謎宮会 1996/11
桂島浩輔
滞在先のホテルで火災が発生。浪人生孝史は間一髪というところで謎の男に助けられたものの、その男と共に2・26事件真っ只中の東京にタイムスリップしてしまっていた。さらに身を寄せた先・蒲生邸で不可解な状況に巻き込まれた孝史の運命は? 物語作家・宮部みゆきが本領を発揮、なによりも「面白い物語」に仕上がっています。ラストの余韻も冴え渡る傑作。
2・26事件をモデルにした疑似歴史小説(架空の人物で構成されている)。驚くほどトリッキーな話も含まれている連作長編で、立派にミステリとして楽しめます。流麗な文章で描かれる連城氏の世界を堪能してください。尚、全くミステリ色は含まれていませんが、やはり独特の優美な世界を持つ久世光彦の『陛下』と読み比べてみるのも一興だと思います。
第一回サントリーミステリー大賞・読者賞受賞作。桜子は果たして無事に日本に生還できたのか? 終戦より三十六年後、彼女の行方を追って朝鮮人クレは密入国者として日本の土を踏んだ……ミステリの仕掛けだけをとれば地味な作品かもしれませんが、中国残留孤児を絡めた展開が哀しい感動を生む、日本推理作家協会賞候補にも挙げられた鎮魂の力作です。尚、韓国人の視点から書かれた の『三たびの海峡』は必読の傑作!
日米開戦前夜の日本を舞台に、戦争に振りまわされる若者をたちを描いた歴史ミステリ。戦争に引き裂かれるヒロインの恋に『不思議の国のアリス』を絡めて、この悲恋にイノセンスなイメージを持たせるセンスは海渡氏ならでは。後の日本の運命を暗示する切れ味鋭い幕切れも見事です。1977年の週刊文春傑作ミステリーベスト10において第二位に選ばれた作品。
日露戦争に突き進む今世紀初頭のロシアを舞台に、歴史小説と推理小説、さらには恋愛小説の要素も詰め込んだ欲張りな作品。密室の設定が素晴らしい(密室に陥った状況と、当時の時代背景が見事に合致してます)。『燃えつきる日々』を楽しんだ読者は読んでおきたい長編。
独特の渋さが漂う第十回江戸川乱歩賞受賞作。西東氏はもっと読んでみたい作家の一人です。動物園の熊の檻の前で発見された死体の謎を皮切りに、戦争の影を引きずって生きる日本人たちの間に起こる連続殺人。戦時下の東南アジアでの蛮行や、「蟻の木の下で」起こった出来事が強烈な印象を与えます。新興宗教や密輸なども盛り込んで展開する力作。
喉切り殺人で逮捕された男が精神鑑定医に語った異様な少年時代の回想。「紅はこべ」を愛読し、周りにいる粗野な軍国少年たちにどうしても溶け込むことができない少年はある日、門を閉め切った公使館に迷い込む。そこで出会って仲良くなった異国の姉妹は吸血鬼の一族だったのか? 戦時下が舞台でありながらも、あくまで甘美な恐怖が全編を覆う小泉喜美子の隠れた(隠れているべきではない)名作。
戦時中のユダヤ人収容所と現代のフランスの屋敷、時と場所を隔てた二つの密室殺人に名探偵・矢吹駆が挑む大長編。思ったよりも密室の解決が地味だった、という声もあるようですが、真相に辿り着くまでに語り尽くされる徹底的な密室論議にこそこのミステリの醍醐味があるわけで(辿り着いた先が問題なのではなくて、辿り着くまでの行程が問題、という意味です)、矢吹駆という特異なキャラクターの個性が存分に生かされた作品です。次回作「オイディプス症候群」はまだなのかなあ……。
台湾に駐留する日本兵が起こした決闘騒ぎは一転して、不可解な状況下におかれた殺人事件に発展する。真実を語ろうとせずに口を閉ざす関係者たち、二転三転する容疑者。日影作品の中でも最も複雑な構成を持つ長編であると共に、世評高い日影氏の「台湾もの」の中でもベストの傑作。日影氏が描く台湾の香り高い魅力にぜひとも触れて欲しいと思います。なお、台湾ものでは他に『応家の人々』や、『夕顔』(文庫版)に収録された絶筆長編などがあり、こちらのほうもお薦めです。
これはミステリではなくノンフィクションですが、どうしても落とせない傑作として紹介します。太平洋戦争開戦の最初の一日と終戦の十五日という運命の日々を、日米両国の戦争関係者やm,当時の民衆は何を思い、何をして過ごしたのか。著者は、外務省編『戦争史録』や『昭和史の天皇』などの堅い資料から、谷崎潤一郎、太宰治、伊藤整、海野十三や徳川夢声ら、更には著者自身の日記まで膨大な資料(その量には感動を覚えます)を駆使し、当時の時代の空気、そしてそこに生きている人間たちを見事に目の前に浮かび上がらせてくれます。手に入るうちに読んでおきたい名著。
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