王　勇

約七〇〇〇千年前から、龍をトーテムとする牧畜民が中国の東北部に興り、五千年前の寒冷化によって長江中流域にまで南下し、鳳凰をトーテムとする稲作民と漁労民を東へ南へと追いはらい、巨大都市に象徴される王権を長江流域の各地に出現させた。

著者は中華文明の変遷史をオリジナルな環境考古学の視点から追跡し、さらに故郷を逐われた鳳凰族の一派がボートピープルとなって東シナ海をよこぎり、稲作とともに太陽信仰を弥生文化にもたらしたと主張する。

本書に描かれた新たな東アジア文明構図は、読者に喪失感を味わわせたうえで、古代史探検のスリルを体感させるものである。そして著者の開陳した数々の知見は、おそらく世間で物議をかもすことになろうが、従来の文明論を根本から変えていくものに違いない。

著者は十年間にわたって中国各地の遺跡を調査し、考古学者としての底力をうかがわせる新説は本書にキラ星のごとくちりばめられているが、日本の読者に味読をお勧めするのは、日本文明の起源にかかわる仮説である。

日本神話の原郷はなぜ南九州にあったか、出雲を譲られたニニギはなぜ鹿児島に上陸したか。著者は天皇家の先祖を長江下流域の越人に結びつける。江南から対馬暖流にのれば、南九州の鹿児島そして出雲国につき、その先に「越の国」があった。従来の「騎馬民族征服王朝説」にちなんで、著者は自説を「稲作・漁労民南方征服王朝説」と名づける。

三〇〇〇千年前から、中国はすでに文字を使う歴史時代に入っている。日本神話の検証に、考古学資料とともに中国の文献資料を充分に生かしていないのが惜しまれる。『魏略』の「倭人の呉太伯後裔説」などを考慮すれば、呉人の存在をもっとクローズアップすべきだ。また日本が覇権主義の龍を平和主義の龍へ変貌させたとの論にも、蛇足の感を禁じえない。

（『東京新聞』2001.10.14）