謎宮会 1999/ 3- 4

ヘレン・ケラ一（声：はせさん治）

　何年か前にＴＢＳ系の深夜に放映していた『デカメロン』という番組があって、これは『東京イエローページ』『恋のバカンス』と続く一連の竹中直人主演のバラエティ物なのだが（内容的にはどれもあまり変わりがない）、その何回目かで「クイズ・若大将は誰だ」というコントがあった。まず麦藁帽にアロハを着てウクレレを持った竹中直人が「クイズ・若大将は誰だ〜ッ！」と叫び、画面に「クイズ・若大将は誰だ」と出る。そして竹中が「今週もやってまいりましたクイズ・若大将は誰だ、わたくし司会の加山雄三です。いやァ、参ったなァ」と云う（その時画面には「司会：加山雄三」というテロップがちゃんと出る）。その後、会場に３組の「加山雄三さん」が登場し、その中から本物の若大将を当てるというクイズである。１番目に布施絵理扮する「加山雄三さん」、２番目にはスカパラのメンバー（しかも二人）扮する「加山雄三さん」がそれぞれ登場し、「もォしもォ、こォのふゥねで〜」とか「ふたりをォ、ゆゥうやみが〜」とか歌いながら「いやァ、参ったなァ」と云う。そして３番目には本物の加山雄三（ゲスト）が登場し、やはり「いやァ、参ったなァ」と云う。３組の「加山雄三さん」（全員麦藁にアロハ、ウクレレを持ってる）が揃ったところで竹中の「司会：加山雄三」が「さあ、この中で本物の若大将は誰か！　クイズ・若大将は誰だ、また来週！」と皆で手を振って唐突に終了する。
　元々この「クイズ・若大将は誰だ」というコントは以前から竹中の持ちネタだったのだが、この時の「クイズ・若大将は誰だ」が群を抜いて面白かったのは、云うまでもなく最後に本物の加山雄三が登場するところにある。竹中直人は普段から加山雄三の大ファンであることを公言しているが、何故か（竹中当人が意識しているかどうかは別として）竹中が加山雄三の真似をすればするほど、大ファンである筈の加山雄三をバカにしてるようにしか見えてこないところがこれら「加山雄三ネタ」のミソであった。そしてこの時の「クイズ・若大将は誰だ」は本物が登場することによって、その「加山雄三をバカにしてる」という感じが更に濃厚になったのが実に面白いのである。
　以上のことから明白に分かる事実が、加山雄三という存在がかつてはどうであったかは兎も角、現在は「笑ってナンボ」「バカにしてナンボ」というキャラクターであるということである。

　何？　ミステリの話をしてないって？　ちょっと待ちな。

　例えば、かつて友人に聞いて笑った話がある。彼がテレビで「若大将シリーズ」を見ていたら、田中邦衛の青大将が若大将のバアチャンを車で轢いてしまうというエピソードがあって、勿論バアチャンは死にはしないのだが、青大将が「すまん、若大将」と謝ると若大将は爽やかに笑って「気にするなよ」と云ったそうである。「お前よう、自分のバアチャンを轢いた奴をそんな簡単に笑って許すなよ」と彼は述べていた。
　その友人は更に『知ってるつもり!?』の加山雄三（今は出ていないが）についてこう語る。「あの番組の加山雄三って凄えよなあ。どんな人物でも『いやァ、凄い人だったんだねえ』っていう一言で片づけちまうんだから。ヒットラーだろうが、アル・カポネだろうがさ」。これだけでも加山雄三が実に笑えることがよく分かる。

　だから慌てんなっつうの。その内ミステリの話になるから。

　決定的だったのが、『平成教育委員会』でビートたけしがゲストで出ていた加山雄三に向かって「あ、荒井注さんですか」と云ったことである。確かに年をとってからの加山雄三は誰かに似ていたことに皆が気づいていた。しかしそれが荒井注だとは気づかなかった。皆は目から鱗が落ちた思いだった。加山雄三は明らかにムッとしていたが。あのたけしの一言の功績は「そうか、加山雄三で笑っていいんだ」という思いを皆の胸に刻みつけたことにある。

　さて、ここからが本題である。

　日本の映画やテレビドラマに最も影響を与えた海外のミステリ作家と云えば誰だろうか。俺は、エド・マクベインだと考える。黒澤明が『野良犬』という映画で日本におけるリアリズムを基調とした刑事ドラマというジャンルを確立したことは有名だが、その後1959年に黒澤が再度刑事の捜査をリアルに描いた映画を撮った際に原作にエド・マクベインの87分署シリーズの一作『キングの身代金』を選んだことは象徴的である。無論『天国と地獄』のことである。これを嚆矢として、日本では繰り返し87分署シリーズの映像化が行われる。最近のものとしては火サスでシリーズ化している『わが街』がある（渡辺謙のキャレラや蟹江敬三のマイヤー・マイヤー）が、それ以前にも題名は忘れたが１時間の連続物としてフジ系で放映されていたのを覚えている。いや、それ以前に注目すべきなのは『太陽にほえろ！』だろう。無論『太陽にほえろ！』はエド・マク原作ではないが、あのドラマの原案は「魔　久平」という名前になっていた。これは脚本家達の共同ペンネームだが、云うまでもなく「マクベイン」をもじったものである。放映開始直後は『太陽にほえろ！』も87分署をお手本にしていたのだ。『太陽にほえろ！』以前の『七人の刑事』や『特別機動捜査隊』といった刑事ドラマも当然エド・マクの影響は受けていると思われるし、果ては『太陽にほえろ！』の一連のパロディとして作られた『踊る大捜査線』や『ケイゾク』といった日本の刑事ドラマの流れに87分署が与えた影響というのも一考に値するテーマだと思うが、今回は措く。
　一方、映画でも市川崑が81年に『クレアが死んでいる』を原作にして『幸福』という作品を撮っている。主演は水谷豊、中原理恵、谷啓といった地味なキャストで、俺は未見だが、友人にこの映画の熱烈なファンがいることを付け加えておく。そして問題は『天国と地獄』と『幸福』の間に撮られた日本で２番目のエド・マク原作映画だ。題名は『恐怖の時間』、64年東宝作品、原作は『殺意の楔』である。
　『殺意の楔』は御存知のとおり、キャレラを逆恨みする女がニトログリセリンと拳銃を武器に87分署をジャックする話であるが、この『恐怖の時間』という映画では女を男に変更し、しかも演じているのが山崎努である。『天国と地獄』から五年後、またしてもエド・マク原作映画の犯人が山崎努である。山崎努だからやはり迫力はあるものの、些か芸のないキャスティングという気がしないでもない（『わが街』のシリーズでは原作どおり女で、根岸季衣が扮していた）。原作ではキャレラが逮捕した男が刑務所で獄死したのを恨んでその情婦が復讐しようとする不条理なものだが、映画では刑事が撃った銃弾が誤って山崎努の恋人（ペギミンＨを発明した田村奈巳）に当って死亡、それを恨んで刑事部屋に乗り込んでくるということになっており、より犯人の動機に説得力を持たせている。しかし刑事部屋に仇と狙う刑事はたまたま居らず（これは原作と同じ）、居合わせた志村喬・土屋嘉男・黒部進といった普段は怪獣相手の面々が扮した刑事達を人質に取り、目当ての刑事が帰ってくるのを待つこととなる（別に映画は87分署の刑事達を想定してキャスティングしている訳ではないが、さしずめ志村喬はピート・バーンズ警部とマイヤー・マイヤーをあわせた役どころか）。物語は原作同様、犯人と人質になった刑事達との間に生まれる虚々実々のサスペンスを描いてなかなか緊迫感のある演出である。
　そして問題の仇と狙われる刑事―原作ではスティーヴ・キャレラ―を演ずるのが、何を隠そう、我等が若大将・加山雄三なのである。
　原作ではキャレラは刑事部屋で何が起こっているかも知らずに全く関係のない密室殺人を捜査しており、密室トリックを暴いたり犯人と格闘したりしてそれなりに活躍しているのだが、この映画で加山雄三が何をしてるかと云えば―何もしていない。していることは自分が誤って射殺してしまった女性の遺影に手を合わせたり、恋人とイチャイチャしてたりするだけである。因みにこの恋人を演じているのは―そうです。ご想像のとおり、星由里子です。別に星由里子はテディのように聾唖ではありません。念のため。
　映画も原作どおり、事件が全て形がついた後で何も知らずに呑気に加山キャレラが帰ってくるという結末なのだが、原作では一応キャレラは他の事件を解決していたので申し開きも立つものの、この映画では加山雄三は特に事件を捜査してるでもなく、若大将そのままに星由里子とデートしたりしているので、よりそのマヌケさが際立つ結果となっている。つまりこの『恐怖の時間』は人質立てこもりサスペンスを味わい、それと同時に加山雄三のマヌケ振りも笑えるという、１粒で２度おいしいアーモンドグリコな映画となっているのである。果してこれは意図的なものであろうか？　それとも偶然の結果であろうか？　俺は意図的なものだと考える。な〜んでか。堺すすむ。
　61年の『大学の若大将』に始まった若大将シリーズは、クレージー映画で勇名を馳せた古澤憲吾、『三十六人の乗客』（有馬頼義原作）というサスペンス映画の秀作を撮った杉江敏男、『エスパイ』や『惑星大戦争』等で特撮ファンの間に物議を醸した福田純といった監督達によって撮られているが、それら若大将シリーズを手掛けた内のひとり、岩内克巳という監督が実はこの『恐怖の時間』を演出しているのである（脚本は山田信夫）。『恐怖の時間』が撮られた64年は丁度若大将シリーズが続けざまに製作されている真っ最中、その馬鹿馬鹿しい脳天気さに嫌気がさし「いい加減若大将でもねえだろうが」とか思った監督が日頃の鬱憤を晴らすべく、そして加山雄三を大いに笑うべく、この『恐怖の時間』を撮ったのではないか、俺はそう推測したのである。
　ところがである。岩内克巳が若大将シリーズを初めて演出したのは『恐怖の時間』の１年後、65年の『エレキの若大将』（若大将第６作目）なのである。そうすると俺の仮説は見事に崩れてしまうことになる。
　いや、しかし。それにしてはこの映画の加山雄三は笑えるのである。そのマヌケ振りが異彩を放ち過ぎているのである。わざわざエド・マクベインの『殺意の楔』という翻訳小説を原作に持ってきたのも何やら「確信犯」な匂いがする。或いは岩内克巳氏はこれを撮る前に若大将シリーズの助監督を務めていたのでは？といった仮説すら立てたくなる。兎に角、若大将シリーズ全盛の頃にこれだけ加山雄三を「笑える対象」とした映画が撮られたということが貴重なのだ。機会があったら是非見て戴きたい。サスペンスに手に汗握り、同時に加山雄三で大いに笑って戴きたい、『恐怖の時間』はそんな映画なのである。

追記―日本で作られた「人質立てこもり映画」の秀作としては、他に西村潔監督の『死ぬにはまだ早い』がある。原作は確か菊村到で、猟銃を持った男（黒沢年男）がスナックをジャックする話。人質の中に高橋幸治と緑魔子の仲の冷えかけたカップルがおり、黒沢年男のホット過ぎる演技と高橋幸治のクール過ぎる演技が好対象だった。俺の好きな俳優のひとりである故・草野大悟も印象的な役で登場している。

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