謎宮会 2002/ 5

気まぐれレビュー（５）

本格読みの高城高鑑賞（上）

戸田　和光

＜今回の前書き＞

　今回は、国産ハードボイルドの元祖、高城高でいきます。
　高城については、以前この謎宮会でも「微かなる弔鐘」の感想を書いたことがありました。その原稿で、私の高城観は一通りは語っているつもりです。ただ、その中でも書いた通り、国産ハードボイルド作家の中では、私は高城が一番好きです。そして、“好き”である以上、やはりその作家の作品は一通り読んでおきたい、まして高城のように作品数が限られているのだから読んでおくべきだ、と思ったため、改めて全作品レビューを試みることにしたものです。本格読み（評価の基準を本格ミステリのそれに求めてしまう）に過ぎない私ですが、私なりの高城鑑賞をしているつもりです。
　なお、はっきりしたハードボイルドの定義を私が持っていないにも関わらず、以下の文中でも、“ハードボイルド”という単語を幾度となく使っています。基本的には、高城作品の特徴として使う場合にはその文体を、一般的なジャンルと見た場合には暴力性を秘めた行動派探偵小説を形容するために使っているつもりですが、不自然な場所が残っているかも知れません。予め謝っておきたいと思います。
　作品リストについては、最近の高城のインタビューで知った同人誌に発表された短編を加えた上で、先の感想に付したものをもとに再確認した結果、いくつか作品の漏れが見つかりました。それをもとに再作成し、今回のレビューのベースとしています。これでもまだ漏れがあるかも知れませんが、少しは完全に近づけたでしょうか。
　なお、今回のレビューでは、「微かなる弔鐘」の収録作品と、「墓標なき墓場」は外しています。重複を避けるためと、長編についてはできれば別な機会を持ちたい、と考えたためです。ご理解ください。
　ということで、始めます。

（お願い。
　これ以外の高城作品をご存じの方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せ下さい）

「Ｘ橋附近」

（増刊宝石　昭和30年１月）

　仙台にあるＫ大学に通う学生である私、高城は、病室で同室だった男に頼まれて、妹だという女の所在を確認するための行動を起こす。麻雀店の経営者だった筈の女は、しかしその店を売却して、姿を消していた。僅かな手掛かりをもとに捜索を始めた私の周囲を、怪しい男たちが姿を見せ始める。やがて問題の女を見つけるが、彼女は既に死体となっていた。更に、如何にも一癖ありげな中年の男が、私のもとにやってくる……。

　約60枚の短編。19歳の時に書かれた高城の処女短編であり、新人コンクールに応募されて一席に入賞した作品である。個々の文章の選び方が若干無頓着に感じる部分もあるし、何より、主人公の造形（作者と同名なのはともかく、年代も一緒というのは、このストーリーとは結びつき難いように思うのだが。如何にも大学生の書いた若書き、という雰囲気を感じてしまうのは、私だけか）には違和感も覚えてしまう。
　ただ、センテンスの短い文章をつなげながら、独特の雰囲気を作りだしていく作品世界は、この時点から既に完成していたようには思う。些細なきっかけから大きな事件に巻き込まれていく、典型的な巻き込まれ型ミステリの展開も、この文章で語られると、自然なものに思えてくるのだ。そんな中で、ラストの決着が、拳銃という武器を利用したベタベタなハードボイルド手法になっているのが、かえって興醒めな印象を受ける可能性はあるかも知れない。短い枚数の中で少しばかり風呂敷を広げ過ぎたため、決着をつけるにはこれしかなかったのかも知れないが……。
　活劇場面を彩る“Ｘ橋”界隈をはじめとする仙台の街の描き方も、短い文章で少しずつ点景描写を繰り返しながら、雑多な雰囲気を描きだしているかのようだ（個人的には“仙台線”という表現には違和感を覚えるし、宮城野原まで居眠りをする、というのも不自然に思ったりもしたのだけれど……）。そういった意味では、間違いなくこの処女作から、高城は自分なりのスタンスを確立させていたのは間違いない。
　ただ、この最終章は余り成功していないと思う。“私”の一人称でずっと通した後で、“彼”についてのみ描く章を入れられてもなぁ、と思ってしまうのだ。この人物にも決着をつけたかった気持ちは分かるのだが、ちょっと不自然が過ぎた気はする。――まあ、これも本格読みの読み方、と言ってしまえばそれまでだが。
　昭和62年に刊行された『仙台ミステリー傑作選』に収録されたため、高城作品の中では比較的読みやすい短編かも知れない。代表作とは呼びにくいとしても、高城初体験者には手頃だろうか。

「冷い雨」

（増刊宝石　昭和31年１月）

　私は、仙台に事務所を構える、売れない私立探偵。そんな私の許に、東京の会社社長の木島という男が依頼にやって来る。妹を殺した犯人を見つけてくれ、というのだ。木島の知っていた数少ない知人を手掛かりに、調査を始める私。謎の男たちに邪魔をされながら調査を続けた私は、やがて事件の裏側の人間関係をつかむ。そして、被害者の部屋に残された一枚の絵が、事件を生んだ動機を浮かび上がらせるのだった……。

　約50枚の短編。処女作に続いて、新人コンクールに応募された作品である。前作は入賞したが、特に本誌への原稿依頼があった訳ではなさそうで、作品を活字にするにはコンクールに応募するしかなかった、ということなのだろうか。しかし、この作品は特に入賞はしなかったようだ。
　処女作と比べると、作品的にはまとまっているように思う。文章の雰囲気は変わらないが、主人公を私立探偵に設定し、事件の捜査過程も単純化されたせいだろうか、素直に作品世界に入っていけるからだ。ただ、その設定も、ストーリーの展開も、余りにもハードボイルドの典型的な型に収まっている意味もあって、高城独自の世界とは異質な作品とも言えるかも知れない。ある意味、個性には欠ける一編になってしまった気はしないでもないからだ。暴力シーンも極めて抑えた描写しかしておらず、あくまで主人公の視点を中心にした文章を心掛けているのは分かるのだが。
　仙台を舞台にしているが、前作と比べると市内の描写は少なく、そこを舞台にした必然性は乏しいようだ。この辺り、主人公を探偵にし、その目に映るシーンを中心に据えているがために、幾分ふくらみを欠いたものになってしまった気もする。今回は都会に住む人間を描いたものだから、仕方ないとは言えそうだが。
　解決は、割とトリッキー。構図的にはホワイ・ダニットであり、動機が謎の中心にある訳だが、その動機はなかなか面白かった。ただ、その動機に辿り着く迄の伏線描写がないのは、本格読みにはちょっと淋しかったかも知れない。謎を明かす過程が登場人物たちの会話によるもので、むしろ標準的なハードボイルドの手続きとは異質な気もするため、その辺りのバランスが気になったせいはあるにしても。
　総合的に見ると、面白い短編だと思う。ただ、この種の面白さを高城に期待するかどうか、が評価の境目になるだろうか。そういった意味では、この短編も一種の習作だった気がする。

「火焔」

（文芸首都　昭和31年１月）

　ストリップを上映する映画館に集う、三人の無軌道な若者たち。夜の行動に備えての、時間つぶしだった。そんな彼らのもとに、少年課の刑事たちに映画館が囲まれた、という情報がもたらされる。逮捕された仲間が、洗いざらい自供したというのだ。素直に映画館を出ると、間違いなく補導される。脱出方法を検討する少年たちは、物置の中に無色透明な液体の入ったビンを見つけ、行動に移るのだった……。

　15枚ほどの短編。掲載された「文芸首都」は同人文芸雑誌であり、この頃は北杜夫の小説などが掲載されていた。その中に、一般からの小説や詩の投稿を審査するコーナーがあり、その短編小説の部に投稿され、入選した作品である。末尾に付された批評を読むと、「雨」という短編と同時に投稿され、こちらが入選となったそうだ。「宝石」での受賞歴があったとはいえ、小説掲載の受け皿が少なかった時代だからこそ、高城もこうした投稿をしていたのだろうか……。
　枚数が短かいこともあり、説明は極力抑えられ、雰囲気を伝えることが優先された文章である。厳密に言えばミステリーとは言えないだろうが、高城の目指すハードボイルドの文体を効果的に利用し、追い詰められた少年たちの姿を描いた一幕ものとして、完成された作品になっている。ラストの終わらせ方も、（ミステリとして見ると）中途半端としか言いようがないが、主眼が青春小説にあるのなら、一理ある終幕だろう。
　少年たちの犯していた犯罪についても詳しい描写はないが、そんな中で、彼らの置かれた立場は浮かび上がらせていく。特別な謎も鮮やかな解決もない掌編だが、ハードボイルドが文体の小説でもあるのなら、間違いなく本編もハードボイルドだろう。そういった意味では、強烈な印象を残す作品である。
　本編も、一種の習作になると思うのだが、高城ハードボイルドが完成する過程として、大きな意味を持つ作品なのかも知れない。そんな気がした。
　映画館に閉じた物語であるだけに、舞台となった街はどこでも良いように思われるのだが、やはり仙台周辺に特定できる描写はあったのだろうか。私は気付かなかった……。

「廃坑」

（文芸首都　昭和31年７月）

　地面の下に亜炭の坑道跡が縦横に走る、そんな丘に建つ崩れかけた小さな家に住む３代４人の家族。開墾した土地は接収されてしまい、大豆畑は雨が降るたびに土砂崩れが起こって穴だらけになっていく。貧しい生活から抜け出せない彼ら。炭鉱会社に補償を求めているが、不景気を理由に金はなかなかもらえない。８月のある日、そんな家族に小さな事件が起きる……。

　40枚弱の短編。掲載された雑誌は前作と同じだが、こちらは応募原稿ではなく、一般原稿として載っている。投稿小説の入選者が必ず一般枠に載る訳でもなさそうで、前作の入選のご褒美という訳ではなさそうに思えるのだが、どういった事情があったのだろう。その前後の号をあたってみたが、特別な記載は見つからなかった。
　こちらは、ミステリ的な要素は皆無で、小さな貧しい家族に起きた夏の日の物語を、淡々と語った小説である。勿論、独特の文体は健在で、間違いなく高城の小説、という印象は与えてくれるのだが。
　前作もそうだが、会話を多用し、その言葉に語り手の思いを色濃く表す、という手法を採っている。地の文では細かい描写を避け、ある種突き放したような表現をしながらも、登場人物たちの人間像を浮かび上がらせているのが特徴かも知れない。本編では、更にその言葉として方言を採用しているのだが、風景描写に特定の地域を思わせるものがないため、幾分中途半端な印象を受けた面は否定できない（亜炭は宮城の名産品なので、恐らくこの方言も、宮城近郊のどこかだとは思うが）。
　その一方で、冒頭で描かれる風景は魅力的である。修飾は殆ど行わず、短いセンテンスで一つ一つの点景を描きながら、全景をイメージさせる。ある意味、ハードボイルド文体の魅力というのは、こういった点にあるのかも知れない。これ以降、冒頭が風景描写から始まる作品が増えてくる高城だが、本編がその第一号といえるだろう。
　ストーリーに関しては、明らかに少女が主人公なのだが、描写が省略され過ぎている印象があり、頭がいいのか悪いのか判然としないように感じてしまった。中盤で受けたイメージと、ラストシーンでの彼女が、私の中で綺麗にマッチしなかったのである。勿論、私の読解力不足のせいだと思うのだが、どうしても割り切れたラストを期待してしまうせいか、どちらが作意だったのか、とても気になっている。
　不満もあるが、納得もしてしまう一編ではある。ミステリ路線に進まなければ、高城はこの種の小説を多く書いていた、ということなのだろうか……。

「ノサップ灯台」

（講談倶楽部　昭和33年10月）

　釧路で喧嘩の巻き添えになり、ノサップまで逃げてきた男。知人宅でコンブ漁の手伝いをしていたが、遊びに出た根室の映画館で札幌時代のワル仲間と偶然に出会う。二人は根室に移動銀行が来ることを知り、現金強奪の計画を立てる。襲撃は成功し、歯舞集落で銀行の車を捨ててノサップの町まで逃げてくるが、いくつかの手違いが続き、ついには仲間割れを起こしてしまう。知人の家に戻った男は、翌朝コンブ漁に出るが……。

　50枚弱の短編。唯一の短編集である「微かなる弔鐘」は、昭和３３年から３４年にかけて「宝石」に断続的に発表された６編の短編が収録されているが、ちょうどこれらの収録作と時期的に発表が重なる唯一の作になるようだ。同書に収録されなかったのは、発表誌の違いによるのだろうか。
　根室から納沙布（私は、こちらの表記の方が好きだ。大都市を除くと、高城は地名をカタカナ表記することが多いのだが、そちらの方が身近なのだろうか――）にかけてを舞台に描く、銀行強盗の物語。移動銀行というのが今一つピンと来ないのだが、北海道独自のものなのか、それとも当時は数多く存在していたものなのだろうか。いずれにしても、疾走する密室の中での物語、という性格を有するため、適度な緊張を生んでいるのは間違いない。特に、助手席と後部の窓口部分とに分かれた構造が、重要な構図を生み出しているのがポイントである。
　銀行強盗をテーマにしているが、本編のポイントは犯罪行為にあるのではなく、銀行強盗犯の方にある。従って、ミステリとしての解決を期待して本編を読むと、間違いなく裏切られる。最後まで読んでも、この犯罪には何の解決も与えられないのだ。あくまでも銀行犯の姿に主眼があり、彼は何故銀行強盗を行ったのか、強盗を行った後にどうなったのか、ということに力点は置かれている。但し、それらを具体的には描かず、行動を辿った突き放した描写を通して浮かび上がらせよう、という書き方がなされているのが特徴と言えるだろうか。個人的には、最終章直前での主人公のある行動に納得しきれないものが残ったため、もう少し突っ込んだ描写をして欲しかった、という思いはあるのだが。
　ミステリとして読んだ時、本来は回収して欲しい部分さえ何も触れないで終わらせてしまうので、落ち着かない気分にはさせられるのだけれど、これも高城ハードボイルドの一つの姿なのである。
　北海道に就職してからの作品で、舞台も北海道の街に変わっていく。簡略な中に独特の光景を描きだす、という意味では、北海道の風景は、高城の文章に似合っているのは確かかも知れない。あるいは道東を舞台にしているせいか、時代性を感じない（三十数年前という印象を受けない）のも一因だろうか。

「雪原を突っ走れ」

（面白倶楽部　昭和34年４月）

　北見の興行師の男が殺される。男は、北海道の観光ブームに便乗して、アイヌの娘たちを利用し、金儲けを始めたところだった。アイヌの青年直行が逮捕され、犯行を自供した直行は、終身刑の判決を受け網走刑務所に収容される。二年後の冬、直行は、網走刑務所から脱走する。故郷に帰る途中で捜索する人々に見つかった直行は、雪原の中、故郷を目指す。一方、直行の脱走を知らされた故郷の部落では……。

　60枚弱の短編。今回のレビューでは倶楽部雑誌の収録短編が続いた形になるが、この間には「微かなる弔鐘」に収録された作品が書かれており、本当に連続した訳ではない。
　あらすじでは時系列に従った書き方をしているが、冒頭で直行の火葬シーンが描かれており、脱走した直行が最後にどうなるかに関しては、最初から明らかにされている。そういった意味では、本編もミステリ色は薄く、事件そのものを描きたかったのではなく、事件を起こした青年の姿を描くことに主眼があったのだろう。本編では、主人公がアイヌ青年であることをはじめ、アイヌの火葬シーンが描かれたり、事件の背景にアイヌを観光資源として利用しようとする興行師を配置するなど、徹頭徹尾、アイヌの風土や人々を描くことに力点が置かれている気がする。そして、その意図は、十分に達成できているとは思うのだ。
　ただ、東京生まれであるせいか、あるいは時代が変わってしまったせいか、北海道には昔からアイヌ民族がいて、北海道の地名の多くはアイヌ語に由来している、という知識しかない私には、この小説で描かれるアイヌ人たちの葛藤は理解できるけれど、それ以上の言葉は出ない、というのも正直な気持ちである。この程度の感想では、作者がこの小説で書きたかったことの半分も読み取れてはいないのだろう。実際、この小説の舞台である部落は、“Ｋ湯”のそばにある、としか表記されていない。立地的には、どうみてもこれは川湯のことだと思うのだが、それが伏せられているのだ。具体的な地名を使用することが多い高城が敢えて仮名を使っていることに、何らかの意味があるのだろう。しかし、その理由は、私には想像がつかないのだ。情けないが、許してもらうしかない。
　実は直行は無実であり、それなのに犯行を自白した理由は何か、とか、如何にして脱獄を成功させたのか、とか、話のポイントは他にいくつかあるのだけれど、そちらの方は良くも悪くもちょっと霞んでしまったように思えるのが正直なところか。脱獄の手法など、書き方によってはより興味深いものになったと思うのだが、これを生かすには、この小説の設定は不向きだった気もしてしまうのだ。
　これ以降も北海道を舞台にした小説が続くが、アイヌを取り上げた小説はこの作品しかない。書きたかったことは本編で書き尽くした、ということなのだろうか……。

「アイ・スクリーム」

（宝石　昭和34年５月）

　釧路のキャバレーでサックスを吹く町田は、些細なきっかけから、その店に客として来た３人の男と知り合う。一週間後、そのうちの２人が訪ねてきて、もう一人の男を知らないか、と聞かれる。３人で稼いだ金を一人で持ち逃げしたというのだ。やがて、同じキャバレーに勤めるダンサーのルミ子からも、男から金を取り戻したい、と相談を受ける。彼らはどうやって金を稼いだのか、そして男はどこに消えたのか……。

　約50枚の短編。短編集に収められた最後の短編「微かなる弔鐘」の次に、「宝石」に書かれた短編になる。
　エンディング近くのシーンから書き起こすが、すぐ事件の始まりの場面に戻り、改めて物語を語り始める、という書き方がされている。前作もそうだが、高城にはこのパターンの作品が多く、全体の半数以上を占めているのではないか。ミステリの趣向として考えると余り効果的なものにはなっていないことが多いように思うのだが、この書き方を採用することで、印象的なシーンから始めることができ、ストーリーに鮮やかな背景を提供することを可能にしているのも間違いない。本編であれば、雪に埋もれた上尾幌の国有林の風景描写から書き出すことで、小説としての美しさを生んでいる訳だ。
　サックス吹きが主人公になっているけれど、腕力にも自信があるせいか、一癖ありそうな男たちの中にも平気で調査に向かう。この辺りは典型的なハードボイルド手法で、文体だけの乾いたタッチに収まらない作品世界を築いてはいる。
　ただ、この小説で私が一番面白かったのは、この時代の北海道だからこそ可能だった、２つの金儲けの手段だろうか。違法行為と関係者皆が承知していた上で、ある意味黙認する犯罪を描き、それを通してあるローカル地方の雰囲気を描くことに成功しているように思えたからだ。
　ただ、こういったことを全て主人公の視点で淡々と進めてしまったがために、ミステリ的には不自然に見える個所もいくつか生じてしまった。二つめの犯罪を主人公が暴く部分はやはりちょっと推理が飛躍している気がするし、共犯の二人が二つめの犯罪に加担したのが何故か十分に説明されていないため、気になって仕方がない。尤も、その不自然さを覆い隠すのがラスト・シーンの哀しさであるのも間違いない訳で、こういったことを考え合わせると、本編はオーソドックスなハードボイルドでありながら、もう一つの高城の持ち味であるだろう“情感”の要素が適度にブレンドされた、乱歩の言う“ロマンチック・ハードボイルド”の典型ではあるのだろう。
　タイトルは、そのラストに関わるダブル・ミーニング。ただ、途中段階では、何が何だか分からないタイトルなのも確かか。

「死体が消える」

（『ポケット・ミステリィ』　昭和34年７月）

　炭鉱の坑夫である浩一は、小林という恋仇である大卒の電気係を殺した。スト中に、ピケ係という立場を利用して、保守係として入坑してきたところを殺したのだ。今は使っていない坑道に死体を遺棄した日の夕方、自分の入坑証を死体に残して来たことに気付き、慌てて取りに戻ったが、何故か死体は消えていた。死体が生き返ったのか。不安にかられながらも仕事に戻った浩一の目の前に……。

　約15枚の短編。収録された『ポケット・ミステリィ』は書き下ろしのアンソロジーであり、約２０編の短編が収録されていた。当時の新人作家が中心となった、昭和３０年代としては珍しいタイプのアンソロジーだったと思われる。中島河太郎編となっているが、当人はその存在を全く知らず、勿論編集も行っていなかったというのは、このアンソロジーのことだったろうか。
　鉱山を舞台にした倒叙タイプのミステリであり、ハードボイルド味は薄い。また、ストーリーの半分余りは、主人公が殺人動機を抱くまでの心の動きと犯行のシーンの描写に費やされ、残りの半分ほどで主人公の不安な心情と意外なラストを描きだす、という構成になっており、むしろサスペンスが前面に出た作品と言えるだろうか。ラストの強烈なオチとのコントラストなど、ショートショートの切れ味も感じさせてくれる。
　死体消失の真相も、（半ば偶然に頼った面があるものの、）トリッキーな演出が凝らされており、一種の本格味も感じさせる。枚数が短く、与えられた中でストーリー性のある物語を書くのは困難だと考えたせいもあるのだろうが、全体的に、日頃の高城らしさは薄いように思われる。
　そんな中でも、文体はいつもながらのタッチだし、鉱山内の情景描写にも力があって、高城ならではの雰囲気は感じさせてくれる。中盤でストーリーを展開させるにあたって、ハードボイルド・タッチの突き放したような文章が、主人公の犯罪を浮かび上がらせることに成功している印象さえ受けるほどだ。内容にまで冒険活劇を求めない方が、高城には似つかわしいような気もする。
　厳密に言えば、真相を明らかにする際、神の視点で語られてしまうのがあっけない気はした。枚数が制限されていたせいかも知れないが、普段は本格タッチの構成を採ることがないせいか、一番安易なやり方をやってしまったようにも思えてしまうのだ。尤も、こんなことを気にするのは、私みたいな本格読みくらいだろうとは思うのだが。

「暗い蛇行」

（宝石　昭和34年10月）

　バーの女給信子のパトロンの那須は、イトウ釣りに出たまま戻って来なかった。同行した下山は、イトウ釣りに夢中になっている間に、知らぬうちに那須の姿が消えていたことを告げる。翌日、那須の死体が発見される。悲しみにくれる信子に、那須の経営する会社の事務員だった男が、不思議な事実を告げる。疑問にとらわれた信子は、心当たりに聞き込みをするのであった……。

　50枚弱の短編。物語に入る前にイトウ釣りの魅力を綴った新聞記事が挿入されており、一風変わった印象を受ける作品ではある。
　内容的には、あらすじに書いた通りの物語であり、高城のミステリとしては、かなりストレートな印象を受ける。女主人公の行う調査についても、むしろ淡々とした印象があって、独特なタッチは余り感じられなかった。あるいは、これは女性が主人公だったからだろうか。
　そんな中で唯一高城らしさを感じたのは、やはり、下山が信子に語った、釣りのシーンだろうか。釣りの舞台となった幌呂川の風景描写を交えながら、いつもながらのタッチを見せてくれる。男を描くのがハードボイルドだ、という気は全くないけれど、少なくとも高城の場合、女性を描く時よりも男性を描くシーンの方が筆が伸び伸びした感じがするのは確かだと思う。
　ハードボイルドの印象が薄いせいか、本編では、ミステリ技法上の問題が少しばかり気になった。改行等を交えずに場所や時間に関して大きな転換を多用するのが、高城ミステリの一つの特徴であろう。基本的に、短いセンテンスで畳みかけるような描写を続けるのが作者の文章なので、普通ならばこうした画面転換の行い方も大して気にはならないのだけれど、本編の場合、結果的に、フェアかアンフェアか、という問題に関わる部分にも同様の書き方がされているために、余計違和感が残ってしまったのは間違いない。
　そういった訳で、異色作と呼びたいような作品ではあるのだけれど、ラストシーンについては、独特の情感を取り戻し、いつもながらの高城ワールドを見せてくれる。こういった部分を読んでしまうと、このラストシーンを書くためにそれまでのストーリーを組み立てているんじゃないか、という気さえしてくるのだった。

「汚い波紋」

（増刊宝石　昭和34年12月）

　北日タイムス釧路支局に勤める工藤は、顔見知りの女給の幸子から人探しの相談を受ける。親友の梨枝が二日前の夜から帰って来ない、と言うのだ。記事に出来る可能性を考えながら、工藤は心当たりの店を回り、姿を消す前後の梨枝の行動を追う。最近、梨枝は金遣いが荒く、また数人の男と親しくしていたらしい。酒に酔って川に落ちた、という見解が有力となった矢先、梨枝の溺死体が河口に上がる……。

　約60枚の短編。「11人の新鋭推理作家」という特集に掲載された作品である。
　新聞記者の一人称で語られる、人探しのミステリ。会話を主体にした捜査行動を行う中で、次第に姿を消した女の正体に迫っていく、という構図であり、標準的な新聞記者小説かも知れない。「冷い雨」のような、比較的オーソドックスな暴力なきハードボイルド、という雰囲気を感じさせる。
　途中、明らかに違法行為を行う個所があり、しかもその状態でちょっとした活劇が始まるのがご愛嬌で、無理にハードボイルドらしさを演出するかのような辺りが微笑ましい。結局、消えた女性の裏側を探る、というスタンスの一環なので、ここまで派手な演出は必要なかった気もするけれど。
　少しばかり気になるのは、人間像を辿っていくストーリーを基調にしたハードボイルドタッチの展開だった筈が、最後になって犯人探しミステリになってしまう点だろうか。最後の真相を語るにあたって、前半のあるシーンが伏線になっていることが分かるようになっており、最初から予定された結末だったとは思うのだが、それまでの流れからすると、バタバタと急に話を片付けだした印象を受けてしまったのだ。話のポイントがどちらにあったのか、曖昧になってしまった様にも思えてしまう。良くも悪くも、途中まで快調に話が進むだけに、ラストのアンバランスさが気になるのだ。
　釧路の情景描写もこの小説では少し抑えめで、むしろ、新聞社の一地方支局（通信部に毛の生えた規模の支局）の描写の方が冴えているような気がする。尤も、読み方を間違えているせいかも知れないが。

「海坊主作戦」

（アサヒ芸能　昭和35年２月28日）

　ＣＩＣのスパイである星野は、ソ連のスパイが北海道にある米軍のレーダー基地の情報を収集し母国に伝えようとしているのでそれを予防せよ、との指令を受ける。データ量が多いため連絡員が直接手渡す筈だ、というのだ。“海坊主作戦”と名付けられたこの作戦に対応するために稚内に入った星野は、独自の行動を開始する。実は、星野はソ連の二重スパイであり、この作戦の中心人物でもあったのだ……。

　約50枚の短編。週刊誌に読切ミステリーとして掲載された作品である。週刊誌の性格によるのか、最初のページに書かれた見出しで“二重スパイ事件”と明らかにされてしまっている。そのため、上のあらすじでも書いてしまったが、本当は伏せるべきだった気もする。この前提を知らないと、途中までは、ホワット・ダニット（何が起きているのか）の興味で読めるのは確かなのだ。
　あらすじでも分かる通り、ストーリー自体は典型的なスパイ小説である。スパイ間の裏の抗争が成功するか失敗するか、が描かれていく。ハードボイルドとスパイ小説の関連がどういったものであるか知らないけれど、高城が文体重視のハードボイルド作家であることを考えると、この組み合わせ自体は、それほど意外ではない。実際、会話と短いセンテンスによってストーリーを展開させる手法は、他の作品群と全く違いは感じない。そこで描かれるのがスパイ活動であるだけなのだ。東西の対決という構図がすっかり過去のものになってしまい、説得力が薄れてしまったのは確かだとしても。
　片方の組織を騙しながら、もう片方の組織のために行動する辺りの展開は、なかなか面白い。特に、ロシアの連絡員を襲う個所など、どのように話を進めるのか、手に汗にぎる展開を見せてくれる。個人的には、ラスト近くにある、ちょうど逆の立場の二重スパイを特定する際の論理展開が駆け足に過ぎるのが惜しまれるが、これは短編である以上、仕方ないことだろうか。
　ラストシーンの舞台となる稚内近くの海岸の風景描写を、冒頭で行う。いつもながらの手法であり、その描き方は美しいと思うのだが、フラッシュバックして急に札幌のシーンに戻るのは、何回読んでも慣れない。時制をフェアに描かなければいけない、本格ミステリの手法に毒されているのだろう。

「追いつめられて」

（宝石　昭和35年６月）

　晩秋のある日、網走の一角にあるホテルに、少しずつ、訳ありげな男と女が集まってくる。副支配人として一ヵ月前に来た男、一週間の間全く外出をしない宿泊客、バーに勤める女……。更に、札幌からも、人々を見張るように男がやってくる。皆、今日網走刑務所から出所してくる男を、それぞれの思惑で迎えようとしているのだ。三年前、男が入所した事情は何だったのか、そして、今日の騒動はどのように決着がつくのか……。

　約50枚の短編。雑誌「幻影城」の高城高特集のときに再録されたうちの一編だった筈であり、入手はそれほど困難ではない筈である。
　事件らしい事件は起こらないのだけれど、それぞれに違う思惑を秘めた登場人物たちのやりとりを描いていくことで、その裏側にある事件を浮き彫りにしていく、という手法が採られている。
　ラスト近くで、少しだけ活劇めいたシーンは描かれるけれど、それはあくまでもラストシーンに向けてのアクセントに過ぎず、全体的な雰囲気は、むしろサスペンスの印象が強いようだ。少なくとも中盤までの盛り上げ方は、間違いなくハードボイルドの文体で書かれたサスペンス、という気がする。
　そして、人物を集め、話をどういった形で終わらせるのか、という期待を持たせた瞬間に、情感たっぷりのシーンで、あっという間に終わらせる。それまでの話の盛り上げに寄与していた人物たちをすべて切り捨て、ラストシーンを成立させる、最低人数だけの物語に変えてしまうのだ。この辺の話の構成のしかたが、作者ならではの手法だろうか。特定の人間性を強烈に描くことを、全体の帳尻合わせに優先させるのである。
　この短編では、ラストシーンにだけ登場する出所したばかりの男の存在感が物語を引き締めることに成功している。その際の小ネタは使い古されたテーマになってしまうのが気になるのだが、これは今読む人間ならではの感想だろうか。当時、特にハードボイルドには珍しいテーマだったのかも知れない。
　網走が舞台の、珍しい一編。尤も、作品の舞台としてよりも、登場人物の背景描写の意味をまず持ってしまうのが、この街の弱点かも知れない。

「踏切」

（宝石　昭和35年11月）

　麻薬取締官の私は、出張から帰った日に、ある情報屋から、町田という男が麻薬を欲しがっていた、という話を聞く。同時に、麻薬中毒にかかっている高田と名乗る女が、医者を騙して麻薬を入手した事件を追うことになる。取り調べを開始するが、町田という男は既に列車に轢かれ死んでいた。一方、高田と名乗る女を追った私は、彼女の身元を突き止める。女を病院に送ることに成功した私が、次に行ったのは……。

　約60枚の短編。鮎川哲也編の鉄道アンソロジー『急行出雲』に収録されたため、比較的容易に読める一編である。かくいう私も、最初に読んだ高城作品は本編になる。尤も、轢死体が出てくるというだけであり、鉄道ミステリの要素は薄いのだが、そこに期待しなければ楽しめる作品ではあるだろう。
　一人称で語る今度の主人公は、麻薬取締官である。結果的に殺人事件も解決する役目を与えられているため、それこそ事件を追うだけであるなら新聞記者などにしておく方が自然だった気はするのだが、その設定だとラストシーンが生きないのは間違いない。事件は解決するが、その先に新しい事件が始まることを暗示するエンディングは、この主人公造形の効果だった気がするからだ。
　やはり本編も、このラストシーンから組み立てたストーリーの様な印象を受ける。破綻までは感じないにしても、主人公が追う二つの事件の交差の仕方は、安易といえば安易な気を受けるからだ。ただ、そんな時に、高城の淡々とした語り口は効果的かも知れない。心の内面の描写を極力抑え、実際の会話や行動だけを描いていくために、知らぬ間に糸が一本にまとまっていた、という気にさせられるからだ。作者が意識して行っていることではないと思うが、印象を良くする一つの要素ではあると思う。
　主な舞台は、札幌である。南八西三、といった住所表示が、都会的なハードボイルドには奇妙にマッチしている気はするから、今回のような麻薬の事件には相応しいのかも知れない。ただ、もう一つの舞台になる江別については、風景描写が中途半端に古びてしまっており、いつもの乾いた表現が楽しめなくなってしまった気はする。札幌の近郊は、この３０年余りで一番変貌してしまった、ということなのだろうか……。

　以上、とりあえず昭和３５年の発表で区切ってみました。それ以降の作品は、引き続き（下）でレビューして行きます。
　今暫くお待ちいただければ、と思っております。

[UP]

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