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書評:上垣外憲一著『日本文化交流小史』

 王 勇  

 

 「日本文化交流」とは見慣れぬ用語で、書名にしばらく目がとまった。「日中」「日韓」「日蘭」なら合点が早いけど、「日本文化」がどことの交流なのかと小首をかしげながら、サブタイトルへ視線をやると、「東アジア伝統文化」だったのである。ページをめくっていくうちに、異色の書名に勝るとも劣らぬほど、中味の斬新さにも快感を覚えてくる。著者は東アジア文化の渦巻きのなかに、日本文化生成の軌道を動的に書き描いているのである。

 本書の真新しさは史料の発見などにあらず、歴史的事象を独自な視点から観照する工夫に表わされている。たとえば、日本の歴史をふりかえってみると、民族移動が静的であるのに比して、文化交流がきわめて動的であり、鎖国と呼ばれる江戸時代について、政治状況がしかりであっても、文化的には開国していると指摘する。

 近ごろ、一部の歴史家は外国から多くを学んできた日本の「模倣文化」を恥ずかしく思い、史実を曲げても「独創文化」を主張しようとする。平安城と長安城を比べて、わずかな相違を見つけると、「ほら、独創首都だ」とはしゃぐ幼稚な大物もいる。

 著者は「独創は尊く、模倣は恥だ」という見方を容赦なくなじる。学習(模倣)と記憶(継承)とを「人間の基本的な能力 」と評価し、そして民族間の文化交流が学習、伝統文化の継承が記憶に相当すると論じる。ここまで読み進めると、『源氏物語』を知らなかった先祖のことをつい恥ずかしく思ってしまう。

 全書は五章にわけて弥生時代から江戸時代に至る約二〇〇〇年の文化史を、エピソードたっぷりに語ってくれる。それを一気に読み終えると、日本文化史は「輝ける学習の歴史」であり、「誇るべき『記憶』の歴史」でもあるとの結論に賛同せずにはいられなかった。

 著者は韓国と中国の歴史にも詳しく、「三国」の文献史料を自在に使いこなしているが、各分野の最新成果を採録しきれなかったのが、文庫版の宿命といえるかもしれない。

(『東京新聞』2000年5月28日)

 

 

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