謎宮会 2002/6-7

気まぐれレビュー（６）

本格読みの高城高鑑賞（下）

戸田　和光

＜今回の前書き＞

　続いての後半編です。
　能書きは省いて、早速いきましょう。

（お願い。
　これ以外の高城作品をご存じの方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せ下さい）

「凍った太陽」

（宝石　昭和36年６月）

　映画宣伝会社に勤める岡田は、上司から、あるトラブル対応のために札幌に来る映画会社の課長をサポートせよ、という業務命令を受ける。先日披露公演に来た俳優の一人が、その際の女性関係をネタに恐喝されているというのだ。来道した課長は、由利という女性を連れていた。偶然だが、その女は岡田の知り合いであった。課長の指示で、恐喝犯を探し始めた岡田だったが、その彼の前に、次々と新しい事件が起こってゆく……。

　 100枚余りの中編。書き下ろし長編を除いた高城の中短編の中では、「微かなる弔鐘」に次ぐ長さではなかろうか。
　その長さを支えるかのように、次々と新しい事件が起こり、それらが複雑に絡み合いながら、着地点に向けて展開していく。先の読めない面白さに溢れた一編である。
　犯罪に関しては素人の男を主人公に設定したため、捜査過程での不都合もいくつか生じているが、それに構わず強引に進めるのが、この種のハードボイルドのお約束なのだろうか。一般人の知りえない重要な情報を知ることができるように、飲み屋での知り合いに新聞記者がいるという設定にしてあり、配慮は感じるにしても――。ただ、ラストで主人公の捜査結果に関わらず犯人サイドにも動かざるを得ない要因があったことが明かされ、その種の矛盾を解消しているのは、当然ながらうまい。
　途中までは（暴力は皆無であるにしても）普通のハードボイルドだったのが、ラスト間近の章で追跡行が始まるとともに、高城流ハードボイルドの雰囲気が強くなる。ある重要な登場人物を今更のように登場させる辺りには苦心の跡も見られるが（その一方で、その男を犯人がよく知っているのは何故だったのだろう？）、札幌市内を離れ、石狩河畔を舞台にした解決の章では、いつもながらの風景描写を含めて、高城ならではの展開を見せるのである。これまでの謎をすべて解決させるために主人公が少し喋りすぎるのは、仕方がないのだろう。
　そして、ラスト。そうか、そう終わらせるのか。ラストシーンの情景を優先するとこう処理するのが最善なのかも知れないけれど、個人的には、この種のエンディングは苦手である。尤も、この終わらせ方を高城以外の人が書いたら、より納得しにくくなる気もするので、高城流のタッチで描かれたからこそ、それほどの違和感なしに受け入れられるのかも知れない。
　中盤で明かされるが、主人公である岡田・由利のコンビは、出世作である「賭ける」に登場した二人である。あらすじで、ストーリー展開に余り関係しない記述を入れたのは、そのためである。中編のアクセントとして語られる主人公の暗い過去に都合が良かったのかも知れないけれど、彼らの事件の「その後」を垣間見せる、珍しい作品でもあるのだ。その点を含めて、中期の代表作と呼んでもいいかも知れない。

「ある誤報」

（宝石　昭和36年12月）

　不二新報の警察回り記者三津田は、キャップが留守の夜、強盗傷害事件の一報を他社に先んじて入手する。各所への取材手配も順調に進み、自らはその夜にもう一件発生した死者２名の火災事件の取材にも走ったものの、翌日朝刊の速報では勝利を収めた。続報となる夕刊でも勝利を収めたいと考えた三津田は、現場の不自然な状況に着目し、まとめ上げた推理を所轄署の署長にぶつける。その反応を見てスクープを書き上げたのだが……。

　40枚余りの短編。タイトルからも分かる通りの典型的な新聞記者ものであり、ハードボイルド味は殆どない。高城の場合、新聞記者になる前に小説デビューしており、その時点から既にその文体はほぼ完成していた訳だけれど、考えてみれば、センテンスの短いその文章は、新聞記者の書く文章と一脈通じている気もする。少なくとも、事件取材記者と分類される記者の場合には。
　この物語が最終的に誤報となる取材活動を描いているのは、そのタイトルから明らかなのだが、その誤報を生むに至る背景として、設定に様々な伏線を引いていることが読み取れる。自社のキャップが不在で当夜は自分がキャップ代理を務めているとか、他社のキャップとは同年令だとか、他社に先んじた情報は自らが拾ったとか……。当日の夜に２件の事件が起きていたことや、その片方が比較的地味な事件だったことも、その一環といえるだろうか。
　そういった意味で、前半の新聞記者の行動を描いた部分は、手に汗握る展開でもあり、面白く読める。新聞記者でもある高城ならではの、舞台設定の妙を感じるからだ。更に、当然の結末であるにしても、ラストシーンはなかなか強烈である。
　ただ、だからこそ、誤報と判明する最後のシーンが急ぎ過ぎになってしまったことが気になった。この小説の場合、誤報を生む過程にポイントがあり、真相はどうでも良い面もあるが、それを明かす部分が余りに説明的になってしまった印象がしたのである。尤も、これは最初から誤報だと分かっているために感じたものかも知れず、タイトルに“誤報”を謳っていなかったら、より緊張感を保てた気もする（それとも、先に書いた通り、本編は誤報を生んだプロセスを楽しむ小説として読む作品なのだろうか？）。
　シリーズ・キャラクターを殆ど持たなかった高城だが（唯一の例外が、前作に登場した人物だろうか？）、後期作品で出てくる新聞社は、大半が不二新報に揃えられている（本編の前後に刊行された唯一の長編「墓標なき墓場」に出てくるのも、この新聞だ）。高城が遊び心を持ち始め、楽しみながら書くようになっていた証明かも知れない。

「風への墓銘碑」

（エロチックミステリー　昭和37年６月）

　新聞記者の三輪は、招かれた醸造元での宴席で、お互いヒマを持て余していた顔見知りの喫茶店マスターの工藤から、彼の過去について告白を受ける。ＣＩＣで働いていた時に関わった仕事に関係した、最近話題となっているある事件の背景に関したことだった。その数日後、工藤が水死体で発見される。前夜、店が終わった後に、花札をしに行くと言って出て行ったらしい。事故死かと思われたが、三輪は不自然なものを感じる……。

　30枚余りの短編。新聞記者の視点に立った小説だが、元ＣＩＣの男などがからみ、枚数の短さの割りには、鮮烈な印象を受ける一編ではある。
　過去の事件というのは、小説中では「福島事件」とされている、列車転覆事件である。このような事件が実際にあったものかどうか分からず、辞書で調べてみたのだが、同名の事件は見つからなかった。架空のものなのか、名前だけ変えているのか、ちょっと気になっている。勿論、本編の場合、主人公の過去に強烈な陰影を与えるためのものであって、現実に立脚している必要はないとは思うのだが、本編では、この事件についてこの後言及されることがない（こちらの事件の真相については、全く語られない）だけに、もう少し違った処理の方法はなかったのかな、と思ってしまったせいである。
　高城小説の典型として、変死事件の真相については明らかにされない。半ば世を捨てたような男が何故死ななければならなかったのか、という謎に対して、殺人事件だと判断した三輪は警察に食らいつき、ある不自然さをもとに捜査を始めるのだが、その矢先に早々と挫折してしまうのだ。そして、それで物語の幕は下りてしまう。そういった意味では、告白を受けたことで一層の友情を感じ、警察を追うように捜査を始めた新聞記者が自分の限界を悟って呆然となる、というストーリーにも見える。
　ただ、本格読みの業なのか、いくつかの些細な表現をつなぎ合わせていった先に、変死事件の真相に関しての作者の意志を感じてもしまうのだ。証拠の有無は別として、真実はこうだ、という雰囲気を行間に感じるのである。――ただ、それ故に、逆に、作者は何を考えていたのかが分からなくなってしまったのも否定しない。こう読んだのは私の勘違いであって最初から記者には挫折させる予定だったのか、それとも、何故この犯罪が起きたのかを明らかにすると枚数が足りなくなってしまうので、無理を承知で物語を途中で切ってしまったのか……。プツリ、と物語が突然切れてしまった印象が残っただけに、なおさら気になってしまったのかも知れない。それとも、ハードボイルド読みには当たり前の構成なのだろうか。
　舞台は根室。例によって、冒頭の花咲港の描写は鮮やかである。この描写のために、更に枚数不足に拍車をかけてしまったのかも知れないけれど。

「札幌に来た二人」

（宝石　昭和37年６月）

　千歳空港から札幌市内に向かうバスの中で、隣席になった男と女。女は東京時代の恋人に会いに来たもので、一方の男は、十年前に左翼の党に所属していたとき、警察にアジトの情報を流し、その混乱の中で恋人を射殺した男への復讐を果たしに来たのだった。彼はターゲットの３人の男に、当時は仲間のためにと考えて、自らが犯人として入獄したのだと告げる。狙われた男たちと、男女２人の思いが交錯した時に、ある事件が起きる……。

　約50枚の短編。シンプルなタイトルだが、そこから連想されるようなストレートな恋愛ものではなく、都会的な犯罪が生み出した、ごく普通のサスペンスである。それならこんなタイトルをつけなくても、と私などは思ってしまうのだが、高城にとっては“札幌”という土地は普通の都会であり、東京人が考えるような雪深い北国ではないのだろう。
　前作と同様に、この小説でも事件は解決されないままに終わる。十年前の事件の真相に関して、真実の半分は明らかにされるけれど、残りの半分は暗示されることさえない。あくまで、ストーリーの中心は当事者である５人（もう少し限定するなら、３人と言うことも可能か。もう一人重要な脇役がいるので、６人とも４人とも言うべきかも知れないけれど……）の心の動きにあり、事件は、その葛藤を生み出すきっかけの一つに過ぎないのである。
　そうはいいながらも、事件に区切りはつけられる。つけられるのだが、この区切りのつけ方に落ち着かないものを感じてしまうのは、私だけだろうか。そのシーンは、あくまでも主人公たちの思いが交錯したために生まれたものであり、過去の事件に区切りがついたのはその結果に過ぎない、と私は読んだのだが、ひょっとすると、事件の区切りをつける方にポイントがあったのだろうか、という気持ちにもさせられるからだ。この辺り、私がこの種のハードボイルドを読み慣れていないからだ、と言われたらそれまでなのだが。
　あるいは、最終章で語られる、本筋とは全く関係がないようにみえる会話が、重要な意味を持っていたのだろうか？　だとすると、かえって逆効果であり、むしろスマートさとは縁遠いエンディングになってしまった気もする。ここから連想されることが真実であるなら、余りにも救いがなさ過ぎるようにも思うからだ。最終的には、作者に真意を聞かないと分からないのかも知れないが……。
　ラストシーンの言葉の裏側に思いを馳せたり、読み終えて、いろいろ考えたくなる小説ではあったから、作者の意図は果たせているのかも知れないけれど。

「気の毒な死体」

（漫画読本　昭和37年10月）

　帯広市の郊外にある愛国という部落で、雑貨屋を営む老女の死体が発見される。金貸しも営んでいたが、恨まれるほどのことはなかったという。死体には首を締めた跡があったが、その他にもう一つ索溝の跡が残っており、死因がはっきりしない。死亡の前後に被害者と接点を持っていたと思われるのは、４人。容疑者でもある彼らが、それぞれ前夜の出来事を語っていく。さて、事件の真相は何か……。

　20枚弱の短編。犯人当て（真相当て）として書かれた作品であり、解決編は翌月に掲載されている（だから、正しくは、昭和37年10月～11月、とするべきなのかも知れない。慣習に従って、10月と書いているのだが）。高城の作品の中では、唯一、本格仕立てで書かれた作品と言えそうである。
　形式の問題以上に、与えられた枚数が少なかったせいか、情景描写に費やされる文章も殆どなく、特異な土地に現場を設定している割には、特にそこを現場にした必然性は薄いようだ。地名が動機を暗示する、ということでもなかった。
　また、死体発見の現場を丁寧に描き、人物関係を描き、それぞれの人物に動機を与えた上で、犯行当夜の出来事を語らせる、という手続きを踏んでいるため、いつもの高城らしい文体も、殆ど見られない。その分、努めて正統的な犯人当てにしよう、という努力の跡は感じる。
　真相は、それなりに考えられたもので、意外性も感じられる。ただ、その真相に見合う伏線描写が十分にあったか、と言われると、ちょっと否定したくなる印象も残る。与えられた情報の中で合理的な回答を与えようとしたらこの回答しか残らなかった、と言う方が正しいように思われるからだ。短編で犯人当てを書こうとした以上、仕方ないのかも知れないけれど、個人的には、本格として評価する気にはなれなかった。
　やはり、この作品の価値を決めるのは、そのタイトルだろうか。ある意味で、真相を最初から明示しているものだからだ。読み終えてからタイトルを振り返り、ニヤリと笑うのが、正しい鑑賞法のような気がする。
　舞台となる“愛国”は、その昔、「愛の国から幸福へ」という切符で有名になった駅のある集落だと思われる（なお、幸福も帯広市内にある）。当時は単なるローカル駅だったと思うのだが、この種の一幕の殺人劇の舞台にこんな場所を使ったことには、笑うしかない。間違いなく異色作であり、らしからぬ作風を楽しむ作品なのは間違いないだろう。

「父と子」

（宝石　昭和37年10月）

　由利は、一ヵ月一緒に北海道を旅行して来たピエールが、アメリカから商談の相手を呼び出し、明日交渉を行う予定でいることを知る。知り合って間もない頃、新聞を読んで、ある商売が出来ることを思いついたピエールが、取り引きの材料を母国フランスから送らせていたのだ。実はピエールはパリのギャングであり、由利はそれを承知で近づいていたのだった。取り引きの材料を横取りしようと画策した由利だったが……。

　約40枚の短編。……と書き出して、実はこの後どう続けようか、迷っている。
　上のあらすじでは取り引きの材料とだけ書いているけれど、これが実は何なのかは、中盤でほぼ明かされているのだ。従って、これを書いてもネタバレとは言えないし、逆にこれを書かないと、この小説は何が面白いのか、あらすじだけを読んでいる人に伝わらない可能性も高い。
　ただ、この品物が何なのか、がそのまま特徴あるラストシーンに直結しているため、こんなところで明かしてしまっていいのか、個人的に自信が持てなかったのだ。
　一言で言ってしまえば、本編にハードボイルド風味は薄い。勿論、いつもの高城の文章だし、ピエールの正体や、横取りを企む人々の活動など、素材的には、まさしくハードボイルドのエッセンスは揃っている。しかも、鮮やかな反転をみせるのは最後の一章に入ってからであり、それまではいつもの調子で進むのだから、尚更だろう。しかし……。
　個人的な印象を言ってしまうと、本編は、ハードボイルドある前に、一種のパロディなのだろう、と思っている。より正しく言うなら、本歌取り――ある先行作品への高城なりのオマージュ、とでもなるだろうか。そして、それを象徴しているのが、ラスト前に交わされる、ある登場人物の言葉なのかも知れない。そして、その言葉を読み、ラストシーンを見た後で、改めてこのタイトルにも思いを馳せることで、高城がこの小説に込めたものを推測するのが本編の正しい鑑賞法のように思ってしまったのである（尤も、私のような読み方をしてしまった場合、前半の構成が最善だったのか、疑問も感じてしまうのだけれど……）。
　続けて高城作品を読んで来たがための、必要以上の思い込みなのは間違いない。また、私がこの種のテーマ設定に弱いのも否定しない。ただ、それを承知の上で、高城ファンの人が本編を読む場合には、必要以上の前提知識なしに読んで欲しいな、とは思ったのである。
（蛇足だが、あらすじに名前を出している由利は、“あの”由利である。そうか、彼女はこんな道を歩き出したのか……。彼女を登場させていることにも本編に対する高城の愛着が現れている、と言ったら極端だろうか。いずれにしても、高城ファンには是非読んで欲しい一編なのは間違いない）

「風の岬」

（エロチックミステリー　昭和37年11月）

　台風を間近にして、強風が吹き荒れる襟裳岬に、一人の女が佇んでいる。そして、札幌市内からその襟裳岬に向けて疾走する、一台の車があった。乗っているのは二人の男。運転する男の妻は、助手席に座る男と恋仲になっていた。その妻からの呼び出しを受けて、男は愛人を連れて襟裳岬へ走りだしたのだ。車の中で語られる、男たちの葛藤。波と風に洗われる海岸道路を、男たちは無事に岬に辿り着けるのだろうか……。

　約30枚の短編。ロードムービーという映画のジャンルがあるらしいが、本編はその小説版であり、全体の８割は、車中の男たちのシーンを描いている。
　余裕すら感じさせる男と、相手の真意が分からずに不安を感じながら受け答えする男。立場の違いを浮かび上がらせる男たちの会話が、ストーリーを進めていく。男の余裕を表すかのように、車が走り抜ける札幌～千歳～鵡川～門別～静内～浦河～様似～襟裳というルートの沿線の街について相手に話しかける姿も、物語の緊張を高めているかのようだ。自然な風景描写と相まり、こういった先の読めない展開に、高城の文体は相応しいように思われる。
　そして、ラストの寸前に、一つのクライマックスを迎える。そうか、この物語はここに帰着するのか、という、予想通りのような、あるいは裏切られたかのような、不思議な思いに捕らわれる一瞬である。途中の小さな表現がこの瞬間の伏線になっていることが分かるのも、面白いところか。
　気になるのは、岬に佇んでいた妻の心理が伝わりにくいことだろうか。男たちの思いが明快に描かれていることに比べると、妻の本当の思いがどこにあったのか、結局よく分からなかったのである。ラストシーンさえも、私のそんな印象を助長している気がする。例によって、冒頭の襟裳岬の描写で、岬の光景とそこに一人取り残された女の姿を鮮烈に描いているだけに、折角のそのプロローグが、エピローグと綺麗につながらなかったようなもどかしさを覚えたのだ。良くも悪くも、冒頭でクライマックスの舞台を描いておく高城の得意な手法が、本編では綺麗に決まらなかった、そんな気がしたのだった……。
　しかし、如何にも襟裳岬を連想させる、魅力的なタイトルである（私も、一度だけ襟裳岬に行ったことがあるが、台風でもないのに、強風が吹いていた。私にとって、襟裳岬は間違いなく“風の岬”なのである）。このタイトルだけで、細かい不満などどうでもよくなってしまったのは、否定しない。

「飛べない天使」

（宝石　昭和38年６月）

　ある冬の夜、新聞記者の志村は、クラブの女給マキと食事に出かけた。途中で、知り合いのゲイバーのマダム沢田に声をかけられたことをきっかけに、昨年夏のある事故について、マキに話して聞かせる。その翌日、沢田が殺される。沢田は、何人かから恐喝を働いていたらしい。やがて、やはり志村の知り合いだったバーのマスター富岡が逮捕される。彼も沢田に恐喝されていた。その恐喝のネタは何か、そして殺人犯人は誰なのか……。

　30枚余りの短編。新聞記者ものだが、全体に会話が主体になっており、事件を追う記者の姿を描いた、という印象は薄いかも知れない。本編の場合、被害者や容疑者が記者の知り合いだったため、彼らを取り巻く状況について一定以上の知識があり、それ故に事件の真実も他人に先んじて掴みえた、という構図になっているせいもあるだろう。
　構成的には本格の手法に近く、主人公が犯人を特定するに至った直接のポイントは、前半にきちんと伏線として引かれている。この辺りの論理はなかなか面白いと思ったし、実際、犯人が犯したミスの取り上げ方はしゃれていると思う。ただ、この論理をクローズアップさせるために、犯行前後の犯人の行動に無理が生じてしまった気がする（犯人が自らのミスに気づいていなければ、その後とった行動の意味がない。一方、ミスに気付いていたとしたら、普通ならもっと違った行動をするように思う。つまり、ミスと犯人の行動との因果関係が不自然なのだ。ミステリとして成立させるために、肝心な点に目をつぶってはいないだろうか？）。これが突発的な凶行だったらまだ分かるのだが、計画犯罪として描かれているだけに、余計に気になってしまった。過去の事件におけるあるエピソードの扱い方を含めて（さすがにこれだけをポツンと書かれてもなぁ、と感じるのは、私だけではあるまい）、全体に中途半端な印象が残る。
　ただ、この小説のポイントはやはり、主人公たちの内面描写に力点があるのだろう。その意味では、本編は間違いなくハードボイルドである。主人公の身の上を早めに明らかにした上で、解決編のあとのコントラストを浮かび上がらせることには成功していると思うからだ。彼が謎を解くためだけの存在ではなかったことが明らかになる瞬間と言えば良いだろうか。
　ただ、余りに新聞記者であることに毒されたかのようなラストシーンには、ちょっとばかりひいてしまったのだけれど……。

「ネオンの曠野」

（推理ストーリー　昭和38年11月）

　自動車整備工見習である十九歳の弘志は、映画館などで知り合った若い男女３人に、札幌郊外に建つ自動車メーカーに押し入り、社員に配られる給料を金庫から強奪する計画を話す。彼らとの共犯関係を得て計画は予定通り進み、分け前を手にするが、千歳の喫茶バーでの再開を約して彼らと別れた弘志を、背後から一本のナイフが襲う。誰かが裏切ったのか。弘志の脳裏を、仲間と知り合ってからの様々なシーンがかけめぐる……。

　約40枚の短編。このタイトルから連想するのは、普通なら札幌の盛り場を舞台にした物語だと思うのだが、実は、ネオンの曠野は舞台の遠景に過ぎず、実際は、初期の「火焔」に一脈通じる、若者の無軌道な青春を描いた作品だった。
　ラスト近くのシーンから始まる、という構成は、いつもながらの高城の手法だが、本編では、章を変える毎に少しずつ時間が遡っていくのが珍しいところか。つまり、主人公が刺された後から物語を始め、実際に犯罪を犯している場面、犯罪の計画段階、仲間と知り合うシーン、という風に時間が戻っていくのだ。前半ではあまりはっきりしなかった主人公たちの人間像が、時間を戻していく中で、次第に明らかになっていく。刹那的な楽しみを追求して、とりあえず現金を奪うことにしてしまった彼らの短絡的な行動が生み出した結果を、高城ならではのタッチで印象深く描くのだ。「火焔」を知った上で読んだがために、こういった読み方になったのかも知れないけれど。
　ただ、その作品とは違い、事件の方にも決着はつく。主人公が自分を刺した犯人を特定する根拠も、ありふれてはいるが自然だし（但し、本格として書かれていないので、読者が事前に推理することは難しいだろう。このネタを使うのなら、伏線を引いておくことも簡単に出来たように思うのだが、これも本格読みならではの感想か）、その後の展開（自分を裏切った真犯人が分かった時点で弘志の回想が終わり、結末に向かう構成になっている）も、哀しい結末も、半ば予想通りであるにしても、面白かった。こちらについても、途中でもう少し犯人について描写されていたら良かった気もするけれど、あくまでもハードボイルドとして主人公について語ることに力点が置かれている以上、仕方ないことかも知れない。
　書き方はいつもながらの高城タッチだが、受ける雰囲気は、作者には珍しいものだと思う。異色作と言えるだろうが、そのつもりで読めば、捨て難い雰囲気は漂っているのだ。それだけに、作品の特徴を示しているとは言いにくいこのタイトルは、損だったんじゃないか、と思う。高城には、内容にピッタリ合ったタイトルもある反面、これはどうかと思うものも相当数あるのだ。

「星の岬」

（宝石　昭和38年11月）

　オホーツク海沿岸の道を、雄武から北上する一台の車。車はやがて、“星の岬”に到着する。そこは、航海の時に目印になるだけの、大きな岩場だった。車を停め、食事をする二人。そこで男は、自分の過去を告げ、別れを切り出す。組織に追われ日本中を逃げ回った末に旭川に落ち着いたが、そこにも組織の手が伸びてきたのだ、と。しかし、女はそれを拒絶し、改めて男に新たな決意を促すのだった……。

　30枚弱の短編。“岬シリーズ”の２作めである。今度はどこの岬を舞台にするのか、と思っていたら、道北にある、無名の小さな岬だった。私は知らなかったが、実在する岬ではあるらしい。名前も、“星の岬”と呼ばれているそうだ。
　構図についても、シリーズの前作と一脈通じるものがあるけれど、今回は、男と女の関係に変わり、しかも車を降りてからの物語が中心になる。従って、雰囲気ある風景描写はすぐに終わり（しかも、道北の一典型である片側が海でもう片側は牧場という変化に欠ける景色のせいか、ちょっとばかりあっけなかったのが残念。個人的な先入観に起因するものかも知れないけれど）、会話主体の展開になる。
　会話部になると、男の立場に立ったストーリーが中心になる。ここは、内容的にもハードボイルド色の濃い説明が続くので、ある意味、とても分かりやすい。余りに類型的過ぎて感情移入できず、冷静に読めてしまう面も否定できないけれど。
　男の一方的な説明が済んだ後は、一転、女の側に立ったストーリーに変わる。ラストに向けた展開部だが、ここで、個人的に消化不良の印象を受けてしまった。つまり、女が男の告白をどういう思いで聞き、自分の心の整理をどのように行ったのか、理解できなくなってしまったのだ。
　簡略化された文体と描写ですべてが綴られ、表面的な内面描写を省略するのが高城小説だと思う。その結果、読者は、自分の考え方に合わせてその人物像を描くことも出来るのだが、一歩間違えると、その人物の心の動きについていくことが出来なくなる危険性もあるだろう。本編は、後者の例に見えてしまったのだ。尤も、感情移入が不可能になるとそこで理解が途切れてしまう、私的短編ハードボイルド鑑賞術の宿命だったのかも知れないけれど……。
　例によって、ラストシーンは哀しい。ただ、その哀しみの理由と、ラストシーンの後に続く展開を想像すると、モヤモヤしたものも残ってしまうのだった。
　中島河太郎編のハードボイルド・アンソロジーに収録されたことがあるが、そのアンソロジーも入手困難と思われ、読む場合は、初出をあたる方が楽かと思われる。

「上品な老人」

（宝石　昭和39年５月）

　道東の小さな町豊幌のはずれで、電波基地建設に反対するピケ隊があった。その横で、警察隊によって隊が強制排除される瞬間を取材しようとする、新聞記者たち。彼らは、執行を前に、基地建設計画に関するあれこれを回想する。その思いはいつか、一人の上品な老人の姿に辿り着いて終わる。一方、ピケ隊の前部に位置する一人の男。彼もまた、昨年遭遇したあるシーンを思い出していた……。

　30枚余りの短編。本編の掲載された「宝石」は休刊号にあたり、これをもって、高城の主たる発表舞台はなくなってしまったことになる。なお、同じ号には“ある作家の周囲”と題した作家分析シリーズで高城が特集されており、高城のインタビューと作品評論などが載っている。「宝石」で生まれ育ち、「宝石」で作家生活をほぼ終えた、高城らしい偶然とは言えるかも知れない。
　事件が解決されないまま終わることがある、と高城の作品について繰り返し述べてきたけれど、本編もまさにそのパターンである。特に本編では、事件らしい事件さえ起きないのだ。敢えていえば、基地建設に反対していた地元の網元が怪死した事件が起きていて、実際これについて触れた部分も長く、話の中心にはなっているのだけれど、全体の雰囲気に埋没した印象があり、霞んでしまった気もする。
　物語のもう一方のポイントになるのが、“上品な老人”である。新聞記者らの回想は、それぞれ自分が体験したシーンについてのものであるけれど、当然、それらはみな違っている。ただ、その中に、明らかに同一人物と思われる老人が登場しているのだ。つまり、彼は誰なのか、何のためにそういった行動を取っていたのか、というのが、物語のメインだったのである。
　この謎は、はっきりとは解明されない。最後まで読んで、こういう役割を果たしていたに違いない、ということは推測がつくにせよ、具体的に明らかにはされないのだ。しかもその役割は、時代が変わり、社会情勢も変わってしまった現在読むと、ピンと来ないものになってしまった気はする（あるいは、私が誤読しているだけなのかも知れないが）。
　但し、雰囲気を読む小説として、完成されてはいると思う。シンプルである分、如何にも高城、というものになっているからだ。救いに欠けるラストシーンまで含めて、モノクロ・タッチのトーンは鮮明だった。

「穴無し熊」

（推理ストーリー　昭和43年４月）

　札幌のホテルの警備担当として働く、伏見。数年前に、東京の暴力団から逃げて来て、このホテルに雇われたのだった。そんな伏見の勤めるホテルに、歌手の額田ナオミが、夫と芸能記者の二人を連れてやって来る。ナオミは紅白歌合戦にも出場し、人気上昇中だった。滞在中、同行してきた芸能記者が、スキーを履いた状態で、階段から墜落死する。その一年後、ナオミは新しいフリーの記者を連れて、同じホテルにやって来る……。

　40枚余りの短編。「宝石」が休刊になり、新聞社勤めも忙しくなってきた高城は、はっきり執筆ペースが落ちる。本編は、実に４年ぶりの短編発表だった。但し、主な舞台が札幌であるなど、作品の基本ラインは変わっていない。
　北海道を主な舞台としていながら、あくまでも北海道の都市を主に描いて来た高城としては珍しく、スキー場を舞台にしたシーンもあり、一種のスキーミステリめいた雰囲気を漂わせる個所もある。そこで描かれる、スキー事故に人為的な意志は存在したのかというテーマはハードボイルドの文体とも合致した印象もあり、なかなか効果的な舞台だった気もする。但し、本編ではあくまでも舞台の一つに過ぎず、物語の根幹からはそれたエピソードとして語られるだけだったのが残念なところか。もし高城がスキーミステリを書いていたら、どんな小説になっていたのだろう。ちょっと興味を引かれる命題ではある。
　ストーリーの中心は、記者は何故死んだのか、ということと、伏見の正体は一体何なのか、何故ナオミに協力するのか、という二つの点にあるだろう。前者については、特に本格めいた描かれ方はされていないのだが、いくつか伏線を引き、丁寧に描いている。スキーに関する知識が意味を持つなど、私には分かりにくいものもいくつかあったけれど、仕上がりは悪くないと思う。
　もう一つの謎である後者については、冒頭のシーンをはじめ、謎の人物からの電話が何回か描かれるなど、いくつかヒントとなる部分もあるのだが、具体的なイメージが湧かないうちに結末を迎えてしまった印象があった。タイトルの“穴無し熊”の意味も、サッと通り過ぎてしまい、強烈な印象を残してくれないまま終わってしまう。あくまで、ハードボイルドの主人公としての行動ぶりを楽しむしかないのだろうか……。ただ、最後にこの２つの謎が交錯して一つに結ぶあたり、綺麗にまとめたな、という印象は受けた。
　登場した時点では個々の人間関係もはっきりしていないせいもあり、前半はとっつきにくい印象を受ける。ただ、如何にもハードボイルドな最後のセリフまで、次第次第に雰囲気を盛り上げていく様は、確かに楽しめた。

「北の罠」

（推理界　昭和44年４月）

　旅客用小切手の偽造品を追う組織の一員である朝比奈は、札幌で発生した偽造小切手の行使事件を追っていたチーフ岡倉が、事件解決後に失踪した事件を追って、北海道にやって来た。岡倉の跡を追って、釧路、根室と足を運んだ朝比奈は、ある漁船の座礁事故に行き当たる。乗組員全員が無事帰還した事故だったが、彼らを迎える人々を写した写真の中に、岡倉が使っていた札幌の情報屋の姿を見つけたからだった……。

　約60枚の短編。「スパイ・サスペンス小説」と謳われているが、「海坊主作戦」のようにはっきりとスパイが登場する小説ではない。根っからの善人は登場せず、化かし合いの雰囲気が漂うあたり、確かにスパイ小説に分類されるのかも知れないが。
　主人公の仕事こそ特徴的だが、前半は、朝比奈による捜査の過程を描いた、普通の人探し小説である。舞台が、函館、札幌、小樽、釧路、根室、と北海道内をあちこち移っていくのが高城らしい設定だが、この辺りはタッチを楽しむ段階だろうか。そこに、怪しげな女を登場させ、雰囲気作りをしているにしても。
　タラ漁船の座礁事故が登場してから、話は、スパイ小説めいた展開に一変していく。船が座礁した前後に乗組員らが取った怪しい行動や、最初に岡倉が取り調べた男の正体などが次々に明らかにされるのだ。とどめは、冒頭から登場していた女の死体を転がし、その罪を朝比奈にかぶせようとする罠まで登場する（ただ、この部分がタイトルの由来であるとするなら、それほどの印象もなかったのだけれど）。
　最終章では、逆に朝比奈が犯人を罠にかける姿が描かれ、最後の活劇に進んでいく。最後に一つ二つのドンデン返しが起こり、意味深なラストシーンで終わる。ハードボイルドタッチのスパイ小説の味わいとサスペンスの風味が合わさった一編だとは言えるかも知れない。
　楽しめる作品ではあるけれど、全体に通俗味が強いのが欠点だろうか。クセのある人物ばかりで、主人公にさえ感情移入が出来ないこともあり、その行動について、第三者的な見方しか出来なかった面もあった。そんなこともあり、高い評価は与えにくいかな、というのが私の印象だった……。

「死ぬ時は硬い笑いと」

（小説クラブ　昭和45年３月）

　札幌の業界誌記者の佐川は、知り合いの娘が失踪したので探して欲しい、と社長に頼まれ、函館に飛ぶ。赤ん坊と二人で暮らしていたその女を追って、赤ん坊の父親が住む、対岸のむつに向かった佐川は、季節はずれの恐山で娘を保護する。その７ヶ月後、その佐川に、今度はその失踪した娘が電話をかけてくる。助けてくれ、と言うのだ。再び函館に飛んだ佐川は、同じく娘が姿を消してしまったことを知る……。

　約80枚の短編。これが最後の発表作となる。４年のブランクの後、年１編のペースでの発表となっていたが、これで完全に筆を折った訳である。
　政治・経済専門の業界誌の記者、という設定が変わっているが、内容はいつも以上に典型的なハードボイルドである。事件の背景に北海道独特の社会事情を設定したため、素人を行動させるのは難しく、その一方で、被害者たちに向ける第三者的な視点を大事にしたい、と考えた結果がこのキャラクター設定になったのだろうか。個人的には、新聞記者が主人公であっても特に問題はなかった気もするけれど。
　枚数がいつもより沢山与えられていたせいか、余裕のある展開を見せる。７ヶ月前の追跡行をほぼ半分の枚数をかけて丁寧に描写した後、改めて、今回の事件に関して描写を開始するのだ。時間的な混乱もそれほどには感じず（回想シーンから、そのまま過去のストーリーが始まるのは相変わらずにしても）、とても分かりやすい。
　また、関係者たちの人間関係は、先ほども書いた北海道ならではの社会問題に依存したものになっているが、直接的な事件のきっかけは極めて人間っぽいものであることが、事件を馴染みやすいものにしているように思う。
　ほぼ事件の構図が見えてきたところで、ストーリーもハードボイルド性を増していく。トーンが変わった瞬間にタイトルが秘めた意味が分かるのは面白いけれど、ここまでの展開をさせる必要があったのか、個人的にはちょっと疑問も残る。本来は小さな事件だった筈が、知らぬ間に途轍もない大事件になってしまったような気がしたせいだろうか。ラストの救いのなさがハードボイルドなのだ、と言われれば、否定も出来ないのだが。
　珍しく北海道を離れ、下北半島にも足を伸ばす主人公を描く際の風景描写は、枚数の余裕もあって、いつも以上の精彩を感じさせる。そう言いながら、その描写によって、娘は何故季節はずれの恐山を訪れたのか、という不自然さを巧みに覆い隠す辺り、確かなミステリ技巧を感じたのだった。

　以上。妄言を多謝します。とともに、敬称を略したことを合わせてお詫びいたします。
――すみませんでした。

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