謎宮会 1997/10

懐かしのソノラマ文庫

戸田 和光

 私のミステリ読書歴を語る時に、避けて通れないシリーズがある。朝日ソノラマから出ているソノラマ文庫がそれだ。現在では、SF・ファンタジーばかりが刊行されていて、ミステリについては、新刊どころか重版すらされなくなってしまったようだが、ひと頃はミステリについてもかなりの品揃えを誇っていたのである。

 正確な資料を持っていないので、創刊がいつなのかはっきりした事は言えないけれど、多分、昭和50年11月で間違いないだろう。私にとっては、中学から高校に進むあたりの時期にあたる。
 創刊間もない頃は、一昔前の作家のジュヴナイルを中心に収めていたようだが、改めて眺めてみると、凄いというか何というか、よく分からないラインナップであることに気付く。何でこんな作家の小説を刊行したのか、と思うくらいの名前が並ぶのだ。

 海野十三の「地球盗難」や、水上 勉の「ヨルダンの蒼いつぼ」あたりは、まあ分からないではない。高橋泰邦(「軍艦泥棒」、「海底基地SOS」)も、かなり渋い気もするが認めてもいい。しかし、香山 滋の「海底牢獄」や「悪魔の星」になると、おいおい、という気がしてくる(当然ながら、私が香山を知ったのは、この文庫が最初だ)し、野村胡堂の「岩窟の大殿堂」や「六一八の秘密」になると、こんな作家を発掘してどうする気だったんだろう、と思うほどである。
 一方では、高木彬光の「死神博士」や「白蝋の鬼」を出しているし、横溝正史に至っては、「幽霊鉄仮面」「真珠塔・獣人魔島」「怪獣男爵」「黄金の指紋」「仮面城」「夜光怪人」「蝋面博士」「迷宮の扉」「白蝋仮面」「まぼろしの怪人」と何と10冊も刊行している(勿論、この時期は角川ではまだジュヴナイルは出していない。これらのものは、ソノラマ文庫でしか読めなかったのだ)という、極めてミステリ少年向きのラインナップであっただけに、その不可思議さが目につくのかも知れない。(一方SF少年向きには、光瀬龍の「暁はただ銀色」や中尾明「黒の放射線」、福島正実「地底怪生物マントラ」といった作家が並ぶ)

 もう一方の柱であった、自社から出した本の文庫化(だと思うのだが)については、都筑道夫「蜃気楼博士」や山村正夫「怪人くらやみ殿下」、加納一朗「怪盗ラレロ」といったものが刊行されている。“創刊のことば”にあたるものを見た記憶はないけれど、この辺のラインナップを見ていると、こういった小説をいつまでも簡単に読めるように、ということが目的の一つにあったのかも知れない。そんな気がする。
 そして、この文庫のその後の方向を決めたものの一つに、同じく自社発行のものを文庫化した、辻真先の「仮題・中学殺人事件」の成功があったように思う。この長編は、上梓から4年後に文庫化された、辻にとっての処女ミステリなのだが、この文庫化が契機となったかのように、翌年から辻の文庫書き下ろし長編が、ソノラマ文庫から次々に刊行されるようになった(逆に言えば、この4年間、辻はミステリ長編を書いてはいなかった)のである。−−この“文庫書き下ろし(あるいは文庫オリジナル)”が、ソノラマ文庫の一つの特徴となった訳だ。

 勿論、ジュヴナイルの文庫書き下ろしなど依頼できるのは、まだ名の売れていない新人作家に限られる面はあるだろう。編集部にとっても、危険な賭けに近かったかも知れないが、その点、ソノラマ文庫は極めて打率が高い。ソノラマデビューかソノラマ文庫で出世した作家達の名前を挙げる時、例えばSFのジャンルに限っても、清水義範や菊地秀行、高千穂遙、夢枕獏などがすぐ思い出される。これだけでも錚々たる顔ぶれだが、中期以降に話を広げれば、もっとずっと多くなることだろう。

 一方、ミステリにおいては、まず筆頭に挙げられるのは赤川次郎だろう。色々なところで、初めて書いた長編は「マリオネットの罠」だと答えている赤川だが、実際に刊行された順番で言うなら、ソノラマ文庫から出た「死者の学園祭」が赤川次郎の処女長編なのである。翌年には、第4長編として「赤いこうもり傘」を刊行しており、ソノラマ文庫の先見の明ははっきり見て取れる。しかもこの2長編は、赤川のジュヴナイル・青春ミステリ分野では、今でもトップクラスに挙げられるだろう質の高さなのだ(事件解決の後に残る後味のほろ苦さは、「マリオネットの罠」に一脈通じるものがあるだろう)。これ以降急に忙しくなって、ソノラマ文庫書き下ろしはなくなったが、それでも学習雑誌に連載された「幻の四重奏」をオリジナル刊行したりはしている。今の赤川次郎人気を考えると、これなんかも結構凄いことかも知れない。

 これに前後して、初期にはちょっと意外な作家が、ソノラマ文庫から本を出している。そんな中では、乱歩賞作家の3人が、まず挙げられるだろう。
 まあ、斎藤栄については、つい最近までジュヴナイルを手掛けていたからそれ程意外ではないかも知れないが、「悪魔の玉手箱」というのを出している。しかし、梶龍雄の「影なき魔術師」となると、(受賞直後の作品群には青春ミステリの味わいを持つ長編も多いから、言われると納得できるかも知れないが)フーン、という感想を持つ人が出てくると思う。
 3人目については“「星が流れる」、「謎の環状列石」、「盗まれた表札」といった長編を書いた作家は誰か”というクイズにして出題しても、知らない人にはまず分からないだろう、という作家ではなかろうか。実は、藤村正太なのである。これらの長編が書き下ろしで書かれたものなのか、それとも他の出版社で書かれたものの文庫化なのか詳しいことは知らないけれど、品揃えとしては結構しっかりしたものだったとは言えると思う。

 また、マニアックな意外性では、数冊編まれている山村正夫編のミステリ傑作選に掲載されている作家の顔ぶれも、仲々興味深いだろう。加納一朗、斎藤栄、辻真先あたりは当然の作家としても、大谷羊太郎、夏樹静子、草野唯雄、島田一男と並べると、おっ、という人もいるのではなかろうか。また、香山滋、藤村正太、というソノラマ作家の顔も見える。他にも、江戸川乱歩の「奇妙なアルバイト」、「悪魔の命令」というのも不思議な選択だとは思うが、氷川瓏、楠田匡介まで行くと、やっぱり笑ってしまう。いくらジュヴナイルとはいえ、こんな作家の短編を見つけて来るか、と思う人が多いのではないか(それこそ、鮎川哲也じゃないんだから)。万が一このシリーズでこれらの作家に興味を覚えた小中学生がいたとしても、他の本など九分九厘読めまい。それでも氷川の方は、何かの学習雑誌に短編を書いていたのを見た記憶はあるけれど、年代は微妙にずれていた気がするし、乱歩のリライトで有名な人だが、そんなことを一般読者が知っている訳もない。楠田については、それ以上だろう。……

 それ以降、目につくソノラマ文庫デビュー組を拾ってみよう。
 赤川次郎のデビューより早いのが、「放課後の殺人者」の仁賀克雄である。最近になって長編をいくつか刊行している評論家兼業の作家だが、長編デビューはもう20年近く前の、このジュヴナイルなのである。
 次いで、風見潤も早い。「喪服を着た悪魔」、「死を歌う天狗」、「古都に棲む鬼女」と3冊刊行している。これ以後、一時期は大人向けのミステリも数冊刊行したが、最近では少女向けジュヴナイル専門の作家になっているようだ。大人向けのミステリがそれ程売れなかったからなのか、それともジュヴナイルの方が性にあっていると認識したためなのか、さてどちらなのだろう。

 マイナーな作家では、戸松淳矩がいる。「名探偵は千秋楽に謎を解く」と「名探偵は九回裏に謎を解く」と2冊刊行した。十年程経って、短編を発表するとともに、東京創元社から長編の刊行が予告されたのだが、結局刊行されないまま現在に至っている。度を超さない(十分超しているか?)ユーモラスなタッチが私は好きだったのだが、こんな状態では、雑誌『獅子王』に連載されたまま刊行されなかった長編は、永久に日の目を見ないのだろうか。少し残念である。
 またメジャー作家に戻ると、深谷忠記が挙げられる。「おちこぼれ探偵塾」、「ハムレットの内申書」、「甲子園殺人事件」と刊行している。デビューからの3冊が、いずれもソノラマ文庫からの書き下ろしだった訳だ。これらの作品は、いずれも後に大人向けの文庫として再刊されているので印象は薄いかも知れないが、紛れもなく典型的なソノラマ作家だったのである。

 昭和60年を過ぎる辺りからは、ミステリの刊行が極端に減少しており、目立った作家は登場していない。野町祥太郎、島崎信房という作家達が一冊ずつ刊行しているが、それ以降は余り見かけない(野町は大人向けの作品でも見たことがあるが、単発で終わったようだ)し、小寺真理も2冊ほど書いたが、最近でも時々名前は見かける程度で、ミステリ作家とは呼べなくなった気がする。それ以降は、SF専門の文庫となっているのは、ご存知の通りだ。

 でも、やはりソノラマ文庫とともに歩んだ作家と言えば、辻真先にとどめをさすと思っている(SFでは、加納一朗がいる訳だが、ここでは触れない)。“株式学園の伝説”シリーズ等、SFの冊数もかなりあるが、やはりここではミステリに話を限ろう。
「仮題・中学殺人事件」から始まる“キリコ&ポテト”シリーズは、6冊がソノラマ文庫で刊行されている(前半の3冊は「合本・青春殺人事件」で読めるが、後半の3冊は今では読めないようだ。確かに形式への挑戦という意味では三部作の存在は大きい訳だが、ミステリとしての完成度では決して遜色ないと思うのだが、この冷遇は何なのだろう)が、これらは初期に集中していて、辻ミステリの10作目までに書かれている。協会賞を受賞した「アリスの国の殺人」よりも早いのだ。
 これ以降徐々に売れてきて流石にペースは遅くなってきたが、それでもソノラマ文庫への書き下ろしは続いていて、昭和58年には「秀介ファイルNo.1」を書き下ろし刊行している。この続編にあたる「秀介ファイルNo.2」は昭和62年の刊行で、こちらは雑誌『獅子王』に連載したものをオリジナル刊行したものだ。これがソノラマ文庫での最終作になるが、ノベルスタイプで出版された「緑青屋敷の惨劇」等もこれらに準じたものとするなら、ついこの間まで(「緑青屋敷……」は平成4年の刊行)朝日ソノラマでジュヴナイルを書いていた、という言い方も出来るのである。

 最近、少年向けジュヴナイル・ミステリを刊行しているのは、例えば我孫子武丸が2冊出している、ジャンプ・ノベルといったシリーズだけになってしまったようだ。少女向けのジュニア文庫が花盛りであることと比べると、ちょっと淋しい気持ちになってしまう。 確かに、講談社ノベルスの存在などで、新人のデビューが容易になってきたせいはあるのかも知れないけれど、こういった文庫の存在は、それだけでは終わらないものだと思うのだが……。
 今の子供たちが本を読まないからだ、と言ってしまえばそれまでだが。

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