謎宮会 1998/8

西尾　豊明

　観光が目的の旅行でしたし、そもそもそんな施設があることさえ知らなかったの で、当初の行動予定には入れてなかったのですが、門司港レトロを散策していたら、 街中に８月４日オープンのポスターが貼ってあったもので、場所を見たら通り道のよ うなものだし、そうまで言われたならミステリファンとして表敬訪問くらいはしてお こうか、と思った次第でした。
　従って、記念館の展示物については、何の前提知識も持っていませんでした。その 点は書き添えておきたいと思います。

　記念館は、小倉城と同じ敷地内の南西隅に建っていました。西小倉駅からなら、通 りを真っ直ぐ歩いて５分くらい。小倉駅からでも２０分余り歩けば着きそうです。北 九州市立であるせいか、立地条件にはかなり恵まれていると言えるでしょう。そのせ いか、小倉城見学のついでに訪れる人も多いようで、かなりな人出でした。オープン がどれだけニュースになったのか知りませんが、開館して２週間足らずの割には健闘 している方かも知れません。
　建物は、地下１階・地上２階建てで、ゆったりした造りです。受付から展示室まで も少し距離がありました。印象としては、山形の「斎藤茂吉記念館」の造りに近く、 最近の文学記念館の流行なのかも知れません（って、普通はそっちを知らないか も）。
　まあ、２階建てといいながら、その２階部分の必要性には別な意味があるのです が、それは後述しましょう。

　最初の展示室は「松本清張とその時代」。年譜等を中心とした、まあ普通の作家紹 介のようなものです。入っていきなりの左手に、全著書の表紙装丁を拡大して並べて あるのには驚かされますが、何かこけ威しのような雰囲気もあって笑ってしまいま す。それこそ赤川次郎なら、もっと冊数が多いに決まってますから。
　年譜等は、特に普通のもので、別に清張ファンでも何でもない私としては、少しず つ飛ばし読みするだけ。というより、こういう展示物をずっと読み通す習慣がないの ですね。そんな中でちょっと面白かったのが、芥川賞を受賞した「或る『小倉日記』 伝」は、もともと直木賞の候補作として挙がっていたものだった、という話でしょう か。初耳の話でしたし、現在の選考過程あたりを見ていると、芥川賞と直木賞は全く 別物という印象があるだけに、直木賞の候補で芥川賞には候補にも挙がっていなかっ た作品が芥川賞を取った、という事実には十分驚かされました。つまりは、当時の選 者（川端康成ら）には力があった、ということなんでしょうけれど。
　作品傾向による分析のコーナーもあって、時代小説やノンフィクションに並んで、 推理小説のものもあったのですが、当然ながら、社会派推理を開拓した功績を讃えた 角度からの記述ですから、私みたいな本格偏重のミステリファンには満足できないも のでした。勿論、その業績を否定する気はないですが、“私の推理小説は動機を発見 することから始まった”なんて文章を読むと、「じゃあ、新しい動機さえ見つけれ ば、推理小説が書けるのかい」と突っ込みたくもなろう、というものです。

　第二の展示室は「思索と創作の城」。なんかよく分からないタイトルで、首をひね りながら進んでみたのですが、入ってみてビックリ。メインの展示は、晩年の住居を そのまま移築したものだったのでした。
　高井戸にあった家の半分くらいを移したものらしいのですが、２階建てだった住ま いをそのまま忠実に再現してあるのです。２階にあった書斎も、中の乱雑さもそのま まに展示されているのでした。
　この記念館が２階建てになっている理由の大半は、実にここにある訳で、この書斎 を見せるために、２階の回廊部分が必要だったのでした。いやあ、展示物の要請で記 念館の高さが決まることがあることを、初めて知りました。
　また、１階と２階に跨がって、８室くらいを占めていた書庫が、同じく以前の通り に再現されているのにも興味を引かれましたが、さすがにこちらは、回廊スペースと 実際の展示物との距離があって、大して本の背表紙が見えないのが不満でした。やは り本は、手にしてナンボのものだと思います。
　これらの再現展示の中で、私の記憶に一番残っているのは、清張はやっぱりワープ ロは使っていなかったんだ、ということくらいなんですが、さすがにこれを言うと笑 われるかも知れません。
　でも、この展示の印象が、この記念館の評価に直結するのは確かかも知れません。 私の感想は、“見せられてみると安易な企画のような気もするけれど、ここまで忠実 に再現してあるのは初めてかも知れない”といったところでしょうか。アイデアの勝 利、とは言えそうですが、やはりここは素直に拍手する一手でしょう。

　また、スペースがあったから飾ってみました、とでも言うように、２階に並んでい た肉筆原稿や、校正ゲラの厚さの方も目を引きました。雑誌掲載されたものに、単行 本化に備えて赤を入れておくというのも、言われてみれば当然な作業なのかも知れま せんが、それでも、真っ赤に染まったコピーを見ると、なかなかに圧倒されます。最 近まで現役だった作家だからこそ、これだけのものが残されていただけなのかも知れ ませんが、こういった形で展示されているのを見ると、また違った思いも生まれて来 ます。

　主たる展示はこの２つのコーナーでしたが、あとはおまけのように、未亡人などに インタビューしたビデオや、清張原作のドラマのビデオ上映がされていました。た だ、この種のものを記念館で見る気にはなれず、さすがにそちらは素通り。
　その代わり、パソコンで、清張作品のデータベースや、書庫にあった図書一覧を検 索できるようになっていたので、ちょっとばかり遊んでみました。ただ、書庫内図書 の検索の仕組みがおかしくて、部屋を選択し、更にその中の棚を指定すると収納図書 が分かるというものだったため、私が一番知りたかった、清張の書庫の中には他のミ ステリ作家の著書がどれだけあったのか、という情報まではとても辿り着けそうにな く、断念せざるを得なかったのが残念でした。それによっては、彼の中でのミステリ の位置づけも分かるかも、と期待していたのですが。現代の、講談社系新本格作家の 著書は、一冊でも存在していたのでしょうか。やはりここは、作家からの検索機能も 欲しいところだとつくづく思いました。

　全体の感想としては、まあ納得できるものにはなっていたかな、と考えます。わざ わざ行く程のものではありませんが、何かのついでがあったら行ってみてもいいかな あ、という感じでしょうか。
　それに、ここの客の入り方によっては、他にも似たような施設が出来るかも知れま せんから、ね。

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