謎宮会 1997/01

PUZZLE IN MYSTERY
−3冊のミステリ周辺本を読んで−

護堂 浩之

 年末に続けて、田中敏郎「不思議の森の裁判」、瀬山士郎「数学者シャーロック・ホー ムズ」、高畑京一郎「タイム・リープ」の3冊を読んでいて、ふと思ったことです。ミス テリとはあまり関係ないのですが、私がミステリに期待するものは何か、といった主旨に はなってしまいました……。

 田中敏郎「不思議の森の裁判」(河出書房新社)は、帯に“全篇に暗号がちりばめられ た謎解き絵本”(絵は建石修志)とある通り、暗号を物語を展開させるためのキーとして いくつも挿入した小説です。ストーリー自体は、アリスと森の動物達が織りなすファンタ ジーといった感じで、話の中心に据えられた謎(紙に書かれていた内容は何か?)も解か れずに終わるため、とてもミステリと呼べるものではありません。

 でも、小説の中に暗号を取り入れて、それらを順番に解いて行けば物語が進む、という アイデアは面白いと思います。(暗号だけで小説を書いた「秘文字」は、余りにとっつき が悪過ぎる気がします。それに比べると、この本は大半が普通の表記ですから、それ程違 和感はありません)本としての出来をいえば、ファンタジーとしての展開が平板で、ちょ っとばかり物足りない気はしますが、あっていい本かなあ、といった感じでしょうか 。

 ただ、ミステリファンとして一番問題なのは、挿入された暗号の出来でしょう。一般読 者向けということで、暗号の解き方が付されていることや、そのパターンに飛躍性がない (換字法が多い)のは仕方ないでしょう。私が気になるのは、中に含まれていた、“こと ばの迷路”と“文字拾い”という二つのタイプの暗号です。それ以外の暗号が、法則を見 つければ自動的に文章が完成するのに比べて、意味が通る文章になるように自分で文字を 拾っていく必要があるからです。これを暗号と言われてもなあ、というのが私の第一印象 でした。

 抽象型のものを別にすれば、ミステリファンは暗号に理系的な解明(言い換えれば、論 理的な割り切り)を期待していると思います。一方、文系パズルはその構造上、スッキリ 割り切れた印象を与えにくいのは否めないでしょう。試行錯誤を繰り返して、それでも本 筋であることの確証が得られないのですから。従って、文系パズル的な解き方を加えると いうことは、ミステリとしての味わいを失わせるだけだと考えます。おまけに、その“こ とばの迷路”の完成度が低い(迷路中に残る★印は、ルート設定の失敗にしか見えない) のですから、かなり辛いものがあるでしょう。

 たとえミステリとして書かれていなくても、暗号という素材を使用している以上、ミス テリとして評価されることは避けられないと思います。そのため、この本自体の評価も、 かなり減点することになってしまったのでした。
(但し、ミステリという舞台を離れれば、文系パズルも好きな私です。念のため)

 瀬山士郎「数学者シャーロック・ホームズ」(日本評論社)は、極言すれば、理系パズ ルそのものです。作者はあとがきで、“ミステリを読むように数学を読みたいという夢が かなった、数学ミステリ小説”と言っていますが、やはりこれをミステリとは呼べないで しょう。シャーロック・ホームズを登場させ、物語の主人公にはしていますが、ミステリ という面白さは薄く、内容は数学の解説書そのものなのです。

 それでも、収められている中編2編のうちの冒頭の作品は、数学パズルを素材に、具体 的な事件を扱っているので、まだミステリらしさは感じられます。ネタとしたパズルがか なりポピュラーな上、内容も易しいため、答えが与えられても、割り切れたことに対する 喜びは全く感じられませんが、(意外な真犯人を暗示していることもあり)一応は納得は できる出来ではあります。

 2編めが問題です。この中では具体的な事件は殆ど起きず、数学パズルというレベルで はない現実の数学の難問について、ホームズがワトスン相手に解き明かそうという構成な のです。ところが、結局問題が大き過ぎたのか、真相(!?)を与えることが出来ず、割り切 れた解答を与えられないまま話が終わります。おまけに、最後に少しだけ語られる死亡事 件も真相不明の怪異譚のまま終わってしまうのです。ミステリに謎解きが不可欠とは言い ませんが、その代わりにこの小説で作者が表現したかったのが何か、良く分かりません。 前述のあとがきを読むと、作者はこの小説こそ書きたかったもので、1編めはその序奏に 過ぎない気もしますが、これではやはり看板倒れではないでしょうか。

 ミステリには、ある種の論理パズルといった要素があるのかも知れません。特に、本格 ミステリを目指したものなら、どんなに問題が魅力的であっても、答えと対になって初め て一つの完成品となる気がします。同じ意味で、パズルがミステリに織り込まれているな らば、やはり綺麗に割り切れて(正解と対になって)ナンボ、というものでしょう。問題 だけを示しておしまいというのはやめて欲しいな、と改めて思ったのでした。

 高畑京一郎「タイム・リープ」(メディアワークス・電撃文庫)は、正統的なジュヴナ イルSFです。高校生の日常生活を舞台にしているため、派手な展開はありませんが、フ ァンタジー色を極力抑えてあり、大人が読んでもそれ程違和感は感じられません。

 この小説では、表立ってパズルが出題されている訳ではありません。その代わり、あら すじで“時間パズル”という表現が採られているように、物語の構成自体がパズルチック なものになっているのです。ストーリー自体が、大掛かりなパズルを形成している、とで も言えるでしょうか。

 物語の興味そのものなので細かく触れるのは避けますが、時制を体験する順序が狂って しまった主人公を正常な状態に戻すために、正常な時間の流れの中にいる副主人公が動き 回る物語、とでも要約しましょうか。このストーリーのどこがパズルかというと、副主人 公が、主人公の体験する時間の経過を意識しながら、この時点でこういう行為をしておけ ば、主人公は過去(未来)でこういうことを起こすことになるから……、という風に細か い論理を積み重ねていって、最後に矛盾なく主人公の時制を戻すまでを描く、という辺り を指しているのだと私は理解します。

 SFとして考えると、タイムトラベルものの永遠のテーマであるタイムパラドックスと いう問題を巧みに避けながら、目新しいアイデアを生み出したあたりを評価するのでしょ うが、その出来を云々することは私には出来ません。しかし、ミステリとしてこの時間パ ズルを見ると、少しずつ問題を明確にして行って、最後にアッという解決が行われる(特 に、発端となった事件の謎より、副主人公の行動の意味が判明する部分が面白い)あたり 仲々の出来だと思います。結局、パズルは明快に解かれた、といって良いでしょう。

 私の感覚では、本格推理を読んだ、という気分にはならなかったのですが、個々のエピ ソードが一本の筋に収まっていく辺りなど、下手なミステリが裸足で逃げ出す論理の組み 立てだとはいえそうです。確かにこれなら、その年の「このミス」で8点を取ったことも 一応頷けます。そうだよなー、やはりミステリ内でのパズルはこうあって欲しいよなー、 と思ってしまったのでした。

(ただ、読み終えて、最後に感じた疑問が一つ。プロローグとエピローグで語られた事件 はいつ起きたのだろう。いや、月曜(か日曜)の夜に起こったのは分かるのだが、何故こ の部分だけが一連のリープ単位から洩れてしまったのか、また何故この記憶だけが火曜の 朝に残ったのかが分からなかったのでした。誰か教えて下さい)


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謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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