謎宮会 1997/4

新刊日記・過去バージョン(1996年12月)

香月桂

 まずは二階堂黎人の『奇跡島の不思議』(角川書店)。徹底的にフーダニットにこだわった作品ということで期待したのだが、どうにも不満が残る。どうして不満が残るかと言えば――それはネタばらしになるから言えないのだ。ここで言えるのは、この作品で使われるミステリ的趣向が徹底されておらず、またその趣向が真相と強く結びついていない、ということ(はっきり言えば真相からはどうでもいいことなのですね、これって)。また舞台については「安普請の霧越邸」という感じしか受けなかった。登場する「白亜の館」は素晴らしい芸術品に溢れているはずなのに、何故霧越邸に比べて数段見劣りがするかと言えば(あまりにも似通っているのは別として)、それは美術品の描写があまりに百科事典的なこと、そしてその美術品に対しての作者の評価の視点が抜け落ちていること――つまり、作品を鑑賞する視点に欠けている――これが理由なのだと思う。登場人物は「きゃあ、〜〜があるわよ!」とその品物がそこにあることに感動はしても、その美しさについてはほとんど語らない。そこに存在することにではなく、その美しさに感動して欲しかったな。評価は★★(でも文章も考慮に入れると★☆かなあ)。

 中島みゆきが94年に行った実験劇場『夜会 2/2』は、すべて新曲書き下ろしで構成されていたということで話題になった。『2/2』(幻冬社)はこの舞台の自らによる小説化で、ミステリではないのだが、二重人格を扱っていて一応ミステリ的趣味を含んでいるので御紹介。よく書けているのに驚いた、小説もうまいんですね。舞台は海外に広がっていくのだが、下手に海外を舞台にする事で陥ってしまうある種の空々しさ(いい日旅立ち観光旅行小説!)を感じさせない。ヒロインが陥る状況――海外でお金が無くなり、飛行機も満席でチケットがとれず日本に帰れない、言葉も通じないしおまけに二重人格――というのは下手なサスペンスよりもずっと緊迫感がありました。星をつけるとすれば★★★☆。同じテーマである山田正紀『女囮捜査官3/聴姦』と読み比ベても面白いかもしれない。

 鎌田秀美『無慈悲な夜の女王に捧げる讃歌』(アスペクト)は、ミステリ風SFなのかなと思って読んだらしっかりSFミステリだった。よく書けている。こういうアカデミックな雰囲気の話に弱いんです、私。ただ、褒めてばかりもいられない訳で、これから先はわたくし「愛の鞭」を振るわせていただきますと、主人公アレック・テオと〈土鼠〉を除く登場人物の存在感が皆、薄い。「あれ、これって誰だっけ」と何回も前に戻って確認しなければならなかった(単にお前の記憶力の問題だって? はい、すみません)。他にもやや唐突なラストがちょっと気にかかるのだが……でもまあ、〈詩人〉の正体はなかなか掴めなかったし、楽しく「ミステリ」してたし、何よりもこの人の次の作品も読みたいな、と思わせるものを持っているのが強み。星は新人さんなので★★★☆。でも私はSFの良き読者ではないので、SF読みの人から見るともっと評価は上がるのかもしれない(下がったりして)。

 藤田宜永『動機は問わない』(徳間書店)は『理由はいらない』(こちらは新潮社)に続く私立探偵相良のシリーズ第二弾。構成から見て、もしかして藤沢周平『霧の果て』への挑戦か? と勝手に期待して見事に肩すかしだった前作と比べると、期待していなかった分だけ、そして前作よりもさらに軽い仕上がりになっている分だけすらすら読めた。でも不満だな。いや、誤解の無いように言っておくけれど、わりと巧いのである。でもそれだけなのだ。いくらでも面白くなりそうだし深く掘り下げられそうなのに、深くならずに浅いところに留まっている。どうしてなのだろう。読んでいて歯がゆいんである。これでは二時間ドラマだと思う。藤田宜永だったらこれ以上のものを期待していいと思うのだ。星は★★。

 泡坂妻夫『砂時計』(光文社カッパ・ノベルズ)は推理傑作集と嘔っているけれども、ほとんどの作品はミステリとは言えないので読み方に御注意。ちょっと印象には残りづらいような淡白な味わいの短編が多くて、一般受けはしないかもしれないが、でも「六代目のねえさん」なんて読んでしまうと、もう私、何も言えなくなってしまうのです。いいなあ、味わい深いなあ。★★★。

 森雅裕『会津斬鉄風』(集英社)は全五編を収録。前の短編に登場した人物のひとりが後の短編の主人公になるという、いわばロンド形式の連作短編集である。全五編の短編を繋ぐ糸は森雅裕お得意の日本刀。森の作品としてはおとなしい感じだが、唐人お吉や土方歳三などが登場するストーリーは通して読むと森流の幕末絵巻になっている。信用できる実力派、これからも頑張って欲しい。★★★☆。

 乃南アサ『窓』(講談社)は、『鍵』に続いて聴覚障害をもつ女子高生・麻理子が再び登場する長編。『鍵』同様、ミステリとしては特に優れた点があるわけではないのだが、主人公・麻理子が可愛くて思わず応援したくなる。これはそういう風に、麻理子の成長を見守るシリーズであり、お話として良くできていると思う。今回は麻理子が周囲からどうしても感じてしまう疎外感をどう乗り越えていくかがテーマ。この主題に、麻理子と同じように聴覚に障害を持つ青年が容疑者となる毒殺未遂事件が絡んでくる。崩壊しつつある家庭の再生劇を感動的に描いた前作『鍵』と比べるとややお話の吸引力は弱いのだが、それでも★★★。ただ、どちらの作品も読んでいない方は、やはり麻理子の成長を順に追っていただくためにも『鍵』(講談社文庫)からお読みいただきたいと思います。

 なお最後に、これはミステリではないのだが注目の本として、『お父さんは時代小説が大好き』(本の雑誌社)を挙げておく。これは漫画家・吉野朔美が〈本の雑誌〉に時折発表していたマンガエッセイを一冊に纏めたもので、マンガだからと侮るなかれ、これは本に対する愛情がしみじみと伝わってくるとても素敵なエッセイ集です。ある意味では12月一番のお薦め。

 1997年1月に続く。

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謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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