尚のあだ名を持つ魯智深が特注した水磨仕立ての禅杖は重さ六十二斤（三十二キロぐらい）、怪力で振り回すと驚異的な威力があり、敵に恐れられる名武器のひとつである。つまり、仏具も凶器になるものだ。

農具を原型にした武器は十八般武芸に入る杁（えぶり）がそうだが、『西遊記』で猪八戒が使用する�禪（まぐら）もよく知られている。『水滸伝』では九尾亀とよばれ、地�幅星の三十九番につく陶宗旺は鉄鍬（かなぐわ）を武器として使いこなす。農民出身の陶宗旺は鉄鍬を使い慣れているし、梁山泊入りしてからも、築城の工事を任されている。

陶宗旺の次にランクされる宋清は、宋江の実弟として梁山泊の宴席手配をもっぱら担当していた。普段は書生のごとく扇子を持ち歩く一見穏やかな性格の持ち主だが、それも「鉄扇子」とあだ名されるように、鉄製の武器を操ることで知られている。

明の『五雑俎』と『馬氏日鈔』は十八般武芸の最後に「白打」を当てている。白打とは素手の格闘技である。清の『�罨小記』に「武芸十八、白打をもって終わる」とあり、武芸の極意は空手に尽きるという意味であろう。

三、怪兵器：つぶて

　『水滸伝』に登場する武器は扇子や麈尾（しゅび）などを入れると、三十種類ぐらいに達する。なかんずく意表をつくものは、石子つまり飛礫（つぶて）である。使い手は天�奘星十六番の張清その人である。

彼はもともと東昌府を守備する将軍で、盧俊義率いる梁山軍が攻めてくると、まずは点鋼槍を操って出陣するが、形勢危うくなると、いきなり錦袋から石子を取り出して投げ、相手に不意打ちを食らわす。この百発百中の怪兵器で、続けざまに梁山泊の大将十数人を負かした。そのあだ名「没羽箭（ぼつうせん）」は羽の無い矢、つまり矢のごとき石つぶての秘密兵器に由来する。

『水滸伝』にもう一人、石つぶての名人がいた。百二十回本の田虎・王慶征討シーンに登場する瓊英である。もと田虎軍の大将こと�眥梨の娘、年はわずか十六歳だが、石つぶては百発百中、人から「瓊矢鏃」と褒められる。颯爽としたこの美少女は、張清と石を投げあい、互角の勝負を演じた。瓊英のつぶて特技は夢の中で神人に教わったものだが、その容貌は張清そっくり、二人は意気投合して結婚したという。石による不思議な縁である。

四、中日武芸の相違

　「所変われば品変わる」ということで、日本に伝わった十八般武芸はしだいに日本的な武芸十八般に変貌し、「弓術、馬術、槍術、剣術、水泳術、抜刀術、短刀術、十手術、手裏剣術、含針術、薙刀術、砲術、捕手術、柔術、棒術、鎖鎌術、�籃（もじり）術、隠形（しのび）」を指すようになったのである。

日本的な武器がシンプルであるのに対して、中国の武器は概していえば、複雑な構造を持つ。史進らが使う三尖両刃刀（剣先が三つにわかれている刀）、呂方や郭盛らが用いる方天画戟（槍の矛先につづく部分に三日月状の鉄板が固定してあるもの）がその典型的な例である。かたや、日本刀の場合は刺す剣と斬る刀の利点を合わせているが、その構造はなるべく贅肉をそぎ落とし、極限まで単純化している。

『水滸伝』を読む快楽のひとつは、個性的な武器にある。「刀は猛虎」「槍は遊龍」「棍は旋風」「剣は鳳凰」といったことわざにも示されているように、武器自体が生き物である。戦闘シーンにおいても、日本の小説ではあっという間に決着がつくが、中国の小説では枝葉をつけくわえて仔細な動きまで活写されている。