謎宮会 1997/4

新刊日記(2月)

香月桂

 三ヵ月ぶりの御無沙汰でございました。新刊日記でございます。唐突ではありますが、今年より採点を少し厳しくしようと思います。同じ『謎宮会』での浅井さんの毒書日記と比べると、私のは大甘にすぎると反省したので(浅井さんの毒書日記、面白いですよね。三ヵ月のブランクは、あれがあるなら別に私が書かなくったっていいか、と思ったこともあったりして)。

 さて本文。今年のミステリは随分と地味なスタートを切った感があって、一月の新刊はそんなに騒ぐほどではなかったというのが正直な実感なのだが、二月に入った途端何だなんだ。新刊みんな力作ばかりではないか。財布が悲鳴を上げる(ほとんど断末魔)反面、読者しては幸福な時間を過ごすことができて嬉しい限り。満点も出た充実の新刊日記、始まり始まり。

 山口雅也『續・日本殺人事件』(角川書店)は協会賞を受賞した前作よりもさらにシュール。おーい山口さぁん、て下から呼びかけたくなるほど高みに上っちゃっている。スモウ・レスラーの死体をサイドカーに乗せて爆走するオートバイを運転するのはあの置物で有名な福助、そしてそれを主人公・東京茶夢を乗せたエンジン搭載の人力車が追いかける(しかもウィリーするのだこのバイク人力車は)。思わず『生ける屍の死』の霊柩車カーチェイスを思い出した。どうにもあまりに凄すぎてミステリを読んでいる感じがしないのに思わず苦笑いだが、問題は京極夏彦に捧げられた第二話「実在の船」。  『鉄鼠の檻』のパロディや、藤原萬望の名が出てきたり(何のことか判らない人は北村薫『覆面作家の夢の家』を参照。ちなみに〈別冊・文藝春秋〉に掲載された北村薫のエッセイ「おどるばか」は読み逃すにはあまりに惜しい爆笑の傑作)と楽しい展開の後に待っているのは「この謎を解くために論理を捨てる」結末。実は最近このタイプの結末に食傷気味なので、読後感は複雑。いずれにせよこれは到達点ではなく、あくまで次の段階への布石というか、ステップのようなものだと思うのですが。何はともあれ面白かったので★★★☆だけど、私ちょっと、最近はこの手のものに疲れ気味です。とは言えこれは私が本格ミステリの未来に関心が薄い読者だからかもしれず、うーん、困った。

 そんなちょっと困った気持ちを吹き飛ばし、「ああ、やっぱり私は本格が好きだ」と悟らせてくれたのがこの作品、前作『フィリップ・マーロウよりも孤独』からなんと11年ぶりの新作となった平石貴樹『スラム・ダンク・マーダー その他』(東京創元社)。「本格の神髄」に満ち溢れた連作長編、謎解きミステリを愛する人には絶対のお薦め。収録された三作品すべてに「読者への挑戦状」をつけた、近頃珍しいほど徹底した謎解きミステリであり、論理パズルとしての完成度が非常に素晴らしい。でも退屈な説明ばかりが延々と続く凡作とは一線を画し、読み易く、かつそこはかとなく物語しているところがまた心憎いのだ。『誰もがポォ…』以来、実に久しぶりに更級ニッキに再会できるのも嬉しい限り。ニッキさん可愛いなあ。登場人物の心理に対して感情的にちょっと引っ掛かる点も残るのだが、それでも本格を愛する人になら面白さは保証できると思う。判官贔屓かもしれないが、久しぶりに論理パズルの面白さを堪能した満足感と、できるだけ早い次回作を催促する意味も込めて、思い切って今年最初の金星★★★★★を贈呈しようと思います。平石さんもっと書いてください!

 若竹七海『船上にて』(立風書房)は自選傑作短編集、私見では若竹七海の著作の中でも一、二を争う出来ではないかと思う。収録された短編はどれもハイレベルで、思わず一編毎に頷きながら読んでしまった(敢えて言うなら表題作がやや落ちるが)。若竹作品の例に漏れず、今回も苦い結末を迎える話が多いが、もはや後味が悪いなどと言っていられないレベルに達している。若竹七海は本質的に短編作家なのではないだろうか。それは長編が下手だと言うことではないが、短編だと更に彼女の個性、彼女が持っている作家としての毒の部分が一層切れ味鋭く映えるように思う。好みでは「時間」「黒い水滴」「てるてる坊主」が作品集中のベストだが、どれもこれも良い短編なのに変わりはない。最近短編を読むのに凝っているので、新作でこういう見事な短編集に出会えるのはとても嬉しい。彼女のこれからに期待して★★★★☆。

 連城三紀彦『美女』(集英社)も短編集、「夜」を題名に冠した四作と「演技」を主題にした四作の合わせて八作品を収録。この人の作品の切れ味は衰えることを知らない。ミステリの手法によってミステリアスな人間関係を鮮やかに浮かび上がらせるその手腕は見事としか言いようがなく、少女が計画する家族崩壊劇が圧倒的な「他人たち」、プロットが冴える「夜の右側」などいずれもお見事。よくこんな話が書けるよなあ、と驚いたのが「喜劇女優」、語りと騙りが等号で結びついた驚嘆の作品。キャラクターがくっきりとした印象を残す表題作「美女」も鮮やか。巧緻な騙しの世界を満喫できる作品集、お薦めの★★★★。

 井上夢人『メドゥサ、鏡をごらん』(双葉社/★☆)は不満の残る出来だった。ハイテンポな読み易さは評価できるのだが、どうにも感情的に納得できない点が残るのだ。つまり、主人公だけがどうしてあんなに複雑な手間をかけてまであそこまでされなければならないのだろうか(彼女の趣味か?)。それが納得いかないため、これでは単に話を複雑にしたかっただけという印象しか残らない(でも恐らくそれが狙いだったのだろうが)。怖いというより後味の悪い話だし、正直言ってあまり面白くなかった。残念。こういうタッチのものでは、職人的な巧さの感じられる『あくむ』や『もつれっぱなし』のほうが面白い。

 「筒井康隆絶賛!」の帯が付いていなかったら、たぶん手に取ることはなかったと思うのが中村うさぎ『家族狂』(角川書店)。思っていたより面白く、そのため印象が良いので星は★★★。さすが筒井康隆が推薦文を寄せているだけあって、一気読みできるノンストップ・ストーリー。作者が若干、後の展開を隠すのが下手という欠点もあるが(そういえば主人公はなぜかハードボイルド作家なのだが、そのハードボイルド感がずれているのが笑える)、それでもストーリーは案外予想外の方向へ飛んでいってくれてなかなか楽しめた。幽霊一家の弟だけがなかなか出てこないところは技ありである。ただノベルズ版の形態で1030円はちょっと……。結局私もお金を払って本を買う身、コストパフォーマンスは重要なのです。

 こちらも志水辰夫の推薦文が無かったら絶対に読まなかったろう、森山清隆『新宿葬い包丁人』(光文社カッパ・ノベルス/×)。センスのかけらも無いタイトルと同様、主人公も魅力とは程遠く、「矛盾した劇画キャラ」としか感じなかった。第一、妻の神経がおかしくなっていることにも気づかず、気づいても優しくしてあげるでもなく、料理をしながら「こうしていると、いつのまにか妻のことを忘れている。だから、俺みたいな男は、厨房に立ちっぱなしで生きていくより方法はないのだろう」と言っている男が、ゲイボーイたちに対して「こいつらの家族はいったいどうなっているのか。こんなに、あっさりと血のつながりを絶ってしまえるのが、今の時代なのか。ガキどもは、家庭を見捨て、さっさと新しい居場所を探していく。沈みゆく船を見捨てるかのように簡単に――」なんて批判する資格があるのだろうか? しかも主人公の倫理を描写で浮かび上がらせるというステップを踏まず、すべて言葉にして直截的に語ってしまうため、ひどく押しつけがましく感じるのだ。他にも言いたいことがたくさんあるのだが、止めておく。そして私はこれから志水辰夫を「日本のトニイ・ヒラーマン」と呼ぶ。自分では良いものを書くが、推薦は絶対に信用できない。読書時間を返して欲しい傑作であった(小森収さんのこのフレーズ、便利だなあ)。

 貫井徳郎について書かれた文章で記憶に残っているのは、『このミス』投票での小山正氏のコメント。小山氏は『マークスの山』と『慟哭』を対比させた後で、『慟哭』を「反警察小説とも読め、心地よい」と書いている。なるほどと思った記憶がある。そして『修羅の終わり』(講談社)は貫井が原点に戻った、それも更に凄まじくなって戻った〈反警察小説〉の大作。ストーリーは記憶喪失の青年の自分探し、悪徳警官による売春グループ捜査の顛末、そして公安組織“桜”に属する刑事のスパイ育成の三本の話が並行して語られる。ミステリ的にも「裏の裏は表」というか、「敵の敵は味方」の裏返しというか、そんなトリックを使うなどして頑張っているのだが、仕掛けが不発に終わっている部分も見受けられ、プロットがやや破綻気味なのが残念。でも、それだけの話ではない。爽快さなど微塵もなく、不快感が募り、後味も相当に悪い話だが、それでも読む価値があるのだこの長編は。

 これは警察組織への不信感、公安組織の恐怖を安定感ある文章で描き尽くした大作であり、ここに描かれた警察は悪どすぎると思われる読者もいるだろうが、所詮実態がよく判らない組織のことなので、読んでいるうちに物語の内に留めておくことが出来ない不安感が募ってくる。組織に潰されていく人間たち、そして潰す側の茫洋とした不気味さ。遂にここまで書いたか貫井さん。ミステリとしての出来では『慟哭』だがテーマの昇華では『修羅』か。貫井徳郎のひとつの達成点、★★★★。……それにしても「必要悪」ってホントに嫌な言葉だね。

 続いては柴田よしき『少女達のいた街』(角川書店)。今回初めて柴田作品を読んだのだが、思っていたよりも巧いではないか。1975年と1996年、時を隔てた二つの時代を舞台に少女たちが織り成す人間模様を描いた哀感漂う作品。印象的なのはヒロインの心理をとても丁寧に書き込んでいるところ。前半(1975年)では少女の心の揺れを少女マンガにも及ぶほど(これは決して侮蔑の意味ではない。少女の心理を丁寧に綴った作品はほとんど少女マンガにしか存在していないと私は思う。ただし現在の少女マンガは以前よりも元気がなくなったが)細やかに描いている。しかしそれだけでは終わらないのがミステリ。

 後半(1996年)に入ると、前半で影に隠れていた裏の人間関係が次々と明らかにされていく。過ぎ去った時への透明な哀しみが余韻を残すラストも印象的。ミステリ的な面白さにも気を配っているし(ややぎこちないけれども)、時間軸がほぼ同一の『テロリストのパラソル』と比べても遜色ないと思う(というか、私はこちらのほうが好きだ)。★★★★。

 柴田よしきのもう一冊の新刊『炎都』(トクマノベルズ)はミステリではないが、とても面白いエンタテインメントに仕上がっている。面白さでは『少女達のいた街』を上回るので、パニック・サスペンスや伝奇ロマンがお好きな方は要チェック。

 宇神幸男『ヴァルハラ城の悪魔』(講談社ノベルス)は『神宿る手』四部作以来久しぶりの長編ミステリ。八ヶ岳に聳え立つ壮麗な城(笑)を舞台に展開される、オペラと美食と殺人事件。おお、あまりに好みに嵌まりすぎてワープロのキーを叩く指まで震えるぜ、ってなもんである。『サロメ』プレ上演中に首を切られたオペラ歌手、ライオンに食い殺される執事、血の涙を流す聖女像、現場に残されるヒースの花など華々しい設定(ちなみにヒースと言えば私は小学校時代の愛読書メアリー・ポピンズを思い出す)。しかし、この作品は犯人当ての興味だけを対象に書かれたものではないのだろうと思う。

 作者の趣旨はミステリの面白さよりむしろ、ミステリという枠の中で、音楽・料理・建築・文学・映画などあらゆる知識を詰め込んだ“蘊蓄のおもちゃ箱”を造り上げることにあったのではないか(トム・ハンクスだのジェームズ・スチュアートだのは余計だが)。それはラストで本格ミステリのセオリーを幾つも破っていることからも察せられる。だからミステリの面白さだけを追求してしまうとラストで怒るかもしれない。確かにラストは無理がある。でも、笑えるから私は許容範囲内。

 そして特筆しておきたいのは、真剣に遊んでいる作者の姿勢だ。下手に真面目な方向に走ることなく、作者は持てる知性をすべて〈遊び〉のためだけに使っている。だから壮麗な城がいきなり八ヶ岳に建っていても、登場人物の名前がやたらと凝っていても、ヒロイン正親町聖架が18歳とは信じられないほど博識であってもあまり気にならない。むしろこの設定は「これは現実とは全く関係のない、遊びの世界なんですよ」という作者の宣言だろうと了解できるのだ。遊び、もしくは壮大な冗談。洒落ていて良いではないか。ひたすら趣味に走って★★★★☆。

 文庫オリジナル、清水義範『茶色い部屋の謎』(光文社文庫/★★)はアイデア・ストーリー12編を収録。本格推理フェアの一環として出版されたが、本格推理作品集ではなくミステリ・パロディ集である(どうしてこの本がフェアの中に入って都筑道夫『くらやみ砂絵』は入っていないのだろう?)。軽い話ばかりなので物足りないが、もともとそういう趣旨で書かれた短編なので過剰な期待をしなれけば楽しめるだろう。でも一番印象に残ったのがミステリではなく、この作品集に収録された唯一のSF「バイライフ」というのはちょっと皮肉ではある。

 山田風太郎の復刻も佳境を迎え、固まって何冊も出版されている。筑摩書房も遂に「山田風太郎明治小説全集」の刊行を開始するというし(大傑作との呼び声高いミステリ『明治断頭台』を早く復刊して欲しい!)幸せである。そういえばマガジンハウスが『太陽黒点』を復刊するという情報があったが、あれは進んでいるのだろうか。あれも早く読みたいな。今月はまとめて四冊を御紹介。

 まずは少し刊行時期は古いが、『青春探偵団』(廣済堂文庫/★★★★)は四冊の中で唯一のシリーズ・キャラクターもの。謎解きあり、トリックあり、ドタバタコメディありの贅沢な短編集で、主役の六人の中学生の書き分けも素晴らしく、それぞれが個性豊かに生き生きと躍動しているところはさすが風太郎。スラプスティック・コメディ「泥棒御入来」「砂の城」は爽快感さえ感じる。この素直に面白い作品集が埋もれていたとは驚くばかり、お得な短編集。

 続いて『天使の復讐』(集英社文庫/★★★)と『奇想ミステリ集』(講談社文庫・大衆文学館/★★★)だが、さすがにここまで復刻が進むと段々と作品のレベルも落ちてくる。いや、面白くないわけではないのだが、先に素晴らしい作品ばかり読んでしまっているために、感銘が薄くなってくるのだ。しかし風太郎が様々なミステリの趣向を使いこなしていることを知るだけでも買う価値は充分にある。前者の作品集では、ラストの一言が余韻を残す表題作と、いかにも風太郎らしい皮肉な結末が待っている「知らない顔」が印象に残り、後者では風太郎が好んで描く徹底的に純粋無垢なヒロインの物語「新かぐや姫」と、外国を舞台に奇妙な三角関係が引き起こした殺人事件を描く「司祭館の殺人」が突出している。

 そして四冊目、『赤い蝋人形』(廣済堂文庫/★★★☆)は山田風太郎傑作大全完結の巻。『棺の中の悦楽』の雛形であり一種のホラーとも読める「痴漢H君の話」や、最後に綴られる犯人の独白が印象深い表題作、そしてあまりにも苦い結末が待っている「わが愛しの妻よ」。この作品が書かれたのは昭和36年、それから30年以上の月日が経過しているにもかかわらず、世間という化け物の体質は相変わらず。そういう意味では普遍的な作品である。……しかしどうしていつまでも「厨子家の悪霊」とデビュー作「達磨峠の殺人」が復刊されないのだろう? 楽しみにしているのだが。『悪霊の群』は……出版芸術社さん、駄目ですか?

 『硝子の家』。近刊案内でこのタイトルを見ても、半信半疑だった。鮎川哲也編・本格推理マガジンと銘打ってあったため、以前の『孤島の殺人鬼』のように〈本格推理〉で登場した人たちの第二作を集めた作品集であるとの疑念を払い退けることができなかったのである。しかし出てみたら本当にあの島久平の『硝子の家』。なんとこの長編、今まで雑誌にしか掲載されたことがなく、今回初めて本になるのだという(創元推理倶楽部に入って教わったことの一つです)。まさに「事件的一冊」であるのは間違いないだろう。

 さて、では出来はどうだったかというと、「幻の名作」というよりは「出会って嬉しい埋もれた佳作」という感じ。ただ、この作品が執筆されたのは昭和25年。25年と言えば大下宇陀児『石の下の記録』が連載されていた年、前年には『八つ墓村』や『能面殺人事件』が登場し、翌年には江戸川乱歩『幻影城』が登場したという時代なのであり、年代として古い作品なのは間違いなく、それでいてこの完成度なのだから傑作と言っていいのではないか。山前譲氏は「素っ気ない文体」(P252)と書いているが、逆にその文体がかえって作品を古びさせていないと思う。先ずは読んで儲け物だった佳作。

 また、巻末に収録された「必読本格推理三十編」も編者・山前の好みが出ていて面白かった(『獄門島』ではなくて『本陣』だったり、見落とされがちな『上を見るな』が入っていたり。唯一知らなかったのが下村明『風花島殺人事件』、奥が深すぎる)。いずれにせよ、こういう企画は本当に楽しいし、何よりも文庫で読めるところがとても嬉しい。これからも復刻を期待します。次は『屍の記録』、どうです光文社さん。

 リファレンス・ブックを一冊。山口雅也監修、千街晶之・福井健太編『ニューウェイヴ・ミステリ読本』。綾辻以降に登場した本格ミステリ作家17人のインタビューと、それらの作家の作品 150冊を取り上げたブック・レビュー、更に彼らの先達6人の紹介文と評論家のエッセイを加えた盛り沢山な内容。これで1500円弱のお値段とはお買い得だと思う。けっこう手間かかってますよ、これは。

 ブック・レビューは綾辻・我孫子ら新本格一期生から最近話題のはやみねかおるまでを収めたもので、一種の「本格作家情勢地図」としても楽しめる(わざわざ取り上げることもないと思われる作品も混じっているが、こういうものは何を取り上げ何を捨てるかに選者の個性が現れるので、そこを読むのも楽しみのひとつ)。ただし注文も無いわけではなくて、例えば褒めるだけでなく作品に対する批判ももっと展開して欲しかった。批判を読むのもレビューを読む楽しみのひとつなので残念。まあしかし、徒に作品を貶すばかりのレビューに比べれば余程好感が持てるのだが。人の意見を引っ張ってきて、それを貶めることでしか自分の主張を正当化できない評論家っていますからね。

 私くらいのマニアになると(ふっふっふ)買う必要のないガイドブックがほとんどなのだが(だって知ってることしか書いてないんだもん)、この本はいろいろな角度から楽しめたリファレンス・ブック。二人の若手評論家のこれからの活躍を期待したいと思う。  最後に今月の誤字。『本の雑誌・三角窓口傑作選97』の57頁、御手洗潔が御毛洗さんになっていた。笑えた。それではまた。 (97・3・23)

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謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

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