謎宮会 1998/11

読書日記・十一月

葉山　響

　まずはお詫びから。11月中旬に起こった予想外の出来事のため、それに時間をとられて原稿を書けない事態に陥りました。移動時間が長いので読書量はあまり落ちていないのですが、原稿を書く余裕が無い。そんなわけで天藤真特集原稿の続き、松本清張特集原稿、なんということはないページ原稿（今月は北村薫編『謎のギャラリー　特別室Ⅱ』で書くつもりでした）は全て次回以降とさせていただきます。ごめんなさい。浅井さん、来年になったらもっと濃い原稿書くので許してください（笑）。

　最近、息抜きに雑誌やムックを眺めることが多くなったのですが、矢張り《活字倶楽部》の充実ぶりには目を瞠るものがあって、特に98年秋号の高村薫特集は見応えがありました（読者のイラスト葉書を見て「え？　こんなんだっけ？」と記憶を探るのも、それはそれで楽しいものです）。乱読派の僕にとって「趣味の本棚」のコーナーは実に役に立つものですし、新刊書評もあらゆるジャンルを網羅しているので見逃していた本をチェックできますし……この情熱を失わず、編集部にはなお一層頑張ってもらいたいと思います。
　そういう雑誌なんだから、書店員の方たち、男が買っていっても変な顔しないようにね（これが言いたかった。Ｈ書店のパートのおばさん、貴方の接客態度は露骨すぎる）。

　それでは今月も開始です。

No.134　『クロスファイア　上下』宮部みゆき（光文社カッパ・ノベルス）

　千二百枚の長さを何の苦もなく一気読みさせる筆力は矢張り並外れているし、会話文がなんと力に溢れていることか。キャラの造形も唸るほど見事であり、特に二人のヒロイン、生まれ持った能力を持て余して苦しむ青木淳子と、「おっかさん」と呼ばれる中年女性刑事・石塚ちか子の造形が本当に素晴らしい（石塚ちか子は文句なく宮部作品中最高のキャラクターの一人であり、『クロスファイア』の印象の深さは彼女の存在によるところが大きいと思う）。テーマ的には『東京殺人暮色』などで取り上げられていた少年犯罪も扱われているが、今回のメイン・テーマは超能力者の悲しみ。だからこれはミステリというよりはＳＦのほうに近い話なのだが、警察側の視点も導入してあるので捜査小説としても楽しめる。超能力者の物語ながら、警察の仕組みが実に丁寧に描かれているのはさすが宮部みゆき、こういうところに作家の底力が現れている。素晴らしい。

　ただ僕は、それでもちょっと不満なのである。“ガーディアン”の存在を出したことで話が荒唐無稽になり、ラストの感動が薄らいだような気がするのだ。確かに青木淳子をラストの心境まで導くには、ガーディアンのような反面教師的存在を出したほうが手っとり早いだろう。しかし、この「手っとり早い」というところが、不満と言えば不満なのである。ではどうすれば良かったかと聞かれると、それに対する答えは正直言って今の僕には思い浮かばないのだけれども、でも宮部みゆきほどの実力を持つ作家なら、手っとり早い道を選ばずに、もっとじっくり書き込んでほしかったと思うのだ。自らの行動と思索の結果ラストの境地に辿り着くのではなく、青木淳子をその境地に導くために作者が配したガーディアンの存在を、僕はちょっとズルいと感じたのだが、既に読まれた方、どう思われますか？
　しかし本編の面白さが無類であることもまた事実。書き急いだためかラストが駆け足気味なのが惜しいが、キャラ良し文章良し展開良し、出したからにはガーディアンの存在も最大限に使いこなされている。若干の不満はあるが本作が今年の立派な収穫であることは否定しない。個人的には（無理を承知で）石塚ちか子の再登場を作者にお願いしたいところなのだが、どうだろうか？

No.135　『喪失の儀礼』松本清張（新潮文庫）→　昭和ミステリ作家再評価へ

No.136　『わが師はサタン』鷹見緋沙子（徳間文庫）

　複数の作家のハウスネーム「鷹見緋沙子」の最初の作品。特集のために読み返してみた。話の筋は殆ど忘れていたが、読み始めてみるとそんなに複雑な話ではないので読んでいる途中で大体思い出せた。しかしそうなるとこの作品、こんなもんだったかなあ、というのが正直な気持ちである。初読の時は相当面白かったような記憶があったのだが、いま読むと人物描写は底が浅く、犯人探しの趣向があるとはいえ、それを期待して読んでしまうと犯人の見当が容易につくので不満が残る（もともと犯人探しに面白さの主眼は置かれていないのだが）。要はこの作品、ひたすら展開の面白さとサスペンスで押しまくる作品なのだ。だから初読時は面白くても、二度目となると……やはりサスペンスの読み直しはキツいものがある。
　ただしこの作品、一度も読んだことがない方は楽しめると思う。マジック研究会が行った黒ミサで予想外の殺人事件が起こり、慌てふためくマジ研一同。「どうしてそうなるの」という話の転がし方が面白い。矢鱈とセックスの話題を振りたがるのも草野唯雄らしく（たぶんこれを書いたのは草野唯雄でしょう。教授夫人が学生たちを「おまえたち」と傲岸に呼び捨てるが、こういう言葉遣い、草野唯雄の作品に結構あったような気がします）、ストレートなＢ級ミステリぶりがいっそ天晴れな作品。「Ｂ級」と聞いて心を動かされた貴方、貴方みたいな人にこの本はぴったりですから、是非お読みなさい（笑）。

No.137　『この闇と光』服部まゆみ（角川書店）→　井戸端ミステリ会議へ

No.138　『病む月』唯川恵（集英社）

　金沢を舞台にした十篇を収録。全体的にあっさりした味付けであるが、どれも幕切れが印象的に仕立てられているので記憶に残りやすい。中でも心理サスペンス「過去が届く午後」は抜群の着地で、この短編集のベスト。「玻璃の雨降る」は切ない恋愛小説で、これも余韻を残す幕切れが味わい深い。「夏の少女」はジェントル・ゴースト・ストーリー（慥か業界ではこういう呼び方をする筈）の秀作。「愛される女」のオチは途中で読めるが、予想どおりのオチに辿り着いてくれる快感があった。やっぱりこういう話にはこういうオチじゃないと、ってのがありますからね。個人的には全編ホラーで統一された前作品集『めまい』のほうが好みなのではありますが、いろいろなタイプの作品を楽しめる佳作集でした。

No.139　『Ｙ』佐藤正午（角川春樹事務所）

　本を見た瞬間に「これは買い」と思った。佐藤正午を読むのは本当に久しぶりで、今までにも『彼女について知ることのすべて』『取扱い注意』など気になる本は幾つかあったのだが、「文学とエンタテインメントの間」という作者のスタンスがなんとなく中途半端に感じられて読む気になれなかったのである。しかし今回はしっかりエンタテインメント。ファンタジー（ＳＦ？）ファンには確実にアピールするであろう内容で、意外な人物の結び付けも行われるため、構成には僅かにミステリの香りも漂っている。
　プロットは「もう一度過去に戻ってやり直す」というお馴染みのものだが、作品を包む雰囲気と情感の適度な盛り込み方が非常に好ましいので、鮮度は失われていないという印象。アルファベットのＹのように分かれた二つの「現実」、その間に否応なく発生するズレが切なく、さりげないラストの余韻も深い。帯には「究極のラヴ・ストーリー」と書かれているが、これは上質な友情の物語でもある。このタイプの作品では、東野圭吾の『秘密』と並んで本年度最上の収穫。お薦めです。

No.140　『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』ピーター・ラヴゼイ（ハヤカワ・ミステリ文庫）

　才人ラヴゼイの第二短編集。一度に読み切ってしまうのが勿体なくて、少しずつ少しずつ読み進めた。評価の高かった第一短編集『煙草屋の密室』に何ら劣らない優れた出来で、傑作の乱れ打ちという感じではないが、全編通して洒落た味わいが楽しめる優雅な作品集である。中でも技巧の冴えるクリスマス・ミステリ「クレセント街の怪」が素晴らしく、文句無くこの短編集のベスト。集中にはこの作品のほか、技巧を抑えて心温まる作品に仕立てた「シヴァーズ嬢の招待状」、最後に皮肉なオチを用意したラヴゼイらしい短編「プレゼント交換」、味わいの違う三つのクリスマス・ストーリーが収録されているので、読み比ベてみるのも一興だろう。また、ブラック・ユーモアを効かせた表題作や、「床屋」「ヨットマン」のような如何にも小品、という作品も楽しい。「死のひと刺しはいずこに」のような渋い優しさが印象的な作品もあれば、バカっぽい（一応断っておくが愛情表現である）ホームズ・パロディ「奇妙なコンピューター」もあるというように、本書には軽いアイデア・ストーリーから技巧を凝らしたミステリまで様々なタイプの作品が収録されている。才人が持てる短編作法を如何なく発揮して書き上げた上質な贈り物であり、短編嫌いの方もぜひ手にとっていただきたいと思います。

No.141　『御手洗潔のメロディ』島田荘司（講談社）

　「ＩｇＥ」と「ボストン幽霊絵画事件」の二篇を読み、さすがに島田は上手いと感心させられた。謎の提示が近年の本格ミステリ作品の中では頭抜けて魅力的であり、多少力業的なところが見られるものの解決作法も鮮やかで、島田の力量は未だ衰えていないことを確認できたのが嬉しい。何かひとつテーマを据えて（冤罪や過去の大量殺人、社会病など）それを集中的に書き込むという最近の島田の作風が、この作品集には如実な形で現れていないために、一層ミステリ的な手法の上手さを堪能できた。“なぜ同じ便器だけが何度も壊されるのか”“なぜ絵画が壁に現れたのか”という魅力的な謎に与えられる解決は、冷静に考えてみると格別凄いというほどのものではないのだけれど、島田が書くと魅力的になる。非ミステリ短編「ＳＩＶＡＤ　ＳＥＬＩＭ」も後味の良いクリスマス・ストーリーに仕上がっており、文章で描くのが難しいところの音楽が与える高揚感が、こちらにもしっかり伝わってくる。島田の筆力はもう少し見直されるべきだろう。
　但し各作品で、御手洗があまりに超人的な人間になっていくのには軽い拒否感を感じる。ここまで同人誌的サービスに徹して彼をヒーロー化させる必要があるのだろうか。だから「さらば遠い輝き」のような同人受けするであろう話は個人的には苦手である（これが御手洗潔でなかったら、或いは感想も違ってくるのだが）。このタイプの話は短編集に収録するのなら、内田康夫が浅見光彦との往復書簡を一冊に纏めているように、別の形で纏めてほしかった。あまり同人誌などに毒されず、自分の道を突き進んでほしいのだが。

No.142　『眼の壁』松本清張（新潮文庫）→　昭和ミステリ作家再評価へ

No.143　『スタジアム　虹の事件簿』青井夏海（東京経済）→　別項参照

No.144　『ミステリークラブ』霞流一（カドカワエンタテインメント）

　ギャグが露悪的、時にはグロテスクなほどであり、連発されても笑えない。そのため必然的に本格推理の面白さのみで評価せざるを得なくなる（本来ならばそのほうが望ましく、またそうすべきなのだが、そうなると近来の本格物の殆どの評価を押し並べて低くせざるを得ないのが悲しい）。で、その観点のみから評価すると、本格ミステリにとって最も重要であるところの謎の魅力的な演出（魅力的な提示）に欠けている憾みがある。謎が全て小振りであり、また提示される謎があまりに多すぎるので、読み進めていくと片端から忘れてしまうのだ。謎の提出があらかた済むと即座にバタバタと解決されてしまい、推理の過程が抜けている印象を受けてしまうのも本格ミステリとしては難だろう。但し、解決には面白いアイデアが無いわけではない。ダイナミックな殺害トリックは（個人的には）嫌いなものではないし、「闇の犯人」と称される犯人像も意外なものであるだけに、前段の謎の提出と中盤の伏線をもっと丁寧に書き込んでくれると、結末の意外性ももっと引き立ったように思われた。残念。
　結論：バカトリック一本勝負でない限り、本格ミステリには丁寧さが必要である。

No.145　『Ｄの複合』松本清張（新潮文庫）→　昭和ミステリ作家再評価へ

No.146　『オクトパスキラー８号』霞流一（アスペクトノベルス）→　井戸端ミステリ会議へ

No.147　『点と線』松本清張（新潮文庫）→　昭和ミステリ作家再評価へ

No.148　『ムーチョ・モージョ』ジョー・Ｒ・ランズデール（角川文庫）

　前作『罪深き誘惑のマンボ』の評価は概ね好評だったようだが、そのとき気になったのは作品の下品さがかなりクローズアップされていたこと。97年度の『このミス』でも見出しのところに「初紹介のランズデールは下品でわいせつ！」と書いてあった。確かにそういう側面も指摘できるだろうが、僕としてはその視点だけでこのシリーズ、切っちゃいけないような気がするのだ。
　その理由は主人公コンビの設定にある。前作を読んだときも驚いたのだが、語り手の「おれ」ことハップは白人。対して親友のレナードは黒人で、しかもゲイ。つまりアメリカ合衆国では差別対象となる二大性質を彼は備えているわけだ。その黒人のゲイと「おれ」は親友同志なのである。これはとても大胆な設定とは言えまいか。また、本作『ムーチョ・モージョ』は少年にヤクを売りつける男たちが平気で出てくるし、登場する死体はチャイルド・ポルノ雑誌の紙屑に包まれた子供の白骨死体である。それに幼児虐待と宗教まで絡んでくるから殆どアメリカの社会問題総浚いである。この痛烈な内容を飽くまで面白い読み物として（本国ではペーパーバック出版らしいので）成立させるためには、毒には毒をもって制するように、刺激的なジョークと壮絶な饒舌をもって描くことでしか成り立たないのではなかろうか。普通のユーモアを振りまいたくらいでは到底成り立つまい。ランズデールの「下品でわいせつ」という表面的特徴は、作品を成り立たせるための作者の手段であるように思うのである。

　また、もう一つこのシリーズで印象的なのは、「下品」という表面的特徴がどうあろうとも結局は読後感が爽やか（読んでいる間も割りと爽やかなので、読中・後感と言ったほうが正しいか）であることだ。主人公コンビは乱暴だが心根は優しいし（九十五歳の老女との遣り取りが暖か）、明確なポリシーの下に行動する連中なので感情移入がしやすく、また主人公コンビの友情が如何にもアメリカン・ボーイズ・ライフ的な爽快さを持っているのが面白い。決して「下品でわいせつ」というだけで片づけてはいけない作品であると思うのである。
　で、前置きが相当長くなったので『ムーチョ・モージョ』については言葉少なに。痛快で面白い。社会問題総ざらえの果てに浮かび上がる「ほんとうの悪」の姿も印象的で、矢張りこれ、ハードボイルドファンは注目のシリーズです。ちなみに、『罪深き誘惑のマンボ』を未読の方は必ず『ムーチョ・モージョ』から先に読むこと。ある事情により、そうしたほうか絶対に良いのです。

No.149　『花の下にて春死なむ』北森鴻（講談社）→　井戸端ミステリ会議へ

No.150　『殺し屋』ローレンス・ブロック（二見文庫）

　これは或る殺し屋が立派な切手蒐集家になるまでの遍歴を描いた連作短編集である（ちょっと嘘）。そして、人間にとって趣味は如何に大切なものであるかということを諭した教養小説でもある（大嘘）。いやはやブロックは老獪だ。訳者あとがきには「このところブロックは技巧だけで書いていると感ずる向きもあろう」と書かれているが、技巧だけでこれだけ書けりゃ相当なものだろう。日本の時代小説にも通じる深い旨味がある。殺し屋がターゲットを殺す話といっても暗い話ではなく、孤独の深淵を覗き込むというよりは、やや感傷的に描かれる主人公の孤独や、依頼人或いはターゲットたちが織りなす人生の機微を楽しむ話であり、全体を包む微妙なユーモアがとてもいい（毎回挿入されるケラーとドットの軽妙な会話が最高）。中でも「ケラーの責任」の深みは特筆もので、さすがはＭＷＡ最優秀短編賞受賞作である。この短編、ＨＭＭで読んだ時よりも面白く読めたのだが、これは連作の中に置いたために一層深みが際立ったからで、これは矢張り以前に読んでいた「ケラーの治療法」や「名前はソルジャー」にも言えることであり、つまりこの連作は短編を個別に読むよりも、一冊に纏まった形で読むほうが遙かに面白い。ブロックがシリーズ開始当初から一冊に纏まった形を念頭に置いて書き続けていたかどうかは知らないが、一冊に纏まるとこれほど輝きを増す連作というのも凄い。お薦めです。

No.151　『塗仏の宴　宴の支度』京極夏彦（講談社ノベルス）
No.152　『塗仏の宴　宴の始末』京極夏彦（講談社ノベルス）

　今回は非常に判りやすく、『宴の支度』を読み終わった時点で全体の内容は八割方見当がつく、というくらい判りやすい。ついでに言うと『宴の始末』中、東野（だったか？）の正体が判明した時点で大半の仕掛けに見当がついた。これくらい判りやすい話はシリーズ中初めてである。それでも、本格ミステリとして真相が判りやすいからこの作品はたいしたことがない、と判断を下してしまうのは早計だろう。『絡新婦の理』がフーダニットの本格ミステリとして書かれてはいなかったように、『塗仏の宴』もまた本格ミステリの部分に面白さの重点はそれほど置かれていないのである（本格ミステリであるということと、本格ミステリとして読めるということの間には、狭いが深い溝があると思う）。単純に好みで言うなら、やっぱり今回は少し物足りないということなってしまうのではあるが、身元不詳の妖怪・塗仏に対する考察の面白さ、および後半部の盛り上がり（一等賞の景品を求めて争う大応援団付きの壮絶レース！）と怒濤のラストは非常に読み応えがあり、さすがは京極、並々ならぬ筆力がある。『宴の支度』のほうで仕掛けられているところの、章の最初の一行或いは最後の一行が殆ど同じ文章になっているという遊びも楽しく、こういう本筋とは殆ど関係ないところで遊んでくれるような作家は大好きである。

　但し不満もあって、判りやすいプロットであるが故にこの作品、長すぎた感は否めない。また『宴の支度』は、中編で構成されているために京極作品の魅力のひとつであるストーリーの広がりに欠け、どの作品もこれから、というところで終わってしまうのがもどかしかった（どれもネタが一緒なのですぐに結末の見当がつく、ということもあるが）。そして――どうやら僕は、前作のキャラクターを引き継いだオールスターキャスト趣向に少し飽きてきたようなのだ。次回もこのままの形だと、そろそろマンネリ化してくる危険性もあると思う。しかし、その一方で今回は“現在”を感じさせる記述がかなり目についたこともあり（『失楽園』のことを言っているとしか思えない文章もあった）、また《メフィスト》では榎木津礼二郎の連作もスタートするそうだし、このシリーズ、一体これからどうなるのか、矢張り目は離せないのであります。

No.153　『謎のギャラリー　特別室�』北村薫編（マガジンハウス）→　感想は次回以降、「なんということはないページ」で書きます。

No.154　『活字秘宝／平成の名探偵50人』（洋泉社ＭＯＯＫ）

　内容について言及するのは控えるが（名探偵のセレクトなど、こういうものは選者や編集部の好みが如実に現れてくるので、それについて文句を言っても仕方がない）、誤字が多いのが気になった。最も大きな間違いは（誤字ではないが）28～29頁、霞流一の創造した探偵・紅門福助の項で、「『赤き死の炎馬』他」となっているが『赤き死の炎馬』は奇蹟鑑定人ファイル・シリーズであって紅門福助は登場しない。また、編集部お詫びで既に言及されているけれど、こういう本にイラストをつけるのはあまり好きではない。
　一方、名探偵五十人（どう数えても五十一人いるような気がするのだが）の中に姉小路祐の創造した名探偵・朝日岳之助が入っていたのはちょっと懐かしくて嬉しかった。最初の『真実の合奏』と第二作『有罪率99％の壁』はそこそこ面白かった記憶があるのだが（『真実の合奏』は横溝賞佳作に選ばれた作品だったが、その年の受賞作である阿部智の『消された航跡』よりずっと面白かった。なお、この作品は代用監獄問題を扱っていたが、その後にテレビ朝日で放送された〈七人の女弁護士〉の第一回でも代用監獄が扱われていたのが印象に残っている。慥か脚本は長坂秀佳で、そこで主演・賀来千香子の父親である現役を退いた弁護士を演じていたのが、火曜サスペンス劇場で朝日岳之助を演じた小林桂樹である）、その次辺りに発表された横溝賞受賞作『動く不動産』や『刑事長』の印象が芳しくなかったので、それ以来姉小路祐の本は追いかけていなかったのだ。そうか、朝日シリーズは今でもこんなに続いていたのか。もう一度手にとってみようかな。
　と思わせてくれるくらいの収穫があったのと、あと個人的な意味で面白かった部分が幾つかあったので（主にマンガのところ。神谷悠のレビューを商業誌で読むのはこれが初めてであるとか）、良質な仕上がりの本とは言えないが僕としては「まあ、仕方ないか」といった感じである。……それにしても清涼院流水のインタビューっていつ読んでも笑えるなあ（個人的意見）。

No.155　『黄泉津比良坂、血祭りの館』藤木稟（トクマノベルズ）

　読んでみたらこれ一冊だけでは謎は全く解明されなかった。つまり何も終わっていないのである。全ては次の『黄泉津比良坂、暗夜行路』で解決されるらしい。ならばなぜ上巻とか第一部などと明記してくれなかったのだろう。続きがあるならもっと目立つ形で明記しておくのが読者に対する礼儀というものではないか。これ一冊だけでは何も終わらないことを事前に知っていたなら、僕は『人狼城の恐怖』や『塗仏の宴』のように、終わってから全部まとめて読んでいた筈なのだ。また、この後の『黄泉津比良坂、暗夜行路』は続篇と銘打たれているが、現在の出版界ではふつう続篇というのはストレートに「つづき」を指すのではなく、一回終わった作品の続きをまた書く時に続篇という呼称を使うのではないのだろうか？　例えば「燔祭」と『クロスファイア』のように。というわけで、今私は怒っています。内容については『黄泉津比良坂、暗夜行路』を読んでから感想を書こうと思うので、二月以降になるでしょう。

No.156　『肉食屋敷』小林泰三（角川書店）

　四篇を収録した作品集。中でも一番楽しめたのが一風変わったＳＦホラー短編の「ジャンク」で、なんと西部劇である（笑）。しかも意表を突く叙述トリックが仕掛けられているアイデア満載の短編で、小林泰三がこういうタッチのものも書けるとは思わなかった。某誌の怪獣特集の時に書かれたという「肉食屋敷」は、円谷プロ風の不条理な味わいが楽しめるユニークな短編（こういうネタって村田基の「大きくなあれ」とか我孫子武丸の某長編など、ホラーファンなら一度はやってみたいらしい）。題名通り三通の手紙で構成されたサイコ・ストーリー「妻への三通の告白」も叙述トリック風のどんでん返しが仕掛けられていて楽しめる。「獣の記憶」は多重人格障害をメインに扱ったふつうのサイコ・スリラーと見せかけて、実は堅実な論理で真相を明らかにする本格ミステリの面白さを持つ作品。おそらくはしっかりとタイムテーブルを作成した上で書かれたであろう真相指摘のくだりを読むと、この人は貴重な本格ミステリのセンスを持っているように思われてならない。『密室・殺人』は本格だけを読むような人には辛いところがあったので、ぜひ一度、そういう人たちにもアピールするような本格ミステリを書いてほしい。ぜひ、ぜひ。　ところで、「妻への三通の告白」を読んで本筋よりも印象に残ったのは、語り手の友人の心境である。読んだ人だけ判るような書き方をしてしまうが、作品構成上では一通目、時系列では三通目の手紙に書かれている友人の姿って、ある意味で感動的だと思いませんか？　

No.157　『鬼子母像』泡坂妻夫（祥伝社）

　ノン・シリーズの短編を集めた作品集。狭義のミステリは十一篇中一篇しか収録されていないので、これから読まれる方は見当違いの期待をしないほうが賢明だと思う。
　前半は主に性をめぐる奇想小説が展開され（といっても前半・後半と明確に分けられるわけではないが）、性の悦びを大胆に描きながらも全く通俗に堕さず、飽くまで典雅に進行する様が素晴らしい。このテーマで一冊全部押し切ってくれたなら、倉橋由美子の閨房小説『夢の通い路』にも匹敵するような蠱惑的な作品集になったのにと惜しまれるのだが、それはまあ仕方がない。とくに題名は挙げないが、『倉橋由美子の怪奇掌篇』中の一篇を思い起こさせる作品や、泡坂妻夫の代表作のひとつ『弓形の月』（ミステリの顔をしながらその実は奇想小説という作品で、泡坂が書き続けていた「禁断の愛」というテーマがこれ以上ない高みにまで上り詰めた至福の傑作だった）を思い出させる作品など、馥郁と拡がる性の奇想を心から愉しめる作品が並んでいる。

　後半は主に職人＋恋愛ものが収録され、この味を心ゆくまで楽しむには正直言って今の僕では若すぎるのだが、それでも例えば「色縫い」のような掌篇を読むと、「ああ、日本人が書く日本人のための小説だなあ」と感じられて嬉しい。作中唯一の時代小説「連理」も素晴らしい愛の物語で、この味が楽しめなければ今の泡坂さんの作品を読んでも楽しむことはできないだろう。いつもの通りに香蘭らん子、ステラとキティ、模型舞台、ミステリーニ、金銀堂など過去に登場した名前をさりげなく配置しているのも楽しい（ちなみに奇術の話である二篇「ライオン」「ジャガイモとストロー」に出てくる固有名詞は殆どが曾我佳城シリーズに一度は登場したものである）。
　というわけで、こういう色気のある作品集も実に良い、良いのではあるが、しかし泡坂さんには長編も書いてもらいたい。『からくり東海道』以降長編の発表が無く、現代ミステリは慥か『生者と死者』以降出ていないのではなかろうか。以前予告されていた『紙幣の輪舞』をそろそろ読ませていただきたいと思うのだが……

No.158　『このホラーが怖い！』（ぶんか社）

　折角出た本ではあるが、相応しい出版の時期を逃してしまったかな、という印象。アンケート投票の対象時期を何時から何時までに設定したのか（見逃していなければ）書いていないので良く判らないのだが、『天使の囀り』や『屍鬼』を対象時期に含めた『このミス』の最新版が出るのと同じ月に、国内篇一位が『黒い家』のアンケートを見せられても……と思ってしまった。おそらく作成にかなり時間がかかったためなのだろうが、こういうのは鮮度こそが大切であると思う。来年も作る予定があるなら、少なくとも出版を半年は早めてほしいと思います。如何でしょうか。なお、この本で印象的だったのは、私が全然ホラーと思っていない作品がアンケートでかなり挙がっていたこと（特に国産）。そういう作品が挙がっているのを見ていると、ホラー・ブーム以後といってもホラーらしいホラーはあまり多くは書かれていないのかもしれない、と思ってしまいました。

No.159　『ナイフが町に降ってくる』西澤保彦（祥伝社ノン・ノベル）

　今までの西澤さんの作品には、後味が悪いものがかなりあった。しかしそんなに気にしてはいなかった。けれど今回は別。後味が悪いというよりは許せない結末である。ミステリとしては、今年刊行された西澤作品の中では謎の魅力がダントツであったためかなり期待したのだが、結末はやや拍子抜け（しかも倫理的にこの終わり方はちょっと許せない）。ある意味で意外性の極致を狙ったようなものなのだが、あまり上手くいっていないと思う。中盤で繰り広げられる極端な「悪戯」も悪趣味で苦手。
　西澤さんは最近書き急いでいるような気がするが、あまり書き急いで吉村達也化しないよう注意してもらいたいと思います。

　今回はこれまで。次回はNo.160／高田崇史『ＱＥＤ　百人一首の呪』から。百人一首の謎を解く名著、織田正吉『絢爛たる暗号』の知的興奮にどれだけ迫れるかがポイントでしょう。というわけで、それでは皆さん、御機嫌よう。

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