謎宮会 1996/12

夜半のくりごと

浅羽莢子

・宮部みゆき氏の『龍は眠る』を戯曲化した、劇団てぃんか〜べるの公演終了後、井上夢人氏、桐野夏生氏らと深夜までだべる。聞けば聞くほど、作家に次々と短篇を書かせる日本の文芸出版のありかたに疑問。作家にも向き不向きがあろうに、そんなことは無視される世界らしい。井上さんはいい訓練になったとおっしゃっていたが。

・近頃、小説を書きたいなどという甘い夢が、五トントラックに轢かれたショートケーキのようにぺっちゃんこになるような話ばかり聞く。出すという口約束に乗ってせっかく書き上げた作品がそのまま何年もお蔵入りというケースもあるとか。それ自体は翻訳の場合にもあることだが、翻訳は、出版社のほうにも原作に版権料を払ってしまっているから、よほどのことがなければいずれは本になる。小説は、いつか出してくれると信ずべき理由はどこにもない。

・よく言うよ、未だに「完」と書けた小説の一本もないくせに、とキーボードの上の緑色の龍が笑っている。確かにその通りだが、ただでさえ書けないのに、そんな話をきかされてはなお書けない。

・書けそうな話はあるが、売れそうな話はない。

・『八つ墓村』を見に行った。前のは良かったとつくづく思った。今度のは、動機を変え、新たな「動機」を成立させるために、「さまざまなものがみんな二つずつある村」という設定をすっかり変えてしまっていることに加え、キャストも、妙に軽いトヨエツ、『義務と演技』の稽古でもしているような浅野ゆう子、ただのパーの喜多島舞、ただの間抜けの高橋和也(寺田辰弥)、ただの田舎侍の今井雅夫(尼子の残党のリーダー)と、いいところが全くない。救いは岸田今日子と吉田日出子。岸田は予期していたが、吉田は出演していることも知らなかっただけに、儲けた気がした。

・尾道の光原さん、その節はお世話になりました。折を見てお礼状を、と思っているうちに日ばかりたって。翻訳は仕事だからするけど、エッセイは仕事だから書くけど、あとは慢性の筆不精。これで小説なんか書けるわけがない。

・小説を書くには、どこかで準備段階に見切りをつけ、発射することが肝心とある人に言われた。書きたいことをとにかく文字にしろ、とある本に書いてあった。書きたいことではなく、読者が読みたいものを書くのが小説家、と別の本に書いてあった。勝手にしろ。

・でも書きます。ミステリのミの字もないものになるかもしれないけど。今度は書きます。そう言い続けてもう五、六年たったけど。でもやっぱり今度は書きます。売れそうにないやつを。言いたいこと言ってお手軽に励ましてくれた人たち、いやでも買ってもらうからね。

・とはいうものの、いつ書けるのか。

・これから『ナイン・テイラーズ』翻訳の準備がある。直前に訳していたHarvestというアメリカの新人の作品は、医療サスペンスで専門用語がびっしり。その前のはセイヤーズのMurder Must Advertiseで、広告用語とクリケット用語がどっちゃり。なんでこんな面倒なものばっかり。

・先週まで、今回はあまりくりごとがないと思っていた。二日前に高熱でダウンし、とたんにくりごとばかりが頭に浮かんだ。ああ、早く温泉にでも行ってのんびりしたい。

[UP]


謎宮会 webmaster:maki@inac.co.jp (高橋)


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