春陽文庫の長谷川公之を読む（上）

戸田　和光

＜今回の前書き＞

　困った時には原点に帰ることをしてしまう。過去、このホームページでも何回も触れたけれど、私にとってのミステリの原点（の一つ）は、春陽文庫になるだろう。
　繰り返し春陽文庫をネタにしてきて、でもまた何か書いてみようかと思った時に浮かんだのが、今回原稿にする“長谷川公之”という名前だった。
　ネタが尽きてきた証拠かも知れないけれど、むしろ今だからこそ、この名前が浮かんで来たのかも知れない。

　昨年刊行された『貸本小説』という本のせいではないだろうが、最近、一部で、“貸本小説”と“明朗小説”というジャンルが話題になっているそうだ。その昔、貸本というものがあった時代、その中で主流だったのが“明朗小説”だった、という関係にあるようだけれど、その明朗小説の姿を現代に（といっても、昭和５０年代までかも知れない……）伝えていたのが、春陽文庫（その中でも、特にカバーに「Ｄ」と打たれた作品群）だったと思う。つまり、貸本屋用としてハードカバーで出版された本が、後に春陽文庫に文庫落ちし、引き続き読まれる状況を残してきた、と考えれば間違いないのではないか。
　尤も、この流れは明朗小説に限ったものではなく、時代小説にも残っているようだ。その証拠に、『貸本小説』の中で触れられている作家の多くは、春陽文庫の「Ａ」ジャンル（＝時代小説）と「Ｄ」ジャンル（＝明朗小説）に見つけることができる。
　いずれにしても、貸本小説を手っとり早く読もうとすれば、春陽文庫を探すのが一番なのかも知れない。勿論、春陽文庫には、貸本小説以外のものが沢山あるにしても。

　当然ながら、貸本の中には、ミステリもあった。しかし、春陽文庫の中では例外的に、このジャンルは貸本作家と呼ばれる作家は少ないようだ。目録には戦前から戦後間もなくデビューした作家か、中堅でもメジャーどころと呼ばれる作家がずらりと並び、如何にも貸本小説、という印象を与える作家・作品が殆どいないのである（尤も、昭和５０年代になると、ちょっと傾向は変わってくる訳だけれど。この辺については、以前の拙稿をお探し下さい）。
　そんな中で唯一貸本小説の流れを感じさせるミステリ系の作家が、長谷川公之ではないか、と個人的に思えたのだ。

　長谷川の本業はシナリオライターであり、代表作として挙げられるのが「警視庁物語」シリーズである。そのシリーズ用に書いた作品を自らノヴェライズしたのが、春陽文庫に収録された作品になる訳だけれど、これらはもともと“小説刊行社”というところから出版されたものだった（国会図書館のデータベースで検索すると、長谷川は昭和３０年代に小説を１１冊刊行していることになっているが、いずれも、出版社は同じなのである）。一方、この出版社は主に貸本小説を刊行していたことが、『貸本小説』から読み取れる。この二つを結びつけると、この「警視庁物語」のノヴェライズももともとは貸本小説向けにされた仕事ではなかったか、という推測ができてしまう。――勿論、小説刊行社が貸本小説専門だったかどうかは知らないし、ましてや長谷川自身がどういった意識で書いていたかは全く分からないのだから、結局は、私の無責任な空想に過ぎないのだけれど。

　しかし、実際、わずかなお金で映画を見たときのような満足感を、というのが貸本小説のコンセプトであったならば、もともと映画だったもののノヴェライズ、というのは、当時の読者を十分に満足させたことだろう。これらの本はそうやって成立した、と考えるのも楽しいことではなかろうか？
　それに、ミステリ的な結構はともかく、リーダビリティは高いだろうから、改めて今読んでも大きく失望することはないんじゃないか……。そんな風にも思ったのだ。

　最近流行の明朗小説にもちょっとだけ心ひかれるけれど、さすがに、ミステリとは全く異なるものを手にする気にはどうしてもなれない。何より、最近、明朗小説の需要がかなり高くなってしまっているから、入手も容易ではないのだ。そんな人間が手にするにはちょうどいいんじゃないか、ということで、今回読んでみることにした訳である。
　従って、感想もそういった角度からのものになるので、理解された上で、読んでもらえれば幸いである。

　では、始めます。

「警視庁物語　追跡七十三時間」

（昭和36年７月30日初版発行）

　表題作と「夜の野獣」の２編を収めた一冊。21字×19行の２段組で、全１７６ページからなる。
　「夜の野獣」が１ページから１０２ページまで、「追跡七十三時間」は１０３ページから１７６ページまで。中編二本、という形であり、これがこのシリーズの基本的な体裁と言えるようだ。なお、この一冊に限らないが、表紙扉と目次がページ数にカウントされていないので、現在の一般的な感覚では、１８０ページの本、というべきかも知れない。

「夜の野獣」
　地下鉄の終電で、酒に酔って半ば意識を失った男から、スリの集団が財布を盗みだす。一瞬後に意識を取り戻した男は、途中駅で下車した彼らを追いかけるが、人けのない原っぱで集団のうちの一人に逆襲を受け、殺される。捜査を開始した警視庁捜査一課の刑事たちは、殺害現場付近を捜索し、調査を進める中で、スリ集団が犯行に関わっていることを知る。そんな矢先、実際に男から財布をスッた男が、死体となって発見される。内輪モメか。刑事たちは、スリ担当の捜査三課とも協力しながら、捜査を進めるのだった……。

「追跡七十三時間」
　深夜のガソリン・スタンドで、給油を追え車を見送った従業員の前に、同じ男がピストルを持って現れ、ピストルで射殺される。強盗殺人事件だ。被害者が残した車のナンバーを手掛かりに捜査を始めた刑事たちの元に、ガソリン・スタジオにも近い日ノ出町で、男の射殺死体発見の報が入る。一連の事件で使われた拳銃は、数日前に、米軍将校宅から盗まれたものだと分かる。そんな矢先、上野駅で詐欺を働こうとした男が逮捕される。男が持っていた時計は、拳銃と一緒に、将校宅から盗まれたものだった。この小さな事件が、連続殺人の突破口となるのか……。

　二つの作品とも、（犯人の名前までは明らかにされないまでも、）冒頭で実際の犯行シーンが描かれるので、そこで犯人の正体は読者に示されており、犯人当ての興味はない。かといって、その後は刑事たちの活動が描かれるだけなので、倒叙とも違う。そういった意味では、警察小説というしかないだろう。それも、特定の刑事が活躍する、というものではなくて、組織としての警察を描くものになる。
　もう一つ踏み込むと、複雑なトリックを持つ事件を扱うのではなく、日常的な事件を解明するまでの手続きを描いたストーリーである。着実に真相に近づいてはいるけれど、その過程で様々な紆余曲折に出会い、葛藤に苦しむ姿を描くのだ。

　そのせいかどうか、刑事たちの活動は直線ではない。解決への本筋とは明らかに異なる筋も丹念に追っていき、そこでの挫折も細かく描くのだ。ただ、そこで描かれる障害は作品によって違うで、変化を楽しむことは出来る訳だけれど。
　例えば「夜の野獣」であれば、売春組織のボスの犯行を折り込んだり、タクシー運転手の不正行為を描いたり、単発としては絵になるシーンだけれど、真相とは無関係とすぐ分かる捜査が続くし、「追跡七十三時間」であれば、疑惑の人物を特定し、追跡する中で、その容疑者を死なせてしまい、糸が一回切れたかに見せたりするのだ。そこでのシーンにも手は抜かず、手に汗を握らせる展開ではあるが、見方を変えると、無駄に力を注いでいる意味はあるかも知れない。

　ストーリー展開がそうである上に、小説技法上も不自然な部分があるので、そのまま小説として鑑賞しようとすると、粗さも気になる。例えば、場面の転換を、改行もせずに済ませるので、展開が分かりにくいこともあるからだ。慣れてくれば、さして気にならなくなるにしても。
　そういった意味では、良くも悪くも映像的なのかも知れない。このストーリーを映像で見るとどうなるのか、といったことを考えながら読むと、一層楽しめるのである。これらの小説の場合であれば、冒頭で示された真犯人が、後のシーンでさり気なく登場する辺りの面白さ、といった感じだろうか。

　読みやすいし、そこそこ面白いけれど、まだ全体像が把握しにくい面もある。ということで、次の一冊に進むことにする。

「警視庁物語　顔のない女」

（昭和36年10月24日初版発行）

　表題作と「逃亡五分前」の２編を収めた一冊。前書と同じ字組で、全１７６ページからなる。
　「顔のない女」が１ページから１０２ページまで、「逃亡五分前」は１０３ページから１７６ページまで、ということで、各編の長さも前書と同じなのが不思議なところ。何か製本上の都合があったのだろうか。

「顔のない女」
　荒川放水路の河川敷で女性の胴体が、続いて両足が発見された。バラバラ殺人事件だ。足に残されたペディキュアと、荒川に何物かを投げ込んでいた、という不審な車の目撃情報をもとに捜査を始めた捜査陣だが、思った成果を挙げられなかった矢先、今度は、両手と首が付近の川から見つかる。歯の治療跡と、鼻を整形した手術跡から、ようやく被害者が特定される。一方、不審な車がようやく特定され、その持ち主であるタクシー運転手に迫る。これらは、どこで交差するのか……。

「逃亡五分前」
　東京の深川で、タクシー強盗殺人事件が起きる。連続して３件目だった。薬莢も残さないため、捜査が滞っていた刑事たちだが、今回の事件では、襲われたタクシーに残されていたメモにより、そのタクシーの一人前の乗客が特定され、入れ代わるように乗車して行った男が目撃されていたため、捜査が進みだす。しかし、作成されたモンタージュ写真に似た前科者はすべて無実と分かり、捜査は再び暗礁に乗り上げる。しかし、それとほぼ時を同じくして、新たな情報が寄せられる。今度こそ、犯人に迫ることは出来るのか……。

基本的なストーリー展開は、前書と余り変わらない。新しさには欠けるけれど、安心して読めるのは間違いない。
　「逃亡五分前」の方は、前書の２作品と同じく、実際の犯行シーンから始まるが、「顔のない女」の方は、一転して、刑事たちの非番の日の顔から始まる。デートだったり、親孝行だったり、家族サービスだったり、普通の行動をとりながら、しかし捜査本部への連絡は欠かせない、という描写が行われるのだ。その中で、捜査一課のシステムと勤務体制が説明されるのが、この種の小説の約束事なのだろうか。一種の警察の内情を一般人に知らせることの意味は分からないにしても。

　２冊目になると、クセ、という程ではないにしても、作家のやり方が読めてくるのかも知れない。前書で、ムダな捜査活動が多すぎる気がする、と思った訳だけれど、平行して捜査本部全員の活動を描こうとすると、そうした手法を取るしかないのだ、という推測もしてしまうのだ。
　このシリーズは、同じ捜査班の事件を描いている訳だが、各編毎に、捜査陣側の主人公が変わることはない。毎回、全員が主人公なのだ。時々、プライベート関連の小さなエピソードが語られたりもするのだが、そんな場合も誰かに偏ったりせず、各人に散っているのである。そのため、同時に、いろいろな場所での捜査をさせる必要上、事件との関連の重要度には目をつぶるしかなかった、ということではないだろうか。
　これが最初から小説として書かれたものであれば、シリーズなのだから、毎回主人公を変える、ということも可能だろうし（例えば、「８７分署シリーズ」）、テレビシリーズでも同様のやり方がされただろうが（例えば、「太陽にほえろ！」）、映画のノベライズという出発点から、このようなものになったのかも知れない。
　尤も、巻をおかせぬ展開を繰り広げようと思ったら、こういう書き方しか長谷川はできなかった、という可能性もあるけれど。

　また、これを欠点と言ってはいけないのだけれど、ストーリー展開が捜査サイドからのものに限られる（冒頭の犯行シーンも、凶行部分を描くだけであり、それ以上突っ込んだ表現はない）ため、犯人サイドの動きが曖昧な気がするのも確かである。
　例えば「顔のない女」であれば、何故殺した女をバラバラにしたのか、折角バラバラにしながら、同じ川に投げ込んだ理由は何か、といった部分が明らかにされないまま終わってしまうし、「逃亡五分前」であれば、警察が参考人として聴取しようとする寸前で容疑者が姿を消したりするが、どうやって警察の動きを把握していたのか、がはっきりしないのだ。
　素直に、警察が努力する姿を楽しめばそれでいいのだ、ということは分かってはいるのだけれど。

　それにしても、各話のタイトルのつけ方は謎である。本書でいえば、「顔のない女」の場合、話の中盤で首が出現する（というか、首が発見されて、初めてストーリーが大きく動きだす）から殆ど“顔のない”印象はないし、「逃亡五分前」にしても、逃亡される五分前に逮捕した、という訳ではない。この種のタイトルばかりなので、あとで思い出す時には、各話、どれがその話だったのか、ごっちゃにしてしまいそうだ。
　すべて、タイトルが先にありき、だったのだろうか。

「警視庁物語　魔の伝言板」

（昭和37年２月28日初版発行）

　表題作と「魔の最終列車」、「白昼魔」の３編を収めた一冊。43字×19行の１段組で、全２１７ページからなる。
　「魔の最終列車」が１ページから６８ページまで、「白昼魔」が６９ページから１２９ページまで、「魔の伝言板」は１３１ページから２１７ページまで、という長さである。シリーズ中、唯一の３編収録、ということだ。しかし、同じシリーズでありながら、急に２段組から１段組に変わってしまうのが、如何にも春陽文庫らしい気がする。ただ、１段組でも特に白さが目立つこともないので、２段組にしていても前２書と同程度の長さになるだけだと思うのだけれど、この体裁の変更は何故だったのだろう。丁度、時期的な端境だったのだろうか。

「魔の最終列車」
　青森発上野行の列車が大宮駅を過ぎた辺りで、連結された郵便車が拳銃強盗に襲われ、三人が死傷し、積み込まれていた銀行の現金が強奪される事件が起きる。唯一生き残った被害者の狂言説が浮上するが、残された薬莢が、前年に京都で起きた銀行強盗と同じことが分かり、捜査方針は大きく変更される。線路脇に遺留されていた血染めの手紙から、一人の男に捜査の目が向けられ、網は絞られていくが、そんな矢先、この容疑者の死体が発見される。男の死は自殺か他殺か、そして、列車強盗の主犯は、この男の周囲にいたのか……。

「白昼魔」
　ナイト・クラブの駐車場に停めてあった高級車セダンを盗もうとしている男を見つけ、誰何した外国人男性が撃たれ、死亡した。犯人は、盗んだ車で逃走したが、手配の網に引っ掛かり、車を乗り捨てて闇に消える。高級車ばかりを狙う窃盗団の犯行と思われたが、犯人を特定する手掛かりに乏しく、車に残された血痰だけが、主たる物証だった。捜査が暗礁に乗り上げる中、大阪で同一ナンバーを付けた二台の車が巡回中の警官らによって発見され、事件は急展開を告げる……。

「魔の伝言板」
　上野でタクシーに乗り込んだ、ジャンパー、レインコート、背広という恰好の３人の男たち。鶯谷付近で車を止めると、彼らは一転して強盗殺人犯に変身した。車を奪って逃げる途中でパトカーに遭遇し、車を見捨てて逃げることになる。しかし、警官たちの早急な手配を受けて、２人が逮捕される。一人はただの運転手だったが、もう一人は黙秘権を行使し、正体を明かさない。連続して起きていたタクシー強盗殺人の犯人は、彼らなのか。お互いの連絡はすべて上野駅の伝言板で行うことを突き止めた刑事たちは、そこをじっと見張るのだった……。

　３冊めになっても、ストーリー展開は全く変わらない。冒頭で犯行シーンを描き、その後で、刑事たちが犯人に迫っていく、という構成である。そうでありながら、冒頭とラストが余り呼応しておらず、しかし、それぞれが如何にも映像的に描かれる、というのも、今までと一緒である。
　犯罪の種類が似ている（「魔の伝言板」は、「逃亡五分前」に続く、タクシー強盗ものである。「白昼魔」は自動車窃盗団の話だけれど、事件そのものが殺人事件で始めるせいか、似た印象を受けてしまうのだ）のは、捜査一課のメンバーを主人公にしようとしている以上、仕方ないのかもしれない。

　続けて読んできて思うのが、ミステリとしての構成が粗い、ということだろうか。
　話を巧みに転がしていく都合もあるのかも知れないけれど、細かいことにはこだわらないで、全体の流れの方を優先するのだ。例えば、「魔の最終列車」であれば、一度、狂言説が浮上するけれど、他により有力な犯人像が浮かび上がると、その後では、全くこの説に触れられることはない。狂言説を検討する刑事たちを、特ダネを得ようとする新聞記者がマークして、新聞社に一報するシーンまで描いていながら、である。
　ジェットコースターのように、全体の流れを楽しむ小説だろうから、こうした部分に留意する必要は余りない気もするけれど、それなら、こうした説を用意する必要もなかったように思うのだが、一般的にはどうあるべきなのだろうか。

　また、ミステリとしての粗さとは直接関係しないことだけれど、偶然を多用したストーリー展開が目立つ気はする。一つの手掛かりを元にした捜査が壁にぶつかった時、全く別なところで手掛かりが見つかったり、新しい犯罪が発生したりして、今までと違った形での捜査活動が始まる、ということが多々あるのだ。現実では、こういったことが普通なのかも知れないけれど、ミステリとしては、余り良い印象は持てない手法だと思うのだが、このシリーズでは、これが普通なのである。
　長谷川が、意識してこの手法を多用していることを白状している文章が、「白昼魔」にある。“犯罪捜査というものは、えてして思わぬところから解決の糸口をつかむものである。しかし、これは、けっして安易な偶然というやつではない。天網かいかい疎にして漏らさずということわざのとおり、警察は緩慢ではあるが、しかしおそろしく確実な足どりで、犯罪者が網の目にかかるような手をうっているのだ。”というくだりだ。天才的な探偵の存在を否定し、警察サイドの丹念な捜査こそが犯罪を解明するのだ、という信念が、作者にはあるのかも知れない。だからこそ、こういった展開が多くなるのだろうし、そういった見方にたてば、作者のこの種の偶然の織り込み方が巧みなのも確かだからだ。本格という角度など、作者には存在しなかったのだろう。
　とはいえ、「魔の最終列車」では、轢死体らしき死体が発見された後で、手掛かりとして、その死体から発見された銃弾に話が急に飛ぶのは、やはり不自然だとは思うけれど。

そんな中、そういったパターン化した展開という印象を回避させるためか、「魔の伝言板」では、事件毎の犯人を示す表を部長刑事が作成し、空欄を少しずつ埋めていく、というアイデアが加えられていく。映像化を前提にしたストーリー（というか、映像にすることで最大の効果を上げるストーリー）、というのが長谷川の持ち味だったと思うけれど、そんな中では初めての、文章になって初めて効果を発揮するネタだったかも知れない（勿論、映像でも表現可能だけれど、今度はどこが埋まったのか、といったことを説明することを考えると、小説での方がより効果を挙げたように思うのだ）。
　ただ、この表を埋めていく行為を“クロスワード・パズル”に模しているのには、ちょっと違和感を覚える。一つ一つの答えを書き込む、という意味では、確かにその雰囲気もあるけれど、途中段階で分かったことをその都度書いておく、というのは、クロスワードのやり方ではないと思うのだが。
　勿論、この当時は、他の用語などなかっただろうし、こういった表現しか取れなかったのは仕方ない気もするけれど……。

　しかし、いつもながら、各話のタイトルは訳が分からない。「魔の最終列車」では、問題の列車が最終列車だとはどこにも書かれていなかったと思うし、「白昼魔」では、何が“白昼”だったのか結局分からなかった（最初の事件が起きたのは深夜の２時である）。「魔の伝言板」の場合は、伝言板が事件のカギを握っていたのは確かだけれど、しかしそれを“魔”と表現するのは違う気がする。せめて、「伝言板の謎」くらいなら、理解もできるのだが。
　この辺の長谷川のセンスは、本当に謎である。

　今回はここまで。以下は、（下）に続く。
　一気に読むからこそ様々なことが分かって面白い、という面はあると思うけれど、さすがにこのパターンばかり続くのもなぁ、と思ったため、ちょっと中断しよう、と考えたためである。

　代わりに、「警視庁物語」のシナリオ集に掲載されている、映画版の「警視庁物語」の作品リストを転載して、本稿の中区切りとしておこう。小説版との比較の意味はあるかも知れない。
　左から順に、作品通番、タイトル、封切年月、小説化の有無（本文庫での巻数）、シナリオ集掲載の有無を示す。

 
　　１．逃亡五分前　　　　　昭和３１年　２月　　２　　有
　　２．魔の最終列車　　　　昭和３１年　３月　　３　　　
　　３．追跡七十三時間　　　昭和３１年　９月　　１　　　
　　４．白昼魔　　　　　　　昭和３２年　２月　　３　　　
　　５．上野発五時三五分　　昭和３２年　８月　　　　　有
　　６．夜の野獣　　　　　　昭和３２年１２月　　１　　　
　　７．七人の追跡者　　　　昭和３３年　６月　　６　　有
　　８．魔の伝言板　　　　　昭和３３年１１月　　３　　有
　　９．顔のない女　　　　　昭和３４年　２月　　２　　有
　１０．一〇八号室　　　　　昭和３４年　６月　　　　　有
　１１．遺留品なし　　　　　昭和３４年　９月　　５　　有
　１２．深夜便一三〇列車　　昭和３５年　１月　　５　　　
　１３．血液型の秘密　　　　昭和３５年　６月　　４　　　
　１４．聞き込み　　　　　　昭和３５年　６月　　４　　　
　１５．不在証明　　　　　　昭和３６年　１月　　　　　  
　１６．十五才の女　　　　　昭和３６年　２月　　６　　有
　１７．十二人の刑事　　　　昭和３６年　９月　　　　    
　１８．謎の赤電話　　　　　昭和３７年　６月　　　　　有
　１９．十九号埋立地　　　　昭和３７年　７月　　　　　有
　２０．ウラ付け捜査　　　　昭和３８年　２月　　　　　有
　２１．全国縦断捜査　　　　昭和３８年　４月　　　　　　
　２２．十代の足どり　　　　昭和３８年　７月　　　　　　
　２３．自供　　　　　　　　昭和３９年　２月　　　　　　
　２４．行方不明　　　　　　昭和３９年１２月　　　　　有

　小説化したものが前半に集中しているのは、ハードカバーの刊行が、そのころで終わっているためだと思われる。

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春陽文庫の長谷川公之を読む（上）

＜今回の前書き＞

「警視庁物語 追跡七十三時間」

「警視庁物語 顔のない女」

「警視庁物語 魔の伝言板」

「警視庁物語　追跡七十三時間」

「警視庁物語　顔のない女」

「警視庁物語　魔の伝言板」