謎宮会 1997/5

自己中心的毒書日記 −1997.5−

浅井 秀明


 楡周平の『クーデター』に原発問題がちらっと出てくるが、原発に反対している人は、原発を全て停止したとき、その代わりの電力量をどこから得ようするのかを考えたことがあるのだろうか。多分、原発がどれだけの電力量を産み出しているのかを、そしてその電力量が失われたとき社会にどのような影響を与えるのかを考えたことなどこれっぽちもないのだろう。反対する権利は誰に出もあるので止めることはできないが、代案も考えずに反対をしているのでは誰も納得させることはできない。もちろん、全てが正しいとも思ってはいないけれど。


○月○日 ということで楡周平『クーデター』(宝島社)。タイトル通り、ある新興宗教団体がクーデターを起こすまでを書いたものある。同時進行で書かれているロシアン・マフィアの武器密輸、そしてそれを追うアメリカCIA、そして世界の、特に危険地帯を廻っているフリージャーナリストとその恋人であるアメリカニュース専門TVの日本支社のキャスターとの人間模様が同時進行し、そして知らないところでクーデターと関わって行く。

前作『Cの福音』が今一つであったため、それほど期待もせず読んだのだが、これが意外と面白かった。新興宗教など着眼点はありきたりだが、今の日本の数多くある問題点(日本人の危機意識の低さ、官僚問題、原発問題、防衛問題、政治家のレベルの低さなど)を拾い出し、それをクーデターと上手く結び付けている。クーデターの最終目標はなかなか見つけることはできないのではないか。

……と、事件の部分は面白いし、場面展開がスピーディーなので一気に読む気にさせるのだが、事件に絡まる人がさっぱり面白くない。別に『人間が描けていない』ことは私自身の評価にそれほど影響はないつもりだが、出てくる人間が操り人形でしかないのはちょっと問題。そのくせ『心理面』に納得いかない人の動きが多い(特にジャーナリストとキャスター)。そして一番問題なのは、このクーデターの結末。これだけ綿密に立てた割にはあっさりしすぎていないかい、この結末は。計画の緻密さに比べて結末が間抜けすぎる。ページを増やし、上下巻にしてでももっとページを割くべきではなかったかな。そうすればたしかに取材の部分はフォーサイスを凌いだことになると思う。それでも前作よりは面白かったので、★★☆。

 蛇足だが、郷原宏の帯は上手いと思う(皮肉)。「この物語の熱量は、フォーサイスをも凌ぐ」とは上手い表現だ。だれも「物語」としてフォーサイスを凌ぐとは書いていないから、いくらでも弁解はできるよね。しかし「熱量」とは何をさすの?


○月○日 一体何度目の漫画化なんでしょう? 江戸川乱歩原作・山田貴敏画『少年探偵団第1巻 怪人二十面相』(小学館)。第1巻では『怪人二十面相』の羽柴家事件と『大金塊』が漫画化されている。原作の『大金塊』には怪人二十面相は出ていなかったはずだが……。ちなみに推薦は井沢元彦(随分と素っ気ない推薦だが)、解説は我孫子武丸、そして帯は北方謙三(何故?)という豪華メンバーである。ただ、我孫子武丸の肩書きが[ゲームソフト『かまいたち』原作者]は可哀想である。

 ホームズの漫画化など、最近は色々な作品の漫画化が目立つが、『少年探偵団』は予想外だった。調査不足で申し訳ないが、最近の小学校で少年探偵団シリーズは昔ほど読まれていないのではないだろうか。私が子供の頃(解説の我孫子武丸よりは年下です)はかなりの人が読んでいたと思うし、ミステリの世界に入る原点はやはり少年探偵団であったのだが、最近のミステリファンはどうなんだろう。『少年探偵団』は今読むと確かに古い部分があるかもしれないが、あのころ私達に与えてくれた《恐怖》と《ドキドキ》、そして《冒険心》は今でも同じだと思う。

 かつては藤子不二雄(ちなみにAの方)など複数の人によって漫画化されてきた『少年探偵団』シリーズだが、残念だから全てが漫画化されたわけではなかった。今回はどこまで漫画化されるかはわからないが、どうせなら全てを漫画化してほしいと思う。

 さて問題の中身であるが、乱歩風の耽美な絵ではなく、いかにも少年漫画らしい素直な絵になっており、好感が持てる。ただ小林少年の絵が「リンゴのようなほっぺ」じゃないのは残念。問題は、怪人二十面相の設定がホラーで味付けしてしまっていること。漫画家自身のアレンジなのか、それとも編集者の意見なのかはわからないが、スポーツの好敵手みたいな存在であったはずの怪人二十面相がかなり不気味な人物になってしまった。今のところは『少年探偵団』の世界を壊すのではないかと心配なのだが、この設定を生かして原作をどう料理するか、漫画化の腕前を見せてもらおう。漫画化自体は嬉しかったので★★★☆。さて、この本、実は《まんが 江戸川乱歩シリーズ》となっているのだが、大人物も漫画化する予定なのだろうか?


○月○日 やっと読めた梅原克文『ソリトンの悪魔 上・下』(朝日ソノラマ)。今頃読んでこう書くのも何だが、これはSF近未来海洋冒険物の大傑作である。“ソリトン”という設定といい、海洋という舞台といい、読者に本を閉じさせないほどの展開の早さといい、とにかく面白い。無条件でこれは読め(といってもみんな読んでいるだろうなあ)という感じの★★★★★。ただ、やっぱりこれは“ミステリ”よりも“SF”の範疇という気もしますがね。まあ、『日本沈没』や『妄想銀行』(どっちも傑作だぞ)も協会賞を取っているんだから、この作品が協会賞を取ることには何の問題もなし。


○月○日 これも今さらという気もするのだが、ジョン・ダニング『死の蔵書』(ハヤカワ・ミステリ文庫)。古書業界を舞台にし、主人公も博覧強記をほこる刑事(後に古本屋)で、いたるところに古本(ミステリも多い)に対する蘊蓄が書かれていれば、普通のミステリ読者は飛びつくし、面白いと思うだろうな。まあ、実際に面白かったのは事実。けれどその部分だけをとりあげる小説ではなく、ハードボイルドとして読んでも面白い。そのくせ事件はしっかりミステリしているところも嬉しい。まあ、「クイーンばりの複雑な伏線」は大袈裟とは思うが。昨年度の1位という話も頷けないことではない。

 しかし、?マークをつけるところがあったのは事実。特に問題なのは、古書をめぐる殺人事件という本章の部分と、主人公が刑事をやめる羽目になった事件の二つの物語が、どちらもインパクトのある物語になっているため、二つが分裂した印象を受けること。刑事をやめるだけならもっと単純な事件にした方がよかったのではないだろうか。

 他にも伏線が上手く張れていない、主役クラスに比べて脇役の描き方や扱い方がひどいなどの問題点もある。しかしこういう事を言うのも作者に力があるから言えること。面白かったのは事実だし、力作と思う。ということで★★★★。問題は二作目。多分シリーズ化するとつまらなくなるだろうなあ、と予言をしておく。


○月○日 横溝賞作家だったらしい、柴田よしき『少女達がいた街』(角川書店)。香月君から面白いという話を聞いて読んでみたが、残念ながら私には?。良く書けているとは思うのだが。

 前半部分は1975年の渋谷。主人公が徐々に事件に巻き込まれていく様を、ロックを背景にして丹念に書かれているのだが、正直に言ってのれなかった。ディープパープルなどに何の興味を持たない(持つこともできない)自分にとっては、残念ながら前半部の主人公や周りの人たちの心情に付いていくことができない。そんな重い気分のままで現代が舞台の後半に流れ込んでしまったため、ついに最後まで気分が乗ることができなかった。多分、ロックファンでなくても十分に面白く読むことのできる青春ミステリなんでしょう。のれなかった部分を無視して★★★。


○月○日 杉本伶一『スリープ・ウォーカー』(講談社ノベルス)。著者が書いてあるとおり、主人公の私立探偵のモチーフは「タフでなければ、六百八十円で生きていけない、優しくなければ、誰も金を貸してくれない」。誰かに頭を殴られて殺されかけ、一時的な記憶喪失になる。何故殴られたのか、それを追いかけ、事件の真相を見つけだすという典型的なハードボイルドの一パターン。これだけなら何の面白味もないハズなのだが、面白くなっているのは私立探偵の設定。元ホストで落語が好きで自分で漬け物を漬け、記憶喪失になる前の所持金が六百八十円という設定は笑わせる。そのくせしっかりとタフなハードボイルドを演じるところは実におかしい。そういう意味では思わぬ拾い物をしたという感じ。しかし手放しで面白がることができない部分があるのは、事件の設定に無理があることだと思う。

 映画を見ているような場面の切替でテンポよく話が進むため、時間を忘れて読むことができた。最初期待をしていなかったのがいい意味で裏切られたこともあり、ちょっと嬉しくなって★★★☆。


○月○日 山田風太郎の明治小説全集(『警視庁草紙』筑摩書房)が出た。ああ、単行本の方が買いたかった。金がない! 文庫で我慢するか。さあ、これから読もう。


○月○日 天藤真の『殺しへの招待』(創元推理文庫)が出たので久々に読む。ううん、やっぱり傑作。ミステリファンなら何はなくとも読むべきだぞ、これは。

to be continued.

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謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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