謎宮会 1998/4

大藪春彦の作品を語ってみたい

浅井　秀明

　大藪春彦。その名はミステリ界にひときわ輝く「黒い星」である。
　大藪の前に大藪無く、大藪の後に大藪無し。
　そう、誰も大藪の跡継ぎを名乗ることのできるものはいない。

　大藪春彦の著作群を語る上でどうしても外せないのが彼の戦争体験である。名作『野獣死すべし』の伊達邦彦の生い立ちと重なるように、大藪春彦の戦争体験も強烈なものがある。そのあたりは大藪が繰り返し述べていることなのだが、ここで簡単に記す。

　大藪春彦は京城（今のソウル）生まれ。日本が戦争に敗れた頃は小学５年生で朝鮮民主主義人民共和国の新義州だった。親は植民地の中にある日本人学校の一つ、新義州中学の教師だった。もっとも、戦争が激しくなった頃は当然のごとく兵隊としてかり出されていた。
　敗戦となると売り食いとタバコ売り、それにソ連兵にねだることでなんとかしのぐ。今まで虐げられる側だった朝鮮人は日本人には冷たい。生き延びるのがやっとであった。妹を背負いながらジフテリアの血清を探し求める有名なエピソードはこの頃だ。二番目の妹がジフテリアで死にかけ、妹を背負いながらジフテリアの血清を探し求めた。しかし、今まで虐げられていた朝鮮人の病院はどこも日本人には冷酷だった。春彦は妹を背負いながら二日間歩き続け、ようやく病院に入れてもらえたが、そこには血清はなかった。父の友人が道庁の薬品室に侵入し、１本だけ残っていた血清を探して駆けつけてくれて、どうにか妹は生き延びた。
　いつまでたっても日本政府は帰国船をよこさないのでみんなで闇船を雇って南朝鮮まで脱出する。食料は腐り、飲み水はなくなる。船長は少し動かすと船を止め、割増金を要求する。それでもなんとか10日後には韓国の仁川に到着する。半日歩き続け米軍の難民キャンプまで到着する。最低の生活を送った一月後、貨物列車までまた長距離を歩く。列車に乗り込み釜山に送られ、また難民キャンプに閉じこめられる。そしてようやく佐世保に到着する。

　日本が戦争で負けたことしか知らない我々にとってこの体験はあまりにも強烈ではないだろうか。とにかく生き延びることに全てを費やした小学生時代である。国と権力に対する不信と反発。大藪文学の根底を成す思想がこの頃形成されている。

　その後も大藪春彦と伊達邦彦の生き方はラップしている。天皇批判の新聞作成と回収され校庭で焼かれるエピソードは大藪が語る限り全く同一のものである。ここで大藪は「言葉の無力」と「言論の限界」を知る。その大藪が小説界で生きるようになるのだから面白いものだ。しかし、このようなエピソードこそが、「力こそ正義」という大藪作品群の主人公たちを産み出していったものと思われる。そして私たち読者の共感を得ていったのだろう。私たちも知っているからである。「言論」というものの無力さを。「言葉」で世界が変わるのなら、今の世界はもっと良くなっているだろう。もっと過ごしやすくなっているだろう。現実はそうではない。「力」と「権力」、そして「金」を握ったものが実権を握るのが今の社会なのだ。士農工商こそなくなったものの、「階級」は残っている。政治家の息子は政治家に、大会社の社長の息子もまた社長にと。既にそのような社会に刃向かう勇気も実力もなく、「学校」と「会社」で飼い慣らされている我々だからこそ、徒手空拳でこの社会を切り開いていく大藪作品群の主人公に憧れるのである。

　大藪春彦を語る上で外すことのできない、というより大藪作品の血であり肉となっているのが「銃」と「車」である。
　「市民」が自分を守るために「銃」を持つことは当然の権利である、こう言いきる大藪春彦はかつて拳銃不法所持で逮捕され、しかも護送途中に記者団の取材のために新幹線が５分ストップするというエピソードも持ち合わせている。もちろん大藪は、拳銃を持つと同時に銃に対する正しい教育をすることが必要であることを述べている。大藪は「銃」こそが人の持つ破壊欲・征服欲を満たすことのできる「道具」であることを信じて疑わない。それは「車」でも同じ事なのだろう。「人間」と違って「機械」は「人」を裏切らない。「人」に裏切られることになれている大藪、そして大藪作品群の主人公にとって「銃」と「車」は唯一の「友」であり、「安らぎ」なのかも知れない。だからこそ、主人公と同じくらい、「銃」と「車」について執拗に書かれているのだ。『みな殺しの歌（凶銃ワルサーＰ38）』『ウィンチェスターＭ70』『凶銃ルーガーＰ08』といった凶銃三部作のレベルの高さ、『汚れた英雄』『アスファルトの虎』といった二輪、四輪への情熱を余すところなく書ききった作品群を頂点とし、「銃」と「車」は大藪作品のシンボルとして読者の心に残っている。

　大藪作品を語る上でもう一つ忘れてはいけないのは、結末の唐突さである。例えば『野獣死すべし　復讐編』においても最終目標は父の会社を乗っ取った矢島の会社を乗っ取ることであるが、肝心のそのシーンはあっけなく書かれている。そのような例が大半であると言ってよい。それほど大藪は「過程」を大事にしている。「目標」に対してどのように「計画」を立て、「実行」してゆくか。大藪が語りたかったのはそこではないだろうか。目標への実行に対するパワー、エネルギー。目標への障害に対する排除。それらこそが生きる上での充実感といえる。そのような経験は我々でも十分に知っていることである。「目標」を達成してしまった主人公は抜け殻でしかない。そんなヒーローの姿を誰も見たいとは思わない。だからこそ大藪作品の主人公は目標が達成された時点で（時には目標の達成途上で）退場していくのだ。そんな退場シーンを長々と読みたいとは思わない。だからこそ結末は唐突に訪れる。

　ここで私自身が選ぶ大藪春彦ベスト10を挙げたい。もちろん、これは個人の好みが優先しており、世間一般の評価とは当然異なるかも知れないが、そのあたりはお許し願いたい。またこれは思いついた順に挙げているので、特に順位を記したものでない。
　１．『野獣死すべし』『野獣死すべし　復讐編』
　大藪を語る上でこの２作品は外せない。と同時に、大藪は第１作で自分のスタイルを確立した。同人誌「青炎」に発表後乱歩に認められ「宝石」に転載される。「青炎」の編集長を脅して掲載させたという伝説が残っているが、真偽の方は定かでない。その他の点については別に記したのでそちらをみてもらいたい。現在、この２編で１冊になっているので、あえて併記させてもらった。

２．『汚れた英雄』
　大藪が持つバイクへの情熱を注ぎ込んだ大作。『アスファルトの虎』が出るまでの大藪の最大長編。と同時に日本メーカーが1960年代の二輪レーシング界を席巻していくバイク年代史としても読むことができる。その他の点についてはこれも別に記させてもらった。

３．『蘇える金狼』
　大藪転換期の傑作。これも詳細については別に記させてもらう。

４．『復讐の弾道』
　主人公は羽山貴次。横浜のドヤ街で買った戸籍の名前北川の名で金庫破りの罪で入っていた刑務所から出所するところからこの物語は始まる。秘密クラブの売上金を強奪し、現金輸送車を襲う。目標は兄を殺した兄嫁とその父であり、その背後に控える東和自動車だ。羽山の兄は東和自動車の不正エンジン積み替え事件の詰め腹を切らされて自殺したことになっていた。羽山は兄嫁洋子に近づくが、悪女の魅力を持つ洋子に惹かれていく自分にとまどいを覚える。様々な駆け引き、思慮の結果、洋子と結婚した方が得策であると判断した羽山は洋子と結婚する。洋子の父（実は義父で洋子と男女関係あり）や秘密を知るかつての女中、羽山が打算で近づいた女中の死などの事件を越えて、二人は結婚し、事件は一端収まる。二人は蜜月旅行に出かけるが、それは二人の争いの最後の場であった。洋子が雇った暗殺者を逆に捕らえ、洋子を殺させる。莫大な財産を得た羽山は東和自動車の上層部への復讐を開始する……。
　ストーリーこそ、大藪ワールドの１パターンなのだが、物語の大半は洋子との駆け引きに占められる。正直言って上層部への復讐など付け足しに過ぎない。それほどこの洋子という女の存在感はすごい。そのあたりの駆け引きの妙、心理的な綾を書くことによって、一連の復讐ものよりワンランク上に位置づけられた作品となった。大藪作品群の中で、これほど「強い」女はいないだろう（エミーシリーズは別として）。

　５．『みな殺しの歌』『凶銃ワルサーＰ38　続・みな殺しの歌』
　ドイツが誇る名銃ワルサーＰ38。ナチスの死刑執行人の最高責任者で、ヒットラーの懐刀といわれたウイルヘルム・ケストラーが特別注文して作られた愛用銃を手に入れた衣川恭介はかつて仲間だった兄をなぶり殺し、今では会社社長やブローカーの黒幕などに収まった７人を殺すことを決意する。警察に指名手配され、追いまくられながらも一人、一人と復讐を達成していく。
　タイトル通り、とにかく殺人場面のオンパレード。アクセントとしては警察からの逃亡中に入り込んだ家の娘、由美子との愛欲シーンだけだろうか。この由美子も奇妙な女で、逃亡中の人質にされて、父を殺されながらも恭介に惚れてしまうのだ。よく誘拐されたその犯人に惚れてしまう何とか症候群（名前忘れてすみません）というのがあるが、これもその例だろうか。しかし、残りは殺戮場面だけ。とにかく恭介は殺しまくる。一体どこで弾を調達しているのか不思議なほどだ。復讐を遂げるだけでなく、警察からの逃亡でもとにかく殺しまくって活路を見いだす。殺されるのは警官ばかりでない。由美子の父もそうであるし、船で逃亡するシーンではその船の持ち主などいとも簡単に殺す。しつこいようだが、とにかく殺しまくりなのだ。このような作品を読んで大藪作品はただの「殺人小説」じゃないかという人もいるがそれは違う。この作品の主人公は「ワルサーＰ38」なのだ。衣川はただ操られているに過ぎない。たった一つの拳銃で一体どれほどの人間が死ぬのだろうか。どれだけ「権力」に刃向かうことができるのか。それほど「銃」の力を世に示した作品がこの『みな殺しの歌』なのだ。

６．『諜報局破壊班員』
　『血の来訪者』において、青春のエネルギーのありったけを注ぎ込んだ会社乗っ取りに失敗し、海外に逃亡した伊達邦彦は脅迫され、英国のスパイとなっていた。コードネームはＹＺ９号。今回の事件は誘拐されたモナコ国王の娘と息子の救出だ。
　詳細は別紙に記すので省略するが、この作品以降の伊達邦彦には『野獣死すべし』『野獣死すべし　復讐編』『血の来訪者』で持っていた影がきれいに消えてしまっている。美味い食事に美貌の女優とのセックス。世界を揺るがすような事件の解決に当たっているのにこの優雅さは一体なんだろう。それでいてあえてベストに挙げるのは、この作品が娯楽性に満ちて大変面白いからである。

７．『黒豹の鎮魂歌』
　京葉工業地帯の造成による土地・海洋権利の買収の犠牲となって一家が無理心中した新城彰は、会社がパリの支社に移してくれたことで父の借金の返済を求める暴力団の手から逃れることができた。パリで復讐の技術を磨いていた新城はトラブルに巻き込まれジゴロを殴り殺し、コルシカ島での対ゲリラ要員として４年を過ごす。そして今はヨーロッパの夜のガイドとして暮らしていた。そんなときアムステルダムで二人の日本人を見かける。保守党沖元首相の筆頭秘書と沖のトンネル会社の社長であった。彼らを血祭りに上げることによって新城の復讐は始まる。オランダにおける日本商工会館の館長や保守党の沖の秘書たちを血祭りに上げ、世界的な国際金融コンツェルンの社長を発狂させ、保守党の沖－富田ラインの海外にプールしてある資金を全て無にさせる。そこまでが「第一部　復讐のヨーロッパ」である。
　「第二部　京葉工業地帯」では日本に帰ってきて、当時の買収の担当者や一家を自殺に追い込んだ暴力団幹部、黒幕までを血祭りに上げていく。
　「第三部　死闘への驀進」では黒幕を血祭りに上げていく過程で知り合った暴力団山野組の雇われ殺し屋として活躍する。山野組と結びついている政商小野寺、政治家丸山と対立する沖－富田ラインの政治家、政商、右翼の親玉等を次々と血祭りに上げていく。最後のボス沖を殺した後山野組の裏切りに合うが逃亡し、小野寺を捕まえ、小野寺－丸山の悪行の全てをテープに告白させ、それを新首相丸山に送りつけ、警察力により山野組を壊滅させる。その最中に海外に逃亡した新城は告白テープを反丸山ラインや野党、新聞社等に送り、丸山内閣が倒れたところでこの物語は終わる。
　「構造汚職」が世間一般に広まったのはロッキード事件（余談だが、田中角栄記念館にはロッキード事件に対する記述が一言もないらしい。臭い物蓋構図が好きな日本人らしいせこさだ）からであるが、この小説の連載の最終回が雑誌に載ったのは1975年１月。政治家の腐敗構造に対する大藪の先見性を示した作品として語られているこの作品であるが、もちろんそれだけではない。普段我々を虐げる立場にある政治家、右翼、暴力団の大物がたった一人の人物のために恐怖し、挙げ句の果てに小便を漏らしながら命乞いをする。そのようなシーンを見ることによって我々が喝采を上げる小説なのである。大藪の作品群の多くが権力階級への「挑戦」もしくは「破壊」といった構図を取っているが、この作品ほど「政治権力」への「挑戦」という構図を取った作品は見あたらない。もっともこのような構図を取っている小説は既に書かれている。『裁くのは俺だ』『俺の血は俺が拭く』などだ。しかし、本作品が優れているのはヨーロッパならではの舞台やパーティー、美食にファッション、そして新城のサバイバルトレーニングなど本来の筋には関係ないが、読者が手に届かず憧れるシーンが「血祭り」シーンの間に効果的に挟まれているからだろう。その「豪華さ」と「殺戮」の対比がこの小説の面白さになっている。

　８．『唇に微笑　心に拳銃』
　主人公若林誠は29歳。プレハブ住宅のセールスマン。一介のサラリーマンから抜け出すために銃の腕を磨き、拳法を学んできた。そして手始めに現金輸送車を襲い1300万円を手に入れる。次の目標はボーリングチェーンで稼ぎまくっている男の脱税して貯め込んだ金６億。上前を撥ねようとした奴らを返り討ちにする。サラリーマンをやめ以前から手を着けていたオールドミスと結婚してプレハブ住宅セールスの代理店を開くがそんなことでは満足しない。次の目標は日銀に送られる還流現金の現金輸送車だった。難なく成功した若林だったが、彼には尾行が付いていた。彼を尾行する４人の男たちの目的は……。
　出だしは『蘇える金狼』とほぼ同一のパターン。ただし朝倉ほど明確な目標を持っているわけではない。ただサラリーマン生活から抜け出そうとしているだけなので読者へ訴えるパワーという点で若林は物足りない。そのせいか、途中から作品の方向性が変わる。バンクアーチストと呼ばれる男をリーダーとした４人組が登場してから物語は大藪世界でよく描かれる「パラダイス」の建築へと移る。銀行の大金庫を襲い、東京都の離島を買い、自衛隊から奪った武器を据え付け、世界中の美女を誘拐する。あまりにも幼稚というか幼い夢だが、男の夢といってよい「楽園」だろう。最後は日銀本店の金庫室を襲い、還流現金430億を強奪する。パラダイス・アイランド物には既に『戦いの肖像』という作品があるが、個人的にこちらの方が好きであり、パラダイス物として徹底している。また、本作品は海がキーワードを占めている。冒頭は小笠原から小網代まで戻る途中の荒れ狂う南の海でクルーザーを操る若林であるし、途中でもクルーザーシーンが重要なポイントをいくつか占めている。そういう意味でも印象深い作品である。

　９．『赤い手裏剣』
　大藪春彦唯一の時代小説。主人公はとある旗本の三男坊で今は無頼の浪人伊吹勘之助。腰には二尺六寸の妖刀村正。栗毛の愛馬にまたがり、用心棒として町から町を渡り歩く。「町荒らし」「掟破り」「穏田騒動」「山狼」の四話連作。
　はっきり言って荒唐無稽。いきなりコルト拳銃は出てくるし、秘密武器としてブーメランも出てくる。倒れる敵が膝をつくまでに「その首から胴体を一尺間隔で三つに切断した」のだからものすごい腕だ（皮肉だよ）。黒澤明『用心棒』を大藪ヴァージョンに書き換えるとどうなるかといった類の作品。ちなみに映画化もされていて市川雷蔵が主役を演じている。
　と、これだけ文句を言いながらここのベストに上げた理由はその荒唐無稽な部分の面白さである。大藪の持つ読者サービス精神をふんだんに盛り込んだ作品に仕上がっており、できればもう１冊ぐらいシリーズを続けてほしかった気もする。

10．『アスファルトの虎（タイガー）』
　主人公高見沢優は有閑マダム相手のジゴロであり、将来はＦ１を目指すパシフィックフォーミュラーレースのレーサーでもある。ビッグスポンサーを捕まえＦ２にステップアップするが、重要な客でもある首相夫人からある秘密を聞き出し、それがもとで「闇将軍田口」のための暗殺者となる。政敵の暗殺を請け負う毎に巨額の報酬を受け、そしてＦ２で優勝し、待望のＦ１レーサーとしてマクラーレンチームに入る。
　合計7300枚。大藪春彦最大の長編となったが、正直言ってただ長いだけの作品といってよい。『汚れた英雄』四輪版であるが、北野晶夫ほどのアピール度はない。「主人公の高見沢優は、自分の野望達成のためには、あらゆる手段を用いることを躊躇しない強靱な意志力を持っている」とは第１巻に書かれている作者の言葉だが、その「強靱な意志力」に説得力はあまりない。北野晶夫が戦争孤児であり、世界の偶像となるまでに闘争してきた姿から見ると高見沢は残念ながら恵まれた環境にあったせいか、読者が共感を持つことができないのだ。
　それでいながらも本作品は一つの大藪作品集大成とも言える。この作品を支える核は三つ。レーサーとしての高見沢、トロフィーハンターとしての高見沢、そして暗殺者としての高見沢である。それらに加えて各地の女性とのセックス。大藪作品で描かれてきた、どこか見たシーンがふんだんに出てくる。唯一のアクセントとしたら、食事に対するシーンと肉体トレーニングシーンだろうか。かつては大食、美食を美としていた大藪だが、本作品における高見沢の栄養管理は徹底している。肉体トレーニングシーンにしてもその科学的な描写は初めて見るものだ。
　残念ながら、それらのシーンを克明に描写することによって作品世界がアンバランスになったことは否定できない。と同時に高見沢という人物を不鮮明にした感がある。また、それらのシーンを延々と書き続けたことにより、作者が疲れてしまったのか、肝心のＦ１レースシーンが淡泊になっている。結局描かれたのが１シーズンだけであり、その後は蛇足でレース結果だけしか書かれていないことも、この作品をつまらないものとしている。
　他の作品群の主人公と異なり、高見沢は栄光に包まれたまま退場して行く。しかし、読者に残した印象度という点では、大藪主人公群の中でかなり下の方だろう。書きたいことをあまりにも克明に書いてしまった失敗作が本作品といえる。
　それでいながらあえてベストに上げた理由は、トロフィーハンターのシーンの描写が好きだからである。自分のハンティング経験を十分に生かしたその描写が見事だ。そのシーンだけでもこの作品を読む価値はある。それほどハンティングシーンは秀逸である。

　もちろん、自分が未読なためここに上げられなかった作品もある。『長く熱い復讐』や西条シリーズ、ウェポンハンターシリーズは未読のため、取り上げることができなかった。また世間では代表作と言われながら、個人的に好きではない作品も取り上げていない。『傭兵たちの挽歌』『ウィンチェスターＭ70』『絶望の挑戦者』などである。特に『傭兵たちの挽歌』のような大藪後期を語る上で重要な作品を外したのは失敗であるかも知れない。
　また、大藪春彦を語る上でどうしても意識してしまったのが野崎六助『大藪春彦伝説』（ビレッジセンター）である。もちろん同列に並べるなんておこがましいことであるが、できるだけ野崎の文の影響を受けないように書いたつもりであるが、似通った部分があるかも知れない。また、他にも大藪春彦を語った評論は多い。それらと似通った点が見受けられたら、まことに持って申し訳ない。正直言うともっと準備してからこの文を書くつもりだったのだが、生来の怠け者のため、このようなとりとめのない文章で終わったことは、自分が悪いとはいえ、かえすがえすも残念である。毎度の事ながら、原稿が遅くなってしまいＴ氏には多大なる迷惑を掛けてしまった。ここでお詫びしたい。

　大藪の前に大藪無く、大藪の後に大藪無し。大藪春彦の作品群はいつまでも黒く輝き続けていくだろう。

[UP]

謎宮会 webmaster:meikyu@rubycolor.org(高橋)

�e��[�N��EC�i�r Yahoo �y�V LINE��f�[�^��[��z500�~�`�I
��z�[��y�[�W ��N��W�b�g�J�[�h �C�O�i��q��@�C�O��s��I �C�O�z�e��