謎宮会 1997/8

仁木悦子さんの「奇妙な味 短編集」を編む!

小嶋新一

仁木さんの小説でやっぱり一番有名なのは、「猫は知っていた」をはじめとする仁木兄妹ものでしょう。昨年出版された作品も、「猫は知っていた」「黒いリボン」の復刊、新たに編集し直された短編集「仁木兄妹の探偵簿1」「同2」と、全部仁木兄妹シリーズ、といったところです(そして、それはつまり、現在新刊で入手可能な作品は全部仁木兄妹シリーズだということになります)。

しかし、彼女の作品は仁木兄妹シリーズだけではありません。私立探偵三影潤シリーズ、東都新報記者吉村駿作シリーズなど、他の主人公が登場するものはもちろん、シリーズ探偵を擁しないノンシリーズものにも光る作品は色々あります。

例えば、長編作品で僕が最も好きなものは「二つの陰画」です。処女作であり江戸川乱歩賞を受賞してベストセラーになった「猫は知っていた」以後の作品は、世評とは裏腹に、案外謎解き部分では弱い作品が多いんですが、この「二つの陰画」は彼女には珍しく、推理小説としての構成に凝りに凝った作品です。主要登場人物が順番に登場するプロローグからしてそうした雰囲気を十二分に感じさせるし、密室トリック、一人二役トリックなど、どんでん返しが相次ぎ、ミステリとしての面白さは仁木さんの作品中では随一です。

シリーズ探偵を使っていないせいか、発売時あまり話題にならなかったという事らしいですが、「仁木悦子なら仁木兄妹もの」という固定観念はいけません。もっと柔軟な姿勢がほしいですねえ。

彼女の短編に目を移しても、「仁木兄妹の探偵簿1」「同2」の刊行が示すように、やっぱり仁木兄妹ものに目が行ってしまいがちですが、シリーズもの以外にも、これまた興味深い作品が目白押しです。彼女の短編集は、以前講談社文庫と角川文庫で刊行された版で、ほとんどすべての作品を読む事ができます。現在そのすべてが絶版になっており、新刊としては別に編まれた「仁木兄妹の探偵簿」しか入手できないのが残念ですが。

僕は、その講談社文庫と角川文庫の短編集シリーズが大好きです。おおむね発表年次順にまとめられたこれらの短編集は、いろんな種類の短編がアトランダムに出て来るため、次はどんなタイプの作品が出て来るのかなあ、と読んでいてワクワクしてきます。

仁木さんといえば「謎解きもの」と評価が定まっていますが、いえいえ、そうとは限りません。こと短編に限っては、なぞ解きものももちろん沢山ありますが、風変わりな作品も結構見かけます。

今日は、「仁木さんの作品の中にはこんなのもあるんだぞ〜」とばかりに、そんな「風変わりな作品」の中から、その中でも特に一風変わったものを集め、「仁木悦子 奇妙な味短編集」をインターネット上で編んでみたいと思います。

では、まず第一弾「赤と白の賭け」(短編集「赤と白の賭け」講談社文庫に収録)

「賭け」をテーマにした作品は、ダールの「南から来た男」を例に取るまでもなく、スリリングな作品が多いが、この作品もそう。

男に騙されたことが原因で自殺した女性の父親が、騙した男に「賭け」を迫る話。父親は男に拳銃を突き付けながら、目の前に置いた二つのグラスのどちらか片方を飲み干せ、と迫る。片方のグラスには赤ワイン、もう片方には白ワイン。そして、そのどちらかに致死量の毒が入っているという。さらに父親は、死の直前に娘が父親の動きを悟って、男に宛てて書いた手紙を示す。その手紙には「白ワインは毒が入っているから飲まないで」とある。男は自ら騙した女性を信じたか否か・・・?

第二は「うす紫の午後」(短編集「暗い日曜日」角川文庫に収録)

仁木さんの作品には、子どもを主人公にした作品が多くあり、「子どももの」として分類する事ができる。その多くは、殺人の容疑をかけられた知り合いや家族を救うために、子どもが活躍して無実を証明、真犯人も突き止めるというパターンである。彼女の最初期の作品であり、短編の代表作とされる「かあちゃんは犯人じゃない」もこの一つで、その後形を変え数多くこのパターンの作品が書かれた。が、あまり同じパターンばかりだと、読んでる方も「また同じテーマかな?」と飽きてきてしまいますねえ。

その点、この「うす紫の午後」は、子どもを主人公にしながらも、全く趣向の違う作品で、ドキリとさせられるもの。

ある少女が百貨店でスカーフを万引きし、店を出ようとするところから作品は始まる(この辺りから結構ショッキングですねえ)。続いて彼女は隣に住む大好きな小夜子お姉さんがブラウスを万引きするところを目撃。少女の一人称で話は進んでいくのは仁木さんの作品にはありがちだが、内容的にはいつものパターンとは異なるものを感じさせる。

そしてちょうど万引きを目撃した時間に、小夜子さんの妹が家で殺されていた!容疑者は小夜子ねえさん。少女は聴き込みの刑事に対し、お姉さんの万引きをかばいたい一身で、百貨店で小夜子さんを見かけなかった、と証言するが・・・。

作品の構成としては若干無理が感じられる部分もないではないが、最後の最後で真実が読者に明かされドキリとしたものを残す。いつもの仁木作品らしいさわやかな筆致ながら、書かれている内容は圧倒的にどす黒く、読後に深い奇妙な印象を残す。

第三が「倉の中の実験」(短編集「銅の魚」角川文庫に収録)

これも子供ものといえばそうなるが、なんともまあ、へんてこりんな作品。なんで仁木さんはこんな作品を書いたんだろう?

主人公である小学生の女の子フーコが、友人の兄篤夫が自分の部屋として使っている倉の中で奇妙な体験をする話。篤夫は、妹のもとに遊びに来るフーコを倉の中に誘うと、いつも趣味の悪い奇妙な実験をほどこす。それは、インチキ霊診断であったり、タロットゲームであったり、催眠術であったり・・・。昔、篤夫の祖父が無念にも死んでいった倉の中での実験が悲劇を迎える。

いったいこれは何でしょう?なんか、子どもの頃に見た悪い夢みたいなものを思い起こさせる不思議な短編。

第四が「一日先の男」(短編集「凶運の手紙」角川文庫に収録)

ある孤独なサラリーマンが日記帳を買い求めるが、その日記帳は、毎晩、翌日に起こる事柄が正確に記載されるという奇妙な日記帳だった。最初は気味悪がっていた彼も、やがて翌日の出来事がわかる事に安心感を覚えていく。ところが、ある日突然、翌日のページが白紙の日がやって来た。果たして彼はどういう行動に出たか・・・?

SFっぽい内容だが、結末は一応合理的な説明がされていると取る事も可能。そして、一方ではリドルストーリーと考える事もできる、不思議な作品。いかにもSF作家が書きそうな作品。仁木さんにはこんな作品もあったんだ!

第五が「空色の魔女」(短編集「死の花の咲く家」角川文庫に収録)

さゆりが描いた白雪姫の絵は奇妙だった。魔法使いが空色のきれいな衣装をまとい、白雪姫に首飾りをつけてあげている絵を、幼稚園の保母の妙子は妙に気になった。そして、さゆりの母親が自宅で絞殺されるという事件が発生。事件の解決のヒントは、意外な事に奇妙な絵の中に潜んでいた。

大人の世界に振り回されるいたいけな子どもの姿が痛々しくもあるが、また、一方でその純粋さに救われるような気にもなる。仁木さんの得意技とでもいうべきでしょう。

そして最後は名作の誉れ高い「おたね」(短編集「夢魔の爪」角川文庫に収録)

喜代子はある日バスの中で、かつて女中として使っていた老婦人おたねと二十年ぶりの再開を果たす。おたねは喜代子が子どもの頃、喜代子の家で奉公していたが、おたねの夫が突然の事故で死去した後喜代子の家を去っていた。久しぶりの再会に二人の昔話に花が咲くが、その中で意外な事実が明らかにされていく。

かつての日本が貧しかった時代を彷彿とさせる小品。読後、なんだか物悲しいものに心がとらわれる。この作品も何とも言えない後味を残します。

さて、以上、本日は仁木さんの「奇妙な味 短編集」を編んでみましたが、どうでしたでしょうか?「奇妙な味」とまで限定してしまうと、それに該当しそうな作品はそんなに多くはありませんが、そこまでいかなくっとも、謎解きの枠の中でいろいろと趣向を凝らした作品が沢山あります。

一般的な話になりますが、短編ミステリの謎解きものは、トリックや犯人の意外性は別として、物語の展開にはさほど期待できない場合が多いですが、同じ短編でも、変格ものはストーリー展開自体が楽しめますよね。僕はどっちか言うと、謎解きものよりも、そういった変格ものの方が好みです。変格ものファンの皆さん、「仁木さん、イコール、オーソドックスな謎解きもの」という固定観念を捨て、一度仁木さんの短編を読んでみてください。いろんなタイプのミステリが玉手箱のように現れて、きっと楽しんでもらえる事と思います。

それじゃあ、今日はこの辺で。

では、また。

編集者注)小嶋新一さんは仁木悦子ページをWWW上で公開なさっている方です。 東京分科会には入会していらっしゃらないのですが、今回の特集に辺り、特別に寄稿していただきました。ありがとうございます。

小嶋新一さんのホームページ「Time waits for no one」: http://village.infoweb.ne.jp/~fwhv5053/
「仁木悦子さんへのトリビュート・ページ」: http://village.infoweb.ne.jp/~fwhv5053/niki/niki.htm

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