謎宮会 1998/9

同人誌を追え!(前)

戸田 和光

(はじめに)
 今回の雑文は、内容的には一回分がいいとこ、というものですが、途中から若干ト ーンが変わってしまうため、敢えて前後編に分けることにしました。その関係で、こ の前編は短いです。……よろしく。

 特定の作家の好きが嵩じてくると、本になったものを追うだけでは物足りなくなっ て、雑誌や新聞に掲載されただけの短編も読みたくなってくる。
 こんな時の最初の障害は、作品リストの存在であるのは間違いない。発表されたこ とが分からないと、はなから探しようがないからである。ただ、これに関しては、何 らかの手段でクリアされ(有名どころなら、探せばどこかに詳細な書誌が載っている ものだし、最近はこういったホームページでも、それなりの作品リストが得られる作 家も増えている。本人がホームページを持っていれば、鬼に金棒である)、大部分の 作品のリストが得られたとしよう。
(それでも“大部分”と表現しなければいけないのが悲しい。例えば、作品数が少な く、かなり細かい作品リストが残されている仁木悦子でさえ、少年少女雑誌に書かれ たものは「聖い夜の中で」に載ったリストからは省かれている。勿論こういったもの は、作品の存在が分かったとしても現実問題としては入手しようがない可能性が高い 訳だけれど、それでも残念なのは間違いないだろう。――閑話休題)
 次いで、大きな図書館に詣でて、読みたい作品のコピーを得る、という手順になる 。東京に住んでいれば、国会図書館をはじめ、大宅壮一文庫や東京中央図書館等でそ れなりの雑誌は閲覧できるから、7割程度の収集は可能かも知れない。勿論、こうい った図書館にも大きな弱点があって、戦後すぐのカストリ雑誌や中一コース等の学習 雑誌は殆どない、という問題はあるが、それはもう諦めるしかないだろう。(ああ、 鮎川哲也の未読作品が増えていく……)

 しかし、これだけではまだまだ不十分である。その主たるものが、商業出版されて いない同人誌に載った短編になるだろう。最近の例で言えば、コミケで売られるよう な同人誌(正規な小説ではないらしいが、島田荘司に何編かあるそうだ。ごく最近で は、村瀬継弥も短編を掲載している)や、大学ミス研の同人誌(法月綸太郎のものは 、すべて改稿されて商業誌に載ったそうだが、清涼院には、まだ「蒼鴉城」に載った ままのものがある)を考えてもらえばいいだろう。これらは、バックナンバーの入手 が難しいから、余程の幸運がなければ読むことはできない。
 まあ、こういった同人誌に書いた経験がある作家というのは、それなりに限定され るだろうし、割り切ることも出来ないではない。少なくとも私は、殆ど収拾を諦めて いる(勿論、あると言われれば喜んで飛びつくが)。

 しかし、昔からあるタイプの同人誌の中には、一流作家が執筆したものもある。そ ちらについては、簡単には諦めきれない。ところが、それらも上記のような図書館に は殆ど収められていないから、やはり簡単には閲覧できないのだ。これが困るのであ る。一番わかり易い例を挙げるなら、どうしても『密室』になってしまうだろう。

 鮎川哲也の「呪縛再現」は、最近になってようやく短編集に収められ、やっと手軽 に読めるようになったけれど、それまではずっと、この『密室』という同人誌に発表 されたままになっていた。「憎悪の化石」と「リラ荘事件」で使われたトリックの原 型は、「呪縛再現」に使われたものだ、といった旨の解説や、鬼貫警部と星影龍三が 競演した中編、といった表現は頻繁に目にするのに、肝心の作品が読めないのである 。欲求不満に陥っていた鮎川ファンは多かったに違いない。
 また、その鮎川が折に触れて取り上げている山沢晴雄の「むかで横丁」(実際は、 宮原竜雄、須田刀太郎、山沢の3人によるリレー小説なのだが、山沢の代表作と呼ば れることもあるようだ)は、やはりこの雑誌に掲載されたまま、一回も再録はされて いない。煽られるだけで、簡単には読めない状態がずっと続いているのである。同じ 号に同時発表された、鮎川らによる「ジュピター殺人事件」は鮎川の短編集に収めら れているだけに、この宙ぶらりんの状況は、なかなか悲しいものがある。(勿論、「 ジュピター殺人事件」が読めるようになるまでには、かなりの時間がかかった訳では あるけれど)

 あと有名なのは、天城一だろうか。天城の場合は、『密室』創刊前に、既に商業誌 である『宝石』でデビューしていた作家なのだが、大学教官の余技という立場だった からか、それ以降も同人誌である『密室』に積極的に参加し、十編足らずの長短編を 書いている。数を比べるだけでも、『宝石』に発表した作品数より『密室』に発表し た方がずっと多いのだ。また、『密室』に発表された唯一の長編である「圷家殺人事 件」も、天城の作品である。また、『密室』に掲載された短編の中には、後にアンソ ロジーに収録されたものもある(「紅鱒館の惨劇」収録の「ポツダム犯罪」)から、 質的には『宝石』に載ったものと大きく違わないと思われるが、それらの大半は、当 然ながら『密室』でしか読みようがない。

 勿論、『密室』はミステリファンが作っていた同人誌であり、プロの作家の手によ るものではなかったから、発表された作品の多くは素人のものであり、その何割かは 、読むに耐えないものなのかも知れない。しかし、『密室』の作品インデックスを追 ってみる(母体となった団体は現在も存在しているせいか、作品インデックスは比較 的容易に入手できた)と、後にプロ作家となる人も何人かおり、完全なアマチュア作 家で終わった人はそれほど多くはないことに気付く。実際、『密室』に短編を書き、 その前後にプロデビューした作家の名前を、上記の3人以外に拾ってみると、

 隠伸太郎・坪田宏・狩久・豊田寿秋・深尾登美子・由良桂一・藤雪夫・須田刀太郎 ・種村直樹・三谷芙沙夫・山村正夫・芦川澄子

 といった顔ぶれになる。勿論、プロデビューといっても、大半が『宝石』に書いた だけの人達で、兼業作家に終わったのだろうから、こんな名前など見たことがない、 という人の方が多いに違いない。当然これらの作家の作品は、殆ど短編集に収められ ないままに終わっている。
 このうち、何人かをピックアップして、紹介してみよう。

 創刊後の数号は、掌編か翻訳ものが殆どで、短編は殆ど載っていなかったようだ。 隠伸太郎の「運命の黄昏」(28年4月号に発表)が、(まともな長さの)短編掲載 の第1号になるらしい。隠は、本作の前に『妖奇』で短編デビューしているが、この 雑誌も一種のカストリ雑誌のようで、実物を見た記憶がなく、このデビュー短編も、 どういった経緯で発表されたのかは分からない。この後間もなく、創作からは遠ざか ったようだ。
 坪田宏(28年6月号「引揚船」ほか)は、『宝石』等の雑誌に、全部で20作余 りの中短編を発表した中堅作家である。昭和29年、次第に発表作が増えてきた矢先 に死去したため、メジャーに名前を残せなかった作家なのである。鮎川のアンソロジ ーには2編くらい収められているから、それでも上記のメンバーの中では有名な方か 。
 豊田寿秋の「草原の果て」(29年9月号発表)は、この作品自体が鮎川の密室ア ンソロジーに収められているので、探せば読める短編である。豊田は、この作品以外 には『宝石』に2作ほど発表しただけで消えてしまった。このアンソロジー掲載がな ければ、完全に忘れられた作家となったかも知れない。

 深尾登美子(29年9月号「手袋の脱げたとき」)は、『宝石』等に15作余りを 発表した女流作家。と言っても、どんな作家だったか、殆ど何も知らない。この原稿 を書くために調べてみて、こんなに創作があったのか、と驚いたほどである。
 藤雪夫(30年5月号「青蛾」)は、鮎川の「ペトロフ事件」や島久平「硝子の家 」と『宝石』の長編賞を争った「渦潮」の作者として知られている。当時は兼業作家 に徹していたせいか、昭和30年前後に10作余りを発表して筆を絶った。その後、 娘である藤桂子との合作で「獅子座」を発表し、作家としての再スタートを切ったが 、それから間もなく死去してしまったのは記憶に新しい。
 須田刀太郎(30年5月号「消えた死体」)は、作品の発表は5作もなく、本当な ら、全く印象に残っていなくても不思議はない作家である。ただ、上述した連作小説 「むかで横丁」の執筆者の一人、ということで、記憶に残っているだけだ。こんな名 前の残し方では本人にも不本意な気がするのだが、本当はどうなのだろう。

 種村直樹(31年1月号「西海号事件」=横田由紀雄名義)は、知る人ぞ知る、現 在はレイルウェイ・ライターとして活動している人である。その一方で、長編ミステ リを10冊ほど書いているけれど、この短編は学生時代の習作、ということになる。 しかし、鮎川の鉄道アンソロジーに収録されている他、種村自身の本にも収められて いる。恵まれた短編ではある。
 三谷芙沙夫(31年4月号「海の見える風景」)は、実を言えば、一番良く分から ない人なのだ。こんな名前が偶然一致する訳がないから、最近の作家と同一人物だと は思うのだが、それだと、この20年以上のブランクが不自然な気がする。種村と同 じく、学生時代の作品と考えればまだスッキリするけれど、この少し後にも2編の掌 編が発表されているから、ちょっと違う気もする。作家本人のコメントを見たことが ないから、断言がしにくいのだ。
 そして、最後に芦川澄子(35年2月号「村一番の女房」)。33年以降は、無名 で終わった作家の創作が増えて来て、見たことがある名前は激減している。最後のビ ッグネーム(?)が、この芦川になるだろうか。ただ、名前を覚えている理由という のが、鮎川と結婚したことがある、というものなのが情けない……(でも、そういう 人って多くありません?)。作家としては、『宝石』と『週刊朝日』が共催したコン クールで入選し、デビューしている。しかし、作品数自体は10作もなく、『宝石』 の廃刊とともに筆を折っている。

 こうして見ていくと、意識して省いた山村を除いてしまう(狩も、短編集は1冊あ るだけだから、『密室』発表作は収められてはいないだろう)と、短編集が刊行され ているのは種村くらいで、他の作家の本誌発表作は、まず読めないことが分かる。ア ンソロジーに収められた豊田の「草原の果て」が目につくくらいだ。
 逆に言えば、大多数の人にとっては興味を覚える作家などいないのかも知れないが 、それでも、雑誌自体は気になる存在なのは間違いないだろう。簡単に読めないがた めに、特にそう思うのだ。さて、あなたは如何だろうか……。

(で、前編はこれでおしまい。さて、後編はどこに話が進むのか? って、マニアの 人には自明な設問ですね。そうです、あれです。……では、また来月)

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