謎宮会 1997/4

新刊日記・過去バージョン(1997年1月)

香月桂

 森博嗣『詩的私的ジャック』(講談社ノベルス/★★)は今までの長編の中で一番つまらない。最初は楽しく読んでいたのに、後のほうになるにつれてどんどん面白くなくなっていくような気がする。私は何故か本筋とはあまり関係がないのに、犀川先生の中国探訪記が一番印象に残った。全く比喩のない独特の文章は相変わらず新鮮ではあるが。

 西澤保彦『死者は黄泉が得る』(講談社ノベルス/★★)も失敗作と言っても構わないと思う。つまり、説明が足りないので何のことか良く判らなくなるのだ。作者は最後の一行でどんでん返しをやりたかったのだろうが、それが前提を引っ繰り返すわりと大きなどんでん返しであるために、もう一回説明してくれないと納得がいかないのだ。最後の一行で言及されるあの人を館に連れてきたのは誰だったのか、などはやはり明確に書いて欲しかったと思う(私は人から説明されて「ああ、そういうことだったの」と感心したマヌケな読者です。でも、私みたいな人も絶対いると思うよ)。

 清涼院流水『ジョーカー 旧約探偵神話』(講談社ノベルス)の感想は、前作『コズミック』と同じ。つまり、これはミステリへの愛情を思う存分語った長い長い長いラブレターであって、そのラブレターを採点するくらい野暮なことはない、ということ。だから星評価は控えさせていただきます。まあ、途中で白けてしまわなければ楽しめるだろうけど、読者層は思いっきり限られるだろうなあ。JDCという派手な設定といい、ミステリのあらゆる趣向を採り入れて展開されるストーリーといい、これだけやったら面白くなるはずなのだが、何故か本格ミステリの面白さは感じられないのが不思議。それにしても、このアナグラムへのあくなき情熱は何なのだろう。

 二階堂黎人『バラ迷宮』(講談社ノベルス/★★★)は前の長編『奇跡島の不思議』より面白い。トリックは全然新しくないが、見せ物小屋的趣向が効いていて読み物としては面白いと思う。中では「サーカスの怪人」が雰囲気の良さもあってフェイバリット。

 若竹七海『海神の晩餐』(講談社)は、タイタニック号と共に海の底に沈んだ筈のジャック・フットレル『思考機械』の原稿、チャーリー・チャンの登場、更には松本泰やミスター・モトというマニアにしか判らないような名前を散りばめ、そして舞台は氷川丸と盛り沢山の趣向だが、何故か本格ミステリとしては不思議と盛り上がってこない。というわけで本格として読むと寂しいけれども、しかし航海の雰囲気はとても良く書けていると思うし(船旅のなんとなく楽しい気分が伝わってくる)、動機の設定やラスト近くでチャーリー・チャンが語る台詞に重みがあってそこに満足。ここを読むための話かもしれないと考えて、星は★★★★。

 北村薫『覆面作家の夢の家』(角川書店)はシリーズ最終作だという。読んでいて楽しいのは相変わらずで、安定している。困るのは主人公二人の恋愛描写がとても甘いことくらい(笑)。中では「〜夢の家」の〈ダイイング・メッセージ〉が秀逸。推理小説の趣向にダイイング・メッセージというものがある、そうか、じゃあ僕が考えたダイイング・メッセージを解いてごらん、というわけで、ドール・ハウスの中で死んでいる人形のメッセージを解く、という趣向。これだとダイイング・メッセージはいくら考え抜かれたものでも何ら不自然ではないわけで、お見事な設定である。その中身も古典を扱ったもので、古典好きの私にはとても楽しいものでした。最初は星三つを付けていたのだが、半分プラスして★★★☆。ちなみに創元推理倶楽部岡山例会参加者は、思わず「〜夢の家」の冒頭で笑ってしまったのではないですか? 

 松本賢吾『魔弾』(祥伝社ノン・ノベル/★★☆)は読んでいる間は面白かったのでこの評価だが、読み終わってみるとあまりにも事件が呆気なく片づいていくという印象が残ってしまうところが弱点。魅力ある主役のもとにとても有能なプロばかりが集まっているのだから、これくらいの事件は簡単に解決できなければ困るのだろうが、読み物としてはもう少し紆余曲折があったほうが楽しいと思う。とはいえ自殺する老警部の話は単純に感動的だし、主役はもう一度会ってみたいと感じられるように書けている(「ヒーロー」って看板背負っているような感じだけど、たまには屈折していない主役もいいものです。最近は暗い過去背負ってるか、馬鹿じゃないかと思うほど社会に適応できない主人公ばかりでうざったいんだなあ)ので、次回作に期待が持てます。

 二月へ続く。

[UP]


謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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