謎宮会 1997/12

９７年　ミステリ回顧

葉山　響

○　今年のベスト・ミステリ　20冊＋α《刊行順》
　　　（対象：97年１月から12月までに刊行された作品)

１　『スラム・ダンク・マーダー　その他』　　　　平石貴樹　　　　　　　　　東京創元社　　（２月28日）
２　『少女達がいた街』　　　　　　　　　　　　　柴田よしき　　　　　　　　角川書店　　　（２月28日）
３　『船上にて』　　　　　　　　　　　　　　　　若竹七海　　　　　　　　　立風書房　　　（３月５日）
４　『美女』　　　　　　　　　　　　　　　　　　連城三紀彦　　　　　　　　集英社　　　　（３月20日）
５　『原罪の庭』　　　　　　　　　　　　　　　　篠田真由美　　　　　　　　講談社ノベルス（４月５日）
６　『アナザヘヴン　上下』　　　　　　　　　　　飯田譲治＋梓河人　　　　　角川書店　　　（４月25日）
７　『狐罠』　　　　　　　　　　　　　　　　　　北森鴻　　　　　　　　　　講談社　　　　（５月25日）
８　『メルカトルと美袋のための殺人』　　　　　　麻耶雄嵩　　　　　　　　　講談社ノベルス（６月５日）
９　『黒い家』　　　　　　　　　　　　　　　　　貴志祐介　　　　　　　　　角川書店　　　（６月30日）
10　『羊ゲーム』　　　　　　　　　　　　　　　　本岡類　　　　　　　　　　集英社　　　　（６月30日）
11　『三月は深き紅の淵を』　　　　　　　　　　　恩田陸　　　　　　　　　　講談社　　　　（７月７日）
12　『あでやかな落日』　　　　　　　　　　　　　逢坂剛　　　　　　　　　　毎日新聞社　　（７月30日）
13　『鎮魂歌　不夜城Ⅱ』　　　　　　　　　　　　馳星周　　　　　　　　　　角川書店　　　（８月31日）
14　『ハムレット狂詩曲』　　　　　　　　　　　　服部まゆみ　　　　　　　　光文社　　　　（９月30日）
15　『架空の王国』　　　　　　　　　　　　　　　高野史緒　　　　　　　　　中央公論社　　（10月７日）
16　『死の泉』　　　　　　　　　　　　　　　　　皆川博子　　　　　　　　　早川書房　　　（10月31日）
17　『天狗風』　　　　　　　　　　　　　　　　　宮部みゆき　　　　　　　　新人物往来社　（11月15日）
18　『レディ・ジョーカー　上下』　　　　　　　　高村薫　　　　　　　　　　毎日新聞社　　（12月５日）
19　『亜智一郎の恐慌』　　　　　　　　　　　　　泡坂妻夫　　　　　　　　　双葉社　　　　（12月10日）
20　『珍妃の井戸』　　　　　　　　　　　　　　　浅田次郎　　　　　　　　　講談社　　　　（12月10日）

別格『覆面の佳人』　　　　　　　　　　　　　　　横溝正史・江戸川乱歩　　　春陽文庫　　　（10月10日）
　　『踊る大捜査線』　　　　　　　　　　　　　　君塚良一脚本織田裕二主演　フジテレビ　　（１～３月放送）

○　今年のミステリ周辺書　10冊＋α《刊行順》

１　『炎都』　　　　　　　　　　　　　　　　　　柴田よしき　　　　　　　　トクマノベルズ（２月28日）
２　『幻の声』　　　　　　　　　　　　　　　　　宇江佐真理　　　　　　　　文藝春秋　　　（４月20日）
３　『インディヴィジュアル・プロジェクション』　阿部和重　　　　　　　　　新潮社　　　　（５月30日）
４　『逃亡』　　　　　　　　　　　　　　　　　　帚木蓬生　　　　　　　　　新潮社　　　　（５月30日）
５　『短い夜の出来事』　　　　　　　　　　　　　江坂遊　　　　　　　　　　講談社文庫　　（６月15日）
６　『嗤う伊右衛門』　　　　　　　　　　　　　　京極夏彦　　　　　　　　　中央公論社　　（６月20日）
７　『藪の中の家』　　　　　　　　　　　　　　　山崎光夫　　　　　　　　　文藝春秋　　　（６月30日）
８　『欲望』　　　　　　　　　　　　　　　　　　小池真理子　　　　　　　　新潮社　　　　（７月20日）
９　『神々の山嶺　上下』　　　　　　　　　　　　夢枕獏　　　　　　　　　　集英社　　　　（８月10日）
10　『ブレイン・ヴァレー　上下』　　　　　　　　瀬名秀明　　　　　　　　　角川書店　　　（12月５日）
番外『２／２』　　　　　　　　　　　　　　　　　中島みゆき　　　　　　　　幻冬舎　　　　（96年12月10日）
　　『ニューウェイブ・ミステリ読本』　　　　　　千街晶之・福井健太編　　　原書房　　　　（３月31日)
　　『ミステリ・ベスト 201　日本編』　　　　　　池上冬樹編　　　　　　　　新書館　　　　（12月25日）

　本来ならベスト選びは苦手である。その時の気分によって選ぶ作品も順位も変わるし、時が経つと印象が変わってくる作品もあるからだ。今回は順位無しで二十冊選んだけれど、このリストに入っていない作品が面白くないわけではなく、入るか入らないかは殆ど紙一重くらいの僅差でしかない。だからこの原稿の趣旨はベスト選びというよりも、今年私が読んだミステリの総括にあるのだが、けれどやっぱり年末になると懲りずにベスト選びをやってみたくなるのも事実であったりする。私は選ぶ側になるとベストは苦手なのだが、読者としての私はその年のベスト企画を読むのが大好きであることも事実だ。自分で読むのが好きなら、書くときも自分のベストを作るべきだろう――そう思って巻末には私的なベスト10を載せてみた。でも気分によって簡単に変わるだろうと思う。ベスト選びとはそういう曖昧なものであるということを了承していただきたいと思います。

　さて、続いては言い訳。私は今年の《このミス》トップ作品である桐野夏生『ＯＵＴ』（講談社）をまだ読んでいない。だからこれは除外した。あと、読みたいと思っていたが結局読めなかったのが松本清張『神々の乱心　上下』（文藝春秋）。このふたつは非常に心残りである。他にも朝松健の『妖臣蔵』（光文社文庫）や津原泰水『妖都』（講談社）、我孫子武丸『小説たけまる増刊号』（集英社）など読みたかった本はたくさんあるのだが、個人で読むにはお金に限界があった。残念。今年の翻訳ミステリの読書量も例年に比べると激減したのだが、それもお金のせいである。もう少し本の値段を安くしてくれないものだろうか。ああ原稿料が欲しい（笑）。また、ここに挙げたベスト20にホラーを混ぜるかどうか迷ったのだが、ホラー大賞を受賞した『黒い家』は完璧にミステリの面白さを持っているし、『アナザヘヴン』もＳＦの範疇に入るものだが奇想天外な警察小説としても楽しめるので、敢えてホラーを混ぜてセレクトしてみた。だが、完璧にＳＦ以外の何物でもない瀬名秀明の『ブレイン・ヴァレー』をミステリの中に入れるような無理なことはしていないつもりである。しかし、そのような選び方に疑問をお持ちの方は、ホラーである５、８、18と次の三つの作品を入れ換えていただきたいと思う。

『氷舞　新宿鮫Ⅵ』　　　　　　　　　　　　　　　大沢在昌　　　　　　　　　カッパノベルス（10月25日）
『苦い血』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　祐未みらの　　　　　　　　講談社　　　　（10月30日）
『催眠』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松岡圭祐　　　　　　　　　小学館　　　　（11月20日）

　さて、前置きはそれくらいにしておいて、それでは各作品のコメントに移ります。

　１はハード・パズラーの連作長編。落ちついて考えてみると、果して連作長編の趣向が成功しているかどうかは疑問だが、堅牢なロジックに加え、久しぶりに更級ニッキに再会できたのが嬉しいので敢えて入れてみた。平石貴樹にはもっと頻繁な活躍を期待したい。２の柴田よしきは伝奇ロマン『炎都』で見事なブレイクを遂げたが、やはり今年に発表されたこの端正なミステリにも注目して欲しい。少女の内面を丁寧に描いた青春小説である前半と、それまで張っておいた仕掛けを畳みかけるように次々と明らかにする後半。情感溢れる作品世界が快いが、ミステリの面でも構成に工夫を凝らした傑作である。今年の若竹七海には長編『海神の晩餐』もあるが、切れ味の鋭さで短編集の３を推す。ブラックな結末の短編が多いが、この鋭さにこそ作者の本領が現れていると考える。年末の連作ミステリ『スクランブル』はまだ未読だがこれも面白そう。３とともに短編ミステリならではの楽しさが充分に味わえる４は、騙りに満ちた幻惑の短編集。連城三紀彦のミステリの技巧が何ら衰えていないことを改めて示した短編群であり、ミステリ・ファンなら読まないと損だろう。５は建築探偵シリーズの第一期完結作品にして篠田真由美の最高傑作、ストーリーの隅々にまで作者の気迫が漲った充実の作品である。猟奇殺人を描いていながら通俗趣味に堕さないのは、確かな知識量と作者本来の品の良さが成せる技。

　６は無視されてはならないＳＦサスペンスの大作で、奇想天外なストーリー運び、端役に至るまで気が利いた登場人物の性格付け、いずれをとっても完成度が高い。ダイイング・メッセージなどの趣向もあり、ミステリ・ファンにも充分にアピールするだろうと思う。本当に面白いので読んでください。７は魑魅魍魎の骨董業界を舞台に展開される贋作勝負と殺人の行方を描いた、美術ミステリ＆狐（コン）ゲームの力作。美術が好きな人には今年最高の御馳走であり、今年度のヒロイン大賞（最優秀主演女優賞）は「冬狐堂」さんで決まり。８は本格ミステリ至上最も特異な銘探偵メルカトル鮎の初の短編集。自他共に認める短編向きの銘探偵が縦横無尽、傍若無人の大活躍（笑）を見せる。麻耶の作品としては抑えた感じではあるが（いや、結末は割と簡単に予想がついたので抑えてるかなと）、長編『鴉』（幻冬舎）も良かった。９はホラー小説大賞受賞作だが、ミステリとしての面白さにも配慮を見せた好感の持てる作品。この長編のネタを〈小説現代〉紙上でバラしやがった長谷部史親、呪ってやる（私は被害者であるから遠慮なく言えると思う）。10は、別に笑える場面を書いているわけではないのだが、読んでいると行間から抑えたユーモアがじわりと染み出してくる渋い佳作。地味かもしれないが、こういう作品こそ見逃したくないと思う。本岡類、二回目の転機になる作品ではないかと思います。

　11は幻の小説《三月は深き紅の淵を》を巡って起こる四つの物語、私の好みに嵌まりすぎて恐ろしいくらいの作品である。典雅にして優美、おまけにメタミステリという素晴らしい作品。12は夜を徹して読み耽ったベテランの快作、ハードカバー六百頁を僅か一日で読ませてしまう面白さ。余裕のあるプロット、滑らかな語り口、これを名人芸と呼ばずして何と呼ぶ。ちなみにこの作品はうちの母も大絶賛しておりました。13は個人的には前作よりも面白く読んだ。前作よりさらに荒涼とした作品世界の中で繰り広げられるノワールはそれ自体のみで充分に面白いが、操りミステリとして見ても完成度が高く、しかも最後に意外な動機が待ち受けていたホワイダニット・ミステリ（ラストで思わず声を上げてしまった）としても楽しめた。14は復讐を決意して日本に帰ってきたハムレットの演出家と、自分の実力に自信が持てないハムレット役者を交互に描いた演劇ミステリの秀作。タッチは違うが、歌舞伎を絡めた小泉喜美子の短編群を思い出した。15は高野史緒版『薔薇の名前』或いは『ルパン三世　カリオストロの城』で、王太子の聖別に絡む古文書の行方と大学教授の死の謎を追う架空歴史ミステリ。この人が書いているものが正当に評価されない日本とは、なんと貧しい国だろうと思わずにはいられない。題名に二重の意味が込められている点もお忘れ無く。14と15はともに深刻ぶった書き方をしなかったのが成功の要因のひとつで、ユーモアを交えた語り口が快い。

　16は1940年代と60年代のドイツを舞台に純粋な物語を紡いだ歴史ミステリの金字塔。自らの美を求め続ける男とそれに巻き込まれた者たちが織りなす壮大な愛の悲劇は、異能の作家・皆川博子の代表作と呼ぶに相応しい天上の名花である。宮部作品の中でも一、二を争うほどの見事な書き出しで始まる17は『震える岩』に続く時代ホラーだが、面白さは絶対にこちらのほうが上。全く、惚れ惚れするほど巧い。思わず「うまいっ」と膝を叩いたシーンが何度もあり、宮部みゆきの作家としての力量をまざまざと見せつけられた思いである。短編集『心とろかすような』（東京創元社）も懐かしくて面白かった。18はディテイルの小説。積み上げられるディテイルの量には呆然とするばかりだが、ストーリーの厚みがさらにそれを凌駕している渾身の大作。『リヴィエラを撃て』も面白かったが、私は今回初めて高村の作品を夢中になって読んだ。文章も格段の上達を見せ、個人的には高村薫の最高傑作はこれだと思う。19はミステリ至上屈指の名探偵である亜愛一郎の御先祖様・亜智一郎を主人公にした時代短編シリーズ第一弾。「ミステリとしてはつまらない」とか「泡坂も落ちた」などと野暮なことをぬかしやがるマニアが絶対出てくると思うが、こういう遊び心に満ちた作品集が出てくるだけで嬉しいじゃないか。時代小説としても完成度が高いし、亜だけではなくて他のキャラクターの御先祖様までが夥しくぞろぞろと出てくるのは圧巻である。そして20は『蒼穹の昴』に続く中国王朝三部作の二作目、今回はミステリなので安心して入れることができる（『蒼穹の昴』をミステリのベストに挙げようという人の気持ちが私にはよく判らない）。ミステリとしてはあまりにも古典的な手法を使っているが、証言が次々食い違いを見せる展開はさながら芥川『藪の中』にも似て、人間ドラマを描くために実にうまくミステリ的結構を利用しているといった印象。そして当然ながら、今回も泣けます。

　ホラーとの代替作品として挙げた三冊も上記二十冊に劣らぬ出来を示している。『氷舞　新宿鮫Ⅵ』は公安を描き、最近の“何書いても同じプロット”症候群から抜け出す兆しを見せた意欲作。『毒猿』と並ぶ傑作というのは言い過ぎだが、お約束的存在でしかなかった恋人・晶との関係にも変化を持たせ、次回作が楽しみな仕上がりになっている。『苦い血』は香港を舞台にしたカトリーヌ・アルレー『わらの女』のアジア版だが、香港を舞台にしたことでアルレーとは別種の魅力が引き立った。常に幸せに飢えているヒロインの姿が泣かせる。二十冊の中に入れたくて最後まで悩んだが、年末の大作ラッシュのために残念ながら入れることが出来なかった。しかし、サスペンスがお好きな方には必読の長編である。『催眠』はデビュー作ながら、スピーディーな展開と読みやすい文章であっさりと面白く読ませる秀作。メイン・プロットのインパクトが若干薄いため二十冊の中から外してしまったが、しっかりした実力が感じられるので今後の活躍が期待できると思う。

　なお番外として挙げた『覆面の佳人』は横溝ファンなら必読だろう。構成が半分壊れているにもかかわらず、途中で止めることが出来ない無類の面白さ。完成度とは無縁の面白さが堪能できる巨匠の珍品である。同じく番外『踊る大捜査線』は、ミステリとしては作られてはいなかったが面白かったので入れてみた。ここら辺はいい加減である（笑）。警察ものに新風を吹き込んだ連続ドラマで、現代が抱える問題をさりげなく織り込んだ脚本、テンポ良い展開と適度なユーモア、各出演者の個性的な演技（特にいかりや長介が最高）、いずれをとっても最近の連続ドラマから頭一つ抜き出た仕上がりになっていた。年末スペシャルに引き続き製作される、夏のスペシャルドラマと秋に公開予定の映画も期待したい。但し、話題集めのために顔は売れているが演技の下手な役者をゲストに迎えることだけはやめて欲しいと思う。このドラマの面白さは何といっても、安定した演技力を持つ役者たちの台詞の掛け合いにあるのだから。

　続いてはミステリ周辺書について。ここでは、ミステリではないがミステリに関係ある作品、ミステリの面白さに近接する作品など、つまりはベスト・ミステリとして挙げられなかった作品をここに並べてみた。まず、１は柴田よしきがブレイクする契機になった壮絶なまでに面白い伝奇シリーズの開幕篇。あんなに緊迫した設定であるにもかかわらずしっかり笑わせるところが凄い。頑張ってね珠星、私は珠星のような口の減らないキャラが大好きです。２はデビュー作からいきなり直木賞候補となり、受賞できなかったものの五木寛之ら選考委員から「野に遺賢あり」と絶賛に近い評価を貰った捕物帳。受賞できなかった理由のひとつとして挙げられた通り、捕物帳であるにもかかわらず謎解きの構成が弱すぎるのがかなり痛いのだが、この人は新人とは思えないほど小説が巧いので、ミステリ的構成を工夫すればきっと捕物界の台風の眼になると予想する。講談社から出た初の長編に期待。それにしても、ミステリとしては駄目だが小説が巧い宇江佐真理、何故こんなに謎解きに固執するのか不思議に感じるほど込み入ったプロットで捕物を書く小笠原京、そしてミステリと小説のバランスがほど良い宮部みゆきと、個性はそれぞれだが女性の捕物帳の書き手（それも有望な）が続々登場しているのを素直に喜びたい。

　３は『不夜城』よりも殺伐とした渋谷の街で、疑似スパイ青年が送る異様な日常。《90年代文学の騎手》的な紹介をされている作者だが、この手のタッチがお好きな方は別に《文学》を読もうと肩肘を張らなくても、普通に読んで楽しめるのではないかと思う。４は愛する帚木蓬生の新作、この人の作品は最近忘れがちな小説の品格というものを思い出させてくれる。井戸端ミステリ会議では「はっきり言って長すぎる」と書いたが、今思い返してみるとやはりあの長さは必要だったのだと思う。次作はもう少しエンタテインメント寄りの作品を期待したいのだが、取り敢えずは必読と言える重厚な物語。５はショートショートの才能の塊がその才能を惜しげもなく発揮したファンタスティックな作品集、奇想がいっぱい詰まったおもちゃ箱を開けて楽しんで欲しい。

　６は最早説明不要の作家の泉鏡花賞受賞作。これもミステリとして書かれたものではないと思うのでここに置く。新刊日記のほうで帚木蓬生『逃亡』と一緒に「直木賞の有力候補」と思い切って書いたが、その後『逃亡』が柴田錬三郎賞を受賞して、こちらは鏡花賞受賞だから、私の予想も捨てたものじゃないと思う（自画自賛）。７は芥川龍之介の自殺の謎を丁寧に追いかけてゆくミステリ仕立てのノンフィクションで、北村薫『六の宮の姫君』と併読すると面白い。８は幸せを噛みしめながらただただ読み耽った恋愛小説の大傑作。全然ミステリではないが（でも個人的には下手なミステリよりもずっと見事なミステリであると思っている）、優れた恋愛小説には絹のように上質な手触りのサスペンスが伴うものだということを実証してみせた堂々たる作品。至福の読書時間を与えてくれた、今年の私のベスト作品です。

　９は「どうだ、まいったか」と帯に書いてあったので読んでみたら本当に参ってしまった山岳小説の傑作。たが、これを読み終わった後で偶然“知ってるつもり!?”を見たら、登場人物のひとりが実在人物のエピソードを下敷きにしていたことが判り（よくこんな台詞が書けるなあと感銘を受けた「やあ、第二登、おめでとう」という言葉が単に実話であったことを知ったときはがっかりした）、評価は以前よりも下がってしまった。しかし、そういう面を差し引いても面白いと思う。10は上下巻を一気に読ませる大作。膨大且つ難解な学術参考文献を駆使して出来上がったのが殆どＢ級パワー全開（褒め言葉）な怒濤のジェットコースター・ストーリーであるところに、エンタテインメント作家であろうとする作者の矜持を見た思いがする。『パラサイト・イヴ』など比べ物にならないほど面白かった。そして番外の作品は年末恒例《夜会》の自らの手による小説化で、発行が96年12月であるため番外として扱わざるを得なかったが、ここにもひとり見事なサスペンスの書き手がいることを発見して欲しいと思います。

　その他、記憶に残った作品にも触れておく。まずは『死者は黄泉が得る』『瞬間移動死体』『複製症候群』（講談社ノベルス）『仔羊たちの聖夜』（カドカワエンタテインメント）と続々新刊を刊行する西澤保彦だが、今年刊行された長編はどれもミステリ的には若干弱いという印象を受けた。しかしどの作品を読んでも損をしたと感じさせないところは流石。ベストには『複製症候群』を挙げておく。『妖鳥　ハルピュイア』『螺旋　スパイラル』『阿弥陀　パズル』（すべて幻冬舎ノベルズ）の三長編を発表した山田正紀の活躍も印象に残った。ベストは『螺旋』。細部の仕上げが雑なのが若干気になりつつも、大風呂敷を拡げた謎と強引な展開が楽しめた。強引極まりないラストが一般向きではない（？) ので敢えて外したが、宇神幸男『ヴァルハラ城の悪魔』（講談社ノベルス）も個人的には好きな一篇。ラストの辻褄が全然合っていないことは認めるが、芸術の蘊蓄をいっぱい詰め込んだ絢爛たる殺人オペラに楽しく浸ることができたので一応満足。

　唯川恵『刹那に似てせつなく』（光文社）は『苦い血』と同様、アジアに目を向けたサスペンス。女のダンディズムを描こうという目標を達成した力作で、これでもう少し作品に強いインパクトを持たせることが出来ればミステリ業界でもブレイクすることは充分に可能だろう。また唯川のホラー作品集『めまい』（集英社）もレベルが高くて見逃せない。器用貧乏になることなく、じっくりと腰を据えて良いものを書いていって貰いたいと思う。山本甲士『バッド・ブラッド』（角川書店）も見逃して欲しくない。犯罪計画の章、事件追跡と推理の章、アリバイ崩しの章と三部構成のプロットが楽しめ、さらに各章で語り手を変えるという凝ったユーモア・ミステリの佳作である。

　加納朋子『ガラスの麒麟』（講談社）に対する私の評価は他の人よりも辛いものになったが（井戸端ミステリ会議の狭いスペースでは書けなかったが、つまり動機を考えるとラストの展開は「こんなもので済むかなあ、もっとドロドロしたものにならざるを得ないんじゃないだろうか」と思ったのです）、まだ読んでいない本格ファンはやはりチェックの必要があるだろう。よく考えられていることは確かであるし、「ガラスの麒麟」と「ダックスフントの憂鬱」の二篇はとりわけ楽しんで読んだ。鮎川哲也編『硝子の家』（光文社文庫）は島久平の長編が読めたことだけで満足。硝子の家という魅力的な設定が生かされていないのが悲しいが、読めて嬉しい理詰めの本格長編である。北村薫『覆面作家の夢の家』（角川書店）は長めの短編三本を収録、いずれも面白い短編だが、特に表題作の古典の知識を使ったダイイング・メッセージ遊びがとても楽しい。

　都筑道夫『さかしま砂絵』（光文社）は待ってましたの砂絵シリーズ十年ぶりの新作。謎解きの趣向には特別目を瞠るほどの奇想があるわけではないが、昔懐かしいだけの手すさびの作品集ではなくて、今なお新しい試みに挑戦しようとしている姿勢が素晴らしい。真保裕一『防壁』（講談社）は今年の二十冊の中に入れても良いほど面白いことは確かなのだが、長編で扱うべき素材を短編で使ってしまったという印象を受ける。つまり長編の雛形なので短編本来の面白さが無いし、「もっと長く書けばもっと面白くなるのに」と欲求不満になるのだ。小役人シリーズは長編で書いてくれることを希望します。ホラー専門作家・村田基の久しぶりの作品集『夢魔の通り道』（角川ホラー文庫）は流石に村田基、独特の気持ちの悪い世界を構築していて面白かったが、以前と比べてやや筆が荒れているのが若干気になる。黒沢清『ＣＵＲＥ［キュア］』（徳間文庫）は監督自身による映画のノベライズだが、催眠を扱った気色悪いサスペンスの秀作。いきなり文庫で刊行されたお買い得な作品、読んで損はしない。以上、きりがないのでこの辺でやめておきます。

　続いて海外編……と行きたいのだが、今年は翻訳ミステリは殆ど読めなかった。『カリブ諸島の手がかり』や『静寂の叫び』もまだ読んでいない（本が高いせいだ！）。だから未読の傑作もたくさんあるだろうと思う。おまけに年末には御贔屓の作家エルキンズの『楽園の骨』は出るし、カーの未訳長編『〈仮面劇場〉の殺人』も出たし（あまり期待はしていないが）、他にも『チャイナタウン』だの『死ぬには遅すぎる』だの『隠れ家の死』だの面白そうな長編ばかり一杯出て、岩波文庫からはウィルキー・コリンズの短編集までが出た。それらを全て追いかけてベストを作るのは不可能なので、尚更今年のベストなどと偉そうな事は言えない。そこで、97年11月以降に出た翻訳ミステリの新刊は全て来年回しにし（『闇をつかむ男』は折角読んでのでこれだけ入れてみた）、さらに海外部門はベストとせず、読んだ範囲内でフェイバリットの十冊を選んでみた。

○　今年のフェイバリット・10《刊行順》

１　『マゴット』　　　　　　　　　　　　ジョン・ファウルズ　　　　　　　　　国書刊行会　　　　　　　（１月20日）
２　『わたしにもできる銀行強盗』　　　　ジーン・リューリック　　　　　　　　ハヤカワ・ミステリ文庫　（３月15日）
３　『死体をどうぞ』　　　　　　　　　　ドロシー・Ｌ・セイヤーズ　　　　　　創元推理文庫　　　　　　（４月25日）
４　『赤い右手』　　　　　　　　　　　　ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ　国書刊行会　　　　　　　（４月25日）
５　『天から降ってきた泥棒』　　　　　　ドナルド・Ｅ・ウェストレイク　　　　ミステリアス・プレス文庫（６月30日）
６　『ママ、嘘を見抜く』　　　　　　　　ジェイムズ・ヤッフェ　　　　　　　　東京創元社　　　　　　　（７月25日）
７　『蒼穹のかなたへ　上下』　　　　　　ロバート・ゴダード　　　　　　　　　文春文庫　　　　　　　　（８月10日）
８　『フロスト日和』　　　　　　　　　　Ｒ・Ｄ・ウィングフィールド　　　　　創元推理文庫　　　　　　（10月17日）
９　『ザ・ポエット　上下』　　　　　　　マイクル・コナリー　　　　　　　　　扶桑社ミステリー文庫　　（10月30日）
10　『闇をつかむ男』　　　　　　　　　　トマス・Ｈ・クック　　　　　　　　　文春文庫　　　　　　　　（11月10日）

　ほか、ジョアンナ・ハインズ『五番目の秘密』（扶桑社ミステリー文庫）、バーバラ・ヴァイン『アスタの日記』（同）、クレイグ・ライス『マローン殺し』（創元推理文庫）、ジル・チャーチル『地上より賭場に』（同）、ピーター・ラヴゼイ『猟犬クラブ』（早川書房）、ベン・エルトン『ポップコーン』（同）、ロバート・Ｊ・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』（ハヤカワ文庫ＳＦ）などが印象に残った。トム・ホランド『真紅の呪縛』（ハヤカワ文庫ＮＶ）は次の作品に期待。昨年刊行分では、シャーロット・アームストロング『魔女の館』（トパーズプレス）、ミネット・ウォルターズ『鉄の枷』（東京創元社、私はウォルターズの作品を初めて面白いと思った）、ピーター・アントニイ『衣裳戸棚の女』（創元推理文庫）、アキフ・ピリンチ『猫たちの森』（早川書房）が面白かった。振り返ると今年は『魔女の館』『わたしにもできる銀行強盗』『鉄の枷』『ママ、嘘を見抜く』『アスタの日記』と、印象的な老婦人の出てくるミステリばかり読んでいた気がする。

　最後に、私が選んだ国内ミステリ・ベスト10は次の通り。

○　97年度私的ミステリ・ベスト10

１位　　　『欲望』※　　　　　　　　　　　　　小池真理子
２位　　　『レディ・ジョーカー　上下』　　　　高村薫
３位　　　『死の泉』　　　　　　　　　　　　　皆川博子
４位　　　『あでやかな落日』　　　　　　　　　逢坂剛
５位　　　『三月は深き紅の淵を』　　　　　　　恩田陸
６位　　　『アナザヘヴン　上下』　　　　　　　飯田譲治＋梓河人
７位　　　『原罪の庭』　　　　　　　　　　　　篠田真由美
８位　　　『天狗風』　　　　　　　　　　　　　宮部みゆき
９位　　　『鎮魂歌　不夜城Ⅱ』　　　　　　　　馳星周
10位　　　『少女達がいた街』　　　　　　　　　柴田よしき

　ミステリ周辺書は挙げない方針で選びましたが、※だけは敢えて入れさせていただきました。

　98年のミステリも豊作でありますように。それでは皆さま、御機嫌よう。

[UP]

謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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９７年 ミステリ回顧

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