謎宮会 1998/8

護堂　浩之

　小さい頃からミステリにはまったせいか、マンガを見る習慣がありませんでした。 ヒマな時にテレビアニメを単発で見ることはあっても（だから、アニメソングは人並 みに知っています）絶対的なお気に入りはなかったですし、定期的にマンガ雑誌を 買っては連載されているマンガを追う、なんてことをした記憶も皆無です。コミック についても、同様でした。
　原因を一言で言ってしまうと、楽しみ方が分からない、ということになるのかも知 れません。あるいは、私に美術的センスが欠けているから、という可能性もありそう です。俗に“メピカ”と呼ばれるような描き方にはついて行けませんし、連載１回分 で、２〜３分も場面が進まないようなスポーツマンガを見させられると、欲求不満を 感じてしまうのは否定しません。
　もっとも、４コママンガの類は見ますし、マンガをテレビドラマ化したものは、そ んなに違和感なく見ていました（「１１人いる！」あたりが代表でしょうか）から、 単に食わず嫌いなのかも知れませんが。勿論、一方では、ストーリーのあるものは、 小説で読めば十分、という意識があったのも確かでしょう。

　最近になって、家で小一時間の時間があったら、コミックを手にする回数が増えて 来ました。きっかけは、「金田一少年の事件簿」に代表されるミステリマンガの隆盛 にあるのは間違いありませんが、活字ばかりを追うのに疲れてきたせいもあるのかも 知れません。勿論、気分としては、時間つぶしに近いのは否定しませんが。
　ただ、長年の習慣はそうそう変えられるものではなく、読むのはミステリマンガば かりです。それも、一応ストーリーのしっかりした、本格もの中心。絵のうまさに 頼ったようなものはどうしても避けてしまいますし、ホラー系のものも（小説でさえ スプラッタ描写が苦手な私ですから）手にしません。

　それでも、何十冊か読んで来ると、例によって分類癖がもたげてしまい、ミステリ マンガを思いつくままにいくつかのパターンに分けてみたくなりました。とりあえず やってみたのが、以下のものになります。

　
1. （原作者のいない）マンガ家のみのオリジナル。 　
2. （正体不明の）原作者のいるオリジナル。 　
3. 推理作家が原作者となっているオリジナル。 　
4. 原作のあるもののマンガ化。

　１．は、ミステリ専門のマンガ家などいない、という前提で書いてます。つまり、 （本人はミステリが好きかも知れないけど）作品としては余技として書いたものだ、 という見解ですね。例えば「名探偵コナン」もここに分類されます。青山という人 は、ミステリ専門とは思えないですから。また、喜国雅彦や野間美由紀は、いくらミ ステリ作家との交流が多くても、マンガ家としてはミステリ畑とは言えないでしょ う。他にも、少女マンガの多くはここに分類されると思います。尤も、そういった人 がミステリマンガを描く場合、トリック等の考案には、ブレーンがいても不思議はな い気はしますが……。このパターンには当たりはずれがつきものですが、かえって期 待していない分、面白いものに当たった時の満足度は大きいかも知れません。実際、 本来はミステリではない「パタリロ」も、いくつかの挿話ではミステリ仕立てになっ ていますが、その余りの（？）とんでもなさに、それらは一部のミステリファンの支 持を受けているそうです。最近では「九連宝燈殺人事件」のように、思いがけない掘 り出しものがあったりしますから、確かに、少しも気が抜けない分野なのかも知れま せん。
　２．は、もともと「金田一少年の事件簿」あたりを想定した分類で、原作者はいる のですが、それを、本来ミステリ畑ではない人が手掛けているというものです。最近 の少年コミックでは多いようで、「栄光館殺人事件」等の桜神父シリーズなんかもこ こに入るでしょう。そう言いながら、それらの多くは、ブレインはしっかりしていた 「金田一少年の事件簿」（ノベルス版の刊行で、実際にも３．に移行しつつある気が します）と比べて、何か、ミステリマンガが流行っているみたいだから書いてみまし た、といった印象があり、ミステリ的には薄味のものが多い気がするのは私だけで しょうか。余り、当たりにあたった記憶がありません。
　３．の代表的な例としては、最近なら我孫子武丸の「半熟探偵団」が挙げられるで しょうか。他にも、浅利佳一郎が「赤川少年探偵団」の原作を書いたりしています。 他にも、吉岡道夫原作、というミステリマンガがありましたが、これも推理作家の原 作だと思われます。時として、小説にはならないような素材を使っただけのようなも のもあり、作家の余技のようなケースも多くて、必ずしも当たりとは限らないのです が、その作家のファンであればとりあえずチェックしておくしかないかなあ、という 感じでしょうか。少なくとも、本格ミステリには向かないジャンルかも知れません。
　４．は……。言うまでもありませんね。良くも悪くも、登場人物らが具体的な絵と して描かれてしまうので、自分が持っているイメージと違う場合もあって、一長一短 のこともありますが、ともかく、とっつき易さは特筆できるでしょう。

　で、最近知人に見せられて存在を知ったのが、“コミックノベルス”なるシリーズ でした。昭和５８年から６０年頃にかけて、講談社から刊行されていたものらしいの ですが、当時はコミックになど見向きもしてませんでしたから、存在すら知りません でした。そもそも、当時はそれなりに話題になったシリーズなのでしょうか。

　これを、最近の私の眼で見ると……。

　何冊かＳＦや冒険小説を原作にしたものがあって、広い意味のエンターテインメン トを目指したようですが、それでも約８割はミステリですから、ミステリマンガのシ リーズと言ってもいいでしょう。まず興味をひかれるのは、そのラインナップです。 実を言うと、全部で何冊刊行されたのか分からないのですが、とりあえず入手できた 本で確認できたのは、以下の３０冊でした。（続刊があった可能性も大いにありま す。誰かご存知でしょうか？）

１．	不可触領域	半村良	田辺節雄
２．	殺しの双曲線	西村京太郎	山本まさ はる
３．	黒の事件簿	森村誠一	旭丘光志
４．	アルキメデスは手を汚さない	小峰元	望月あきら
５．	八つ墓村（前）	横溝正史	影丸譲也
６．	八つ墓村（後）	横溝正史	影丸譲也
７．	にぎやかな悪霊たち	都筑道夫	関口 シュン
８．	陰獣・人でなしの恋	江戸川乱歩	古 賀新一
９．	狼男だよ（１）	平井和正	ケン月影
１０．	狼男だよ（２）	平井和正	ケン月 影
１１．	狼男だよ（３）	平井和正	ケン月 影
１２．	崑崙遊撃隊	山田正紀	田辺節雄
１３．	大麻の罠	大藪春彦	渡辺梓
１４．	蝶たちは今…	日下圭介	水島健一 朗
１５．	犬の首	草野唯雄	峰岸とおる
１６．	一日だけの殺し屋	赤川次郎	望月 あきら
１７．	昏き日輪	西村寿行	田辺節雄
１８．	密閉山脈・日本アルプス殺人事件	森村誠一	旭丘光志
１９．	宇宙戦艦富嶽殺人事件	辻真先	広 岡球志
２０．	刺青殺人事件	高木彬光	中城健
２１．	ビッグ・ラン	田中光二	佐々木久
２２．	死体置場は空の下	結城昌治	山本 まさはる
２３．	殺人の棋譜	斎藤栄	藤堂りょう
２４．	コンピューター殺人事件	藤村正太	江波じょうじ
２５．	皇帝のいない八月	小林久三	林久 生
２６．	青い宇宙の冒険	小松左京	愛川哲 也
２７．	富豪刑事	筒井康隆	関口シュン
２８．	多国籍企業殺人事件	和久峻三	城 野晃
２９．	謎の航空写真	福本和也	安良城考
３０．	おれたちはブルースしか歌わない	西村京太 郎	峰岸とおる

　一応、タイトル・原作者・画家の順に並べましたが、原作者の名前をはずしても分 かるくらい、（少なくとも、それなりのミステリファンには）知名度のある作品が並 んでいると思います。ただ、そんな思いの一方で、当時それなりに売れていたミステ リ作家を総ざらえしたかのような、ちょっとばかり渋めの選択も感じます。乱歩や横 正から、太郎、次郎まで、という代表的な作家名から受ける印象とは違って、最大公 約数を拾ったとばかりは言えない、ちょっと面白いラインナップだと思うのです。
　また、それぞれの作品が、どういった手順を経て本になったかについても、詳しい ことは分からないのですが、「八つ墓村」は、何回か本になっていたもののリニュー アル刊行のようですし、「狼男だよ」もそんな気がします。他にも、雑誌連載を経た ものがありそうですし、その一方で、書き下ろしとしか思えないコマ割りのものも多 そうです。その辺を明確にしておいてくれてもいいじゃないか、と私なぞは思ったり するのですが、あくまで、ミステリをマンガで読ませよう、というのが、出版社サイ ドの意識であって、それ以上でも以下でもないのかも知れません。それが証拠に、背 表紙には原作者とマンガ家の名前が並んでいるのに、帯の背表紙部分にはマンガ家の 名前はなく、原作者の名前だけが書かれているのです。こんなところにも、このシ リーズの特色は現れているのかも知れません。

　当然ながら、新刊として入手することは不可能ですし、余り売れなかったのか、古 本屋でも余り見ない（と言っても、１０年くらい前のコミックがどれくらいの確率で 購入可能なのか、よく知らないのですが）のですが、いくつか入手したものはあるの で、このシリーズの印象を挙げてみましょう。
　全体的な印象としては、よくまとめていると思います。原作を読んだことがあるも のもあれば、読んでいないものもあるのですが、ともかく話の流れはスムーズです し、基本的に原作に忠実にまとめようとしているのは評価できるでしょう。
　ただ……。問題はあるのですね。まず、キャラクター造形が安易じゃないか、とい う気もする（原作に凶暴そうな顔、と描写されている人物を、ゴリラみたいな顔に描 いてどうするのでしょうか）のですが、これは好き好きかも知れません。それ以上に 問題なのが、原作通りに描こうとする余り、そのしわ寄せが謎解きの部分に集約され てしまったことでしょう。もっと説明しなくちゃいけないことがあるんじゃないか、 と思うような状態で、次々とシーンが進んでしまい、知らぬ間に物語が終わってしま う感じがするのです。この辺は、３００ページはある原作を２００ページのコミック に集約するにあたっての構成方法に問題があったのかも知れません。全部のページを 同じペースで縮めていったら、解決部分の密度が薄くなるのは避けられませんから ね。
　逆に言えば、サスペンスタッチのものには余り無理はありませんし、原作が短編の ものは、濃い密度が楽しめます。例えば「一日だけの殺し屋」は、短編１編（文庫で ７０ページ程の長さ）で１冊のコミックにしたせいか、かなり楽しめるものになって いると思いました。この本では、キャラクターにもそれ程違和感もなかったですし、 原作の膨らませ方もよく出来ていました。

　ミステリファンとしての感想としては、「一般の人は、こんな形で読む前に、まず は原作を読んでくれ」という気持ちは確かに残るのですが、ともかく僅かな時間で、 長編１冊の内容がそれなりに楽しめるのは確かですから、気分転換に、あるいは話の ネタにはいいかな、という印象を持ったのでした。
　私の個人的な趣味としては、「にぎやかな悪霊たち」「宇宙戦艦富嶽殺人事件」 「富豪刑事」といったものを見てみたい、という気持ちです。ハイ。

おまけ
　ひょっとすると、原作のあるミステリのマンガ化というのは、長編より短編の方が 馴染むのかも知れません。何となれば、長編をそのまま一冊の本にするのは、やはり 分量的に無理があるような気がするからですね。その点、短編集なら、所収のものの 中から何編か選んで一冊にすれば良い訳ですから、いくらでも調整が効く訳です。
　そういった意味では、一冊の短編集（それも、文庫化されているものを選んでいる みたいです）を決め、その各編を違ったマンガ家にマンガ化させるという手法を採っ ている、月刊のマンガ雑誌「Ｈｉミステリー」の行き方なんかは、いい線を目指して いる気がします。現在発売中の最新号なら、北村薫の「水に眠る」の特集、という感 じですね。
　ただ……。この雑誌、その後のフォローが何もなくて、バックナンバーに載った作 品を知る術が何もないのでした。そうそう分厚い雑誌を集める訳にもいかないです し、「コミックノベルス」のように、ちょっと気になり出した時点では、既に遅きに 失してしまう訳です。困ったもんだ。

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