謎宮会 1998/4

ショートショートの世界

戸田　和光

「メフィスト」の最新号に、星新一の追悼座談会が掲載されている。星も大きな影響力を及ぼしていた、今はなき雑誌「ショートショートランド」の延長線上に「メフィスト」があるから、という理由らしい（確かに、昨年の９月号にはショートショートの特集が組まれていたから、理解はあるのは間違いない）が、考えてみると、廃刊になって１５年近く経つ小さなショートショート雑誌が、未だこれだけの影響を与えているのも凄いことなのかも知れない。
　この座談会での井上雅彦の紹介文にしてももそうだし、太田忠司や奥田哲也、斎藤肇らのプロフィールでも、必ずこの雑誌でのデビューが最初に触れられているせいはあるのかも知れないけれど、逆に言えばこれらの作家たちが、長編デビューよりもこの雑誌でデビューしたことに名誉を感じていることの証明だろう。

　ということで、この雑誌と、この雑誌が生んだ作家たちをしばし振り返ってみよう、というのが本稿の主旨である。

「ショートショートランド」は、第３回の＜星新一ショートショート・コンテスト＞の結果発表と同時に創刊されている。つまり、創刊号の半分くらいが受賞作の掲載に使われていたのだ。この創刊号には、星の推薦で作家デビューした新井素子の数少ないショートショートである「チューリップさん物語」も載っていたから、こんな点にも星新一の影響がはっきり伺える気もする。
　つまり、この雑誌の創刊以前にも２回、ショートショート・コンテストの発表があった訳だが、それらは「小説現代」に発表されたようだ（流石に余り覚えていない）。この小説誌ではさすがに居心地が悪かったのか、より大きく発表を行うために、新しく雑誌を創刊したような印象がある。

　その第１回と第２回の優秀作も講談社文庫『ショートショートの広場』で読めるが、この受賞作家の顔ぶれで一番目立つのは、やはり第２回の江坂遊になるだろうか。長い間便利に使われていながら、最近になってようやく講談社にもショートショート専門の作家として認められた人である。第１回では、藤井青銅と佐々木清隆の２人の名前も時々見かけるが、彼らは基本的には放送作家に進んだらしい。また、定岡章司から名前を変えた二宮由紀子は、一頃「小説Ｃｉｔｙ」等でも名前を見た人だが、今では児童文学に進んでいるようだ。
　江坂以外の第２回の受賞組には、作家になったと思われる名前はない。ただ、この時の受賞組は、翌年創刊される「ショートショートランド」に多くの作品が掲載されており、例えば小林聡幸は、一時期は毎号のように名前を連ねており、江坂よりもはるかに発表作が多かった人である。後は、望月博之が「ショートショートランド」が廃刊となった後にも「小説現代」に発表しているのが目立つくらいか。
　一方の第１回の受賞作家も、それ以降余り名前を見ない。しかし、創刊後の「ショートショートランド」に何編か載せている人がいる他、やはり星新一の推薦を受けて、79年から80年にかけて、雑誌「奇想天外」にショートショートを発表していることは特筆すべきかも知れない。つまり、「ショートショートランド」創刊前の空白を、「奇想天外」が埋めていた訳である。前述した二宮が１０作足らずを、佐々木が３作を発表している他、それ以降全く名前を見なくなる遠海治子も５作書いている。「奇想天外」では、この３人が中心だったが、他にも秋道順、俣野しづ子、西山浩一といった人達も１作ずつ発表している。そういった意味では、後の受賞作家より恵まれていたという見方も出来るかもしれない。やはり、第１回の受賞というのはダテではないのである。

　第３回の受賞作家の中で最もメジャーになったのは、いうまでもなく太田忠司だろう。しかし、太田もその名が知られるようになったのは『僕の殺人』で長編デビューしてからであり、受賞後の「ショートショートランド」にコンスタントに作品を発表していた印象は、殆どの人にはないのではなかろうか。ようやくこの夏にショートショート集が刊行されるようで、とりあえずめでたいことではある。
　その他には作家デビューした人はいないようだが、大懸朋雪、五十嵐裕一郎など、「ショートショートランド」ではよく見た名前が並ぶ。彼らの「ショートショートランド」での掲載作品数は太田と同じくらいだと思うのだが、より印象に残っているのは、やはりその名前の珍しさ故だろうか。

　第４回の人の中には、有名になった人は見当たらない。辛うじて、津井ついという人だけは、その後も時々見たような気がするのだけれど、これは、その特徴的なペンネーム故の錯覚だろうか。改めて思い返してみると、どこで巡り合ったのか、全く思い出せないからである。－－実は、受賞後の「ショートショートランド」への登場という意味でも、この回の作家は極めて低い（津井ついは、その数少ない一人だ）。ぽかりと開いたエア・ポケット、とでもいったところだろうか。

　次の第５回は、一転、有名な作家が目につく。斎藤肇と井上雅彦がデビューした回なのである。そのうち、新本格ミステリ作家の一員としてデビューした斎藤は、「ショートショートランド」出身作家としては、最も早い作家デビュー（著書の刊行、という意味で）を飾ったことになる。しかし、その後はファンタジー中心の執筆になり、最近では著書自体を見なくなったことを考えると、デビューがミステリだったことは、決して斎藤にとって喜ばしいことではなかったのかも知れない（実際、彼の著書中でミステリと呼べるのは５冊くらいしかない。褒貶半ばした初期三部作も、３冊めが文庫化さえされないのは何故なのだろう）。作品傾向の迷いが、執筆ペースにも影響しているのだろうか。
　一方の井上は、異能ホラー作家、といった肩書が定着したせいか、地道に長短編を発表している。最近では、廣済堂文庫から刊行中の異形コレクションの監修者として、趣味に走った（!?）人選をしているのが目につく。ミステリファンとしては、『竹馬男の犯罪』に続くミステリ第２弾を期待しているだろうが、これだけ著名になってしまうと、もうミステリは書きにくくなってしまっただろうか……。
　第５回の受賞作家には、もう一人安土萌がいる。一部で根強いファンがいるというよりは、作家仲間に支持者が多いようで、一般の小説雑誌では殆ど見ないが、上記の異形コレクション等の企画にはコンスタントに作品を発表している。恐らく兼業作家なのだと思われるが、最も望ましい作家活動をしているのかも知れない。

　第６回では、奥田哲也が目につくくらいだろうか。斎藤に続いて、新本格ミステリでデビューした人である。暫く新刊を見なかったが、今年の１月に久々の長編ミステリが上梓されている。斎藤と比べると（ミステリ面での）マニアック度が低い分、地道な執筆が続けられるのかも知れない。
　翌第７回の結果発表が載った85年５月号が「ショートショートランド」の終刊号であるせいか、この第６回で受賞した作家は、殆どその後の「ショートショートランド」には作品を発表していない。奥田でさえ、終刊号にもう一編が掲載されているだけなのである。「ショートショートランド」の廃刊が作家の育成を妨げた、と言っては大袈裟かも知れないが、多少の影響はやはりあっただろう。
　その第７回で受賞した作家にも、名前の通った人はいない。矢崎麗夜（最近、矢崎在美にペンネームを変更している）に（ショートショート以外の）著書がある他には、『ショートショートの広場』に何編も載せているという形で、輝鷹あちと山口タオの２人くらいの名前を目にする程度かも知れない。

　こうして挙げていくと、思ったより作家デビューした人が少ない気もして来る。
　しかし、よくよく考えてみると、１年に１０人余りの受賞者を出す（賞金が出る訳ではないし、大半が優秀作という表現だが、それらが雑誌発表されるのは間違いがない）小説コンテストなど、他には殆どない訳である。それも、僅か原稿用紙１０枚足らずのショートショートなのだ。その後に名前を残す人が皆無でも不思議はないくらいなのに、これだけの作家の名前を見出せることの方が凄いことなのかも知れない。それも、ここに並べた人たちはその後に別な小説の新人賞を取った訳ではなく、この小さな賞を出発点にして作家活動を続けているだけなのだ。こうして考えてみると、やはり、決して侮ることが出来ないコンテストであり、雑誌だったような気がする。

　このコンテストは、廃刊になった「ショートショートランド」に代わり、「ＩＮ★ ＰＯＣＫＥＴ」を舞台に、一回だけ続けられている。その第８回は、受賞作が８人に減ったせいもあり、名の通った人はいない。前回に受賞している輝鷹あちが連続受賞しているのが目立つくらいである。こんなところにも、主たる発表雑誌がなくなったことの影響があるのかも知れない（昨年までは、次回のコンテストまで待たなくても、それなりの出来なら載せてくれる受け皿があったのだから）。
　ただ、この回に受賞した作家の何人かは、後に「小説現代」に舞台を得て続けられることになる、星新一選のショートショートコーナーで名前を見るようになる。作家を目指すというより、ただショートショートが好き、という立場で書く人が増えた、ということなのだろうか。勿論、こう考えてしまうことは、ちょっと淋しいことではあるのだけれど。中では、村田浩一や島崎一裕あたりが、その代表格だろうか。（尤も、こんな表現をしてしまうと、『ショートショートの広場３』に、井上雅彦や斎藤肇の作品が何編も載っていることと矛盾してしまうのだが……）

　その、「小説現代」に載った作品を集めた『ショートショートの広場』を見ていくと、ところどころで見慣れた名前を見つけることが出来る。まず『３』では、今井恵子という名前を２編で見ることができる。やはりこれは、現在の今邑彩だろう。また『４』には、鈴木輝一郎という名前がある。そうか、この人はこんなところにも出没していたのか、というのを見つけるのも、一つの楽しみかも知れない。
（ということで、「メフィスト」の97年９月号に掲載された競作ショートショートの参加１２人全員に、一度ずつは触れたことになる。この競作を見てから『ショートショートの広場』を眺めて、なるほど、と思ったことを思い出す。しかし、五十嵐裕一郎を復活させるなら、小林聡幸なんかも出して欲しかったな、と思ったのは私ぐらいだろうか）

　最後に、参考資料として、「ショートショートランド」に載った、コンテスト出身作家の作品を一覧にしておこう。実際の雑誌にあたった訳ではなく手元に残った資料に基づいたものだから、不完全な部分が多いかも知れない（間違いがあれば指摘して下さい）が、それでも懐かしく思ってくれる人はいるだろうと思う。なお、コンテスト受賞作は除いている。

５６年	春号	＜第３回コンテスト発表　１３人＞
５６年	夏号	佐々木清隆	遠吠え
		江坂　　遊	内気な恋
		太田　忠司	保健室
５６年	秋号	高原　　愛	快挙
		吉沢　景介	絶対安全
		五十嵐裕一郎	さすらいびとの夏
		大懸　朋雪	五歩の夢
５７年	冬号	五十嵐裕一郎	除夜
		赤松　秀昭	十一人いない
		橘　　和彦	最新式ロボット
		小林　聡幸	人生やりなおし
５７年	春号	＜第４回コンテスト発表　１２人＞
		小林　聡幸	試運転
		秋道　　順	公園の二人
		風間　　斉	走馬燈
		江坂　　遊	夢粘土
５７年	夏号	江坂　　遊	臨時列車
		早島　　悟	仮面の案内人
		小林　聡幸	第三の願い
		太田　忠司	運命の輪
		淡里茉莉子	おしゃれな女
		岩間　宏通	妻の落としもの
		島　　貴紀	どっちにする？
		橘　　和彦	ぱぐりんとん
		津井　つい	もういいかい
		佐々木清隆	希望のともしび
		青木　隆弘	落ちる
５７年	秋号	秋道　　順	河のほとり
		藤井　青銅	ビックリスペシャル
		小林　聡幸	時間逆行機
		赤松　秀昭	雨の夜
５８年	１月号	島　　貴紀	信号待ち
		江坂　　遊	猫かつぎ
		小林　聡幸	どびしゅーん
		西川　　徹	読まない方が…
		五十嵐裕一郎	俺が“影喰い”にやったもの
５８年	３月号	江坂　　遊	臨時停車
		大懸　朋雪	さよなら
		小林　聡幸	好戦
		佐々木清隆	緑の島に花の舞う
５８年	５月号	＜第５回コンテスト発表　１１人＞
５８年	７月号	井上　雅彦	キャリア君
		麻山　羊一	最後のひとつ星
		白河　久明	ナポレオン
		堀　　敏実	塔
		斎藤　　肇	初夏
		島野　　玲	三つの雲
		高橋総一郎	なんとかしなけりゃ
		伊坂　康宏	赤いボタン
		安土　　萌	引っ越し
５８年	９月号	江坂　　遊	新しい店
		池田　安孝	怨霊
		藤井　青銅	人材の豊富な放送局
		佐々木清隆	アレクサンドル・ドッキー
５８年	１１月号	井上　雅彦	象のいる夜会
		二宮由紀子	ふらみんご
		赤松　秀昭	いくら？
		小林　聡幸	カルラモ・カンセイエイの宇宙創成
		五十嵐裕一郎	……に捧げるショートショート・ストーリィ
５９年	１月号	大懸　朋雪	一本のワイン
		安土　　萌	麦畑
		江坂　　遊	かげ草
５９年	３月号	江坂　　遊	月光酒盛り
		太田　忠司	ただ一度
		岩間　宏通	悪意の星
		橘　　和彦	草野球メンバー表
５９年	５月号	＜第６回コンテスト発表　１１人＞
５９年	７月号	染田　　亨	夜が来る　　　（青山章二が改名したもの）
		高本　恵子	人間たちの星
		石川さつき	影
		小田ゆかり	みどりの指
		風間　　斉	俎板の上の猫
５９年	９月号	藤井　青銅	書評
５９年	９月号	吉沢　景介	マイ・ディア・ライフ
５９年１	１月号	大懸　朋雪	義足をはいた猫
		安土　　萌	真夜中の石けり
		麻山　羊一	トンネル
		堀　　敏実	ウロボロスの腕輪
		斎藤　　肇	合格
		江坂　　遊	或る夜のメニュー
６０年	１月号	西川　　徹	カッコウのひな
		太田　忠司	へい
		白河　久明	タイムマシンの実
６０年	３月号	大懸　朋雪	判決
		白河　久明	ロボットたちの冬
		岩間　宏通	消えるな！
		五十嵐裕一郎	真・創世紀
		江坂　　遊	縁日の縁
６０年	５月号	＜第７回コンテスト発表　１２人＞
		井上　雅彦	四角い魔術師
		斎藤　　肇	大きなエアコン
		風間　　斉	母を探す人形
		奥田　哲也	告発
		安土　　萌	トライアングル
		江坂　　遊	ママのボトル

注）島貴紀は、誰かの変名だったと思われるので、このリストに含めた。

〔おまけ。以下は「ＩＮ★ＰＯＣＫＥＴ」に掲載されたもの〕

６１年	３月号	斎藤　　肇	ぼくら
６１年	５月号	太田　忠司	あなたに降る雪

〔蛇足〕
　わが会の葉山響くんは、最初は香月桂、というペンネームを使っていた。同じペンネームの人がいる、ということが分かって使用をやめたのだけれど、よくよく見てみると、既に『ショートショートの広場２』に載っている人じゃないか。ってことは、８７年には公になっていた、ということになるみたいだ。
　君らしくないね、本当に。－－って、内輪うけのネタで失礼しました。

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