第一回合同企画
『本格ミステリ・ベスト１００』拾遺集

執筆者　浅井秀明／ヘレン・ケラ一／棚野遙／戸田和光／新田康／
葉山響／広沢吉泰／森高有紀／湯崎丈浩（以上五十音順）

　この特集は、東京創元社が刊行した探偵小説研究会編『本格ミステリ・ベスト１００』を基盤とした企画です。ここでは、残念ながらこの本のベスト１００には入選しなかった本格ミステリを五十冊挙げてみました。
　この企画では、「入らなかったのはおかしい」と断言できる作品から「これも入れて欲しかった」と思う作品までいろいろな作品が挙がっています。いずれの本も『本格ミステリ・ベスト１００』だけでは足りないという意見のもとにセレクトした、読んで損のない本ばかりです。単純に読んで面白い本格から、本格推理不毛の時期に書かれた貴重な本格、埋もれてしまった珍しい本格や、本格推理に貢献した作家の代表作など、さまざまなタイプの本格を揃えました。これを機会にあまり陽の当たっていない（と思われる）作家や作品に目を向けてもらえれば、とても嬉しく思います。なお、対象とする作品は本家に倣い、一九七五（昭和五十）～一九九四（平成六）年の間に刊行された作品から選びました。
　最後に、五十作の選定は完全に話し合いと各人の個人的な嗜好で決めた、ということを明記しておきます。また、作品のプロフィールについては、書名・作者・現在最も手に入りやすいと思われる形態・初刊行年・初刊行版元の順番で記しました。
　それでは第一回〈謎宮会〉執筆陣合同企画、楽しんでいただければ幸いです。

『人間の証明』
森村誠一

角川文庫・幻冬舎文庫
（一九七五　角川書店）　無関係に思えるひとつひとつのストーリーの流れが、最終的には一つに合流する、という三人称・多視点パターンの典型的な作品。あらゆるエピソード・全ての登場人物が密接につながるがゆえに、逆に作り物めいた印象を与える部分もあり、その点が批判されたこともあったが、逆に言えば、それはこのタイプの作品としての完成度の高さを示すものだと言えよう。（広）

『迷路荘の惨劇』
横溝正史

角川文庫
（一九七五　東京文芸社）　どんでん返し、抜け穴、迷路が複雑怪奇に張り巡らされている名琅荘で起こる連続殺人。黒塗りの馬車、煉瓦のトンネル、洞窟、そして片腕のない男。事件解決に乗り出した金田一耕助は、二十年前、やはり名琅荘で起きた陰惨な事件を知らされる。ロマン溢れる巨匠、横溝正史の本格探偵小説。（棚）

『盗作・高校殺人事件』
辻真先

東京創元社『合本・青春殺人事件』収録
（一九七六　朝日ソノラマ）　“意外な犯人”の大技に挑んだ三部作の真ん中に位置する長編。世評高き『仮題・中学殺人事件』（72年）の影に隠れてしまった感があるが、決して完成度に劣るわけではなく、作者の試みを俯瞰する上でも、三部作をまとめて読んでこそ、これらの作品を真に味わったと言えるだろう。ポテトこと牧薩次が巻き込まれた新宿駅爆弾事件を筆頭に繰り広げられる、切ない後味を残す秀作。大技を影で支える小技の積み重ねにも注目して欲しい。（葉）

『他殺岬』
笹沢左保

光文社文庫・絶版
（一九七六　光文社）　ルポライター天知の息子春彦が誘拐された。犯人は妻の自殺の原因が天知の書いた記事にあるとし、復讐の為に誘拐を企てたのだった。「五日後に息子を処刑する」春彦の運命は？　単なる誘拐サスペンスと侮る勿れ。最後に巧妙なトリックによる大どんでん返しが用意されているので油断は禁物だ。木枯し紋次郎シリーズのヒットにより時代小説の寵児となった著者が、ミステリ作家としての復活を宣言した記念すべき本格ミステリの傑作である。（新）

『朱漆の壁に血がしたたる』
都筑道夫

角川文庫・絶版
（一九七七　徳間書店) 　都筑の“謎と論理のエンターテインメント”の長編での代表作であろう、物部太郎シリーズの３冊目である。読者から不可解な謎のシチュエーションを募集し、その問題に解決を与えるという、如何にも本格ミステリらしい課題に初挑戦した作品としても名高い。そのせいか、謎の不可解さが先行してしまい、謎と論理のバランスという意味ではシリーズの先行作より多少印象が弱くなった面はあるが、それでも十分楽しませてくれる。（戸）

『透明な季節』
梶龍雄

講談社文庫・絶版
（一九七七　講談社) 　最初私はこの作品を暗い話に違いないと思っていた。戦時下で暴力将校の死体が見つかる作品なんて、どう考えても明るい話になりそうもない。乱歩賞受賞作なので一応読んでおこうかと手に取っただけだ。しかし読み始めてみると案外暗くない。さらに読み進めると、意外にもこれは瑞々しい青春ミステリであることが判った。しかも最後まで読んだ結果、非常に優れた本格だったので驚いた。というわけで、強くお薦めする。傑作である。（葉）

『77便に何が起きたか』
夏樹静子

光文社文庫・角川文庫
（一九七七　光文社）　旅客機77便が空中爆破された。乗客のつながりは、そして犯人の目的は何か。表題作の他、ブラックユーモア溢れる名作「特急夕月」。アリバイ崩しの「山陽新幹線殺人事件」。クリスティの名作のパロディとも言える「ローマ急行殺人事件」。乗りものを舞台とした、ロマン溢れるミステリー傑作集。（棚）

『イソップの首に鈴をつけろ』
小峰元

講談社文庫・絶版
（一九七八　講談社) 　青春推理小説の開拓者の一人である作者の一連の青春モノの中で、一番本格味が強いのがこの第７長編ではなかろうか。東大入学を果たした地方の若者がタレントデビューするまでの姿を描いた、いつもながらの小峰小説ではあるのだか、並行して彼の周囲で連続殺人が起きて、謎が深まりを見せていく。終章で少女アイドルが謎解きするシーンなど、本格以外の何物でもないだろう。タイトルの寓意が、より強い印象を残しているとしても。（戸）

『Ａサイズ殺人事件』
阿刀田高

文春文庫
（一九七九　文藝春秋）　俺がこの安楽椅子探偵物を高く評価するのは何も探偵が坊主だからではない。俺は坊主フェチではない。碁を打ちながら推理するからではない。俺は碁は分からない。和尚の質問が突飛すぎるからだ。突飛な質問が解決に結びつく。流石に阿刀田、ハッタリ効かせてる。因に、某ミステリ評論家が「方丈さん」という呼びかけ（方丈は和尚と同義語）を和尚の名前と勘違いして「方丈和尚」と言っていたが、大笑いだった。（ヘ）

『奪われた死の物語』
皆川博子

講談社文庫・絶版
（一九七九　講談社『花の旅　夜の旅』改題）皆川博子は何を挙げたらいいか本当に迷う。『旅芝居殺人事件』（協会賞受賞作）や『妖かし蔵殺人事件』などの芸道ミステリも捨て難いのだが、ここでは作者の作品中、最もトリッキーな構成を持つこの長編を挙げておこう。女性誌に掲載される五つの幻想短編と、その作者の執筆ノートが交互に登場し、やがてそれらは一本の長編に融合する。作中作を挟み込んだ作者の巧緻な企みがラストで美しく昇華する皆川ミステリの代表作。（葉）

『名探偵は千秋楽に謎を解く』
戸松淳矩

朝日ソノラマ文庫・絶版
（一九七九　朝日ソノラマ）ユーモアミステリ色の濃厚なジュヴナイル作家、という印象しかない作家かも知れないが、実は骨格のしっかりした本格ミステリであることは余り知られていない。処女長編でも、ドタバタ喜劇の展開の中で、連載小説を真似て連続する怪事件、幼女の誘拐ととんでもない身代金要求、といった事件が連続するのだが、丹念に引かれた伏線を拾いあげながら最後に与えられる解決には、きれいな論理が感じられる。早すぎた叙情本格派なのだ。（戸）

『煙の殺意』
泡坂妻夫

講談社文庫・絶版
（一九八〇　講談社）　奇妙な謎ととぼけた展開が、やがて凄まじい結論に辿り着く「紳士の園」。平凡な殺人事件の裏に秘められた驚愕の真相を描くホワイダニット・ミステリの大傑作「煙の殺意」。そして、この作品の前では全ての褒め言葉も色褪せる絶品「椛山訪雪図」。この作品集が面白くなかったら、あなたは本格ミステリが嫌いなのです。短編の醍醐味を存分に味わえる豪奢な本格の宝石箱、世界レベルでも最高格の完成度を誇る至福のミステリ短編集。（葉）

『終着駅（ターミナル）殺人事件』
西村京太郎

光文社文庫・双葉文庫
（一九八〇　光文社）　七年ぶりに故郷青森へ向かう七人の同窓生か次々に殺されていく。誰が？何の目的で？連続殺人のサスペンスも見事だが、圧巻は何といっても、全編から滲み出る郷愁だろう。加えて数々のトリックが散りばめられた本書は、謎解きの醍醐味も満喫させてくれる。西村版『そして誰もいなくなった』ともいうべき本書は、著者の昭和五十年代を代表する佳作であり、昭和五十六年度日本推理作家協会賞を受賞した。（新）

『高校野球殺人事件』
中町信

徳間文庫・絶版
（一九八〇　徳間書店）　折原一がデビューするまで、叙述トリックの分野をほぼ一人で担っていた作家である。と言うより、叙述形式をミステリの素材としている感のある折原と違い、ただ読者を騙すためだけに叙述トリックを駆使している作家と言えるだろうか。成功例もあれば明らかな失敗作もあるが、あの手この手のテクニックが楽しめる。中でも、最初期のこの長編は、物語と叙述トリックとのバランスが良く、素直な読者ならまず引っ掛かることだろう。（戸）

『超人探偵』
小林信彦

新潮文庫・絶版
（一九八一　新潮社）　本格としては『超人探偵』のほうが読みごたえがあるが、名探偵のパロディ化という意図を追求すればその前作『神野推理氏の華麗な冒険』に軍配が上がる。そのためどちらを挙げるか迷うところだが、取り敢えず単純に本格の面白さで選んでみた。いずれも良く出来た短編であるが、本書の白眉は「ヨコハマ1958」。某作家の有名作品と同じトリックが使われているが、解明されたときの美しさはこちらのほうが上、と言えるかもしれない。（葉）

『氷の女』
落合恵子

集英社文庫
（一九八一　祥伝社）　スキャンダルで名士の座を追われた弁護士。自宅のバルコニーから転落死した女性評論家。そして、殴殺された政界のプリンス。一見、何の関連もない三つの事件の裏には、ひとりの女の深い悲しみと怒りがあった。文化放送〈セイ・ヤング〉で人気を誇る（いつの話やねん。）レモンちゃん落合恵子（誰が知っとるちゅうねん。）が初の本格推理に挑んだ野心作。（棚）

『香水と手袋』
佐野洋

文春文庫
（一九八一　文藝春秋）　二週間ハワイで遊んできたら、庭の植木が増えていた（見慣れぬ庭木）。電話ボックスに置き忘れられたハンドバッグを自宅に持ち帰ったら、“正義の味方”から電話がかかってきた（拾った札束）。これには何の意味がある？　普通に書けば平凡な話でも、違った角度から書くことによって斬新な短編に仕上げることができるという見本のような短編集。法律事務所の若き調査員・宝田咲子の推理を描く、ちょっとお洒落な軽本格。（葉）

『ローカル線に紅い血が散る』
辻真先

徳間文庫・絶版
（一九八二　徳間書店）　鉄道マニアとしても知られる辻真先が、廃線の日を迎えたローカル線を題材にして、時刻表を一切使わずに書いた、極めてストレートな鉄道ミステリ。廃線となった日に見つかった轢死体、という不可能犯罪を、その裏に潜む動機にも目を配りながら真っ向から描いた作品である。各章のタイトルこそマニアックだが、鉄道嫌いの人にも無理なく読めるように配慮してある点にも好感を覚える。十五年経っても、決して古びていないテーマだ。（戸）

『燃えた花嫁』
山村美紗

光文社文庫
（一九八二　光文社）　京都で開かれるファッション・ショーに集まったモデルたちが次々と殺され、遂には首相令嬢に贈られたウェディング・ドレスが燃え上がり花嫁が焼死する。密室内で起こった不可解な二つの焼死事件をはじめ、大小取り混ぜてのトリックが散りばめられた華やかな本格推理。デビュー当時は稀少な女性の本格推理作家として将来を嘱望されていた山村美紗の代表作、『花の棺』『百人一首殺人事件』に続く名探偵キャサリン・シリーズ。（葉）

『目黒の狂女』
戸板康二

講談社・絶版
（一九八二　講談社）　御存知、歌舞伎の名優・中村雅楽の人情味溢れる推理譚十編。派手な事件はありません。殺人も、悪人も出てきません。でもここには、飛びきりの謎があります。もちろん歌舞伎を知らない人にも、文句なく楽しめます。「目黒の狂女というわけだな。狂女は目黒に限る」よっ、高松屋。粋だねえ。（棚）

『ホック氏の異郷の冒険』
加納一朗

角川文庫／天山文庫・絶版
（一九八三　角川書店）　明治二十四年、政府の機密文書が盗難に遭った。開業医・榎は、大臣陸奥宗光の邸で引き合わされた奇妙な英国人と共に文書探索に乗り出すことになる――シャーロック・ホームズ、日本に登場。文明開化華やかなりし帝都を舞台に、純和風家屋の密室、名探偵の弱点を衝いた暗号などの凝りに凝った趣向を贅沢に詰め込んだ、時代本格ミステリの傑作にしてホームズ贋作の最高級品。自信を持ってお薦めできる日本推理作家協会賞受賞作。（葉）

『アガサ・クリスティ殺人事件』
河野典生

祥伝社ノン・ポシェット
（一九八三　祥伝社）　タイトルにはクリスティとあるが、実際に登場するのはポワロとヘイスティングス。しかも舞台はインド。とはいえ主人公は日本人だから、海外物が苦手な人にも違和感はないはず。舞台や人物をきっちりと書き込んでいるからか、そのストーリー展開は上等のワインを読んでいるよう。タイトルこそ陳腐な響きかもしれないが、中身はしゃれた本格といってよい。ハードボイルド系河野典生の意外な傑作。（浅）

『運命の八分休符』
連城三紀彦

文春文庫
（一九八三　文藝春秋）　冴えない青年・田沢軍平くんの周りには、何故か事件を抱えた美女ばかり。叶えられない恋を運命づけられた青年が出会う、五人の美女と五つの事件。連城には珍しいユーモア・タッチながら、ほのかなユーモアが一層、報われない恋の切なさをかき立てるところはやはりこの作者ならでは。ちなみに、連城の短編の中から最も好きな作品を挙げろと言われたら、私はこの中の「観客はただ一人」を選びます。比類なき名品だと思います。（葉）

『夜よ鼠たちのために』
連城三紀彦

新潮文庫・絶版
（一九八三　実業之日本社）　数ある連城ミステリの中でも、本短編集は技巧面におけるひとつの里程標であろう。と同時に、これはミステリであるが故に書き得た、優れた「愛」の物語でもある。人間という業の深い動物の繰り広げる様々な「愛」。異常な愛、歪んだ愛、許されざる愛。終幕に至り、衝撃と共に読者へ提示される、それら圧倒的な存在感を持つ「愛」の変容。この達成だけのために作者はことさらに作品世界を騙り、あるいは反転させる。そう筆者には思えてならないのだが。（湯）

『訃報は午後二時に届く』
夏樹静子

文春文庫
（一九八三　文藝春秋）　夏樹静子円熟期の代表作。冒頭、主人公が深夜に電話で謎の女から呼び出されるシーンから殺人事件の被疑者として嫌疑を受け失踪、その後の結末に至るまで、その計算し尽くされた展開には脱帽するしかない。『蒸発』『Ｗの悲劇』のような派手さこそないが、隙のない構成という点ではむしろ上である。サスペンス小説と見られがちだが、本格としてももっと評価されていい作品。(浅）

『おやじに捧げる葬送曲』
多岐川恭

講談社ノベルス・絶版
（一九八四　講談社）　ミステリと言えば、密室だのアリバイ崩しだの、或いは嵐の山荘だの不気味な洋館だのといったベタな記号でしか認識していない種族がいる。信じられないことに作家（それも売れっ子の）にもいる。俺はそんな恥ずかしいヤツの書いたミステリなんか嫌だ。多岐川恭はそんなベタな記号とは無縁なところでミステリを書いていた作家だった。その多岐川恭が最後に放った傑作がこれだ。これを詰まらないと思うヤツは死んでしまえ。（ヘ）

『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』
島田荘司

集英社文庫
（一九八四　集英社）　ホームズのパロディでありながら、夏目漱石のパロディも一緒にやってしまう・・・それが島田荘司のすごいところ。夏目漱石から見たホームズの描写がとんでもなくて、ホームズを尊敬している人には、なかなか薦めづらい。だが、最後には夏目漱石とホームズの間には、友情がしっかり結ばれているように見受けられる。夏目漱石の名探偵ぶりと、隠されたホームズ秘話を楽しむ作品。（森）

『阿蘇・雲仙　逆転の殺人』
深谷忠記

光文社文庫
（一九八六　光文社）　現在では社会派の色彩が濃くなり、動機や事件の背景なども重視した作風に変わってしまった作者であるが、初期には、新本格派も顔負けの大仕掛けトリックをメインにした、ガチガチの本格ミステリを多く書いていた。島田荘司らと違い、舞台設定や展開が現実的であり過ぎたために、旧来の本格社会派、という印象を与えていただけではなかろうか。本作も、愛情込めて“バカ”と呼びたくなるトリックが印象に残る一編である。（戸）

『北斎殺人事件』
高橋克彦

講談社文庫
（一九八六　講談社）　写楽・北斎・広重で構成される浮世絵三部作の第二作で日本推理作家協会賞受賞作。北斎＝スパイ説と現在の殺人事件とを結びつける手法は『写楽』と変わらないが、小説技術は格段に向上しており、『写楽』で感じた現実と過去での結び付けに対する違和感は感じさせない。シリーズ名探偵塔馬双太郎の活躍も楽しめる高橋の代表作。写楽・北斎と読まれた方は是非とも広重を読んでほしい。本格で「悲しい」と感じさせる数少ない作品だ。（浅）

『二重裁判』
小杉健治

集英社文庫
（一九八六　廣済堂書店）　法廷小説として名高いこの小説を、本格として挙げるのはズルいのかも知れない。しかし、サスペンス溢れる前半を過ぎた後半の展開は、本格としても十分楽しめる筈である。無実を叫びながら獄中死した兄の名誉を取り戻すために奔走していた妹が、真犯人と信じた男を殺したとして逮捕される。情状酌量を目指す弁護士が調査を進めるうちに、意外な事実に辿り着く。伏線の張り方の不満を吹き飛ばす、ラストの逆転が鮮やかだろう。（戸）

『しあわせの書』
泡坂妻夫

新潮文庫
（一九八七　新潮社）　俺が大学にいた頃、この本を皆に薦められた。「しあわせになれるよ」と言われた。読んだ。ほんとにしあわせになった。博愛主義の俺は人にもしあわせを分けてやりたくて皆に薦めた。皆喜んだ。しあわせになった。中にふたりだけ、しあわせにならなかったヤツらがいた。そいつらは最後まで読んでもあの仕掛けに気づかなかった大馬鹿野郎（ひとりは女）だったのだ。俺達は皆でそのふたりを嘲笑した。（ヘ）

『水中眼鏡の女』
逢坂剛

文春文庫
（一九八七　文藝春秋）　表題作ほか二編の中編から成る作品集。「80年代日本ミステリ博物館」なんてものがあるとしたら、いずれも常設展示しておきたい作品ばかりである。謎、サスペンス、技巧、あらゆる手練手管を尽くしては読み手を楽しませ、それでいてけして上段に構えるでなしに、人間の影なる領域を見事に探り当てている。これで五百円でおつりがくるとは、何とコストパフォーマンスの良い事だろうか。（湯）

『七つの棺』
折原一

創元推理文庫
（一九八八『五つの棺』→九二　東京創元社）　「密室は時代遅れ」と言う言葉にパロディをもって対抗した折原一のデビュー作『五つの棺』の改訂増補版。七つの短編全てが密室で、かつ古今東西の密室もののパロディで構成されている本書は、叙述トリックだけでないユーモリスト折原の魅力を十二分に感じさせる作品集である。主人公である迷探偵黒星警部の活躍は『猿島館の殺人』（光文社文庫）以後見られないが、その再登場を待っている読者は多い。（浅）

『風よ、緑よ、故郷よ』
岩崎正吾

東京創元社
（一九八八　東京創元社）　小栗上野介の埋蔵金が眠るという言い伝えが残る村に、突如起こった怪獣騒ぎ。一方、主人公は教職を辞し、父の死の謎と向き合うために故郷に還る。舞台は田舎でも土俗的ではなく、土の匂いがするが洗練されている。さりげない伏線を張った正統なる本格ミステリであると同時に、登場人物の個性を豊かに鮮やかに描いた青春小説としても成功を収めた作品。横溝以来の“田園派”を名乗る作者の爽やかな叙情的本格ミステリ。（葉）

『奇想、天を動かす』
島田荘司

光文社文庫
（一九八九　光文社）　消費税を請求されたことに腹を立てた老人が店の主婦を刺殺。最初単純なものと思われたこの事件は、やがて意外な展開を見せる。密室からの死体消失をはじめ、表題通り奇想天外な謎が次から次へと繰り出され、果たして全部合理的に解けるのか、読みながら不安を覚えるほどである。著者が目指した本格派と社会派との融合が最も理想的な形で結実した傑作。ずしりと思いテーマと贅沢に盛り込まれたトリックが、読後深い余韻を残してくれる。（新）

『鳥人計画』
東野圭吾

新潮文庫
（一九八九　新潮社）　スキーのジャンプ選手が殺され、コーチが犯人として逮捕された。彼は監獄の中で、自分を警察に密告したのは誰なのか推理を始める……ジャンプ競技を扱った珍しいスポーツ・ミステリであり、犯人捜しではなく“密告者捜し”という着想が光っている。常にミステリの新しい切り口を捜し求めて工夫を凝らす東野の開拓精神が産みだした最良の作品のひとつであり、これを読んでおけば長野オリンピックが一層楽しくなるかもしれません。（葉）

『仮面の祝祭２／３』
笠原卓

創元推理文庫
（一九八九　東京創元社）　この本の表紙が内容を暗示したものであることは葉山響君から指摘された。そう言われればそうだ。味な真似だ。それで俺が思い出したのはケネス・ブラマー監督・主演の映画『愛と死の間で』のポスターだ。あのポスターも実は映画の内容を暗示していた。それとは関係ないが、ダリオ・アルジェント監督の映画『サスペリア２』の本国イタリア版サントラのジャケットはオチをモロにバラしてる。（ヘ）

『殺人方程式　切断された死体の問題』
綾辻行人

光文社文庫
（一九八九　光文社）　新興宗教の教主が首を切られて殺された。犯人は何故首を切らなければならなかったのか？　綾辻と言えば、館シリーズに代表される幻想的なミステリのイメージが強いが、この作品では比較的現実性の強い舞台を設定した上でオーソドックスな本格に挑戦している。しかしその真相は館シリーズに負けず劣らず豪快なもので、現実的な舞台設定を逆手にとって驚くべき真相を用意したところは流石。“首を切る理由”を追求した秀作である。（葉）

『記念樹』
依井貴裕

東京創元社
（一九九〇　東京創元社）　大学生の青春ミステリと侮ってはいけない。いたるところに張り巡らせた伏線と論理的な決着は本格推理としては最高部類。何度読んでも、新しい伏線に気付きます。合宿時には誰がビデオを見ていたのか？やなぜ被害者は電話をかけたのか？などの解決は涙物。青春の甘酸っぱさとほろ苦さを感じさせる作品。人を好きになることは大変なんです。早く文庫化して、一人でも多くのミステリファンに読んで欲しい作品。 (森）

『殺人喜劇の13人』
芦辺拓

東京創元社
（一九九〇　東京創元社）　教養とスノビズム。格調と低俗。友情と敵対。義侠と卑劣。それらがない混ぜのアマルガムのような世界を気侭に遊泳する登場人物たち。学生と言う人生の一時期だけ許されるそんな楽園を突如見舞う連続殺人事件に、彼らは生命の危機も忘れ無責任に推理ゲームを競いあう。しかし楽園に、実際に崩壊の槌音を轟かせるのは殺人者でも犯罪でもなく、遙かに絶対的な影響力を誇る「現実」そのものであった。これは裏「匣の中の失楽」とも言うべき、極めて8O年代的な青春ミステリの傑作でもあるのだ。（湯）

『スコットランド古城殺人事件』
井上ほのか

講談社Ｘ文庫ティーンズハート
（一九九〇　講談社）　如何にも少女趣味な外枠に惑わされてはいけない。馬鹿にして読んでいると思わずたじろぐ程、彼女の作品は本格の魂を感じさせる。まずはこの作品を読んで欲しい。トリックは時間の関係で無理があるし、犯人もほぼ見当がつくが、謎の提出の巧さと堅実なロジックがそれを補って余りある。この作者ならではの伝奇的趣向も楽しく、本格ファンなら絶対に読んで損はない筈だ。傑作『ロンドン園遊会殺人事件』の前に読んでおくべき秀作。(葉）

『鎖された旅券』
本岡類

文藝春秋
（一九九一　文藝春秋）　初期には、『飛び鐘伝説殺人事件』のように不可能犯罪を前面に押し出した、ユーモアタッチの本格物の多い作家だが、90年以降の、『真冬の誘拐者』をはじめとする社会的な問題を動機にしたホワイダニット系のものでも、本格の味わいを残している。この小説でも、夫殺しで逮捕された妻の犯行動機を探る弁護士の活動を通して、その妻の心の裏面に迫って行きながら、同時に、最後の解決に向けた伏線にも、配慮を忘れてはいない。（戸）

『バイバイ　スクール』
はやみねかおる

講談社青い鳥文庫
（一九九一　講談社）　「講談社青い鳥文庫？聞いたことがない」なんて思っている人がいるかもしれません。なにせ小学生向けの文庫なのですから。でもこの「はやみねかおる氏」の作品は、訴える内容は小学生向けかも知れませんが、ミステリとしては本格推理そのもの。この作品の犯人たちの心情は、ミステリ作家達の心情ではないでしょうか？ちなみに殺人事件はありません。（森）

『逆回りの時計』
藤桂子

講談社・絶版
（一九九一　講談社）　1984年、『獅子座』で父・藤雪夫と合作デビュー。しかし合作は父の死で僅か二作に留まり、その後一人で『疑惑の墓標』を書き上げる。そして父の代から書き継がれた名探偵・菊地警部のシリーズにピリオドを打ったのが、『獅子座』から数えて四作目になるこの長編である。トリックや展開にさほどの新味はないが、これほど誠実且つ丹念にストーリーを組み上げる作家は珍しい。現在私が最も応援している作家のひとり、頑張れ藤桂子！（葉）

『しゃべくり探偵』
黒崎緑

創元推理文庫
（一九九一　東京創元社）　登場人物が２人しかいない作品はよくあるが、すべて会話文だけで地の文が無いというのを始めて体験した作品。ギャグの応酬に明け暮れ、最初の何行かだけを読むと、しょーもないユーモア小説のようだが、最後まで読んで始めて本格推理だったことに気付く。保住君のギャグはとんでもなくて、相棒の和戸君はかわいそうなくらい。読者の皆さんは、電車などで読んでくすくす笑わないように注意しましょう。（森）

『ある閉ざされた雪の山荘で』
東野圭吾

講談社文庫
（一九九二　講談社）　多様な作風で読者を魅了する東野圭吾が、正統的な本格を書く時のテーマの一つとして取り組んでいるのが叙述トリックであるのは、有名な話である。『仮面山荘殺人事件』や「犯人のいない殺人の夜」等、いくつかの長短編でさまざまな切れ味を見せてくれるが、中でも本作は、極めてシンプルな仕掛けを使いながら、青春ミステリ特有の展開の中に綺麗に溶け込ませ、最大限の効果を挙げることに成功している。ラストの余韻も爽やかだ。（戸）

『時のかたち』
服部まゆみ

東京創元社
（一九九二　東京創元社）　もし、あとがきの作者の言葉「ミステリ小説があまり好きではない」を真に受けこの美しい短編集を敬遠されている向きがあるとしたら、それは不幸な事である。ここにあるのは、上質のミステリに共通する最上級の技巧であり、豊かな「あそび」の精神に他ならないからだ。加えて作者持ち前の美意識に支えられた文体が作品世界を揺るぎのないものとしている。どうか読み捨てなどなさらず、贅を凝らした庭園の小径を散策するように、思いに触れては本書の頁を繰って頂きたい。（湯）

『そして誰もいなくなる』
今邑彩

中公文庫
（一九九三　中央公論社）　余計なものを一切混ぜず、ひたすら本格の面白さで勝負する。さまざまな変化球で勝負する昨今の本格ミステリ界の中にあって、伝統的なフーダニットを守り続ける今邑彩の姿勢は実に頼もしい。その今邑の代表作がこの作品。学園祭でクリスティを上演しようとする演劇部に起こった連続殺人を追うハード・パズラーの力作である。他に『七人の中にいる』などもお薦めだが、『つきまとわれて』などに見られる短編の巧さにも注目したい。（葉）

『凶刀「村正」殺人事件』
佐竹一彦

光文社
（一九九三　光文社）　密室殺人と名刀の盗難事件を追う刑事たちの捜査活動を細かく描いた警察小説である。実際のものに準じていると思われる、彼らの姿の描写が一番のポイントだろうか。特に、刀の行方に迫る部分の展開は読みごたえがあるし、ラストでのドンデン返しにも独特の冴えを見せてくれる。密室の解決も本格ファンの常識の裏をついたものでアッと言わせてくれるが、扱いが余りに中途半端で、犯人の供述で初めて謎が解ける辺りに不満が残るか。（戸）

『日曜の夜は出たくない』
倉知淳

創元推理文庫
（一九九四　東京創元社）　“稀代の騙し屋”倉知淳のデビュー作。様ざまな不可能状況下の事件を、猫丸と名乗る奇妙な青年が謎解きする連作短編集の形式だが、思いがけない結末が読者を待ち受けている。短編集としても、一作一作文体を変えたり、遊び心に満ちた仕掛けが楽しい。笑って、泣いて、驚いてと、本格ミステリの楽しみを満喫させてくれる本書は、その後評価が高まってきた著者の出発点に相応しい、充実の一冊である。（新）

『人間の証明』森村誠一角川文庫・幻冬舎文庫（一九七五　角川書店）	無関係に思えるひとつひとつのストーリーの流れが、最終的には一つに合流する、という三人称・多視点パターンの典型的な作品。あらゆるエピソード・全ての登場人物が密接につながるがゆえに、逆に作り物めいた印象を与える部分もあり、その点が批判されたこともあったが、逆に言えば、それはこのタイプの作品としての完成度の高さを示すものだと言えよう。（広）
『迷路荘の惨劇』横溝正史角川文庫（一九七五　東京文芸社）	どんでん返し、抜け穴、迷路が複雑怪奇に張り巡らされている名琅荘で起こる連続殺人。黒塗りの馬車、煉瓦のトンネル、洞窟、そして片腕のない男。事件解決に乗り出した金田一耕助は、二十年前、やはり名琅荘で起きた陰惨な事件を知らされる。ロマン溢れる巨匠、横溝正史の本格探偵小説。（棚）
『盗作・高校殺人事件』辻真先東京創元社『合本・青春殺人事件』収録（一九七六　朝日ソノラマ）	“意外な犯人”の大技に挑んだ三部作の真ん中に位置する長編。世評高き『仮題・中学殺人事件』（72年）の影に隠れてしまった感があるが、決して完成度に劣るわけではなく、作者の試みを俯瞰する上でも、三部作をまとめて読んでこそ、これらの作品を真に味わったと言えるだろう。ポテトこと牧薩次が巻き込まれた新宿駅爆弾事件を筆頭に繰り広げられる、切ない後味を残す秀作。大技を影で支える小技の積み重ねにも注目して欲しい。（葉）
『他殺岬』笹沢左保光文社文庫・絶版（一九七六　光文社）	ルポライター天知の息子春彦が誘拐された。犯人は妻の自殺の原因が天知の書いた記事にあるとし、復讐の為に誘拐を企てたのだった。「五日後に息子を処刑する」春彦の運命は？　単なる誘拐サスペンスと侮る勿れ。最後に巧妙なトリックによる大どんでん返しが用意されているので油断は禁物だ。木枯し紋次郎シリーズのヒットにより時代小説の寵児となった著者が、ミステリ作家としての復活を宣言した記念すべき本格ミステリの傑作である。（新）
『朱漆の壁に血がしたたる』都筑道夫角川文庫・絶版（一九七七　徳間書店)	都筑の“謎と論理のエンターテインメント”の長編での代表作であろう、物部太郎シリーズの３冊目である。読者から不可解な謎のシチュエーションを募集し、その問題に解決を与えるという、如何にも本格ミステリらしい課題に初挑戦した作品としても名高い。そのせいか、謎の不可解さが先行してしまい、謎と論理のバランスという意味ではシリーズの先行作より多少印象が弱くなった面はあるが、それでも十分楽しませてくれる。（戸）
『透明な季節』梶龍雄講談社文庫・絶版（一九七七　講談社)	最初私はこの作品を暗い話に違いないと思っていた。戦時下で暴力将校の死体が見つかる作品なんて、どう考えても明るい話になりそうもない。乱歩賞受賞作なので一応読んでおこうかと手に取っただけだ。しかし読み始めてみると案外暗くない。さらに読み進めると、意外にもこれは瑞々しい青春ミステリであることが判った。しかも最後まで読んだ結果、非常に優れた本格だったので驚いた。というわけで、強くお薦めする。傑作である。（葉）
『77便に何が起きたか』夏樹静子光文社文庫・角川文庫（一九七七　光文社）	旅客機77便が空中爆破された。乗客のつながりは、そして犯人の目的は何か。表題作の他、ブラックユーモア溢れる名作「特急夕月」。アリバイ崩しの「山陽新幹線殺人事件」。クリスティの名作のパロディとも言える「ローマ急行殺人事件」。乗りものを舞台とした、ロマン溢れるミステリー傑作集。（棚）
『イソップの首に鈴をつけろ』小峰元講談社文庫・絶版（一九七八　講談社)	青春推理小説の開拓者の一人である作者の一連の青春モノの中で、一番本格味が強いのがこの第７長編ではなかろうか。東大入学を果たした地方の若者がタレントデビューするまでの姿を描いた、いつもながらの小峰小説ではあるのだか、並行して彼の周囲で連続殺人が起きて、謎が深まりを見せていく。終章で少女アイドルが謎解きするシーンなど、本格以外の何物でもないだろう。タイトルの寓意が、より強い印象を残しているとしても。（戸）
『Ａサイズ殺人事件』阿刀田高文春文庫（一九七九　文藝春秋）	俺がこの安楽椅子探偵物を高く評価するのは何も探偵が坊主だからではない。俺は坊主フェチではない。碁を打ちながら推理するからではない。俺は碁は分からない。和尚の質問が突飛すぎるからだ。突飛な質問が解決に結びつく。流石に阿刀田、ハッタリ効かせてる。因に、某ミステリ評論家が「方丈さん」という呼びかけ（方丈は和尚と同義語）を和尚の名前と勘違いして「方丈和尚」と言っていたが、大笑いだった。（ヘ）
『奪われた死の物語』皆川博子講談社文庫・絶版（一九七九　講談社『花の旅　夜の旅』改題）	皆川博子は何を挙げたらいいか本当に迷う。『旅芝居殺人事件』（協会賞受賞作）や『妖かし蔵殺人事件』などの芸道ミステリも捨て難いのだが、ここでは作者の作品中、最もトリッキーな構成を持つこの長編を挙げておこう。女性誌に掲載される五つの幻想短編と、その作者の執筆ノートが交互に登場し、やがてそれらは一本の長編に融合する。作中作を挟み込んだ作者の巧緻な企みがラストで美しく昇華する皆川ミステリの代表作。（葉）
『名探偵は千秋楽に謎を解く』戸松淳矩朝日ソノラマ文庫・絶版（一九七九　朝日ソノラマ）	ユーモアミステリ色の濃厚なジュヴナイル作家、という印象しかない作家かも知れないが、実は骨格のしっかりした本格ミステリであることは余り知られていない。処女長編でも、ドタバタ喜劇の展開の中で、連載小説を真似て連続する怪事件、幼女の誘拐ととんでもない身代金要求、といった事件が連続するのだが、丹念に引かれた伏線を拾いあげながら最後に与えられる解決には、きれいな論理が感じられる。早すぎた叙情本格派なのだ。（戸）
『煙の殺意』泡坂妻夫講談社文庫・絶版（一九八〇　講談社）	奇妙な謎ととぼけた展開が、やがて凄まじい結論に辿り着く「紳士の園」。平凡な殺人事件の裏に秘められた驚愕の真相を描くホワイダニット・ミステリの大傑作「煙の殺意」。そして、この作品の前では全ての褒め言葉も色褪せる絶品「椛山訪雪図」。この作品集が面白くなかったら、あなたは本格ミステリが嫌いなのです。短編の醍醐味を存分に味わえる豪奢な本格の宝石箱、世界レベルでも最高格の完成度を誇る至福のミステリ短編集。（葉）
『終着駅（ターミナル）殺人事件』西村京太郎光文社文庫・双葉文庫（一九八〇　光文社）	七年ぶりに故郷青森へ向かう七人の同窓生か次々に殺されていく。誰が？何の目的で？連続殺人のサスペンスも見事だが、圧巻は何といっても、全編から滲み出る郷愁だろう。加えて数々のトリックが散りばめられた本書は、謎解きの醍醐味も満喫させてくれる。西村版『そして誰もいなくなった』ともいうべき本書は、著者の昭和五十年代を代表する佳作であり、昭和五十六年度日本推理作家協会賞を受賞した。（新）
『高校野球殺人事件』中町信徳間文庫・絶版（一九八〇　徳間書店）	折原一がデビューするまで、叙述トリックの分野をほぼ一人で担っていた作家である。と言うより、叙述形式をミステリの素材としている感のある折原と違い、ただ読者を騙すためだけに叙述トリックを駆使している作家と言えるだろうか。成功例もあれば明らかな失敗作もあるが、あの手この手のテクニックが楽しめる。中でも、最初期のこの長編は、物語と叙述トリックとのバランスが良く、素直な読者ならまず引っ掛かることだろう。（戸）
『超人探偵』小林信彦新潮文庫・絶版（一九八一　新潮社）	本格としては『超人探偵』のほうが読みごたえがあるが、名探偵のパロディ化という意図を追求すればその前作『神野推理氏の華麗な冒険』に軍配が上がる。そのためどちらを挙げるか迷うところだが、取り敢えず単純に本格の面白さで選んでみた。いずれも良く出来た短編であるが、本書の白眉は「ヨコハマ1958」。某作家の有名作品と同じトリックが使われているが、解明されたときの美しさはこちらのほうが上、と言えるかもしれない。（葉）
『氷の女』落合恵子集英社文庫（一九八一　祥伝社）	スキャンダルで名士の座を追われた弁護士。自宅のバルコニーから転落死した女性評論家。そして、殴殺された政界のプリンス。一見、何の関連もない三つの事件の裏には、ひとりの女の深い悲しみと怒りがあった。文化放送〈セイ・ヤング〉で人気を誇る（いつの話やねん。）レモンちゃん落合恵子（誰が知っとるちゅうねん。）が初の本格推理に挑んだ野心作。（棚）
『香水と手袋』佐野洋文春文庫（一九八一　文藝春秋）	二週間ハワイで遊んできたら、庭の植木が増えていた（見慣れぬ庭木）。電話ボックスに置き忘れられたハンドバッグを自宅に持ち帰ったら、“正義の味方”から電話がかかってきた（拾った札束）。これには何の意味がある？　普通に書けば平凡な話でも、違った角度から書くことによって斬新な短編に仕上げることができるという見本のような短編集。法律事務所の若き調査員・宝田咲子の推理を描く、ちょっとお洒落な軽本格。（葉）
『ローカル線に紅い血が散る』辻真先徳間文庫・絶版（一九八二　徳間書店）	鉄道マニアとしても知られる辻真先が、廃線の日を迎えたローカル線を題材にして、時刻表を一切使わずに書いた、極めてストレートな鉄道ミステリ。廃線となった日に見つかった轢死体、という不可能犯罪を、その裏に潜む動機にも目を配りながら真っ向から描いた作品である。各章のタイトルこそマニアックだが、鉄道嫌いの人にも無理なく読めるように配慮してある点にも好感を覚える。十五年経っても、決して古びていないテーマだ。（戸）
『燃えた花嫁』山村美紗光文社文庫（一九八二　光文社）	京都で開かれるファッション・ショーに集まったモデルたちが次々と殺され、遂には首相令嬢に贈られたウェディング・ドレスが燃え上がり花嫁が焼死する。密室内で起こった不可解な二つの焼死事件をはじめ、大小取り混ぜてのトリックが散りばめられた華やかな本格推理。デビュー当時は稀少な女性の本格推理作家として将来を嘱望されていた山村美紗の代表作、『花の棺』『百人一首殺人事件』に続く名探偵キャサリン・シリーズ。（葉）
『目黒の狂女』戸板康二講談社・絶版（一九八二　講談社）	御存知、歌舞伎の名優・中村雅楽の人情味溢れる推理譚十編。派手な事件はありません。殺人も、悪人も出てきません。でもここには、飛びきりの謎があります。もちろん歌舞伎を知らない人にも、文句なく楽しめます。「目黒の狂女というわけだな。狂女は目黒に限る」よっ、高松屋。粋だねえ。（棚）
『ホック氏の異郷の冒険』加納一朗角川文庫／天山文庫・絶版（一九八三　角川書店）	明治二十四年、政府の機密文書が盗難に遭った。開業医・榎は、大臣陸奥宗光の邸で引き合わされた奇妙な英国人と共に文書探索に乗り出すことになる――シャーロック・ホームズ、日本に登場。文明開化華やかなりし帝都を舞台に、純和風家屋の密室、名探偵の弱点を衝いた暗号などの凝りに凝った趣向を贅沢に詰め込んだ、時代本格ミステリの傑作にしてホームズ贋作の最高級品。自信を持ってお薦めできる日本推理作家協会賞受賞作。（葉）
『アガサ・クリスティ殺人事件』河野典生祥伝社ノン・ポシェット（一九八三　祥伝社）	タイトルにはクリスティとあるが、実際に登場するのはポワロとヘイスティングス。しかも舞台はインド。とはいえ主人公は日本人だから、海外物が苦手な人にも違和感はないはず。舞台や人物をきっちりと書き込んでいるからか、そのストーリー展開は上等のワインを読んでいるよう。タイトルこそ陳腐な響きかもしれないが、中身はしゃれた本格といってよい。ハードボイルド系河野典生の意外な傑作。（浅）
『運命の八分休符』連城三紀彦文春文庫（一九八三　文藝春秋）	冴えない青年・田沢軍平くんの周りには、何故か事件を抱えた美女ばかり。叶えられない恋を運命づけられた青年が出会う、五人の美女と五つの事件。連城には珍しいユーモア・タッチながら、ほのかなユーモアが一層、報われない恋の切なさをかき立てるところはやはりこの作者ならでは。ちなみに、連城の短編の中から最も好きな作品を挙げろと言われたら、私はこの中の「観客はただ一人」を選びます。比類なき名品だと思います。（葉）
『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦新潮文庫・絶版（一九八三　実業之日本社）	数ある連城ミステリの中でも、本短編集は技巧面におけるひとつの里程標であろう。と同時に、これはミステリであるが故に書き得た、優れた「愛」の物語でもある。人間という業の深い動物の繰り広げる様々な「愛」。異常な愛、歪んだ愛、許されざる愛。終幕に至り、衝撃と共に読者へ提示される、それら圧倒的な存在感を持つ「愛」の変容。この達成だけのために作者はことさらに作品世界を騙り、あるいは反転させる。そう筆者には思えてならないのだが。（湯）
『訃報は午後二時に届く』夏樹静子文春文庫（一九八三　文藝春秋）	夏樹静子円熟期の代表作。冒頭、主人公が深夜に電話で謎の女から呼び出されるシーンから殺人事件の被疑者として嫌疑を受け失踪、その後の結末に至るまで、その計算し尽くされた展開には脱帽するしかない。『蒸発』『Ｗの悲劇』のような派手さこそないが、隙のない構成という点ではむしろ上である。サスペンス小説と見られがちだが、本格としてももっと評価されていい作品。(浅）
『おやじに捧げる葬送曲』多岐川恭講談社ノベルス・絶版（一九八四　講談社）	ミステリと言えば、密室だのアリバイ崩しだの、或いは嵐の山荘だの不気味な洋館だのといったベタな記号でしか認識していない種族がいる。信じられないことに作家（それも売れっ子の）にもいる。俺はそんな恥ずかしいヤツの書いたミステリなんか嫌だ。多岐川恭はそんなベタな記号とは無縁なところでミステリを書いていた作家だった。その多岐川恭が最後に放った傑作がこれだ。これを詰まらないと思うヤツは死んでしまえ。（ヘ）
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』島田荘司集英社文庫（一九八四　集英社）	ホームズのパロディでありながら、夏目漱石のパロディも一緒にやってしまう・・・それが島田荘司のすごいところ。夏目漱石から見たホームズの描写がとんでもなくて、ホームズを尊敬している人には、なかなか薦めづらい。だが、最後には夏目漱石とホームズの間には、友情がしっかり結ばれているように見受けられる。夏目漱石の名探偵ぶりと、隠されたホームズ秘話を楽しむ作品。（森）
『阿蘇・雲仙　逆転の殺人』深谷忠記光文社文庫（一九八六　光文社）	現在では社会派の色彩が濃くなり、動機や事件の背景なども重視した作風に変わってしまった作者であるが、初期には、新本格派も顔負けの大仕掛けトリックをメインにした、ガチガチの本格ミステリを多く書いていた。島田荘司らと違い、舞台設定や展開が現実的であり過ぎたために、旧来の本格社会派、という印象を与えていただけではなかろうか。本作も、愛情込めて“バカ”と呼びたくなるトリックが印象に残る一編である。（戸）
『北斎殺人事件』高橋克彦講談社文庫（一九八六　講談社）	写楽・北斎・広重で構成される浮世絵三部作の第二作で日本推理作家協会賞受賞作。北斎＝スパイ説と現在の殺人事件とを結びつける手法は『写楽』と変わらないが、小説技術は格段に向上しており、『写楽』で感じた現実と過去での結び付けに対する違和感は感じさせない。シリーズ名探偵塔馬双太郎の活躍も楽しめる高橋の代表作。写楽・北斎と読まれた方は是非とも広重を読んでほしい。本格で「悲しい」と感じさせる数少ない作品だ。（浅）
『二重裁判』小杉健治集英社文庫（一九八六　廣済堂書店）	法廷小説として名高いこの小説を、本格として挙げるのはズルいのかも知れない。しかし、サスペンス溢れる前半を過ぎた後半の展開は、本格としても十分楽しめる筈である。無実を叫びながら獄中死した兄の名誉を取り戻すために奔走していた妹が、真犯人と信じた男を殺したとして逮捕される。情状酌量を目指す弁護士が調査を進めるうちに、意外な事実に辿り着く。伏線の張り方の不満を吹き飛ばす、ラストの逆転が鮮やかだろう。（戸）
『しあわせの書』泡坂妻夫新潮文庫（一九八七　新潮社）	俺が大学にいた頃、この本を皆に薦められた。「しあわせになれるよ」と言われた。読んだ。ほんとにしあわせになった。博愛主義の俺は人にもしあわせを分けてやりたくて皆に薦めた。皆喜んだ。しあわせになった。中にふたりだけ、しあわせにならなかったヤツらがいた。そいつらは最後まで読んでもあの仕掛けに気づかなかった大馬鹿野郎（ひとりは女）だったのだ。俺達は皆でそのふたりを嘲笑した。（ヘ）
『水中眼鏡の女』逢坂剛文春文庫（一九八七　文藝春秋）	表題作ほか二編の中編から成る作品集。「80年代日本ミステリ博物館」なんてものがあるとしたら、いずれも常設展示しておきたい作品ばかりである。謎、サスペンス、技巧、あらゆる手練手管を尽くしては読み手を楽しませ、それでいてけして上段に構えるでなしに、人間の影なる領域を見事に探り当てている。これで五百円でおつりがくるとは、何とコストパフォーマンスの良い事だろうか。（湯）
『七つの棺』折原一創元推理文庫（一九八八『五つの棺』→九二　東京創元社）	「密室は時代遅れ」と言う言葉にパロディをもって対抗した折原一のデビュー作『五つの棺』の改訂増補版。七つの短編全てが密室で、かつ古今東西の密室もののパロディで構成されている本書は、叙述トリックだけでないユーモリスト折原の魅力を十二分に感じさせる作品集である。主人公である迷探偵黒星警部の活躍は『猿島館の殺人』（光文社文庫）以後見られないが、その再登場を待っている読者は多い。（浅）
『風よ、緑よ、故郷よ』岩崎正吾東京創元社（一九八八　東京創元社）	小栗上野介の埋蔵金が眠るという言い伝えが残る村に、突如起こった怪獣騒ぎ。一方、主人公は教職を辞し、父の死の謎と向き合うために故郷に還る。舞台は田舎でも土俗的ではなく、土の匂いがするが洗練されている。さりげない伏線を張った正統なる本格ミステリであると同時に、登場人物の個性を豊かに鮮やかに描いた青春小説としても成功を収めた作品。横溝以来の“田園派”を名乗る作者の爽やかな叙情的本格ミステリ。（葉）
『奇想、天を動かす』島田荘司光文社文庫（一九八九　光文社）	消費税を請求されたことに腹を立てた老人が店の主婦を刺殺。最初単純なものと思われたこの事件は、やがて意外な展開を見せる。密室からの死体消失をはじめ、表題通り奇想天外な謎が次から次へと繰り出され、果たして全部合理的に解けるのか、読みながら不安を覚えるほどである。著者が目指した本格派と社会派との融合が最も理想的な形で結実した傑作。ずしりと思いテーマと贅沢に盛り込まれたトリックが、読後深い余韻を残してくれる。（新）
『鳥人計画』東野圭吾新潮文庫（一九八九　新潮社）	スキーのジャンプ選手が殺され、コーチが犯人として逮捕された。彼は監獄の中で、自分を警察に密告したのは誰なのか推理を始める……ジャンプ競技を扱った珍しいスポーツ・ミステリであり、犯人捜しではなく“密告者捜し”という着想が光っている。常にミステリの新しい切り口を捜し求めて工夫を凝らす東野の開拓精神が産みだした最良の作品のひとつであり、これを読んでおけば長野オリンピックが一層楽しくなるかもしれません。（葉）
『仮面の祝祭２／３』笠原卓創元推理文庫（一九八九　東京創元社）	この本の表紙が内容を暗示したものであることは葉山響君から指摘された。そう言われればそうだ。味な真似だ。それで俺が思い出したのはケネス・ブラマー監督・主演の映画『愛と死の間で』のポスターだ。あのポスターも実は映画の内容を暗示していた。それとは関係ないが、ダリオ・アルジェント監督の映画『サスペリア２』の本国イタリア版サントラのジャケットはオチをモロにバラしてる。（ヘ）
『殺人方程式　切断された死体の問題』綾辻行人光文社文庫（一九八九　光文社）	新興宗教の教主が首を切られて殺された。犯人は何故首を切らなければならなかったのか？　綾辻と言えば、館シリーズに代表される幻想的なミステリのイメージが強いが、この作品では比較的現実性の強い舞台を設定した上でオーソドックスな本格に挑戦している。しかしその真相は館シリーズに負けず劣らず豪快なもので、現実的な舞台設定を逆手にとって驚くべき真相を用意したところは流石。“首を切る理由”を追求した秀作である。（葉）
『記念樹』依井貴裕東京創元社（一九九〇　東京創元社）	大学生の青春ミステリと侮ってはいけない。いたるところに張り巡らせた伏線と論理的な決着は本格推理としては最高部類。何度読んでも、新しい伏線に気付きます。合宿時には誰がビデオを見ていたのか？やなぜ被害者は電話をかけたのか？などの解決は涙物。青春の甘酸っぱさとほろ苦さを感じさせる作品。人を好きになることは大変なんです。早く文庫化して、一人でも多くのミステリファンに読んで欲しい作品。 (森）
『殺人喜劇の13人』芦辺拓東京創元社（一九九〇　東京創元社）	教養とスノビズム。格調と低俗。友情と敵対。義侠と卑劣。それらがない混ぜのアマルガムのような世界を気侭に遊泳する登場人物たち。学生と言う人生の一時期だけ許されるそんな楽園を突如見舞う連続殺人事件に、彼らは生命の危機も忘れ無責任に推理ゲームを競いあう。しかし楽園に、実際に崩壊の槌音を轟かせるのは殺人者でも犯罪でもなく、遙かに絶対的な影響力を誇る「現実」そのものであった。これは裏「匣の中の失楽」とも言うべき、極めて8O年代的な青春ミステリの傑作でもあるのだ。（湯）
『スコットランド古城殺人事件』井上ほのか講談社Ｘ文庫ティーンズハート（一九九〇　講談社）	如何にも少女趣味な外枠に惑わされてはいけない。馬鹿にして読んでいると思わずたじろぐ程、彼女の作品は本格の魂を感じさせる。まずはこの作品を読んで欲しい。トリックは時間の関係で無理があるし、犯人もほぼ見当がつくが、謎の提出の巧さと堅実なロジックがそれを補って余りある。この作者ならではの伝奇的趣向も楽しく、本格ファンなら絶対に読んで損はない筈だ。傑作『ロンドン園遊会殺人事件』の前に読んでおくべき秀作。(葉）
『鎖された旅券』本岡類文藝春秋（一九九一　文藝春秋）	初期には、『飛び鐘伝説殺人事件』のように不可能犯罪を前面に押し出した、ユーモアタッチの本格物の多い作家だが、90年以降の、『真冬の誘拐者』をはじめとする社会的な問題を動機にしたホワイダニット系のものでも、本格の味わいを残している。この小説でも、夫殺しで逮捕された妻の犯行動機を探る弁護士の活動を通して、その妻の心の裏面に迫って行きながら、同時に、最後の解決に向けた伏線にも、配慮を忘れてはいない。（戸）
『バイバイ　スクール』はやみねかおる講談社青い鳥文庫（一九九一　講談社）	「講談社青い鳥文庫？聞いたことがない」なんて思っている人がいるかもしれません。なにせ小学生向けの文庫なのですから。でもこの「はやみねかおる氏」の作品は、訴える内容は小学生向けかも知れませんが、ミステリとしては本格推理そのもの。この作品の犯人たちの心情は、ミステリ作家達の心情ではないでしょうか？ちなみに殺人事件はありません。（森）
『逆回りの時計』藤桂子講談社・絶版（一九九一　講談社）	1984年、『獅子座』で父・藤雪夫と合作デビュー。しかし合作は父の死で僅か二作に留まり、その後一人で『疑惑の墓標』を書き上げる。そして父の代から書き継がれた名探偵・菊地警部のシリーズにピリオドを打ったのが、『獅子座』から数えて四作目になるこの長編である。トリックや展開にさほどの新味はないが、これほど誠実且つ丹念にストーリーを組み上げる作家は珍しい。現在私が最も応援している作家のひとり、頑張れ藤桂子！（葉）
『しゃべくり探偵』黒崎緑創元推理文庫（一九九一　東京創元社）	登場人物が２人しかいない作品はよくあるが、すべて会話文だけで地の文が無いというのを始めて体験した作品。ギャグの応酬に明け暮れ、最初の何行かだけを読むと、しょーもないユーモア小説のようだが、最後まで読んで始めて本格推理だったことに気付く。保住君のギャグはとんでもなくて、相棒の和戸君はかわいそうなくらい。読者の皆さんは、電車などで読んでくすくす笑わないように注意しましょう。（森）
『ある閉ざされた雪の山荘で』東野圭吾講談社文庫（一九九二　講談社）	多様な作風で読者を魅了する東野圭吾が、正統的な本格を書く時のテーマの一つとして取り組んでいるのが叙述トリックであるのは、有名な話である。『仮面山荘殺人事件』や「犯人のいない殺人の夜」等、いくつかの長短編でさまざまな切れ味を見せてくれるが、中でも本作は、極めてシンプルな仕掛けを使いながら、青春ミステリ特有の展開の中に綺麗に溶け込ませ、最大限の効果を挙げることに成功している。ラストの余韻も爽やかだ。（戸）
『時のかたち』服部まゆみ東京創元社（一九九二　東京創元社）	もし、あとがきの作者の言葉「ミステリ小説があまり好きではない」を真に受けこの美しい短編集を敬遠されている向きがあるとしたら、それは不幸な事である。ここにあるのは、上質のミステリに共通する最上級の技巧であり、豊かな「あそび」の精神に他ならないからだ。加えて作者持ち前の美意識に支えられた文体が作品世界を揺るぎのないものとしている。どうか読み捨てなどなさらず、贅を凝らした庭園の小径を散策するように、思いに触れては本書の頁を繰って頂きたい。（湯）
『そして誰もいなくなる』今邑彩中公文庫（一九九三　中央公論社）	余計なものを一切混ぜず、ひたすら本格の面白さで勝負する。さまざまな変化球で勝負する昨今の本格ミステリ界の中にあって、伝統的なフーダニットを守り続ける今邑彩の姿勢は実に頼もしい。その今邑の代表作がこの作品。学園祭でクリスティを上演しようとする演劇部に起こった連続殺人を追うハード・パズラーの力作である。他に『七人の中にいる』などもお薦めだが、『つきまとわれて』などに見られる短編の巧さにも注目したい。（葉）
『凶刀「村正」殺人事件』佐竹一彦光文社（一九九三　光文社）	密室殺人と名刀の盗難事件を追う刑事たちの捜査活動を細かく描いた警察小説である。実際のものに準じていると思われる、彼らの姿の描写が一番のポイントだろうか。特に、刀の行方に迫る部分の展開は読みごたえがあるし、ラストでのドンデン返しにも独特の冴えを見せてくれる。密室の解決も本格ファンの常識の裏をついたものでアッと言わせてくれるが、扱いが余りに中途半端で、犯人の供述で初めて謎が解ける辺りに不満が残るか。（戸）
『日曜の夜は出たくない』倉知淳創元推理文庫（一九九四　東京創元社）	“稀代の騙し屋”倉知淳のデビュー作。様ざまな不可能状況下の事件を、猫丸と名乗る奇妙な青年が謎解きする連作短編集の形式だが、思いがけない結末が読者を待ち受けている。短編集としても、一作一作文体を変えたり、遊び心に満ちた仕掛けが楽しい。笑って、泣いて、驚いてと、本格ミステリの楽しみを満喫させてくれる本書は、その後評価が高まってきた著者の出発点に相応しい、充実の一冊である。（新）

執筆者はそれぞれの紹介文の後に名字の一文字が入っています。

……以上五十編、いかがでしたでしょうか。五十作の選定にはそれなりに力を入れたつもりですが、しかしまだまだ埋もれた傑作は存在するかもしれませんし、五十作を選ぶ際に残念ながら落とさざるを得なかった作品も複数あります。あとはご自分で“埋もれた本格”をお探しください。また、自分だったらこれを選ぶ、などの御感想もお待ちしております。

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第一回合同企画 『本格ミステリ・ベスト１００』拾遺集

『人間の証明』森村誠一

『迷路荘の惨劇』横溝正史

『盗作・高校殺人事件』辻真先

『他殺岬』笹沢左保

『朱漆の壁に血がしたたる』都筑道夫

『透明な季節』梶龍雄

『77便に何が起きたか』夏樹静子

『イソップの首に鈴をつけろ』小峰元

『Ａサイズ殺人事件』阿刀田高

『奪われた死の物語』皆川博子

『名探偵は千秋楽に謎を解く』戸松淳矩

『煙の殺意』泡坂妻夫

『終着駅（ターミナル）殺人事件』西村京太郎

『高校野球殺人事件』中町信

『超人探偵』小林信彦

『氷の女』落合恵子

『香水と手袋』佐野洋

『ローカル線に紅い血が散る』辻真先

『燃えた花嫁』山村美紗

『目黒の狂女』戸板康二

『ホック氏の異郷の冒険』加納一朗

『アガサ・クリスティ殺人事件』河野典生

『運命の八分休符』連城三紀彦

『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦

『訃報は午後二時に届く』夏樹静子

『おやじに捧げる葬送曲』多岐川恭

『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』島田荘司

『阿蘇・雲仙 逆転の殺人』深谷忠記

『北斎殺人事件』高橋克彦

『二重裁判』小杉健治

『しあわせの書』泡坂妻夫

『水中眼鏡の女』逢坂剛

『七つの棺』折原一

『風よ、緑よ、故郷よ』岩崎正吾

『奇想、天を動かす』島田荘司

『鳥人計画』東野圭吾

『仮面の祝祭２／３』笠原卓

『殺人方程式 切断された死体の問題』綾辻行人

『記念樹』依井貴裕

『殺人喜劇の13人』芦辺拓

『スコットランド古城殺人事件』井上ほのか

『鎖された旅券』本岡類

『バイバイ スクール』はやみねかおる

『逆回りの時計』藤桂子

『しゃべくり探偵』黒崎緑

『ある閉ざされた雪の山荘で』東野圭吾

『時のかたち』服部まゆみ

『そして誰もいなくなる』今邑彩

『凶刀「村正」殺人事件』佐竹一彦

『日曜の夜は出たくない』倉知淳

第一回合同企画
『本格ミステリ・ベスト１００』拾遺集

『人間の証明』
森村誠一

『迷路荘の惨劇』
横溝正史

『盗作・高校殺人事件』
辻真先

『他殺岬』
笹沢左保

『朱漆の壁に血がしたたる』
都筑道夫

『透明な季節』
梶龍雄

『77便に何が起きたか』
夏樹静子

『イソップの首に鈴をつけろ』
小峰元

『Ａサイズ殺人事件』
阿刀田高

『奪われた死の物語』
皆川博子

『名探偵は千秋楽に謎を解く』
戸松淳矩

『煙の殺意』
泡坂妻夫

『終着駅（ターミナル）殺人事件』
西村京太郎

『高校野球殺人事件』
中町信

『超人探偵』
小林信彦

『氷の女』
落合恵子

『香水と手袋』
佐野洋

『ローカル線に紅い血が散る』
辻真先

『燃えた花嫁』
山村美紗

『目黒の狂女』
戸板康二

『ホック氏の異郷の冒険』
加納一朗

『アガサ・クリスティ殺人事件』
河野典生

『運命の八分休符』
連城三紀彦

『夜よ鼠たちのために』
連城三紀彦

『訃報は午後二時に届く』
夏樹静子

『おやじに捧げる葬送曲』
多岐川恭

『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』
島田荘司

『阿蘇・雲仙　逆転の殺人』
深谷忠記

『北斎殺人事件』
高橋克彦

『二重裁判』
小杉健治

『しあわせの書』
泡坂妻夫

『水中眼鏡の女』
逢坂剛

『七つの棺』
折原一

『風よ、緑よ、故郷よ』
岩崎正吾

『奇想、天を動かす』
島田荘司

『鳥人計画』
東野圭吾

『仮面の祝祭２／３』
笠原卓

『殺人方程式　切断された死体の問題』
綾辻行人

『記念樹』
依井貴裕

『殺人喜劇の13人』
芦辺拓

『スコットランド古城殺人事件』
井上ほのか

『鎖された旅券』
本岡類

『バイバイ　スクール』
はやみねかおる

『逆回りの時計』
藤桂子

『しゃべくり探偵』
黒崎緑

『ある閉ざされた雪の山荘で』
東野圭吾

『時のかたち』
服部まゆみ

『そして誰もいなくなる』
今邑彩

『凶刀「村正」殺人事件』
佐竹一彦

『日曜の夜は出たくない』
倉知淳