謎宮会 2000/ 7- 8

似非乱読派感想文日記　その五

葉山　響

　晴読雨読。

８月１日（火）

　書店でキース・ロバーツのＳＦ『パヴァーヌ』（扶桑社）を購入。どうして僕は歴史改変ものを前にすると買わなければならない衝動に駆られるのだろう。お蔭で恩田陸『麦の海に沈む果実』（講談社）購入を見送ってしまったではないか。あとは芥川賞受賞作の松浦寿輝『花腐し』（講談社）を購入。前作品集『幽』（講談社）を読んで以来、僕はこの作家の新作を待ち侘びていました。
　笹沢左保『他殺岬』（光文社文庫）読了。思い切ったミスディレクションと誘拐事件の意外な動機に鋭い冴えの見られる佳作だが、手放しで褒める気になれないのは誘拐された息子に寄せる主人公の情愛の念がまるで伝わってこないからだ。それなりに憔悴はするし焦りもするのだが、何か他の原因で憔悴しているんじゃなかろうかと思いたくなるほど子供の安否を気遣う描写が少ない。だから結局タイムリミット・サスペンスとしては緊迫感が盛り上がってこない、という結果に終わってしまっている。クールなペシミストの笹沢には胸に迫る親子の絆は描けなかった模様。残念。

８月２日（水）

　松浦寿輝『花腐し』（講談社）読了。書き下ろし作品「ひたひたと」と芥川賞受賞作の二編を収録しているのだが、「ひたひたと」は良いとしても「花腐し」は単なる松浦寿輝の通過点的な作品でしかないような気がする。悪い作品ではないが、松浦寿輝の他の作品を読んでいるこちらとしては正直言って「この作品でよく（芥川賞を）獲れたな」という印象しか浮かんでこない。最後の二頁で漸くこの作家らしい展開になったが、物足りない感は否めず、これで獲るなら「幽」で獲ってもらいたかった。うーむ。好みの内容ではないから点が辛くなっているだけなのかなぁ。でもこの受賞作なら努力すれば他の作家にも書けそうな気がする。「幽」は難しいけど。
　欲求不満になったので、近日中に第一作品集の『もののたわむれ』を買って読もうという気になる。でもそろそろ文庫化されそうな気もする。どうしよう（優柔不断）。

８月３日（木）

　ちょっとレビュー仕立てにして遊んでみよう。

＜宮原龍雄「不知火」（収録：「別冊宝石」昭和27年２月10日号）＞
　古代から伝わる不思議な現象・不知火についての考察を発表した学者と、その発表の場で彼に真っ向から反論した「不知火教」の教祖。後日、学者の若き後妻とその愛人候補の美青年が何者かの襲撃を受け、後妻は重傷、青年は密室の中で殺害された。一方「不知火教」教祖の娘も神儀の最中、数千の観衆が見守る中で、自ら火の中に手を差し入れて櫓ごと焼死を遂げる。満城警部補と三原検事は二つの不可解な事件に頭を悩ませることになるが、不可能犯罪はこれだけでは終わらなかった……
　代表作のひとつに数えられる百枚の力作中編。フーダニット興味は希薄で、いつも通りトリックの面白さで勝負する作品に仕上がっている。中編だけあって本作では不可能犯罪が四つも用意されており、中でも教祖の娘が衆人環視の中で櫓ごと燃えてしまう――という事件の設定が大胆且つ魅力的。トリックの解明は多少こじつけた感が否めず（特に第二の事件）、その辺りが残念と言えば言えるのだが、全体的に良く考えられた作品で、不可能犯罪がお好きな方ならば虚心担懐に楽しめる、読み応え充分の秀作と言えるのではないか。……但し、いつもよりも長い話を書こうという時に、事件のスケールを大きくするのではなく（或いはプロットに工夫を凝らすのではなく）、不可能犯罪の数を増やしただけだった、という点は物足りなく感じられた。代表作であると同時に、宮原龍雄の限界をも垣間見せてしまった作品と言えるかもしれない。まあ、何にせよ力作だろう。因みに本作では珍しく三原検事が全ての謎を解き明かしているのが面白い。
　なお、この作品には『グリーン家殺人事件』の犯人や、ルブラン『八点鐘』収録短編、島久平『硝子の家』のトリックなどが悉くバラされている箇所があるので御注意のほどを。

８月４日（金）

　漸く恩田陸『麦の海に沈む果実』（講談社）を購入。ついでに買い忘れていた本年度松本清張賞受賞作品、明野照葉『輪廻（ＲＩＮＫＡＩ）』（文藝春秋）も押さえておく。そのあと何気なく立ち寄ったブックオフで赤江瀑『原生花の森の司』（文藝春秋）を見つけ迷わず購入。これで初期短篇集二十冊は漏れなく揃いました。この後も赤江収集を続けるかどうかは未定。あとは菅浩江『末枯れの花守り』（カドカワスニーカーブックス）を１００円で買う。これが気に入ったら新刊の『永遠の森　博物館惑星』（早川書房）を買うつもり。
　ジョージ・バクストのデビュー作、『ある奇妙な死』（ハヤカワポケミス）読了。男娼の殺害事件を中心に繰り広げられる、箍の外れた人物たちの狂騒的な悲喜劇。始終ころころと変わり続ける視点がヒステリックな雰囲気を醸し出していて絶妙。下手なのではなく、しっかり計算した上でやっている。そして意表を衝く真実。三十年以上前に書かれたミステリながら、手法的には全く古さを感じさせない、埋もれた異色の傑作と言えるだろう。三部作の第一弾だというが、翻訳されたのは本書のみなのが実に残念。作者のバクストはこの他に講談社から『ヒッチコックを殺せ』という長編が翻訳されているが、当然現在は入手困難。この作家、もっと読んでみたいのだが。

８月５日（土）

　今日は田中成穂さんと二人で下北沢のザ・スズナリに足を運び、吉田日出子と渡辺えり子の二人芝居「花」を観る。無茶苦茶ハードなメタフィクション劇だが笑える芝居に仕上がっていて、とても愉快だった。それにしても（渡辺えり子も素晴らしいのだが）吉田日出子の舞台女優としての存在感は凄まじい。彼女一人に四千円払っても何ら惜しくない気分。
　目当てのステーキハウスが夏休みだったので、夕食は別の店で取ったがこれが最悪。あの店には二度と行く気になれません。憂鬱な食事の後は小田急線で新宿に戻り、甘味処で抹茶フロートなど啜りながら成穂さんと歓談、九時過ぎに解散する。ちなみに下北沢の古本屋で買ったのは森純の遺作『堕ちた鷹』（読売新聞社）。たぶん文庫は出ないだろうと思うので取り敢えず押さえておこうと以前から思っていたもの。サントリーミステリー大賞受賞作の『八月の獲物』（文春文庫）は読む気が起こらないものの、こちらのほうにはちょっと興味があったので。たしか横溝賞か何かの最終候補に残って落選した作品なのですよね、これ。誘拐ものだし。

８月６日（日）

　七時に起床して掃除に勤しみ、クリーニング店から洗濯物を受け取った後、早急に荷物を纏めて羽田に向かう。実家の地は観光地なのだが、この前日に毎年恒例の港まつりが終了しているので飛行機は空いているかと思いきや、予想に反して結構混んでいた。父と母が揃って迎えにきており、新しく開拓したという蕎麦屋に速攻で連れていかれ天ざる蕎麦を食する。なるほど確かになかなか美味しい。そして夕食はお寿司。明日は蟹を食べるということで、御馳走三昧です。ほほ。
　羽田の山下書店で麻耶雄嵩『木製の王子』（講談社ノベルス）購入。

８月７日（月）～１２日（土）

　この間にやったことと言えば古本屋巡りと昼寝と買い物くらい。一応収穫だけ記しておこう。ちなみに殆ど100円です（一部半額）。

○一軒目
　鮎川哲也編『鮎川哲也と13の殺人列車』（立風ノベルズ）　Ｍ嶋さん見てますかー、送りまーす。
　浜尾四郎『鉄鎖殺人事件』（春陽文庫）　桃源社の合本は持っているが、一応。　
　結城昌治『隠花植物』（角川文庫）
　結城昌治『遠い旋律』（中公文庫）
　黒川博行『暗闇のセレナーデ』（徳間文庫）　今まで買っていなかった。
　藤本泉『血ぬられた光源氏』（廣済堂文庫）　買ったかどうか忘れてしまった。
　早見裕司『水路の夢［ウォーターウェイ］』（徳間アニメージュ文庫）
　加納一朗『パリの空の下　死体は流れる』（角川文庫）
　江戸川乱歩『少年探偵団』（講談社少年倶楽部文庫）　表紙が素敵だったので。
　江戸川乱歩『わが夢と真実』（講談社江戸川乱歩推理文庫）　ちなみに帯付き。　

○二軒目
　風見潤『軽井沢かぐや姫幽霊事件』（講談社Ｘ文庫ティーンズハート）　巻末に著者自身によるシリーズ作品の総解説あり。単にそれだけが目的。自作に対する著者の自画自賛がなかなかに迫力あり。
　谷山浩子『きみが見ているサーカスの夢』（集英社コバルト文庫）
　岩本隆雄『イーシャの舟』（新潮ファンタジーノベル文庫）　加筆訂正の上で近日再刊予定の作品だが、新潮版『星虫』に対する思い入れもあるので取り敢えず買っておく。なお、ここのブックオフには『星虫』が三冊に『イーシャの舟』が二冊あった（勿論、新潮文庫版）。極地的飽和状態。
　石原慎太郎『青い殺人者』（新潮文庫）　角川の『人魚と野郎』もあったが見送る。
　浅利佳一郎『いつの間にか・写し絵』（ケイブンシャ文庫）　オール讀物推理小説新人賞受賞作を含むミステリ短篇集。
　邦光史郎『夜の旅人』（春陽文庫）　たぶん『夜の旅人／シャドウマン』の文庫化。
　ロバート・ブロック『暗黒街の悪霊』（朝日ソノラマ文庫海外シリーズ15）　ブロックにこんな本があったのかぁ。寡聞にして知らず。
　Ｊ・バーナード『ナポレオン・ソロ　アンクルから来た男〈恒久平和作戦〉』（洋販）
　ジョン・オーラム『ナポレオン・ソロ４　にせ札偽造団』（ハヤカワ・ポケットブック）
　ジョン・Ｔ・フィリフェント『ナポレオン・ソロ　悪魔のサイコロ事件』（久保書店）　以前どなたかに薦められたので取り敢えず購入。ナポレオン・ソロに手を出すのは初めて。
　『イギリス怪奇傑作集』（福武文庫）　漸く入手。レオ・ブルースが別名義Ｒ・Ｃ・クックで書いた（らしい）怪奇短篇「園芸上手」を早速読破。う、上手い。
　あと、気まぐれでゆずとＴＭＲのＣＤなど購入してみる。どういうカップリングだ。

○三軒目
　鮎川哲也編『殺人設計図』（双葉社）　遂に見つけた。しかも100円。漸くこれで双葉の鮎川編本格推理アンソロジーが三冊揃う。
　ディヴィス・グラップ『月を盗んだ少年』（朝日ソノラマ文庫海外シリーズ10）
　和田頴太『豪華客船危機一髪』（朝日ソノラマ文庫）　シリーズ第五作目。誰か僕にシリーズ第一弾『大森林の逃走』を譲ってくれー。　
　高木彬光『死神博士』（朝日ソノラマ文庫）　『白蝋の鬼』入手以来、何年経ったのだろう……。
　山村正夫編『殺人ゲームに挑戦』（朝日ソノラマ文庫）
　山村正夫編『きみのうしろに死神が』（朝日ソノラマ文庫）
　都筑道夫『紙の罠』（角川文庫）　「探して」と言われてた本だったのだけど、誰に頼まれてたんでしたっけ？
　源氏鶏太『招かれざる仲間たち』（新潮文庫）　友人に貸したら返ってこなかった本。
　小泉喜美子『殺人は女の仕事』（青樹社ノベルズ）　←見つけて嬉しいからってダブリで買うのは止めなさい。しょーじくんにあげよう。
　船知慧『淫霊の海』（Ｋ・Ｋ・コズミック）　←欲しい犯罪小説が見つからないからといって官能小説にまで手を出すのは止めなさい。

○四軒目
　曾野綾子『塗りこめた声』（桃源社）　曾野綾子唯一の謎解き長編入手。わーい。あ、この人は短篇も傑作揃いだが、長編犯罪小説『天上の青』（上下巻、新潮文庫）も傑作です。ＮＨＫのドラマ化（桃井かおり主演）も見応えがあったし。
　Ｒ・Ａ・ラファティ『イースターワインに到着』（サンリオＳＦ文庫）　大森望氏の推薦文を読めば誰でも読みたくなりますって、これ。100円だし。
　北原なおみ『ホームズ君は恋探偵』『４年目のラブサイン』（講談社Ｘ文庫ティーンズハート）　著者の正体が北原尚彦氏だったと聞いたので。
　赤江瀑『舞え舞え断崖』（講談社文庫）　カバー欠しか持っていなかったので。
　長谷川公之『警視庁物語　魔の伝言板』（春陽文庫）　つ、遂に入手してしまった。

○五軒目
　高橋克彦『完四郎広目手控』（集英社）　読んではいたが持ってはいなかった。
　高橋克彦『天狗殺し　完四郎広目手控』（集英社）　半額。
　ベルンハルト・シュリンク『朗読者』（新潮クレスト・ブック）　同上。話題のベストセラー。
　文藝春秋編『ホシは誰だ？』（文春文庫）

○六軒目
　森真沙子『白い街の復讐者』（実業之日本社ジョイ・ノベルズ）　買ったのはこれだけ。しかしなー、そうかー、こんな表紙だったのかー。　

　ここまでに読んだ本の感想も。
　樹下太郎『目撃者なし』（光文社文庫）読了。樹下長編のプロットは（たぶん）世間で認識されているよりも技巧的であって、本書でもその長所は遺憾無く発揮されている。女性心理の描き方には相当疑問が残り（たとえ結論は同じでも、こういった思考の道筋は辿らないのではないか――）作品の価値を下げているように思われるが、しかし流石に屈折した男性心理は非常に綿密に描かれていて、テーマの消化、ラストの余韻は申し分が無い。佳作。あと惜しいのは凡庸なタイトルか。意図がよく判らない。

　船戸与一『虹の谷の五月』（集英社）読了。なるほど船戸作品の中では最も直木賞に相応しい（賞を獲り易い？）仕上がりの小説で感心した。面白い。船戸は小説があまり上手くない作家なので（何せ未だに「おどき」なんていう台詞を書く作家である）、無理に直木賞を与える必要はまるで無いと思っていたが、これならば受賞するに足る出来栄えと言える。……だが、それはこの作品が少年の成長小説、或いは擬似家族小説として書かれたからであって、冒険小説として完成度が高くなった訳ではないのだ。というかこの作品の本質は冒険小説ではないと思うし、この作品では冒険小説的な部分が最もつまらない。主題も広がりに欠けている。要するにこの作品は秀作だが、依然として80年代型冒険小説と（冒険小説作家としての）船戸の前に現状打破の光明は見えていない、という感想を持った。

　北方謙三『冬の眠り』（幻冬舎文庫）読了。近年の中では評判が良かった作品なので気まぐれに手にとってみたのだが、なんだ、なんなのだこれは。96年に北方はこんな傑出した作品を書いていたのか！　これは立派に文学の域に踏み出した作品。北方謙三に対する認識を根底から変える必要に迫られてしまう。ああもう北方を軽く見ていた自分が恥ずかしい。初期作も霞む完成度、静かな緊迫感が素晴らしい絵画小説。北方はいずれ纏めて検証しなくてはなるまいな。

　高橋克彦『京伝怪異帖』（中央公論新社）読了。山東京伝＋平賀源内という豪華コンビとその仲間たちを探偵役に据えた連作時代ミステリ（但し超自然のまま解明されない謎もある）。最初はちょっと辛かったが三編目辺りから面白くなってきて、最後の話が一番面白かった。という訳で割合印象は良いのだが、しかし敢えて難を言えば他の高橋作品に比べて登場人物が精彩に欠けていたような気がする。特に碩学の大家・平賀源内をこの程度の扱いに留めてしまうのは勿体無いような気がしてならない。本編はストーリー的に、平賀源内の存在が無ければ成立しない話となっていて、それはそれで見事なのだが、しかし源内の巨人性までは引き出せていない憾みを覚えた。とはいえ時代背景が長編『だましゑ歌麿』と微妙に重なっているため、合わせて読むと高橋克彦が広げる文化のパノラマを立体的に楽しむという楽しみ方も出来るので、取り敢えず読んで損はしないだろう。

　高橋克彦『完四郎広目手控』（集英社）再読。安藤広重の「江戸名所百景」から任意に二枚が選ばれ、その二枚が挿絵になるように考えられたストーリーが十二編収録されている。短めの話ばかりなので手応えは軽いが、すらすら読めて楽しめる佳品集。ミステリを求めて読むと多少失望するかも知れないが、小粋な話が多いのでそういう角度から読むと面白い。季節の移り変わりを意識した構成もツボを押さえているという印象。

　高橋克彦『天狗殺し　完四郎広目手控』（集英社）読了。今度は同じ広重でも、「東海道五十三次」から一枚ずつ選んだ上で、全編を道中記仕立てにして十二編を並べるという粋な趣向。しかも時代は尊王攘夷の風が吹き荒れつつある幕末で、主人公一行の江戸から京への道中に随行するのはなんと無名時代の坂本龍馬。これだから高橋作品は手放せないのだ。各編を個別的に見ると京都に近づくにつれて面白くなり、草薙剣（言うまでもないが三種の神器のひとつ）が盗まれるという事件まであってなかなか派手で楽しめた。ミステリ的にも面白いアイデアがあって嬉しい。前作より面白さは上。

　北原なおみ『ホームズ君は恋探偵』（講談社Ｘ文庫ティーンズハート）読了。ティーンズハートらしい作品でした。風見潤『軽井沢かぐや姫幽霊事件』（講談社Ｘ文庫ティーンズハート）は、完成度はさておいても取り敢えずは本格のツボを押さえようとする作者の姿勢にちょっと感心。

　佐々木丸美『雪の断章』（講談社文庫）再読。叙情ミステリの最右翼的作品。読み進めているとリリカルなストーリーの魅力に絡め取られてしまい、ミステリとしての部分などどうでもよくなってしまうが、再読してみるとこの作品、かなり冷静に組み立てられたものという印象を受ける。佐々木丸美を敢えてプロットの面に着目して読み進めるのも面白いかも知れない。ということで、今まで買わなかった非ミステリ作品もそろそろ買っておいたほうが良さそう。

８月13日（日）～16日（水）

　突発的事態発生。この間に起こったことは総じて不快なことばかりだったので詳細は書きたくない。本を読んでいる余裕も無し（本を読まない連中というのはどうしてああも喋り続けなければ気が済まないのだろう？）。いっそ本の世界に逃避したいとも思ったがそういう訳にも行かず、愛想笑いを浮かべながらひたすら沈黙して暑苦しい時間を過ごす。出てくる食事は鳥の餌レベル、矢鱈と手際の悪い段取り、お風呂さえ呑気に入れない環境、寝る場所も満足に無い手配の悪さ、おまけに一人猛烈に性格の悪い女がいて、きっとあの人は安らかな死に方など出来ないに違いない。精神的に疲労のピークを迎えてしまう。両親も可哀相。早く家に帰りたい。

８月17日（木）

　欝屈した気分を抱えて実家に戻る。さんざん母と喋って多少なりとも鬱憤を晴らしてから気分転換にブックオフへ。佐々木丸美はもともと集める意思は無かったが、再読した『雪の断章』でかなり楽しめてしまったことでもあるし、ええい気分転換に買うぞ買うぞ。
　で、
　　佐々木丸美『忘れな草』（講談社）
　　佐々木丸美『花嫁人形』（講談社）
　　佐々木丸美『恋愛今昔物語』（講談社）
　　佐々木丸美『新　恋愛今昔物語』（講談社）
　　佐々木丸美『舞姫　恋愛今昔物語』（講談社）
　　佐々木丸美『影の姉妹』（講談社）
　　佐々木丸美『ながれ星』（講談社）
　　佐々木丸美『沙霧秘話』（講談社）
　　佐々木丸美『罪灯』（講談社）
　　佐々木丸美『罪・万華鏡』（講談社）
　　佐々木丸美『橡家の伝説』（講談社）　　　以上全て100円
　　佐々木丸美『榛家の伝説』（講談社）　　　500円
　　佐々木丸美『風花の里』（講談社）　　　　450円　
　以上をブックオフで買い揃える。これでたぶん佐々木丸美は完集。よく見たら『罪・万華鏡』まであって嬉しい（これだけ長い間捜していた本なのです）。『罪灯』と『橡家』はダブリ買いになるのでどうしようかとも思ったが、捜している方もおられるだろうからと一応押さえておく。ちなみにこのブックオフには『雪の断章』『崖の館』『水に描かれた館』『夢館』のハードカバーもあったので、結局佐々木丸美の全単行本が売られていたようだ。あとは石田衣良『少年計数機　池袋ウエストゲートパーク２』（文藝春秋）が半額だったので取り敢えず購入。前作は酷評に近いことを書いてしまったが、今回はどうだろうか？
　仙道敦子がＣＭに出ていて吃驚。そろそろ女優復帰してくれないかなぁ。最近の女優ではあまりにも演技力が無くて見ているのが苦痛。そういえば先日、宮沢りえ主演で放送されていたＮＨＫのシーボルト関連のドラマはなかなか良かったです。宮沢りえには主役を張るに相応しい華があるので多少演技力に問題があったとしても見ていられる。　結城昌治『遠い旋律』（中公文庫）読了。ほの昏いタッチのロマンティック・サスペンス。女性誌に連載された作品という性格上、旅情、恋人に対する疑惑、ヒロインを支える別の男、ヒロインの華やかな職業（芸能人の髪も扱うヘアデザイナー）と、普通の女性の興味を引きそうな素材をさりげなく鏤めながら話を進めている辺りは「プロの仕事」という感じ。本書は結城作品中最も軽量級の作品で、特に期待して手に取るほどの出来ではないと思うが、但し「どうしてそんなことになったのか」についての理由はなかなか良く考えられたもので感心した。成程。気が向いたら手に取ってみてもおそらく損はしないだろうという作品でした。

８月18日（金）

　帰京前日ということで、本日は某国定公園に向かいちょっとした観光気分を楽しみ、お昼は敷地内で昔から営業を続けている川魚料理のお店で鰻重と鯉の洗いを食する。夏の盛りの中でもこれだけふっくらとした鰻を食べられるのは嬉しい。美味しゅうございました。
　ブックオフに四十冊ほど本を持っていく。安く買い叩かれるかと思っていたが予想に反して五千円弱の値がついたので、嬉しくなってささやかな無駄遣いをしようと決意。考えた末、以前から気になっていたディックに手を出してみることにする。買ったのはこの三冊、合わせて750円のお買い物。
　　フィリップ・Ｋ・ディック『シミュラクラ』（サンリオＳＦ文庫）
　　フィリップ・Ｋ・ディック『アルファ系衛星の氏族たち』（サンリオＳＦ文庫）
　　フィリップ・Ｋ・ディック『アルベマス』（サンリオＳＦ文庫）
　池澤夏樹が解説を書いていてちょっと新鮮。なお、『アルベマス』はサンリオＳＦ文庫最後の配本だったとか。面白いことを期待しましょう（そういえば、ディックの入門編としては何が最適なのだろう？）。
　母が読むというのでケイト・ロスの『マルヴェッツィ館の殺人（上下）』（講談社文庫）を購入。話の折に「『ベルガード館の殺人』を書いた人の遺作が出た」と言ったら急激に読みたくなった様子なので、「じゃあ密偵ファルコ（リンゼイ・デイヴィス）の新刊と一緒に買ってくるね」「あ、それは後で良いよ」あれ、そうなの？　因みに自分用には宮部みゆき『妖―あやし―』（角川書店）を購入。　

８月19日（土）

　東京に戻る。暑いあづい。
　飛行機の中で石田衣良『少年計数機　池袋ウエストゲートパーク２』（文藝春秋）を読み終える。第一弾と同じくこのシリーズを「現代の若者を描いた青春小説」として評価することはできないが（直木賞受賞作の『ＧＯ』、或いはもっと極端な例だが上遠野浩平の『ブギーポップは笑わない』と読み比べて戴くと、どうして本書を「リアルタイムの青春小説」として評価できないのか判って戴けると思う。ちなみにその意味では長瀬智也主演のドラマ化のほうが納得できる仕上がりだった）、しかしこの第二弾、第一弾とは比べ物にならないほど物語作りが上達していて驚かされた。青春ミステリとして読まなければこれはかなり良質の読み物と言えるだろう。Ｐａｒｔ１は読まなくて良いがＰａｒｔ２は読む価値がある。特に表題作に登場する十歳の少年と主人公の交流は涙腺を緩ませるものがあった。時に白けてしまうような箇所が幾つか顔を出すこともあるけれど（殆どクロムハーツそのままのブランドを出してきて、その物語のタイトルを「銀十字」とするのはいくら何でもヒネリが足りないのでは、など）、それでも試しに読んでみて良かったと思いました。

８月20日（日）

　夕暮れ、ちょっと凝ったサラダが食べたくなったので池袋までお買い物に出掛ける。リブロに寄ってハルキ・ホラー文庫を確認。数は矢鱈に多いが気を引かれる作品はあまり無いのが残念というか、それとも散財しなくて助かったというべきか。取り敢えず高橋克彦『長人鬼』を押さえるのは当然として、あとはちょっと迷った末に鎌田敏夫の『うしろのしょうめんだあれ』と、松本清張賞受賞作家・島村匠による連作ホラー『聖痕』を買う。帰りの電車の中で『聖痕』を半分以上読み終え、家に帰って残りを読破。
　という訳で、島村匠『聖痕』（ハルキ・ホラー文庫）読了。いまひとつ印象が薄い。あまりにも明快な文章で書かれているので却って異質な雰囲気が立ち上ってこないという感じ。全て出産にまつわる話であり、そして五編がそれぞれ嗅覚・視覚・聴覚・味覚・触覚の話になっているという「五感ホラー」趣向など、センスは決して悪くないと思うのだが……。但しこの作だけでは何とも言えないので、次の作品も読んでみたい。

８月21日（月）

　カッパ・ノベルス最新刊発売。真っ先に小森健太朗の新作に手が伸びるが綺麗な本が無かったので平台に戻し、代わりに舞岡淳のデビュー作『明治九年の謀略』を購入する。日本ミステリー文学大賞新人賞最終候補選考時に「ミステリ味が薄い」という理由で落とされた作品ということ。高橋克彦と新保博久の推薦に惹かれて買ったわけでは別になく、こういう明治伝奇小説が好きだからです。しかし買った後で冒頭に目を通してみたところ、あまりの説明調の会話文に頭を抱えてしまう。まだ新人で誰の指導も受けていないこともあるのだろうが、それにしても目に余るよなぁこの説明調は……。
　ベルンハルト・シュリンク『朗読者』（新潮クレスト・ブック）読了。「マスコミ絶賛のベストセラー！」という騒がしいイメージの作品ではなく、むしろ小説好きが同好の士に「最近ちょっといい作品を読んだよ」と教えたくなるような、そんなタイプの小説という印象を受けた。但し本書を「舌を巻くほどの傑作」と呼ぶのは賞揚のし過ぎだと思われるし、ましてや「本年度ベスト１！」とは言い過ぎではないか。本書は飽くまでも「ちょっといい小品」として記憶に留めておきたい作品だと思う。というのは、矢張り傑作と呼ぶには話の展開が容易に見え過ぎるため、感動もその分だけ薄くなってしまっているからだ。ミステリ的な手法など導入しなければ良かったのに。
　よく服を買うところからカタログが送られてくる。なにぃコートが十四万だとぉ？

８月22日（火）

　書店に行ったら思いがけない新刊が。ということで連城三紀彦『秘花』（東京新聞出版局）を速攻で購入。山崎洋子の新刊連作『マスカット・エレジー』（集英社）も出ていて、「この人のミステリの新刊って久しぶりだなぁ」と暫し感慨に耽る。いずれこれも読んでみたい（自分でも意外なことに山崎洋子は数えてみたら十冊以上読んでいるのだ。因みにお薦めは短篇集『三階の魔女』、続いて『横浜幻燈館　俥屋おりん事件帳』『自由が丘ダウンタウン物語』など物語性の濃い連作集、長編では乱歩賞受賞作『花園の迷宮』がそこそこ面白く、あとは『香港迷宮行』『横浜秘色歌留多』『熱帯夜』辺りか。『魔都上海オリエンタル・トパーズ』『長崎・人魚伝説』にはあまり良い印象が無く、『聖母の牙』とか『横浜幽霊ホテル』『タブー』は……どんな話だっけ）。小森作品購入はまたしても順延。ぼやぼやしていると柴田よしきの私立探偵ものとか、議論を呼んだ福井晴敏の乱歩賞最終候補作など立て続けに出てしまうなぁ。倉阪＆牧野の徳間新刊、スティーヴン・ドビンズ、レオ・ブルース、パトリック・クェンティンも当然チェックだろうし……。新宿鮫の新作はどうしようかなぁ。僕、晶って嫌いなんだよなぁ。　
　ブックオフにて森内俊雄『氷河が来るまでに』（河出書房新社）、岡本綺堂『玉藻の前』（原書房）を100円で買う。どちらも読みたかったけれど今まで買っていなかった本。
　黒川博行『大博打』（新潮文庫）読了。キャラクターが非常に良く描けていて楽しく読めた（特に誘拐される老人の造形が素晴らしい）。これで犯行計画のほうにも何かもう一工夫加えられていたなら、黒川の最高傑作になっていたかも知れない。

８月23日（水）

　鎌田敏夫『うしろのしょうめんだあれ』（ハルキ・ホラー文庫）読了。殺されて他人の体に乗り移った女と、乗り移られた盲目の女。死者は生者の幸福を妬み、生者の幸せを壊そうとするが、生者は飽くまで幸せを保ち続ける……一方的に死者に生活を破壊されてゆく生者の恐怖を描くのがホラーの常套なら、本書はホラーの常套を撥ね退け、干渉されても幸せを保ち続ける女を描いており、結果としてこれはホラーというよりも、誰にも見えないところで展開される二人の女の闘いを静かに描いたサスペンスフルな物語として仕上がっている。いまひとつストーリーに深みが感じられない点が惜しまれるものの、新しい形のサスペンス・ストーリーを開拓した作者の柔軟な発想に敬意を評しておきたい。ミステリ的な興味を盛り込む手際もなかなかのもの。拾い物の佳作。
　それにしても鎌田敏夫はなぜ田中美佐子・三田村邦彦主演の傑作ミステリドラマ『眠れない夜をかぞえて』（ＴＢＳ系）を小説化してくれなかったのだろうか。アダルトビデオ業界を大胆に取り上げたミステリはたぶんこれが本邦初だった筈（この後で桐野夏生がアダルトビデオ業界を舞台にした『天使に見捨てられた夜』を発表したが、鎌田のドラマはそれに数年先駆けている）。あと、友人が「見てなかったの？　面白かったのにー」と言って散々僕を悔しがらせた『冬の蛍』（ＮＨＫ、橋爪功・小柳ルミ子主演）も、出来ることなら小説化してくれないものだろうか……。　

８月24日（木）

　直木賞選考評を読む。今回から選考委員に参加している宮城谷昌光の評は、如何にもこの人が書きそうな個性溢れる評で面白い（特に船戸を評した辺りに顕著）。基本的には信頼している井上ひさしと平岩弓枝の評にも納得。意外だったのは北方謙三と林真理子が選考委員として参加していたこと。しかしそれ以上に今月号の『オール讀物』を読んでいて意外だったのは、『ＧＯ』の金城一紀が小説推理新人賞の落選者であったという事実。所詮あんたもミステリ投稿者だったんかい！（でも金城の投稿作品、もしかすると小説推理新人賞受賞者である本多孝好と作風がかぶっていたかも知れませんね……）

８月25日（金）

　おかいものー、おかいものー。倉阪鬼一郎『屍船』（徳間書店）、パトリック・クェンティン『死を招く航海』（新樹社）、エイドリアン・マシューズ『ウィーンの血』（ハヤカワ文庫ＮＶ）。あと河出からジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの大著『墓地に建つ館』が刊行されたのに驚かされる。もしかして長編の翻訳は『ワイルダーの手』以来？
　紀田順一郎『魔術的な急斜面』（東京創元社）読了。古書店経営者の座を巡る熾烈な古書争奪勝負の行方を描いたビブリオ・ミステリ。新刊時に買ったまま今までずっと読んでいなかった本だが、その時に読んでいてもこの本の面白さはたぶん半分くらいしか判らなかっただろうなぁ。古書業界を知っていれば知っているほど生々しい迫力が増してくだろうという本。逆に言えば、本が身近に無い人には「たかが本になぜここまで」と、永久に理解不能な内容に違いない。

８月26日（土）

　大森にて創元推理倶楽部東京分科会八月例会。矢鱈とお金がかかった一日だったが（矢張り酒飲みと会計を割り勘にするのはどう考えても納得が行かない）、ＫさんＩさんＹくんに久しぶりに会えて嬉しかったから、それで良いと思うべきなのかも。
　しょーじくんと待ち合わせ、一次会の会場に向かうと何故か宮澤さん＠探偵小説頁がいらっしゃる。「新入会員です」おおそうなのですか。侵入会員？　ところでＩ森さん、このわたくしに目をつけられたからには潔く謎宮会に原稿を書きましょう。
　昼に食べたラズベリーのタルトと夜に食べたフロマージュはどちらも美味しかった。もう少し甘さが控えめだったら文句無い仕上がりだったんだけど。もしまた足を運ぶ機会があったら、今度はモンブラン系にも挑戦したいところです。そういえば、先日行ったイタリア料理のお店でデザートになんとかいう名前のケーキ（要するにイタリアのモンブラン）を選んだのだが、これがマロンクリームの中は全て生クリームという代物（土台だけクッキー地）。生クリーム党の僕は平然と食べ終えたのだけど、本当にイタリアのモンブランってああいうものなんだろうか？　メインに牛頬肉の煮込みじゃなくてあっさりした黒ゾイを食べておいて良かった、という感じのボリュームでした。

８月27日（日）

「ごめーん振込用紙なくしちゃったのー」
「じゃあ直接取りに行ってあげるねー」
　というわけで午前中に東京電力の集金人を迎えた後、自転車で古本市場に行き、赤江瀑『香草の船』（中央公論社）と中薗英助『帰還』（毎日新聞社）、岡本綺堂『鎧櫃の血』（光文社文庫）、高場詩朗『神戸須磨殺人事件』（天山ノベルズ）を購入する。中薗『帰還』は既読だが持っていなかった本（以前これをネタにして原稿まで書いているのに……）。
　北森鴻『パンドラ’S　ボックス』（光文社カッパ・ノベルス）読了。七編のノンシリーズ短篇とエッセイを並列させた構成の本。突出しているのは「鬼子母神の選択肢」で、どうしてこれをシリーズ化しないのか非常に不思議。舞台設定と和尚さんのキャラが実に味わい深いので（しかも主人公は元泥棒）、きっと素晴らしい連作になるだろうと思うのだが……
　更に買ってきたばかりの赤江瀑の長編『香草の船』（中央公論社）を読了する。友人の死を巡って二人の友人が島に渡る物語。とにかく后島という島に伝わる神事と不気味な森の描写が素晴らしい。内容も観念的ではあるが美しい余韻を残す。赤江の長編は『オイディプスの刃』くらいしか成功作が無いと思うのだが（後は必ずどこかが破綻している。『美神たちの黄泉』然り『蝶の骨』然り『花酔い』然り『妖精たちの回廊』然り……）、この作品は割と成功しているほうではないか。

８月28日（月）

　昨日「赤江長編は必ずどこかが破綻している」と書いたが、急に自分の発言に不安を覚えたので未読だった『上空の城』（角川文庫）を読了。その途中で気づいたのだが、赤江は若い男の話し言葉を書くのがあまり上手くないですね。女性作家が快活さを現そうとして無理にぶっきらぼうな会話を書いているような、そんな不自然さを感じてしまう。そういう訳で序盤はどうにも会話に違和感を感じながら読み続けたが、話が本題（記憶の中の城）に入るとあとは一気呵成。最後には「幻の黒い天守閣」というオカルト的な謎に合理的な解決がついたので驚かされた。なぜこういう展開を辿らなければならないのか、という疑問を感じる箇所もあるにはあるのだが、これも赤江長編の中では良い出来栄えのものに数えられるだろう。
　創元新刊押収。エリック・マコーマックの奇想短篇集『隠し部屋を査察して』、ホラーＳＦのアンソロジー『影が行く』（因みに表題作はジョン・カーペンター監督の映画『遊星からの物体Ｘ』の原作）、同じくアンソロジー『ラヴクラフトの遺産』、フレッド・チャペル『暗黒神ダゴン』、そしてＨ・Ｃ・ベイリー『死者の靴』。ベイリーの長編はこれが本邦初紹介となる弁護士ジョシュア・クランク･シリーズの一編で、かつて『フォーチュン氏の事件簿』（創元推理文庫）の渋い魅力を堪能した当方にとっては非常に期待値の高い本。翻訳されて素直に嬉しい。
　立ち寄ったブックオフで北方謙三『白日』（小学館）を半額購入。先日の『冬の眠り』があまりに衝撃的な完成度だったので、同様に芸術求道小説として読めそうな今年の新刊（二〇〇〇年一月一日刊行！）を押さえてみた。面白ければ嬉しいなぁ。あとは森真沙子の長編ミステリ『放課後の記憶』（立風書房）を100円で。

８月29日（火）

　連城三紀彦『秘花』（東京新聞出版局）読了。とにかく女三代のそれぞれの生き方を描く鮮やかな筆捌きが素晴らしく、たっぷりと読ませてくれる。ミステリ味はかなり薄いが、それでも最後の最後で殆どチェスタトンばりの逆説的なロジックをいきなり提示してくる辺りはさすが連城、ミステリ作家としてもマエストロぶりを発揮してくれて実に嬉しい。それにしても『女王』とか『人間動物園』とか『ただ一しずくの血』とか、連載が終了してから既に数年経つ長編ミステリはいったいいつ単行本化されるのだ？　ああ早く読みたい。
　新刊書店で岩本隆雄『鵺姫真話』（朝日ソノラマ文庫）、永井するみ『大いなる聴衆』（新潮社／新潮ミステリー倶楽部）を購入。『鵺姫真話』は岩本隆雄十年ぶりの新作で、『星虫』のストーリーとも微妙にリンクしている模様。大いに楽しみ。と言いつつ帰りの電車の中で早速読み始めたのは『鵺姫真話』ではなく『大いなる聴衆』のほう。「ハンマークラヴィーアを完璧に弾きこなせ」という脅迫を受けたピアニストの受難を描くミステリで、今回の新作はお勉強ミステリではないようなので思い切って買ってみた。半分博打気分での購入だが、「取り敢えず買っとけ」と直感が唆すので……

８月30日（水）

　永井するみ『大いなる聴衆』（新潮社）読了。たぶん永井するみの人間感はかなりシニカルなものなのだと思う。主人公は早口が直らず部下を叱り付けてばかりいるし、その母親は娘を束縛することしか考えておらず、ピアニストは人の気持ちを考えない人間で、その師匠は音楽のことしか頭に無い冷淡な人間。マネージャーは音楽を俗物的な視点でとらえているし、評論家は嫌味。そういう人間たちが誘拐事件に巻き込まれ右往左往するのが本書の内容である。ここには一般的な意味での「魅力的な登場人物」など出てこない。事件を通して人格的成長なんかしない。その代わりステロタイプな「悪人」も出てこない。その現実的な世界観が非常に面白いのだ。魅力的でも悪趣味でもないリアルな人間感に裏打ちされた本書は、きちんとした大人が描いた作品という印象で、こういうタイプのミステリ作家は沢山いるようで実際にはそんなにいなかったような気がする。ミステリ的には若干弱いところが見られるが、プロットは堅実に組み立てられたもので危なげが無く、長丁場を安定した筆力で描き切っている。瑕はあっても今月の収穫のひとつと呼んでも差し支えないだろう。溯って『ランチタイム・ブルー』（集英社）と『歪んだ匣』（祥伝社）の二短篇集をチェックしておく必要があるな、これは。

８月31日（木）

　母から電話。ケイト・ロスの『マルヴェッツィ館の殺人』は面白かった模様。見ようと思っていた松嶋菜々子の三夜連続ドラマスペシャル「百年の物語」さえ無視して読み耽っていたらしい（わたくしは暇だったので第三夜だけ見たのだが、渡部篤郎の演技力に頼ったドラマという感想しか持てず。あの脚本の凡庸さは何とかならないものか）。地方在住の哀しさゆえ、書店にジュリアン・ケストレルのシリーズ第二作が売っていないということで「注文するのも面倒だからファルコの新刊と一緒にそっちで買って送って」とのこと。はーい。
　岩本隆雄『鵺姫真話』（朝日ソノラマ文庫）読了。最初は随分とありきたりな設定だと思ったが、実は『（自主規制）』の趣向を三倍ほど複雑にした話だった。本書に関しては何も情報を持たないまま読んだ方が面白いと思うからこれ以上何も言わないが、とにかくラストで楽しめました。整合性の面でひとつ呑み込みにくい点がある（作者自身も途中で混乱してしまったのではないか）、そして『星虫』と内容をリンクさせた部分が何やら不自然な印象を醸し出している、というマイナス点はあるにせよ。でもそのお蔭で爽やかな結末がついたから良いのか。それはともかく、加筆訂正の上で刊行されるという『イーシャの舟』への期待も高まった。新潮版とは大幅に変更されるらしいが、既に新潮版を押さえているので気分的には非常に楽。刊行されたら優雅に読み比べでもしようかと思います。

　さらにつづいてしまう。

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謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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似非乱読派感想文日記 その五

似非乱読派感想文日記　その五