謎宮会 1999/11

探偵映画日記　6月

萩原一良

ミステリあるいはそれに近い小説の映画化が、頻繁になっている。企画の枯渇化が叫ばれて久しいが、ミステリファンからすれば、映画が原作と比べてどうなっているのか興味深いところではないだろうか。邦画では、「催眠サイミン」（原作：松岡圭佑監督：落合正幸）が現在公開中。「天使に見捨てられた夜」（原作：桐野夏生監督：広木隆一）、「ＥＭエンバーミング」（原作：雨宮早希監督：青山真治）が７月公開予定。秋には東野圭吾原作の「秘密」が広末涼子主演、滝田洋二郎監督で。黒木瞳が製作に乗り出したことでも話題になった乱歩賞受賞作「破線のマリス」（原作：野沢尚監督：井坂聡）もある。「ＦＯＣＵＳ」でみせた鋭さを再び発揮してくれるか。塚本晋也監督の「双生児」（原作：江戸川乱歩）は違った意味で注目したい。

海外に目を移すと、６月公開予定なのが、「ゴールデンボーイ」（原作：スティーヴン・キング）。監督は「ユージュアル・サスペクツ」のブライアン・シンガー。待機中なのが「シンプル・プラン」（原作：スコット・スミス監督：サム・ライミ）。ビリー・ボブ・ソーントンの演技が楽しみだ。現在全米公開中なのが「将軍の娘」（原作：ネルソン・デミル監督：サイモン・ウェスト）。主演はジョン・トラヴォルタ。もっとも期待されているのが、「羊たちの沈黙」の続編。前回と同じスタッフのはず…がジョナサン・デミは「原作は残酷すぎる」と降りる意向を表明。候補としてリドリー・スコットだって？こりゃだめかな…

いつもの街の見たこともない風景。振りむいた恋人は見知らぬ他人。

某日「スパニッシュ・プリズナー」（1997 アメリカ監督：テヴィット・マメット出演：キャンベル・スコットレベッカ・ピジョンスティーヴ・マーティンベン・ギャザラ）

ジョー・ロス（スコット）は「プロセス」なる計算式を発明した。これは会社に莫大な利益をもたらすはずだったが、社長（ギャザラ）はロスにボーナスを保証してくれない。会社に不信感を抱いたロスは、ジミー・デル（マーティン）という男と知り合う。彼の不満を聞いたデルは、弁護士を紹介するというのだが。

始まって３０分で眠りそうになった。あまりに退屈な展開だったからだ。それを過ぎるとようやく話が動き出す。誰が味方で誰が敵かわからないーそれをマメットはあえてサスペンスを盛り上げることはせず、じっくり撮ってゆく。これはいったいどういうことなのか。マメットは我々に考える時間を与えてくれたのかもしれない。それとも、そういう撮り方しかできないのか。

哀しいけど、後者なのだろう。観終わった今考えると、最初の３０分がそれをはっきりと証明していた。単なる人物設定と紹介に、３０分は長すぎる。伏線の一つでも張ってあればいいがそれがない。脚本家から監督になったマメットにはそれがわかっていないようだ。

それを除けば、仕掛けはそれなりに楽しむことができた。黒幕まで主人公がたどりつかないのは疑問だが、題名の意味や、さりげなく張ってある伏線も「おおそうだったのか」と納得できた。カーター・バーウェルの音楽がいい味をだしている。

今思い出したのだが、あの人物が裏切り者というのはわかりやすすぎる。

（韓国新世代映画祭，９９より）

某日「囁く廊下女校怪談」（監督：パク・キヒョン出演：イ・ミヨンキム・キュリチェ・セヨン）

雷雨の夜。学校に残った女性教師パクは、留守番電話に怯えた声で吹き込んでいた。

「あの子が…学校にいるの！」翌朝、パクが首吊り死体となって発見された。一方彼女が担任をしていた組の教室のある机に、ポタ、ポタ、と何かが垂れていた。血だった…。

韓国で大ヒットしたホラー映画だそうで、チラシをもらってきたときから気になっていた。「女校怪談」という副題が私の眼をひきつけたのである。しかしホラーとしてみるといささか弱い。怖さはそれほどでもなく、むしろホラーの体裁をとりながら社会派の方向に収束させてゆくところは驚かされたが、逆にしたたかさとうまさを感じた。、この映画に対しての評価の分かれ目は、ホラーの枠組みを崩してまで監督の意図するところは何だったのか、ということをすぐに見抜いて切り替えられるかどうかだろう。いつまでも怖さにこだわっていると本質を見抜けなくなるのではないか。

一見無駄とも思えるストーリーが並列して展開されるが、ちゃんと意味を持っているので区別して観ること。

一生に一度だけ、こんな恋に出逢えたら…

某日「八月のクリスマス」（1998 韓国監督：ホ・ジノ出演：ハン・ソッキュシム・ウナ）

ジョンウォン（ハン）の経営する写真館に一人の若い女性がやってきた。彼女の名はタリム（シム）。写真の現像や証明用の写真を撮っているうちに、二人の仲は近づいていく。だがジョンウォンは病魔に冒されていた。

いつだったか、「ＧＯＮＯＷ」の評のところで「ありがちなパターンだが，こういうところで監督の力量が試される」と書いた。本作も「ありがちなパターン」である。だが、それで「つまらなそう」と決め付けるのは早計だ。

この作品のよいところは、説明を極力省いていることだ。ジョンウォンの病名しかり、ジョンウォンがタリムに充てた手紙の内容しかり。それがこの映画の内容を客観的に描写することになり、いいリズムを生んでいる。同時に観客は想像をかきたてられ、面白さをふくらませることとなる。

二人に話を絞っているのでよけいなサイドストーリーがない分、二人の行く末に興味が集中するし、二人はお互い相手のことを思っていても打ち明けないので、二人のなにげない会話や行動が引き立つのだ。

いい映画、とはこのような映画のことをいう…のだと思う。

職業：泥棒相棒：なし自分の稼ぎと女にはかなりしつこい性格です。

某日「ぺイバック」（1998 監督：ブライアン・ヘルゲランド出演：メル・ギブソンマリア・ベログレッグ・ヘンリーデボラ・カラ・アンガー）

裏切りにあい、体に弾丸をくらって瀕死の重傷を負ったポーター（ギブソン）。傷が癒えたポーターは、裏切ったものたちへの復讐と失った金を奪還する戦いを始めた。

出だしはとても快調だ。ヘルゲランドの演出のよさは随所に見られ、（ポーターのチンピラのごとき行動、昔どこかで観たアクション映画の造り、等々）音楽も渋く決まっている。「殺しの分け前ポイント・ブランク」には及ばないが、かなり観られる作品になるのでは、と密かに観ていくうちに期待していた。しかしその期待は裏切られる。ラスト近くで、ポーターの性格が変わってしまうのである。これがあっという間にこの映画の質を俗っぽいものに堕落させていく。聞いた話では、試写を観て「これでは、客に受けない」と思ったギブソンがヘルゲランドをくびにして撮り直させたとか。ぎぶそんえ、あなたの判断の方が間違っていると思うぞ。ぜひヘルゲランド版が観てみたい。ギブソンが取り直させたところがなければ、それなりの作品になっただろう。残念。

→原作リチャード・スターク「悪党パーカー／人狩り」（小鷹信光訳ハヤカワ・ミステリ文庫）

某日「タッチ」（1996 アメリカ監督：ポール・シュレーダー出演：スキート・ウーリッチブリジツト・フォンダクリストファー・ウォーケンジーナ・ガーション）

聖職者のジュヴナル（ウーリッチ）はどんな難病や傷でも、手を当てると血が流れ出して、治してしまう不思議な力をもっていた。その力をいろいろな人間が金もうけの道具にしようと狙うが…。

主人公はそれほど個性があるわけではない。だから、脇を固める個性派俳優たちの役柄と紡ぎ出すであろう物語に期待してしまう。ところが、話はなんのひねりもなく進むので、個性的な俳優たちは宝の持ち腐れになってしまっている。原作も似たようなものなのだろう、読んでいないからわからないが（無責任１号）。

→原作エルモア・レナード「タッチ」（田口俊樹訳ハヤカワ・ミステリ文庫）

毒には毒を

某日「ジャッカル」（1997 監督：マイケル＝ケイトン・ジョーンズ出演：ブルース・ウィリスリチャード・ギアシドニー・ポワチエ）

チェチェン・マフィアがＦＢＩ長官を暗殺するために、史上最強の殺し屋ジャッカルを（ウィリス）を雇った。ジャッカルに対抗するには、同等の能力を持った元ＩＲＡスナイパー、デクラン（ギア）をぶつけるしかない。収容されていた刑務所から彼が連れてこられた。ジャッカルを狩り出すために…

製作当時からトラブル頻発だったそうだが、なれの果てがこれ。超大作などとうたっているものの、すぐにメッキが剥がれ落ちそうなひどい出来。一応１９７３年製作の「ジャッカルの日」のリメイクなのだが、面影はかけらも残っていない。オリジナルのジンネマン監督作品の方を観ることをお勧めする。

「出来は良くない」と聞いていながら、観た私も大馬鹿野郎だな。

あなたは誰。

某日「３９刑法第三十九条」（1999 日本監督：森田芳光出演：鈴木京香堤真一山本未来杉浦直樹）

無関係な夫婦を殺害したとして柴田（堤）が捕まった。彼は起訴されたが弁護人（樹木希林）は精神鑑定を要求する。鑑定人の藤代（杉浦）は柴田を多重人格症だとするが、助手の小川香深（鈴木）は違う結論を出す。

これをつくったスタッフのうち、誰かは「真実の行方」を読むか観るかしたのだろう。序盤の展開はそれを踏まえたつくりをしている。

トリックも幾つか仕掛けられており、面白い映画をつくるのだという意気込みが感じられる。

しかし、それと中味の完成度とは別の話である。社会的テーマを盛り込み、なおかつ映画を面白くするーのがつくったときの狙いだったと思うのだが、肝心の刑法第三十九条が浮かびあがるつくりになっておらず、ピンボケになってしまった。堤真一に演説させて声高に訴えたつもりなのか。それなら２時間１２分も使って映画にせずともいいではないか。

劇中鍵となる事件も、三十九条よりも少年法のほうが問題なのでは。トリックも、ややもするとアンフェアとも成りかねず、わざと描かなかったと言われても仕方ないだろう。鈴木京香扮する鑑定人のキャラクターも一面的すぎる。

小言ばっかり言ってきたが、いいところもある。アップが多くて辟易した森田演出も、最後の鑑定シーンではそれが効果を発揮するし、堤真一の好演も見所の一つだ。小物をうまく使って、雰囲気をさりげなく出しているところも買える。

→原作永井泰宇「３９刑法第三十九条」（角川書店）

某日「デッドサイレンス」（1996 カナダ監督：ダニエル・ペトリjr出演：ジェームズ・ガーナーマーリー・マトリンロリータ・ダヴィドヴィッチ）

脱獄囚３人がたまたま行き合った聾学校のバスを襲い、教師や生徒を人質にして立てこもった。ＦＢＩ捜査官ポター（ガーナー）がこれに対処するが、彼はかつて篭城した犯人との交渉に失敗し、試写を出した過去があった。

原作を読んでから観るべきか、原作と比較すべきか。原作付きの映画にはいつもつきまとう命題である。この作品は未読だったので、どうかというと失敗したとの思いが強い。映画は堅実なつくりになっていて、必要以上に悩まず、信念に従って行動する「ロックフォード」ガーナーがいい味をだしている。この設定で100分はきついだろうと思っていたら、いらぬ心配で、あれこれ楽しませてくれる。ただ、未読なので推測するしかないのだが、いくつか盛り上がる部分があるが、原作を読んでいた場合の方が面白く感じられたのでは、と思う。観ていてあまり「えっ」という衝撃は感じなかったからだ。それが上記の「失敗したかな、との感」である。どんな場合でもそうだが観るなら原作を読んでから、にこしたことはない。原作は評価が高いので、読んでそれほど損をした気にはならないのでは。

→原作ジェフリー・ディーヴァー「静寂の叫び」（飛田野裕子訳早川書房）

某日「ウワサの真相ワグ・ザ・ドッグ」（1997 アメリカ監督：バリー・レヴィンソン出演：ロバート・デ・ニーロダスティン・ホフマンアン・ヘッシュ）

大統領が少女に性的な悪戯をし、それがマスコミに漏れた。揉み消し屋コンラッド（デ・ニーロ）はアルバニアへの空爆をでっちあげて、さらににせの現地の映像をハリウッドのプロデューサー、スタンリー（ホフマン）に作らせたうえテレビに流し、国民とマスコミの眼をそらそうとする。

「ミステリマガジン」で池上冬樹氏が「ラリー・バインハートがこの映画の脚本を担当している」と書いていたので、早速観てみた。クリントン大統領が、スキャンダルが発覚して問題になったときにイラクやスーダンに空爆を実行したので、現実になったといわれた作品である。

デ・ニーロ紛するコンラッドとホフマンのスタンリーが強引に物語を展開してゆく。「政治なんて案外こんなもの」と暗に語っているようだ。勝手に戦争を起こしたのでは、他の部署の連中が黙っていないだろうと考えていたら、ちゃんとCIA（ウィリアム・ H・メイシー！）が出てくる。そこまでのフォローは良いのだが、せっかく出てきたのに丸め込まれておしまい、ではつまらない。コンラッドに丸め込まれるのも説得力がないし、第一それだけなら出した意味は無い。大統領の対立候補と手を組んだのなら、もっと直接妨害を仕掛けるとかしたら面白くなったはず。

一番大笑いしたのは囚人役のウディ・ハレルソンが出てくるところ。なんせ“生まれついての殺人者“なんだから。おまけにハレルソンの演技が素晴らしすぎる（笑）。そのあとに起きる飛行機墜落はやりすぎだが。

そのとき、知らないあなたがでてくる。

某日「催眠サイミン」（1999 日本監督：落合正幸出演：稲垣吾郎菅野美穂宇津井健）

都内で次々と変死事件が発生。一見それらは自殺のように見えた。だが死んだ人間たちは死ぬ間際に「みどりのさる」という共通の言葉を残して死んでいた。刑事の櫻井（宇津井）はなにか裏があると考え、捜査に乗り出す。

流行のサイコ・サスペンス、でもあまり面白いとは感じない。菅野美穂の「エコエコアザラク」から続いている怪演あり、誰が催眠をかけられかけたのかー、という謎もあるのに、どうしてなのか。その理由は話の運び方がへたなところに原因がある。原作がつまらないのか、脚本か、それとも演出に問題があるのか。原作を未読なのでなんとも言えないが。

もっとも監督の落合正幸の演出は「パラサイト・イヴ」よりは断然良くなっている。特に恐怖を感じさせる演出がいい。

なお前半３分の１は宇津井健が主役である。稲垣吾郎はサポートする形で加わり、主役になっていく。

一番印象深いのは、催眠をかけられ死んでしまうでんでん。「ＣＵＲＥ」でも催眠をかけられていたな…。

→原作松岡圭祐「催眠サイミン」（小学館文庫）

今月のこの映画

ミッションのため友情も誇りも捨てた…

某日「ＲＯＮＩＮ」（1998 監督：ジョン・フランケンハイマー出演：ロバート・デ・ニーロジャン・レノステラン・スカルスゲールドショーン・ビーンナターシャ・マケルホーンジョナサン・プライス）

フランス南部。冷戦終結により、活躍の場を失ってフリーの身となった数名の工作員が、さびれたバーに集まった。彼らは正真正銘のプロフェッショナルだ。今回は雇われてある任務を遂行するため終結したのである。その任務とは、あるトランクを強奪すること。雇い主の素性も、そのトランクを奪うことにどんな意味があるかも、彼らは知らない。これは、決して表舞台に出てこない男たちの物語である。

題名は「浪人」からきている。つまり、冷戦が終わり、雇い主がいなくなった工作員たちのことを指している。

手作りともいえる「本物」のアクションを見せてくれるのはうれしい限り。だが注目すべきはプロフェッショナルである、武骨なまでの男たちの描き方だろう。例えばサム（デ・ニーロ）。いくら時代遅れと言われようと、銃は使い慣れたものを好む。取り引きの現場では、やばい、と自らの勘がつげれば、決して前面に出ることはない。反対にヴァンサン（レノ）は取り引きの責任者であるがゆえに、危険を顧みず前に出て行く。グレゴー（スカルスゲールド）は最後まで冷静だ。やばい取り引きには保険をかけておく。

配役も絶妙。デ・ニーロを始めジャン・レノ（「GODZILLA」と役が同じと言われたがこちらの方が遥かに良い）や、ショーン・ビーンや007役者を３人もだすなどマニアックな出演者が心をくすぐる。ナターシャ・マケルホーンは見たことはあるが思い出せない…という状態だったところ、「トゥルーマン・ショー」でジム・キャリーの思い出の女性を演じていた、とヘレンケラ一先生に言われて思い出した。そういえば「デヴィル」でもＩＲＡの連絡係を演じてブラッド・ピットと会話をしていたような記憶がある。

今のアクション映画を観慣れている人は、物足りないと感じるかもしれない。確かにわかりやすいハッピー・エンドではないし、肝心要の××××の中味はわからないまま。それがラストにどうつながるかも明示されていない。しかし、私はこう考えた。世界の出来事は、表面は普通に見えても、一つの視点では捉え切れないことがある。この映画のストーリーもラストの出来事にとっては一部分でしかない。もっと何重にも複雑に絡み合っているのだろう。そういった出来事はもしかしたら、違う面ではこの映画に出てくる男たちのような、また別の名も無き者たちに支えられているのかもしれない… それを示唆しているのだと思う。

そこでミッションを遂行する者は、（この映画にのっとって言うなら）たとえ「浪人」状態であろうと、魂と誇りはまちがいなく「侍」なのだ。

特別付録円谷夏樹をマスターせよ!! ｖｏｌ．１―CS日記マスターへの道―

６月号より始まった「円谷夏樹のＣＳ日記」だが、思いのほか、大反響をよんでいる…かどうかは知らないが、純真無垢なミステリファンの皆さんには理解できない、あるいは解読不能な番組名があったにちがいない。そこで少しでも理解の助けになれば、と思ってこのコーナーをつくった。ただし、放送エピソードは載せていない。それは円谷さんのコーナーを覗いて頂ければすむからである。それから俳優名までは載せなかったことをお許し頂きたい。

今月はこれからいこう。

「ヒル・ストリート・ブルース」（スーパーチャンネル放送中）

「通達14号！」頭の禿げ上がった初老の男が叫んだ。男の名はフィル・エスターハウス。ここヒル・ストリート分署の総務担当主任だ。通達14号が述べられ、「それでは最終通達を行なう」そう言ってフィル主任は皆の顔を見回した。彼の前には、ヒル・ストリート分署昼勤の警察官たちが勢揃いしている。今は毎朝恒例となっている通達式がちょうど行われている最中なのだ。通達内容はそれぞれ、今取り掛かりになっている事件、警官たちに求められる慈善協力、惜しくも亡くなった仲間のこと…さまざまだ。最終通達が行なわれると、警官たちは思い思いにヤジを飛ばしたり、奇声をあげたりした。まるで小学生だ。「以上、解散」フィル主任の声がかかり、皆動き出した。それを見ていたフィル主任は、突然なにか思い出したらしく叫んだ。「ああ、ちょっと待て！」それを聞いてすべての者の動きが止まった。階段を登りかけてやめた者もいる。「充分、気をつけて行くんだぞ」まるで、聞き分けのない小さな子に言い聞かせるような、何気ない言葉。だが…フィル主任のいうことは最もなのだ。ここヒル・ストリートで生きていこうと思ったら、油断は大敵だ。警官の仕事となるとなおさらである。ヒル・ストリートには凶悪な4つのギャング団が存在し、現在警察とそれぞれ休戦協定を結んではいるものの、いつ一触即発の状態になってもおかしくない。なんでもない職務質問があの世への引き金となり、殉職となった警官も数多い。普通に暮らしていると思われる住民ですら、対応を間違えば、暴動が引き起こす可能性さえあるのだ。警察官たちは、文字どおり日夜命懸けで勤務にあたっている。アメリカの縮図のようなこのヒル・ストリートで、今日もまた哀しいブルースが奏でられるのか…それとも待ち受けるのは感動のフィナーレか…それは皆さんが御覧になって自分の目で確かめていただくしかないようだ。

ピアノの伴奏とともに始まるすばらしいオープニングへー

登場人物紹介

上級職警察官

フランシス（フランク）・フリロ 30代後半で署長職についているいわばエリート。といってもエリートにありがちな官僚的な冷たさはない。部下を重んじ、信頼してしている。署の中でも慕う者は数多い。イタリア系。

レイ・カレタノキューバからの移民者で階級は警部穂。フィルとは親友。本人曰くコロンビア人。口元のヒゲがトレード・マーク。

ハワード・ハンター SWATの隊長。階級は警部穂。パイプをいつもくゆらせている。その職ゆえか、たびたび強攻策を主張、フリロやゴールドブルームと対立する。アングロサクソン系。

フィリップ（フィル）・エスターハウス階級は巡査部長。署の総務担当。忙しすぎる署の中は、彼がいないとうまく機能しないほどで、その存在は不可欠。高校生の恋人（！）がおり、彼女が卒業次第結婚予定。

ヘンリー・ゴールドブルームユダヤ系。係長職にあり、その優しさと真面目さゆえ、自らの身にトラブルを招くことに。

私腹刑事

ニール・ワシントン体格がややほっそりとした黒人刑事。ラルーとコンビを組む。

ジョン・ラルー 30代前半の白人刑事。署で一番のプレイボーイを自称、そのとおり女性にももてる。酒浸りになったり、借金抱えこんだりワシントンとは対称的に問題を多く抱える。

ミック・ベルガーユダヤ系。囮捜査専門の刑事。そのため視聴者は毎回ベルガーの違ったコスプレが楽しめる（笑）。気に入らない相手は誰だろうと「ウー………」と野獣のような唸り声を上げて睨み付ける。怒らせたら恐らくヒル分署一狂暴だろう。弱点は署まで電話をかけてくる母親か。

制服警官

ボビー・ヒル黒人警官。いたって真面目。のちに黒人警察官連盟の副会長に選出される。レンコとコンビを組む。

アンドルー（アンディ）・レンコ白人警官。ボビー共々一話で撃たれる。私服刑事になることを目指しており、そのため大学にも通う。

ルーシー・ベイツブロンドの女性警官。警察官職についている主要登場人物では、女性は彼女ただ一人。フィル主任に言わせれば彼女は「署内一のギャンブラー」なのだそうだ。

ジョゼフ（ジョー）・コフィー途中からレギュラーに。ルーシーとコンビを組み、彼女に愛を告白する。しかし浮気も多く怒りを買うこともしばしば。

その他の登場人物

フェイ・フリロフリロの前妻。２人の間にはフランクJr.という子供がいる。いつも何か問題を抱えて署にやってくる。

ジョイス・タヴェンポート白人女性で敏腕の弁護士。その立場上警官たちと対立することもある。彼女が署にやってくるのは、逮捕された容疑者の依頼を受けたから、そしてもう一つが…

このドラマは全米で81－88年に放送された。時はレーガノミックス華やかりし頃。貧富の差がますます拡大し、アメリカ自体が不況のどん底で苦しんでいた。思うにこれはアメリカの自分探しのドラマなのだろう。犯罪や矛盾の原因となる病根は遥か昔から社会に巣食っており、それがわかっていて止められず、さらに広がって行った時代。闇は社会だけではなく、人々の心まで覆い尽くそうとしていたのだ。その中で刑事たちの視点を通して80年代のアメリカが映し出されてゆく。そこにあるのは、政治的に権威をとりもどそうとしながら、経済的には赤字国として苦しみ、内部にいまだ矛盾を抱え続けるかつての大国の姿なのだ…。

一度、試しに見て下さい。ミミ・ロジャース、ダニー・グローヴァーら、ゲストも多彩。

最後にー、最近読んだ小説の中に「ヒル・ストリート」の世界観を表すいい科白があったので紹介しよう。

「（略）じつはな、マーカス、おれたち警察はこの戦いで苦戦を強いられてるんだ。数の上でも、装備の規模でもだ。市長のやつが、就任以来、毎年の予算を切りつめてるからさ。新しい予算が決まるたびに、おれたち警察への割り当ては減っていくばかりだ。パトカーの数は少ないし、新しい装備の補充もない。全米犯罪ネットワークにつなぐコンピューターだって、古いやつを我慢して使ってるありさまだ。（中略）ちまたじゃこの国はじまって以来の凶悪な犯罪がはびこってるってのに、現場はこのていたらくなのさ」（略）「それに、そういう状態を、ペンシルバニア通りにいるあの干からびた守銭奴のレーガンが気にすると思うか？あの守銭奴が雇ってる、金持ちを喜ばせて貧乏人をますます貧乏にする経済顧問たちが、気にすると思うか？ハーバード出の連中や大統領夫人のナンシーが気にすると思うか？答えはノーだ。そうだろ？選択肢もチャンスも未来も与えられて生まれてきた人間は、ノーっていえばそれですむのさ」
（ジョージ・Ｐ・ペレケーノス著「明日への契り」佐藤耕士訳より抜粋）

というわけで今月はこれで終わります。間違い・欠落等あっても許して下さい。お願い致します。（ムシがいい発言だな…）

[UP]

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探偵映画日記 6月

某日 「スパニッシュ・プリズナー」（1997 アメリカ 監督：テヴィット・マメット 出演：キャンベル・スコット レベッカ・ピジョン スティーヴ・マーティン ベン・ギャザラ）

某日 「囁く廊下 女校怪談」 （監督：パク・キヒョン 出演：イ・ミヨン キム・キ ュリ チェ・セヨン）

某日 「八月のクリスマス」（1998 韓国 監督：ホ・ジノ 出演：ハン・ソッキュ シム ・ウナ）

某日 「ぺイバック」（1998 監督：ブライアン・ヘルゲランド 出演：メル・ギブソン マリア・ベロ グレッグ・ヘンリー デボラ・カラ・アンガー）

某日 「タッチ」（1996 アメリカ 監督：ポール・シュレーダー 出演：スキート・ ウーリッチ ブリジツト・フォンダ クリストファー・ウォーケン ジーナ・ガーション）

某日 「ジャッカル」（1997 監督：マイケル＝ケイトン・ジョーンズ 出演：ブルース ・ウィリス リチャード・ギア シドニー・ポワチエ）

某日 「３９ 刑法第三十九条」（1999 日本 監督：森田 芳光 出演：鈴木 京香 堤 真 一 山本 未来 杉浦 直樹）

某日 「デッドサイレンス」（1996 カナダ 監督：ダニエル・ペトリjr出演：ジェ ームズ・ガーナー マーリー・マトリン ロリータ・ダヴィドヴィッチ）

某日 「ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ」（1997 アメリカ 監督：バリー・レヴィン ソン 出演：ロバート・デ・ニーロ ダスティン・ホフマン アン・ヘッシュ）

某日 「催眠 サイミン」（1999 日本 監督：落合 正幸 出演：稲垣 吾郎 菅野 美穂 宇津井 健）

某日 「ＲＯＮＩＮ」（1998 監督：ジョン・フランケンハイマー 出演：ロバート ・ デ・ニーロ ジャン・レノ ステラン・スカルスゲールド ショーン・ビーン ナタ ーシャ・マケルホーン ジョナサン・プライス）

特別付録 円谷夏樹をマスターせよ!! ｖｏｌ．１―CS日記マスターへの道―