謎宮会 1999/ 8

探偵漫画日記(99年9月)

広沢吉泰

9月は、ミスコミの新刊が多かったことと、これまでの読み残しの消化もあって、こ れまでの月と比較すると桁違いの分量となった。驚かないで、読んで下さい。

『バスカビルの魔物 坂田靖子ミステリ・コミック集』
坂田靖子
早川書房(単行本)
平成11年6月刊行

坂田靖子が「ミステリマガジン」(早川書房)に発表した作品をまとめたもの。 「シャーロック・ホームズの日常生活」(この作品のみ2頁。他は8頁)他26編のミス テリコミックが収録されている。「あとがき」で「まぁごくフツーのミステリ・ファ ン」と記している坂田靖子であるが、これは謙遜だろう。例えば「冬の猫」などはトマ ス・フラナガンの短篇「玉を懐いて罪あり」のパロディではないかと思える、見事な歴 史ミステリなのだ。そして、トマス・フラナガンという作家の作品は『アデスタを吹く 冷たい風』(ハヤカワポケミス)という短篇集にまとめられているのだが、その本はな がらく絶版で、昨年ようやく再刊されたにもかかわらず、あっというまに入手難になっ てしまった・・・・・・という事実から坂田靖子のミステリマニア度を測定すると「まぁごく フツーの」という言葉は、やはり謙遜であると判断した方が賢明であろう。

『「金田一少年の事件簿」短編集4 金田一少年の疾走』
原作・天樹征丸 金成陽三郎
漫画・さとうふみや
講談社コミックスデラックス
平成11年6月刊行

「金田一少年の事件簿」の短編集第4弾。これまでの短篇集に付いていた「プレゼント 付ミステリークイズ」はなくなってしまったのは残念だ。また、3巻以降天樹征丸の 「書き下ろしノベルス」もなくなっている。いずれも、ぜひとも復活を望む・・・・・・で終らしちゃあダメなんだろうなぁ。さて、今回は「金田一フミの冒険」「白銀に消えた身代金」「フィルムの中のアリバイ」「殺人レストラン」の4編に書き下ろし「美少女探偵金田一フミ」が加わった全5編である。お遊びの「美少女探偵−」は論外として、この中では、首に縄を巻かれ、口に鮎を突っ込まれた鵜飼いのような「見立て殺人」に金田一フミが遭遇する「金田一フミの冒険」が出色。また、レストランの女性オーナーの殺害犯が逃走する間もなく、金田一はじめと剣持警部が来客。やむを得ず料理やコーヒーを振る舞うが・・・というコメディタッチの展開の「殺人レストラン」も楽しめる。

『少年探偵彼方 ぼくらの推理ノート』全2巻
原作・夏緑
漫画・井上いろは
エニックス ギャグ王コミックス
平成8年10月、平成9年4月刊行

『名探偵に薔薇を』の城平京氏が原作を務めるミステリ漫画が「コミックガンガン」 (エニックス)誌上で連載が開始されたので、エニックスで他にミステリコミックスは なかったっけ? ということで手を伸ばした作品である。主人公は小学5年生の遠野彼 方。彼と、その助手である同級生の少女五十里遥が活躍するこのシリーズの特徴は、回 答が常に3択である点である。1話あたり10頁程度のボリュームでミステリをやろうと するとどうしても「推理クイズ」になってしまいがちなところ、思い切ってクイズに徹 しきているわけだ。全19話、答えは全て3択の中にある。1話くらいは「3択の中に、 答えなし」という掟破りのものがあるかなと思ったが、あくまでも忠実に正解は3分の 1の選択肢の中に隠されているのである。なお、この「3択探偵シリーズ」は、中学生になった彼方・遥コンビの登場する『続少年探偵彼方 ぼくらの推理ノート』シリーズへと続くのである(続からは、作画が祥寺はるかに代わっている)

『明智将之介探偵社』第2巻
小川浩司
集英社ジャンプコミックス
平成11年9月刊行

昨年1月に「小川浩司短編集」として刊行された『明智将之介探偵社』の第2弾であ る。明智将之介の登場は、前回は収録4編のうちの1本きりだったところ、この2巻で は収録された「山荘のバラバラ殺人事件」「松本探偵殺人事件」のいずれもが明智物 だ。

シリーズ化に伴ってか、主人公となる明智将之介にも様々な要素が付与されている。老 若男女、どんな人物にでも化けられる卓抜した変装術、という能力は前回でもお目にか かったが、チョコレートキャンディが好きであるとか、普段はボーッとしているが、こ こぞというときには眼鏡をかけて(「スイッチが入っ」た状態になるわけだ)推理を働 かせる、といった前回にはなかった特徴が紹介されているのだ。「山荘のバラバラ殺人 事件」の容疑者の一人の不自然な行動から、明智が推理を巡らすあたりは、なかなか良 いのだが、登場人物が少なすぎて、真犯人がうまく隠蔽されていないうらみがある。

「松本探偵殺人事件」にも、その欠点があって、容疑者の一人が、後に明智の助手とな る雪ケ谷嬢と判明した時点で(読者にとっては)犯人が絞られてきてしまう。その辺 が、ちょっと残念なところか。

『逆転のトリガー』―神林&キリカシリーズ21―
杜野亜希
白泉社 花とゆめCOMICS
平成11年9月刊行

 ミステリ作家神林俊彦とアイドル川本キリカ。このコンビのシリーズもいよいよ大詰 めを迎える。気持ちのすれ違いの続いた二人であったが、ついにキリカは神林が好きだ ということに気づく。だが、ここで相思相愛となってハッピーエンド、と簡単に落着さ せず、読者を焦らすところがこのシリーズの良さである。キリカは、恋心を告白すると いう肝心なところで、後ろ姿の人物を神林と間違える(実際は、キリカに横恋慕する望 月祐貴)ミスを犯すし、神林は神林で祐貴の奸計にはまり、キリカの前から姿を消すこ とを決意してしまう。おいおい、どうなるんだよ、二人の恋の行方は・・・・・・というところで「逆転のトリガー」は終る。次巻の完結編「いま幕は降ろされる」で杜野亜希はこのもつれた状況をどのように解決するのか? 皆さんも推理してみてはどうだろうか?

『霧迷宮』―京&一平シリーズ17―
神谷 悠
白泉社 花とゆめCOMICS
平成11年9月刊行

パズルゲーム☆はいすくーる、神林&キリカシリーズと並んで「花とゆめ」系のミス コミの屋台骨を支えているのが、神谷悠の京&一平シリーズである。そして、神谷悠 は、このシリーズと並行して監察医の結城と高校生の西城アキラのコンビが活躍するシ リーズも描いているのだが、第17弾となる本書では、この両シリーズの世界がシンクロ する。相変わらずのおせっかいぶりを見せる一平が、医療保護施設を抜け出してきた少 年・冬樹を拾ってくるのが発端である。最終的に、冬樹は天ノ郷村という過疎の村に住 む里親の許に引き取られることとなるのだが、彼を引き取った上嶺ハジメは、アキラが 幼い頃に失踪してしまった、彼の父親だったのである・・・・・・。小説家の母親と二人暮らしというアキラの設定が、ここに来てこういった形で活用されることになろうとは驚きである。

『犬神家の一族』上・下巻
原作・横溝正史
漫画・JET
角川書店 あすかコミックス
平成11年9月刊行

横溝正史の代表作『獄門島』『本陣殺人事件』『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』と、なぜ かB級作品の『睡れる花嫁』のコミカライズを手がけてきたJETが満を持して手がけ たのがこの『犬が三毛』(・・・なぜ、ちゃんと『犬神家』と出ない。Aileのバカ)であ る。斧・琴・菊の見立て殺人や仮面の佐清といったビジュアル向きの素材があるゆえ か、これまでにも様々な媒体で映像化されてきた『犬神家』の漫画化はかなりのプレッ シャーを伴ったものであったことは予想されるが、充分に及第点の出来栄えである。筆 者が、及第点を与えるゆえんは、映像化された作品でしばしば省かれがちな「スケキ ヨ」の死体が上半身を水に没した状態で逆立ちしている「斧(よき)」の見立てが忠実 に描かれていることと、これもときどき存在を無視されてしまう佐武の妹・小夜子を ちゃんと登場させている点である。このあたりの気配りが原作ファンにはたまらない。 また、原作を読んだだけでは、今一つ理解しがたかった、なぜ珠世が佐清を慕っている のか? という疑問点も、珠世の幼少時代のエピソードを描き加えることで乗り越えて いる。つまり、原作に忠実であり、かつ原作において読者が疑問に思えた部分につい て、筆を加えて納得させてくれているのだから、まさに申し分のないコミカライズとい えよう。なお、『犬神家』の下巻には、金田一シリーズの異色編「蝙蝠と蛞蝓」と、耕 助の悲恋を描いた「女怪」のコミカライズも収録されているのもうれしい。

『Q.E.D. 証明終了』 第4巻
加藤元浩
講談社 講談社コミックス(月マ)
平成11年9月刊行

これまでにもこのコラムで紹介してきたMIT帰りの天才少年燈馬想と健康優良女子高 生・水原可奈のコンビが活躍する『Q.E.D.』その最新刊は「殺人事件を解決するだけ がミステリーなのではない!! 知性への挑戦状!!」という挑発的なコピーを帯にまとっ ての登場である。収録されているの2作「1st、April、1999」と「ヤコブの階段」で は、いずれも殺人事件は発生しない。「1st、April、1999」は日本の商社に搾取された クラビウス王国を救済するために仕掛けられたコンゲームを描いたもので、その設定は いいのだが、企業を騙す手口としてはずいぶんと雑な印象を受ける。日本の企業が一日 やそこらで重大な意思決定をするものかどうか、という単純な疑問がわくし、さらに言 えば、これらの一連の行為は世界中のいたずら好きがウソを競い合う「エイプリルフー ルクラブ」の審査の対象となっているのだが、そもそもエイプリルフールとは「他人に 実害を与えないうそを四月一日にならついてもいい」(by旺文社国語辞典)というもの だったはずで、ほとんど「詐欺」といってもいいような行為を(もちろん、それは搾取 された側のリベンジであるとはいえ)認めてしまっていいものかどうか。すっきりと、 証明終了、とはいかない気がする。一方「ヤコブの階段」は、人工生命体・クランがコ ンピューターを抜け出して、東京の交通管理システムをダウンさせてしまう、というス ケールの大きな事件を扱ったもので、こちらは好みである。最終的には、クランは(あ る方法で)絶滅させられてしまい、それに対して登場人物のひとりがつぶやく「残酷だ よな・・・クラン達はただ生き延びようとしただけなのに」という述懐に対して燈馬が「あれはただ規則に従うプログラムだ」と冷静に応えるのであるが、そもそも我々人類も、 さらに高次の存在から見れば、所詮はDNAという遺伝情報に縛られたプログラムのよ うな存在なのかもしれない。そういった高次のものなんて存在するのか? と思われる 向きもあるだろうが人工生命体である「クラン」がその創造主である「人間」の存在を 知らないまま抹殺されてしまったように「人間」もその上の存在というものを感知でき ていないだけなのかもしれない――と柄にもないことを考えさせられてしまった一作で あった。

『賭博黙示録 カイジ』 第12巻
福本伸行
講談社 ヤンマガKC
平成11年9月刊行

「Eカード」による勝負もいよいよ大詰め(Eカードがどんなゲームかは、以前のこの 日記で書いているので、そちらを参照してほしい)最後の勝負に出たカイジは、一気に 18ミリを張る。そして、勝利を収める。対戦相手である利根川の性格を読み切ったうえ での仕掛けが功を奏したのだ。この辺りの仕掛けを福本伸行は実に説得力たっぷりに描 き切るが、その真骨頂が現れるのは、ここからなのだ。

 勝利したカイジは、利根川に対して、これまでのゲームで死んでいった石田や佐原た ちに対する謝罪を求める。それに対して、このゲームの黒幕である老人「会長」は、次 のように述べる。土下座に誠意がこもっていなければ意味がない(それはそうだ)土下 座をしている奴等は本当にすまないと思っているわけではない(それもそうだろう)本 当にすまないという気持ちが胸がいっぱいならどこであれ土下座ができるはずだ(!) たとえ、肉焦がし、骨焼く鉄板の上でも(・・・・・・)そして、敗れた利根川は灼熱の鉄板 の上で土下座をすることとなる・・・・・・。賭博の世界は殺(と)るか殺(と)られるか。 この世界での「誠意」とは、世間的な意味とは異なり、かくも厳しいものなのである。 そして、カイジは会長との勝負に挑む。その勝負の手段は、ティッシュの紙箱を利用し てのクジ引き!! 果たして、カイジは会長を殺ることができるのか? というところで 13巻に続いてしまうのである(うー、続きが気になる)

『人形はこたつで推理する』 第2巻
原作・我孫子武丸
漫画・河内実加
ソニーマガジンズ ソニー・マガジンコミックス
平成11年8月刊行

『人形はこたつで推理する』の第1巻が出たのは96年の9月。それから約3年を経てのひ さしぶりの登場である。収録作品は「ママは空に消える」「人形の生まれた日」「誰が 人形を殺したか」の3作である。「誰が人形を殺したか」は鞠夫が壊されて、嘉夫が精 神の平衡を失いかけるという話なのだが、原作本が刊行されたのが95年で、その時に読 んだきりで、細部はすっかり忘れてしまっていたので、嘉夫がどうなってしまうのか、 読んでいてもすごくドキドキした。記憶力が悪いと、原作を読んでいても、コミカライ ズ作品も原作並みに楽しめるのである。

『ダイイングメッセージ』 全1巻
出題・長谷部史親
画・構成 幡地英明
集英社 ジャンプ・コミックス デラックス
平成2年5月刊行

先月紹介したミスコミのガイド本『超絶ガイド333』で紹介されていて、気になって いた作品。渋谷の「まんだらけ」で見つけたのですかさずGET。「オールカラー謎解 きコミック 廚粒兔颪傍兇蠅覆靴料簡團ールカラー。幡地英明の絵もきれいなので、 なかなかオシャレな本に仕上がっている。長谷部史親の役割が「原作」でなくて「出 題」とあるのがミソで、内容的にはほとんど推理クイズであるが、一作あたり7〜8頁 の分量では、正統派の謎解きを展開するのは難しいだろうから、これもやむを得まい。 後は、『漫画家殺人事件』をGETするだけである。

『入神』
竹本健治
南雲堂
平成11年9月刊行

もともとは漫画家デビューを目指していたのだが、先に『匣の中の失楽』が「幻影城」 に掲載されたため、その夢を断念していた竹本健治が、21年間の長い回り道の末、つい に漫画家としてデビューした。「本格囲碁コミック」とある通り、登場するのは牧場智 久、武藤類子、桃井雅美といった『妖夢の舌』以降の牧場智久シリーズでお馴染みの キャラクターではあるが、この作品はミステリコミックではない。ただ、先に述べたよ うな経緯の作品であることと、作画のお手伝いに京極夏彦や綾辻行人、島田荘司といっ たミステリ作家・評論家・ファンが多数参加していること、さらに言えば、昨年発表さ れたミステリ『風刃迷宮』(カッパノベルス)と対になる漫画であることなどから、こ の日記で取上げても差し支えないのでは、と考えた次第。囲碁の神に近づいてゆこう と、身を削るような思いで打ち続ける智久と、囲碁の神に愛された桃井。この二人の闘 いを描いたものが『入神』である。クライマックスの両者の対決の棋譜は、監修にあ たったプロ棋士をして「只者じゃない」といわしめたほどのものなのだが、囲碁の知識 がない筆者には、その凄さが分からなかったのは残念であった。竹本健治は、次回作の 漫画の構想もあるようで、それはミステリコミックだということだ。非常に楽しみなの だが、刊行予定は未定とのことである。

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